心情の違い
ドサリ——とジャックの体が胸に穴を開けて地面に崩れる。
同時に北條も壁に背を預けたままゆっくりと床に腰を下ろした。
「はぁ~~——ッ!?」
腰を下ろした瞬間に右肩と胸に激痛が走る。
AAA突撃銃を戦闘衣なしで使用したせいで右肩が外れ、胸の骨が折れたのだ。
北條もどこの骨が折れてしまったのか知らなかったものの痛みの具合から確実に骨が折れていることを確信し、もう2度と対吸血鬼用装備を戦闘衣なしで使用しないことを誓う。
「(ルスヴン、近くに敵は?)」
「誰も居ない。ゆっくりしておけ」
「(そっかぁ~)」
疲れる様子を見せる北條だが簡単に気を緩めることはせず、ルスヴンに確認を取る。驚異の感知能力でルスヴンが周囲を索敵し、問題ないことを伝えるとそこでようやく北條は気を緩めた。
疲労で体は重くなり、気が重い。
味方もいない中で戦闘衣も情報識別機も身に着けないのは危険極まりない行為だが、ルスヴンが接近してくる者は教えるとのことなのでその言葉にたっぷりと甘える。
「赤羽さん……何が1でも過剰戦力だよ。バッチリ命の危険があったよ」
『その文句は本人に言ったらどうだ?』
「言えないからこの場で愚痴ってるんだ。というか、加賀はまだ来ないのか?」
『さぁな。連絡してみたらどうだ?』
「…………いや、今はいいや。端末もどっか行っちゃったし」
それすらも面倒だと息を吐いて体の力を抜いていく。
北條がジャックの死体を見て恐る恐ると呟く。
「そう言えば、装備に穴を開けたことなんか言われるかな?」
ジャックが身に着けている装備。戦闘衣に高周波ブレード、情報識別機。
これらはジャックが警備会社から奪ったもの。表向きは街の治安を守るために自発的に動いたレジスタンスがジャックを片付けたことになるので、装備を回収して返す。といったことはしない。
反政府組織と企業に繋がりがあるなど疑いを持たれる訳にもいかないし、レジスタンスだって戦力の強化がしたいからだ。
しかし、北條との戦闘で戦闘衣については胸に大きな穴が開いていて修理するよりも新しいものを買った方がいいという状態。他の2つは問題なく使えるはずだが、何か言われるのではないかと今更心配になってしまう。
ルスヴンが仕方がないと割り切って北條を慰める。
『余は上手くやった方だと思うが。腕と胸に一発ずつ。確かに使い物にならなくなったが、逆に言えば使い物にならなくなったものは戦闘衣だけ。これで何かを言う程、彼奴等も狭量ではないと思うぞ』
「そうだよな。うん。そうだよな!!」
ルスヴンの言葉に北條が気を取り直す。
それにしても、とジャックの装備を改めてみる。
ルスヴンが言うには腕に飛び道具が隠されているようだが、それ以外に武器を隠している様子はない。つまり、ジャックが主に使っていた武装は刀ということになる。
「倉庫襲って装備をガッチガチで固めてるって予想したけど。使ってたのは刀だけか。今更だけど何で銃とか使わなかったんだろ?」
『さぁな。己惚れていたのか。銃が苦手だったのか。それとも辻斬りと言うことに意義を感じていたのか。今となってはどうでも良いことよ』
本当にどうでも良いのか。興味なさそうにするルスヴン。
ジャックが何故刀を使っていたのか。それはジャックのみぞ知ること。死んでしまった今そんなことを考えても時間の無駄でしかない。
ルスヴンの言葉に確かにと頷く。
『そう言えば宿主よ。もし、装備を貰えるのならば、あの高周波ブレードは良い代物だぞ? お主の強化にも繋がるから貰っておけ』
「高周波ブレードってあの刀か? え、本当か?」
思い出したように声を掛けるルスヴン。自分の強化にも繋がることに北條は目を輝かせる。
「そんなに良いものなのか?」
『あぁ、高周波ブレードの中でも性能に差があるが、一番低い性能でも通常の刀よりも丈夫で便利だ。刀身が欠ければ交換は必要だが、刀身が振動で熱を帯びているおかげで切れ味は悪くはならんからな』
「へぇ…………っそう言えば!?」
『どうした?』
高周波ブレードはそんなに便利なのかと感心しているとここにはない装備について思い出す。同時にその場にいるであろうジャックの部下達も。
動くことはできないだろうが、彼らについても対処しなければと思い動き出す。
「ルスヴン、着替えるから誰か来たら教えてくれ」
『別に構わんが、何をするのかぐらいは余に教えろ』
「ジャックの部下だよ。それに装備も回収するのならあっちのもやらなきゃ」
もう少しゆっくりしたい所だが思い出してしまった以上、動かない訳にはいかない。ズキズキと痛む右肩と胸を抑え、ゆっくりと起き上がる。
それを見てルスヴンが納得したと頷き口を開いた。
『ふむ、そうか。ならば、お主は休んでいてもいいのではないか?』
「——え?」
『右から来るぞ。見てみろ』
敵かと一瞬身構えるが、ルスヴンの言葉に戦闘時にある緊張感がないことに気付くと近づいてくる相手はこちらを害さない存在なんだろうと考える。
そして、暫くするとルスヴンの言葉、右から近づいてくる足音を耳にする。
