最悪の状況
大音響は北條と結城だけでなく牢に繋がれていた囚人達にも襲い掛かった。
彼らは北條達のように耳を塞ぐことは出来なかった。
彼らの心中には吸血鬼に逆らっても勝てるはずがないという諦めがあった。そのため、北條達が吸血鬼と戦うとも思ってもおらず、出会った瞬間には降参すると思っていたのだ。
だが、実際は彼らの考えとは真逆の結果になってしまう。
北條達は吸血鬼と戦闘を初め、あまつさえ吸血鬼に一撃を加えた。その光景は、彼らの中で絶対的なものとして刻まれている吸血鬼の像に罅を入れるには十分だった。
もしかしたら勝てるのでは。ここから出られるのでは。
浮足立ち、戦闘に魅入ってしまった彼らは咄嗟のことに反応できなかったのである。
「ガアアァァ!!!!」
音が空気を震わせ、鼓膜を叩く。
真面に防御もしていなかった囚人達の鼓膜は呆気なく限界を迎える。
鼓膜が破壊され、激しい痛みに襲われる。さらに、その奥にある平衡感覚を司る器官にも傷を付け、囚人達は立つことすら難しくなる。
対して北條達は咄嗟に耳を防いだことで難を逃れた。劈くような音に耳が痛くなり、顔を歪めるが、まだ破壊されてはいないと判断する。
「イッテェ……大丈夫か?」
「問題ない。そっちは?」
「耳がキンキンすること以外は何も」
ランスイルと名乗った吸血鬼を見据える。
不意打ちは失敗した。初手で殺せなかったことが悔やまれる。
氷の槍を作ったのは北條だが、突き刺したのは結城だ。彼女がもっと上手くやっていれば殺せたのだろう——とは思わなかった。
タイミングは完璧だった。ランスイルの足が地面から離れた瞬間を狙った一撃は決まった。その後も攻撃の手を緩めることはなかった。
それでも反撃されたのは、相手の異能を発動するまでのタイムラグが殆どなかったためだろう。
結城の動きは悪くなかった。その後の北條の追撃も速かった。けれどランスイルはもっと速かった。それだけである。
北條と結城は切り替える。不意打ちで殺せなかったことを引き摺っていても仕方がない。状況は2対1。実力は上でも、戦いと言うものは純粋な力の強い者だけが勝ち残る訳ではない。
「来ないのか「——シッ」」
挑発するように笑い掛けるランスイル。
だが、最後まで言い終わる前に北條が動いた。
異能を解放した状態ならば、結城よりも北條の方が身体能力で勝っている。15メートルの距離を2歩で詰める。
ランスイルはその動きをしっかりと捉えていた。
距離を詰めながら、左手で氷の槍を作り出す北條。至近距離で放たれた槍をランスイルは首を振って避け、右端で顔面に向けて前蹴りを放つ。
「(?——あぁ、そういうことか)」
そこでランスイルが気付く。
自分の動きが遅いことに。それはまるで見えない手に抑えつけられているような感覚だ。それが一体何なのか、僅かに思考し、視線を北條の後ろにいる結城へと向けて理解する。
あの小娘が何かをしているのだと。
ランスイルに北條と結城の情報は渡っていない。
どんな装備があるかも、どんな異能を持っているかも知らない。けれど、自分自身の意思に体が反している以上、外部からの干渉であること以外に考えられなかった。
そして、同時に問題ないと判断する。
殺せるのならばとっくにしているだろう。だが、行動を抑えつけることしか出来ていない。後回しにしても害はない。目の前の男を先に始末すれば侵入者の片付けも終わる。
「——フンッ」
「クソッ!!」
そう考えてランスイルは体に力を入れる。たったそれだけで、結城が体を捩じ切るつもりでかけていた念力が振りほどかれた。
「気を付けろ。振りほどかれた!!」
結城が警告を飛ばす。
事前に念力で吸血鬼の行動を阻害することは打ち合わせをしていたのだ。
警告の意味を理解し、北條は相手のどんな動きも見逃さないと警戒を強くする。そのおかげもあって初動を見逃すことはなかった。
横薙ぎに蹴りが放たれる。それを北條は姿勢を更に低くして回避した。
「喰らえ!!」
蹴りを回避した北條は左手で作っていた氷の槍をランスイルに向けて突き付ける。
だが、それをランスイルは高く跳躍して回避する。
「結城ィ!!」
「分かってる!!」
ランスイルが後ろに跳躍したのを結城が追撃する。
例え、念力が簡単に弾かれるとしても対象に念力をかけるだけが戦いではない。自分自身を念力で浮かせ、物理法則に逆らった動きでランスイルの上を取る。
「これ借りてるぞ!!」
「え、ちょ——それ俺の!?」
ランスイルの上を取った結城が手に持ったものを見て北條が悲鳴を上げる。
結城の手の中に握られていたのは、北條がここまで持って来たAAA突撃銃。威力を少しでも上げるためか、銃口を両手で握っている。
