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勝利の女神の微笑

 

 辻斬りの一件から暫くたったある日。

 休暇にも関わらず、レジスタンスの支部へと顔を出していた。支部に赤羽と朝霧の姿はない。古い知り合いから連絡が入ったから留守番をしておけ。そう言い残してどこかに出かけてしまったのである。

 そんな訳で今2人を邪魔をする者はいなかった。

 互いに対峙し、トランプを持って睨み合う。2人の表情は真剣そのものだった。


 手に持っているのは5枚のトランプ。相手が持っているのは6枚のトランプだ。自分の手札の中にはジョーカーはいない。つまり、相手が持っていることは確定だ。

 恐る恐る相手から1枚のカードを引き抜き、裏返す。そこにあったのは恐れていたイラストは描かれておらず、ほっと胸を撫で下ろした。

 対して相手——加賀信也は自分の思い通りにならなかったことに不満げな表情を作った。


「くそ。後1枚右を引けばよかったのに」


 いつも皆が使う長机のテーブルを挟んでババ抜きに興じる北條と加賀。2人は絶賛金欠中だった。北條は辻斬りの一件で大量に貯金を使ってしまい、加賀は給料の殆どを今では珍しい娯楽品に当てているため、金が無かった。これから給料日までまだまだある。

 どうにかして生活費を増やすべきだと考えていた2人。そんな時、生活費をを賭けて勝負しよ~と加賀が持ちかけ、北條が承認したため、ババ抜きをしていた。ちなみに、何故ババ抜きかというと2人が他のトランプゲームを知らなかったからである。


「いやいやいや、それ嘘だろ。知ってるからな」

「いや、ホントだって……試しに引いてみろって。ババが出てくるから」


 互いに油断ならない笑みを浮かべて笑い合う。腹の虫が盛大に鳴るが気にせず今は目の前に集中する。

 1枚カードを引き、手元のカードを減らした加賀がホレ、と引きやすいように真ん中のカードをわざと突き出した。


「…………」


 引くべきか、引かずに他のトランプを引くか北條は迷う。

 このようにわざと1枚目立たせることでそれを引かせようと企む。当然それはババであるジョーカーの可能性もあるのだ。ならば、裏をかいて他のカードを引く。と言うのもありだが……当然ながらその目立つカードがジョーカーではない可能性もある。


 裏を掻き、ジョーカーでも何でもないカードをわざと目立たせ、本当にそれを取っても大丈夫かと言う心理的に追い込む戦術。

 ババ抜きでは、極端に飛び出ているカードや端にあるカードは警戒されやすい。大抵の人間は真ん中のカードから引く者が多い。だが、その真ん中には今、突出したカードがある。

 警戒するべき所が増え、何処から手を付ければいいのかを相手を迷わせる嫌らしい手段。


「(この——悪魔めっ。前世は散々女を誑かして生きていたに違いない。だが、俺は負けないぞ)」


 見るのはカードではなく、相手の表情。あちらが心理戦を仕掛けてくるのならば、こちらは心理を読み取るまでのこと。

 カード1枚1枚に手を当てていき、相手の表情を窺う。右から、左に、左から、右に。ゆっくり、ゆっくりと手を動かして、包帯に包まれた加賀の表情をじっくりと観察する。


「——くっ」


 しかし、相手も強者(つわもの)。表情を石のように固くし、北條変化を悟らせない。いつものヘラヘラしたような表情とは違う鉄面皮に北篠も唇を噛んだ。

 こうなってしまっては仕方がない。男を見せる時だ。そう意気込んで、北條は右端のトランプを勢いよく引き抜く。


「——ちっ」

「イエーイ!! どんなもんだ!!」


 結果はクラブのエース。仕掛けられた心理戦は北條に軍配が上がったのだった。

 そして、ゲームは続き、最終局面。北條の手元にはダイヤのクイーンが1枚。加賀には2枚のカード。ここまでジョーカーは姿を現していない。残ったカードのどちらかがジョーカーなのは確実だ。

 伸ばされた手が、カードに触れるか触れないかと言う距離で止まる。右か左か。ジョーカーかダイヤのクイーンか。引けるのは1枚。当たりも1枚。勝利が決まるか、敗北が決まるか。

 勝負の決定的な別れ道を前に、北條は思考の渦に捕らわれる。


「(どうする。どうすれば良い!? 何か、何かこの状態を抜け出す手はないのかっ)」


 自然と力が入り、カードがグチャリっと少し歪む。長年鍛えに鍛え遂に辿り着いたと思った心理の眼(自称)でも見抜けない敵の心理に北條は焦る。

 互いに動かず、時間だけが過ぎていく。

 ゴクリ、と喉を鳴らしたのはどちらか。カードに意識を集中しているせいで互いに自分の体で起きていることなど意識の外に置いてきてしまった。

 これは戦いだ。戦争だ。己のプライドをかけた戦いである。負ければ泥を啜り、勝者の足元に這いつくばるしかない。故に2人は負けられなかった。

 そんな2人の空間に1人の少女——結城えりが現れる。


 何をしに来たのかは分からない。結城は指示を受けているという話は聞いていない。何の用もなく結城がここに訪れる理由はないはずだ。まさか彼女は暇を潰すためにここに来たのだろうか?と首を傾げる。