「————ッと。お前だったか」
「よう、加賀」
姿を現したのは加賀だ。
情報識別機でこちらの状況を把握していたのだろう。辺りを特に警戒せずに近づいてきた様子から予想を立てる、
AAA突撃銃を肩に担いだ加賀は北條に近づくと右手を差し出す。
「すまないけど左手にしてくれ。AAA突撃銃を生身で扱ったから右と胸の骨が逝ってるんだ」
「生身で!? え、お前何をしたんだよ?」
「情報識別機と戦闘衣に細工されたから脱いで突撃銃をぶっ放した」
「お前……俺が行くまで待てって言っただろ?」
「こっちにもちょっとしたトラブルがあったんだよ」
疲れたような表情で加賀の質問に答える。加賀も途中から連絡が取れなくなっていたことは把握していたので、北條の話を聞いて納得する。
ジャックの死体へと近づき、確実に死んでいることを確認すると北條へと振り向く。
「これで仕事は終わりだな。死体は処理して帰るか。あ、この刀良さそうだ。どうする? パクっちまおうか?」
「おい」
「冗談だよ」
おちゃらけた態度で刀を掲げる加賀に鋭い視線を向ける。
いくら装備が取って来た者に回って来やすいとはいえ確定ではない。それが欲しいから報告もせずに貰うなど本部に目を付けられる行為だ。
過去に回収した装備を報告せずに隠して自分で使っていた者が、反逆を企んでいると見なされ捕まったことがあるのだ。
異能を使う者を除いて、レジスタンスは特定の者に戦力が傾かないようにしている。これはレジスタンスで離反者が出るのを防ぐためである。
北條の視線を受けて加賀が肩を竦める。
「はぁ、冗談が通じないなぁ」
「冗談でも言って良いものと悪いものがある。今のは悪い方だぞ」
「分かったよ。分かった。悪かったって。その分、お前より働いてやるよ。それじゃあ取り掛かるわ」
「あ、待ってくれ」
早速ジャックの装備を取り外そうと動き出す加賀に待ったをかける。怪訝な表情を浮かべて振り返るが、先程の話を思い出すと納得した表情を作った。
「そう言えばまだ部下がいたんだな。あっちにも物資があるのか。それにしても、そいつらに物資を配っていたから目撃情報が少なかったのか。納得がいったよ」
「あぁ、それに何人かは騙されてると思う。物資が欲しくても犯罪者から受け取ろうなんて思う奴は少ないしな」
「ふ~ん……なぁ、お前はそいつらをどうするつもりだ?」
分かりきっていることを聞いていると思いながらも加賀は問いかける。
ジャックと同様に殺すべきだと考えたのならばとっくに殺しているだろう。そうしないということは北條の中には彼らを殺すつもりがないということ。
「殺すつもりはないよ」
だよな。と思いながら溜息をつく。
加賀も殺しが好きな訳ではない。しかし、犯罪者に加担した者に何もしないほどこの街は優しくはない。
「殺すつもりがないのは知ってるよ。だけどな。俺らが無くてもそいつらの無事を保証してやれる訳じゃないんだぞ? まさかレジスタンスに入れるつもりだとか言わないよな? お前じゃ入隊の取り決め何てできないし、そもそも俺達がレジスタンスだってのは話すこと自体危険だ」
「…………」
「? おい、どうした? もしかして、お前」
北條が気まずさを隠せず、視線を逸らす。
その態度から何をしたのかを察した加賀が北條へと詰め寄った。
「言ったのか? お前がレジスタンスだとか言ったのか!?」
「ごめん……」
「マジかよッ!?」
レジスタンスは反政府組織。街も情報を求めているし、レジスタンスも末端とはいえ、そこから漏れた情報をそのままにしておくことはない。
レジスタンスだと知られたら取る行動は1つ。情報の拡散を防ぐための口封じだ。それなのに北條は相手を殺すつもりはない。
先程ならば別に良いか。と見逃すことはできた今はもう無理だ。
途轍もなく面倒くさい事態になったと頭を抱える。
加賀を見て想像通りの反応だなと思いながら、北條は事前に考えていたことを告げる。
「ごめん、でも、一応考えはあるんだ。アイツ等は犯罪者に手を貸していたってことを甘く見てる節があった。それを自覚させて脅しをかければ良いと思う」
「……脅迫、ねぇ。でもよ。それでその部下が口を閉じたとしてもお前が情報を流したってことには変わりないぞ?」
「問題になったとしてもそれは俺に責任被せて貰ったらいいさ。俺が口にしたことだからな。赤羽さんには報告するけど」
脅しで解決できるならばそれでいい。だが、それほど上手くいくとは思えない。色々と問題が残る厄介ごとに見て見ぬふりをしたくなる。
「赤羽さんに報告かぁ。殺せって言われるだけだと思うんだが……」
「いや、あの人はそんなに恐ろしい人じゃないだろ」
北條と加賀。互いに赤羽に思うことは違うからこそズレが生じていた。しかし、その答え合わせをする余裕はなかった。
目の前の問題を解決するために2人は動き出す。
事件が終わったにも関わらず、解決しなければいけなくなった厄介ごと。それを前にして2人の歩みには心情の違いが現れていた。




