生き延びるために
引き金を引く。それだけで人には向けることはできない対吸血鬼用の銃弾が飛び出していく。
1発1発がコンクリートを破壊できる威力。通常兵器と比べるならばその威力は対戦車狙撃銃を優に超える。生身の人間に当たればそれこそ肉塊になるには十分だ。
「——ッと」
ジャックが放たれた銃弾を地面に転がることで避け、走り出す。その背中を迷うことなく北條は追いかけた。
「逃げるつもりか!?」
「いいや、騙し打ちだ」
背中へ向けて銃撃を放ち、逃げるジャックを仕留めようとするが走りながらでは上手く標準が合わず大半が違う場所に被弾する。数発ほどジャックに命中する弾道だったが、それも壁を蹴って宙を舞ったことで躱されてしまう。
「——ッ」
それだけではない。
距離を詰めてきた北條に対し、ジャックは逃げると見せかけて距離を詰めて間合いは潰した。
背中から取り出されたのは折り畳みの刀。当然ただの刀ではない。これも対吸血鬼用に製造された刀。刀身を高速度で振動させ岩ですら簡単に両断できるように製造されたものだ。
「チェストォ!!」
高周波ブレードが北條の頭部へと目掛けて振り下ろされる。
北條の今の装備はAAA突撃銃、情報識別機以外に目立ったものはない。戦闘衣に防弾を施してはいるが、それも気休めだ。
高周波ブレードを防げる術はなかった。
『力まずに引き金を引け!!』
だが、それはルスヴンがいなければの話。
死を間近に感じたからか、殆ど反射的にその言葉に従った。
いつもは踏ん張る両足から力を抜き、引き金を引く。
AAA突撃銃は1発1発が対戦車用の狙撃銃以上の威力を誇る。地面を支えにし、射撃するのならばともかく、それを足で立ったまま射撃するのは生身の体ではできない。扱うには戦闘衣によるサポートは必須だ。
戦闘衣の人工筋肉が地面に巨大な根を張り、衝撃を吸収する。そうすることで簡単に体を吹き飛ばす反動を打ち消しているのだ。
北條はその根を自分から切り離した。
「チィ!!」
体を支える根を失った北條はAAA突撃銃の反動で後ろへと吹き飛んでいく。その程度ならばジャックでも追撃を仕掛けるのも容易だったが、反動で後ろに飛ぶために放たれた銃弾がそれを阻害した。
「————ッ」
衝撃に逆らわず、大きく吹き飛び地面を2、3度転がってから素早く起き上がるとジャックに銃口を向けて引き金を引く。
両足に力を入れて反動を消した射撃は北條を吹き飛ばさなかったが、銃弾はジャックがその場を飛びのいたことで空を切った。
仕切り直し——。
ジャックが柱の陰に隠れたことで北條も物陰に隠れ様子を窺う。
「(手持ちの銃弾は少ない。転がっている銃を拾えば弾切れしても戦えるけどそれを許してくれるか? さっきの騙し討ちも危なかった。銃器の類は見られなかった。辻斬りと呼ばれるだけあって近接戦闘がメインなのか?)」
そこにいるのは怒りに支配された少年ではない。死が間近に迫ったことで冷静さが戻ったおかげで十分に思考を巡らせ、敵を分析する姿があった。
そういえば、窮地を救ってくれた相棒に礼を言わなければ。そう思って北條はルスヴンに礼を告げる。
「(ルスヴン。ありがとう。さっきのがなかったら俺、頭を割られる所だったよ)」
『…………』
死が過ぎ去ったことに笑みを浮かべて喜びを分かち合おうとする。しかし、返ってくるのは沈黙だった。
「(?……ルスヴン?)」
呼びかけに応じなかったことはなく、いつもならば何らかのリアクションがあったはずなのに何も返ってこないことを不思議に思う。
再び声を掛けても何も返さないルスヴンを寝ているのかと疑うが、流石に戦闘中に何も言わずにそんなことはしないだろうと思い直す。
では、一体何があったのか。と考えていると頭の中に怒声が響き渡った。
『こんのっっっ大バカ者がァ!!!!』
「イッ————!?」
妙な声が口から洩れ、思わず耳を塞いでしまう。声の発信源は外からではなく中からなのでそんなことをしても意味はないのだが。
呆気に取られる北條にルスヴンが怒声を浴びせる。