 その瞬間、北條には勝利までの一筋の光が見えた気がした。

 癖なのだろう。音もなく現れた結城に加賀にばれないようにアイコンタクト。若干カードで顔を隠しながら、瞼でモールス信号を送る。


「(カガノ、カード、オシエタラ、5000バルカン)」


 提示した額は今の北條の懐事情からすればかなりのもの。だが、最後は勝てば良いのだ。勝てば。 

 何をしているかなどは伝えなくても大丈夫だろう。いつもこうやってトランプをやっているのを見ているのだ。それにババ抜きはトランプの中でも最も親しみがあり、簡単なゲーム。予想はしやすいだろう。

 興味なさげにこちらを見ていた結城も報酬があるのならば別なのか、加賀の手元を覗き込み、返事を送ってくれる。

 ——返答は、右。

 勝利の女神の笑みを受けた北條が得意げな顔を加賀に向けた。


「————ふっ。残念だったな。加賀。どうやら、勝利の女神は俺に微笑んだらしい」

「ほう。言うじゃないか我が宿敵よ。勝負は最後になるまで分かりはしないぞ?」

「残念ながらこれは確定だ。今、お前の敗北は決定した」

「なるほど。そこまで自信があるのか。しかし、本当にそれで良いのか? お前はそれが本当に正しいと思っているのか?」

「フハハハハ!! 正しいさ。何故なら、俺は勝つからだ!!」


 迷いはなく。右のカードに指をかけ、勢いよく引き抜く。

 勝利だ。勝者だ。これで今日の暫くの生活費は安泰だ。と勝利を確信し、胸を撫で下ろしながら北條はカードを裏返す。だが————。


「…………ホワイ?」


 そこにあったのは道化師の絵柄。北條の持つダイヤのクイーンではない。意味を理解できずに停止する北條。その数秒が、再起動した北條は結城に鋭い視線を向けた。


「クックック」


 そんな北條を嘲笑うかのように加賀は喉を鳴らす。何が可笑しいのか。北條が目線を向けるとまだ気付かないのかと嘲笑う。


「ま、まさか——」

「そう、そのまさかだ」


 足を組み、愚かにも自らの掌の上で踊った敗者を見下ろす。

 加賀の態度に全ての点が繋がっていく。そう、最初から仕組まれていたのだ。結城がこのタイミングで入ってきたのも、加賀がずっとジョーカーを持ってゲームを進めていたのも。

 全ては北條に最後の最後でジョーカーを持たせるようにするためにの罠!!


「き、貴様ら卑怯なり!!」

「結城を使って俺の手札見ようとした奴が言っていい台詞じゃねぇな」


 確かにその通りだが、今の北條にそんな言葉は届かない。

 結城が加賀の後ろから北條の後ろへと移動する。今度はこちらの手札を見ようという腹だろう。北條は息を吐き、熱を冷ますように呼吸する。


「(落ち着け、まだ勝負は決まった訳じゃない。俺がジョーカーを持っただけであってアイツの勝利ではないっ)」


 残った2枚の手札に目を落とし、落ち着きを取り戻す北條。裏切りがあったことには驚いてしまったが、まだチャンスは残されている。結城が後ろからのぞき込んでこようとこちらは中身を見せなければいいだけの話なのだ。

 状況を覆そうと意気込み、結城に見られぬように隠してシャッフルをする。だが、その直前で体の違和感を北條は感じ取った。


「(う、うごか……ない)」


 体が動かない。まるで、石にでもされたかのように指一本も動かない。声も出せないまま北條は固まってしまう。これは一体何なのか。訳も分からずに再び思考が停止しかけ、加賀の表情を見て、全てを悟った。


「残念だったな。北條。勝負に能力を使うことは禁じられているが、まぁ俺は使えないんだけど…………勝負している者以外が使うことは禁じられていない。つまり——勝負を観戦している結城が使えばモーマンタイ!!」

「(ひ、卑怯なりー!!)」


 口が動けば外まで聞こえているほどの大声を出していただろう。北條の叫びは虚しくもうたた寝をしていたルスヴンだけにしか聞こえなかった。


 かくして生活費をかけた勝負は加賀が勝利し、少ない生活費を更に少なくすることになったのだった。





「協力代10000バルカン」

「え、高くない?」

「よ―し、いいぞ。分捕れ分捕れ」

「あ、ちなみにアンタからも5000バルカンキッチリ取るからね」

「……………………ホワイ?」


 なお、勝利の女神は勝者と敗者に対して平等に微笑んだ。それで繁栄が約束されることはなかったが。

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