「オッッラアアァァァァァァァ!!」
北條の悲鳴を無視し、力の限りフルスイング。
ハンマー投げのように遠心力を余すことなく使った一撃はランスイルの後頭部を捉えた。
銃身が折れ、もう直すことも難しくなったAAA突撃銃を見て涙目になりながらも北條は追撃を仕掛ける。
クルクルとコマのように回転するランスイルに向けて氷の槍を放つ。
あんなに回転していても、どちらが上か下かの平衡感覚は失ってはいないだろう。追撃するチャンスもそう巡ってくるわけではない。
これで決める。
その思いは北條も結城も同じだった。
北條が氷の槍を作って放つと同時に結城も動く。事前に受け取っていたAAA突撃銃の銃弾。それが一杯に詰まった箱を逆さにし、中身をばら撒く。彼女が銃弾を放つのに火薬はいらないのだ。
鉄と氷がランスイルに殺到した。
ドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!と絶え間なく降り注ぐ鉄と氷。粉塵で姿が見えなくなっても関係なかった。
肉片一つも残さないとばかりに2人は攻撃の手を緩めなかった。緩めることが出来なかった。
「(コイツ——)」
「(まだ生きてやがる)」
粉塵で姿が見えなくなったとしても存在感は健在。攻撃を加え続けても尚、弱まることがなかった。
生きている処か傷すら付いていないかもしれない。
北條と結城が思い浮かべたのは銃弾を簡単に弾き、投擲武器を一蹴りで破壊した姿。もしかしたら、あの粉塵の中で同じような光景が繰り広げられているのかもしれない。
北條が戦法を変える。
氷の槍などを叩き付けるのではなく、ランスイルそのものを凍らせようと粉塵の中に突入を決意。
結城も動きで北條が近接戦闘をするつもりだと察すると牢の壁を念力で引き抜き、叩き付けた。
粉塵の中、視界が悪い状態でもランスイルはそれに反応する。左手で飛んできた壁を受け止める。
「(ナイスッ)」
結城を胸の内で称賛し、北條が突撃する。
結城が壁を叩き付けたのはランスイルを殺すためではない。視界を妨げる粉塵を吹き飛ばし、ランスイルの行動を制限するためだ。
鉄と氷の雨。流石に全てを防ぐことはできなかったのか、服のあちこちを汚している。しかし、目立った傷はなかった。
「(なら、届かない相手じゃない!!)」
全力を出して尚、届かない相手ではない。全力を出せば傷を付けられる相手。それが分かっただけでも北條に前を進ませるだけの力が湧いてくる。
「オォッッッッラアアァ!!」
体ごとぶつかり、異能を発動する。
触れてしまえば問題なかった。両腕を封じ、顔面に頭突きを叩き込む。瞬時に傷は癒え、倍の威力で頭突きを返されるが、何とか耐えきる。
北條を援護するべく、結城も念力で相手の動きを封じる。
「わぉ。ここまでやるのか。レジスタンスも侮れないね」
だが、ランスイルの余裕は崩れなかった。
ニカッと歯を見せて笑い、体からも力を抜く。抵抗される力が弱まり、北條は困惑した。
「だから、助けを呼んだ。人間がよく口にしていたな。何だったっけ? あぁ!! そうだ————卑怯だなんて言うなよ? 何でもありが基本だろ?」
『宿主。止めをさせ!! 下からもう一匹来ておる!!』
ルスヴンの言葉で我に返った北條が異能を使って氷漬けにしようとする。だが、ランスイルは氷漬けになる前に、凍った腕を斬り落とし、北條の腹に蹴りを入れる。
「——ブグッ」
「残念。戸惑わなきゃ俺を殺せてたね」
体の力を抜いたのは演技。困惑を誘うため。この一瞬を作るためのもの。
北條がそれに気づいた時には既にもうランスイルは腕を再生し、立ち上がっていた。
腹を蹴られ、意の中のものが逆流する。思わず北條は地面にぶちまけると浅い息を吐く。回復にはもう少し時間が必要だった。その横にはいつ襲い掛かってきても対応できるように身構える結城の姿がある。
けれど、ランスイルは襲ってこなかった。
北條を気遣っている訳がない。待っているのだ。確実に北條達を殺せる状況ができるのを。
結城も動けずにいる。北條が動けない以上、結城は1人で戦わなければならない。しかし、1人ではランスイルには勝てない。
待つしかない。待つしかないが、援軍が来れば北條達が勝てる見込みは少なくなってしまう。
それが分かっているランスイルは意地の悪い笑みを2人に向けた。
そして、やってくる。
姿を現したのは2層で交戦したジャララカス。
2対2——数の上では同じでも実力は圧倒的に吸血鬼の方が上。真面に戦えば確実に負ける状況が出来上がってしまった。




