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齎された情報

 

「それじゃ、僕はそろそろお暇するよ。予想以上に時間を取っちゃってごめんね」

「いえ、むしろ私達が巻き込んでしまって……申し訳ございません」


 加賀の治療が終了し、傷口が塞がっていることを確認すると真原は椅子から立ち上がり、後ろにかけてあった白衣を羽織る。

 立ち去ろうとする真原に結城がもう一度謝罪を口にする。元はと言えば結城が加賀を殴ったことが原因。戦いとは全く関係ない身内の問題によるものであったため、結城は負い目を感じていた。

 深く頭を下げる結城に気にしていないことを伝えるため明るく真原は笑う。


「本人が反省しているなら大丈夫さ。でも何度も謝られると僕も気にしちゃうからなぁ。この場合は謝罪じゃなくてお礼言ってくれると嬉しいよ」

「……分かりました。この度はありがとうございました」


 気を使ってくれことに感謝をして、結城は再度頭を下げる。

 頭を下げる結城から視線を外すと今度は加賀へと視線を向ける


「加賀君も気を付けてね?」

「う、うっす……」

「それは難しいんじゃないか。変態だからな」

「うるせぇ黙ってろ」


 軽口を叩いた北條に加賀が素早く反応した。右手の中指を突き立て睨み付ける。否定しない辺り自分でも理解しているのだろうか。

 笑みを浮かべて指の返礼に同じく指を突き返す。2人のやり取りを見ていた結城は呆れて溜息をついた。


「客人の前だってのに」

「僕は構わないよ。こういうのはもう滅多にみられなくなったし」


 真原が笑いながら結城の横へと並び。懐かしそうに2人のやり取りを眺める。

 明るく、ふざけ合う声が響く空間。久しく見ていない光景は、かつての過去を思い出させる。


「この2人のやり取りが前の世界では何処にでもあったんですかっ」


 ギョッとして真原を見る結城。頭の中には路上や家の中、仕事場でも2人のようにふざけ合い、下ネタ、オタク知識を連発し、女性に舌なめずりしながら迫る男共の光景が浮かび上がる。控えめに言ってカオスである。

 真原が思い浮かべたのは学び舎での男子同士の遊び程度なのだが、そんなことを知らない結城はそこに思い至らない。


「いや、何処にでもあるとは言ってないよ? 学び舎ではそれなりにあったけど」


 顔を青くした結城に真原が首を傾げながら答える。真原は相手に指を突き付けたり、軽口を言い合ったりする様子のことを言っているのだが、残念ながら結城が想像したのはいつもの2人のやり取り。