『お前という奴はッ、何がありがとうだ!! 余の声を無視して突っ走った挙句死にかけるとは愚かにも程があるわ!! 何だ? 無傷で勝てる見込みでもあったのか? 明かに武器を隠している奴に何故真正面から攻める? 何故近づく? この阿呆が!!』
「うぅ…………」
『怒りで頭に血を昇らせて突進。あの時助かったからはいいものを…………死んでいたらどうしていたんだ』
「…………ごめん」
最後には段々と覇気がなくなっていくルスヴン。心から心配されていることを感じ取り、北條は申し訳なくなる。
怒り心頭になり、ルスヴンの声に耳を貸さずに突撃。挙句の果てには後少しで死ぬところだった。
ルスヴンの声に従えたのは幸運だった。あのようなことがまたあるとは思えない。
もし、同じようなことが起き、死ぬようなことがあれば————。
ルスヴンとは、異能を使わせて貰う代わりに願いを叶えることを条件にした協力関係だ。異能を使うだけ使って簡単に死ぬ。それはルスヴンにとって裏切りに他ならない。
「ごめん、ルスヴン」
『……反省をしているのならば良い』
もう一度、謝罪を口にする。
ルスヴンもその態度から十分反省していると判断し、謝罪を聞き入れる。そして、ジャックが動きを見せたことで意識を切り替えた。
『では、宿主。彼奴に適した戦い方を教えてやる』
「あぁ、頼む」
もう無茶なことはしない。命を懸けるのならば、生き残る術も含めて命を懸ける。北條が生き残る最も効率の良い術はルスヴンの指示に従うことだ。
全力で生き延びるために北條はルスヴンの指示に耳を傾けた。
北條がルスヴンに叱責を受けている最中、ジャックは中々出てこない北條に対し、どう攻めるべきかを考えていた。
確実に決まったと思った一撃を思いもよらない一手で躱されたことはジャックにとって予想外であり、同時に嬉しいことでもあった。
人は斬りたい。有象無象ではだめだ。強者と戦って殺してみたい。そんな異常な願いを抱えて警備会社に入り、それが夢物語だと知り、絶望に陥った。
だが現在、ジャックはようやく望みの相手を手に入れた。
この一瞬を楽しみたい。早く出てこい。手続きをやろう。まるで子供のように心を躍らし、次の手を考える。
「(もう少しで死ぬ所だったんだ。お前の頭には俺が刀を使うことが強く染みついたはずだ。だけどな。俺にも銃ぐらいは持ってるんだよ)」
ニヤリ——と笑みを浮かべて戦闘衣の右腕に隠し持つ1発限りの銃器を撫でる。
これまで一度も使ったことがない暗器。威力は通常の兵器よりも劣るがそれでも当てれば問題なく人1人を殺せる代物だ。
「(それにしても、あんな状況でも異能を使わなかったのは何故だ?)」
暗器を隠し、物陰に隠れているであろう北條に目をやりながらジャックは思考を巡らせる。
北條一馬=異能力者というのはジャックの中では確定だ。装備を全ては剥いだ状態で氷霧を出すなど異能としか考えられない。
しかし、先程死にかけた時は異能を発動させるのではなく、AAA突撃銃の衝撃で距離を取るという方法を取っていた。
対吸血鬼用の装備よりも異能は強力だと耳にしたこともあるため、ジャックは土壇場でも異能を使わなかった北條を疑問に思っていた。
「(ただ間に合わなかっただけか? それとも条件が必要なのか?)」
条件が必要な場合、その条件は何なのかを考えるが暫くしてその思考を放棄する。条件を探そうとしても異能についてジャックは詳しくはない。分からないことを考えても仕方がない。そう思ってジャックは使えないのならば仕方がないと考えたのだ。
異能の使い所を考えているのか、使えないのかは分からない。ならば戦いの中でのお楽しみとしておこう。最終的にそう考えてジャックは北條への期待を大きくする。
「——おッ?」
その期待に応えるように北條が物陰から出てくる。
お楽しみが始まることへの予感に笑みを浮かべる。そんな予感をしてジャックが物陰に隠れているはずがない。
今度は隠さずに堂々と刃を見せて柱の陰から躍り出た。