 何を想像しているのだろうか。何か不味いことでも言ったかと疑問が出てくるが、2人の心は通じ合ってないので分かりはしなかった。

 懐かしい光景を思い出し——ハッとして時計を見る。既に帰ると言ってから10分以上が経過していた。


「おっと、帰るつもりだったのにまた時間を取っちゃった。それじゃ今度こそ僕はこれで。君達もこれから大変だろうしね」

「——ん?」

「急いでいるのならば私が送っていきますよ?」


 ここに留まらせてしまったこと原因に自分も関わっている罪悪感から結城が異能によって最短で目的地まで送ることを伝える。

 真原治はレジスタンスにとって貴重な人物だ。かつて、人間と吸血鬼が争っていた時代に後方で多くの命を助け続けた彼の能力を今でも頼りにしている者は多い。

 それはレジスタンスだけではなく、一般人も含まれる。一日に見る患者は多く、毎日街中を走り回っているのは有名だ。

 だからこそ結城は提案したのだが、それは真原本人に断られてしまう。


「いや、ここから遠くはないし、時間に余裕を持って行動してるからね。問題ないさ」

「そうですか。分かりました」


 力になれないことを少し残念そうに結城は入口まで真原を見送る。


「これからも苦労をお掛けしますが、その時は……」

「大丈夫。僕は本部に属しているけど君達の味方ではいたいと思っているからね。協力は惜しまないさ——それじゃ、僕はこれで」

「はい」


 笑みを浮かべて別れを告げる真原。

 レジスタンスの本部とこの支部との関係を察している結城は、その告げられた言葉に安堵の表情を浮かべた。

 少しばかり早足で真原地下道へと続く隠し扉に向かおうとする。

 だが、そんな真原を加賀が呼び止めた。


「——どうしたんだい? まだ痛む所が?」


 急いでいたとしても冷静に目の前の患者に対応する医者の鏡真原。流石である。しかし、残念ながら加賀が呼び止めたのは怪我とは別件であった。


「いや、さっきさ。何か気になることを言ったから引っ掛かっただけなんだけど……俺らが大変になるってどういう意味ですか? 何かありましたっけ?」

「——え?」


 軽く、加賀が頭に引っ掛かったことを問いかける。嫌な予感があって問いかけたのでもなく、単純な疑問。人が今晩の献立唐突に気になったのと同じくどうでもいい、思わず口から出てしまった質問。

 無駄に時間を取らせるなと青筋を立てる結城。また、フライパンの底で殴りつけてやろうとフライパンを手に加賀の後ろに立つ。


「……本部から聞いて、ないのかい? かなり重要なことだよ?」


 だが、真原の言葉を聞いて全員の表情が固まる。

 フライパンを振りかぶろうとした結城も、頬杖をついた加賀も、悲惨な光景を見ないように顔を背けた北條も、真原の言葉に耳を傾ける。

 本部——訳あって険悪な状態にあり、色々と嫌がらせをしてくることもある。例えば危険な任務を、例えば物資の供給停止を、例えば情報封鎖を——。


「真原さん。自分達は何も聞いていないんです。良ければ、何があったのか教えて下さい」


 真剣な目つきをした北條が口を開く。これまで訳が分からなかった真原も意味を理解し、する。そして、自身の耳にした情報を告げるのだった。





 大きく分厚い扉を勢いよく開けて結城が戦闘衣を持って飛び出していく。それに続くのは北條、そして加賀だ。その様子を後ろから眺めていた真原は1人、部屋の中で佇む。


「こんな時も感情を優先するなんて……馬鹿馬鹿しい」


 3人の表情を見て確信した。他の支部には伝わっている情報がここには伝わっていなかった。一体誰の仕業か考えるまでもない。あの男だろう。例の事件でこの支部が嫌われていることは耳にしていたが、ここまで露骨だと呆れるしかない。

 重要な実力者がここには揃っているのだ。


 朝霧友梨。赤羽緋勇。そして、新しく入って来た3人の新人。全員が優秀で人類にとっては必要な存在だ。今回の任務でも参加してくれれば、必ず結果を残してくれるだろう。そんな3人を意図的に除外するなど。


「…………戦争に勝つ気なら、全ての感情を押し殺さなきゃいけないよ。玄道(げんどう)君」


 ここにはいない人物を想い、呟く。

 真原が3人に伝えた情報はある人物の処刑について。3度目の大規模侵攻において門を守る上級吸血鬼と戦った3人の能力者。その内の1人が地獄壺と呼ばれる場所に連行されたことだった。

 潜んでいたレジスタンスメンバーを襲撃し、ご丁寧に時間も場所も伝えてきたのだ。そして、事実確認だって終わっている。それでも情報がここに来ていないなどわざと以外にない。

 今まさに3人とも飛び出していったが、果たして間に合うかどうか。能力者は戦力として貴重であるため救出作戦が実行されるのは間違いないが、相手は吸血鬼である。本部に残っている2人の能力者も重傷で動けないため、一般戦闘員だけで救出をするのは難しい。最初から能力者がいれば犠牲は少数で済むだろうが、この支部の者達が参加しないのならば、多くの犠牲が出ることは確定だ。


「(また、人が多く死にそうだ)」


 真原が今度こそ扉に向かって歩いていく。

 誰も居なくなった部屋で重い鉄の扉がゆっくりと閉まる音が響いた。

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