デリケートな戦い
視界が悪くなり、冷静さを失ったジャックの部下から装備を取り戻した北條はすぐにその場から走り去る。といっても逃げる訳ではない。
レジスタンスと口にした以上、彼らをただで逃がす訳にはいかないからだ。ジャックとその部下達の様子を確認できる距離を保ち、奪い返した装備を身に着けていく。
一度、端末で連絡は取ろうとしたが、ジャミングが掛かっているのか加賀には繋がらなかった。それはつまり、北條が1人で戦わなければならないということを示していた。
ジャック達に見つかってはいないかが気になり、物陰から顔を覗かせてジャック達を窺う。
『何をしている宿主。さっさと装備を身に付けろ。そんなことをしている場合か』
「(いや、少し時間が掛かるからさ。その間に襲われないかなと思って)」
情報識別機にAAA突撃銃はともかく戦闘衣を身に着けるのには時間が掛かる。2、3分ほどで済む行為だが、敵の近くでやるのは流石に度胸が必要だ。
襲撃を心配する北條に問題ないとルスヴンが笑う。
『安心しろ。彼奴等は烏合の衆でしかない。殆どの者が氷霧如きでパニックを起こす奴等だぞ? あの男も部下を纏めることに集中しておるし、お主を探そうとしている者などあるはずがないわ』
氷霧を出した際、何が何だか分からずに立ち尽くす男達。その姿を思い出し、ルスヴンは嘲笑を浮かべる。
『フフッ——。それにしても偶然とはいえ上手く人を集めることができたのは幸いだ。いや、狙ってやっていたのかな? 宿主よ?』
「(分かってて聞いてるだろ。それ——)」
『ククククッ。そう拗ねるな。偶然で、相手がド素人だったから上手くいったとはいえ成功は成功だ。胸を張るが良い』
「(それ絶対褒めてないだろ!!)」
『フハハハハ!!』
「(——はぁ)」
ルスヴンの笑い声を耳にして肩を落とす。
確かに、自分には話術で敵を翻弄するなんてことはできない。レジスタンスという誰でも知っている有名なワードが出たからこそあそこにいる者達は反応した。それも相手が素人だったからだ。もし、練兵を繰り返した正規の軍人や企業の警備隊の者達であれば勝手に持ち場を離れることは絶対にない。
運が良かった。それだけなのだ。
息を吐き、これ以上余計なことを考えないように意識を切り替える。
戦闘衣を身に着け、情報識別機とAAA突撃銃を装備し終わった北條は物陰から相手の様子を観察する。
既に氷霧は効力を終え、視界を妨げるものは消えていた。北條がいなくなったことに焦りを見せたジャックが部下達に怒声が浴びせられているのが目に入る。
「(氷霧はなくなった。後は奇襲でどれだけ数を減らせるか。だな)」
『全員の頭を吹き飛ばすことはそれほど難しくはなかろう。銃は持って居るが戦闘衣は来ておらん。何を悩む必要がある。相手は案山子同然の奴等、標準を合わせて引き金を引く。それだけだ』
「(いや、ジャックはともかく周りにいる奴らは殺さないって言ったでしょ?)」
『——チッ』
思い切り舌打ちをするルスヴンに北條は苦笑いを浮かべるも、直ぐに表情を戻す。
ジャックを除いて視線の先にいるのは23名。
装備が奪われていることに気付いたジャックが全員に装備の着用をさせ、確実に殺すことを厳命している。
命令を受けた男達は全員対吸血鬼用の突撃銃を持っている。ジャックが以前所属していた警備会社で扱っていたものだ。
対吸血鬼用装備は通常の兵器と違って強力だ。しかし、それは扱う者が一流であればの話。
『宿主、相手を無傷のまま負けさせたらかえって自尊心を増長させるだけだ。手足の1本や2本は吹き飛ばすことはしろよ』
「…………」
北條はルスヴンが言ったことに対して何も言わない。ただ、静かに歯を食いしばった。
相手は素人だということは見て分かる。武器を見て浮かれている様子からそういったものに憧れを持っていることも分かる。
物資といううま味があったから協力しているのかと思ったが、こういった戦いに憧れていたからこの徒党にいるのかもしれない。あの入り口付近で見た煙草の痕。あの痕を付けた者達もここにいるのかもしれない。
彼らは恐怖を知らない。この街の闇を知らない。だから、あそこに立っている。立ってしまっている。それが何を意味するのかも分からずに。
AAAを構え、標準を合わせる。
恨まれることは構わない。だからどうか、恐怖を知ってくれ。そう願って北條は引き金を引いた。
視界を防ぐほどの濃い氷霧。意表を突かれて敵を逃がしてしまったジャックは直ぐに動かなかった部下に対して苛立ちを抑えきれなかった。
意表を突かれたのは確か。だが、それでも動きの遅さは警備会社で訓練を重ねた者達と比べるまでもない。
いざという時は全員の死を利用して自分も死んだと思わせるつもりだったが、その前に簡単に制圧されてしまうかもしれない。
自分の考えの甘さに痛感し、歯を軋ませる。
「(この屑共。何をチンタラしてやがる。一体何のために集まってたんだ!! ブチ殺してやろうか!!)」
装備が奪われていることに気付き、武装をさせて探しに行くことを命令したのに装備自体に手間取っている部下に苛立ちを募らせる。
終われば見せしめに何人かを殴り殺してしまうと考える程、ジャックの苛立ちは大きかった。
懐にあるものを部下に貸し出すべきか迷い、やめる。これは本来ならば部下対策で用意したもの。人数も多く、身を隠す時間も少なくまだ遠くまで行っていないことが予想される中で貸し出すものではない。
氷霧、そして凍って千切れた縄を見下ろす。対吸血鬼用装備でもこんなことはできない。これを引き起こせる現象を知っているジャックは忌々しそうに呟く。
「あの餓鬼。異能持ちだったのか。通りで余裕を持ってたはずだ」
そんなジャックに一人の若者が近づいてくる。まだ状況を把握しておらず、いつもは親し気に話すジャックにまだ危機感を抱いていなかった若者だ。
「あ、あの……ジャックさん。あの餓鬼は一体どこに?」
「——あぁ?」
「ひ、ひぃっ」
苛立ちのあまり状況に付けておけず説明を求めてきた部下に威圧を放つ。一定の強者が持つその威圧は勢いだけの部下を振るわせるには十分だった。
震える部下にジャックは怒鳴りつける。
「何を震えてやがる!? さっさとあの餓鬼を探しに行きやがれ!!」
「は、はひぃ!!」
「テメェらもだ!! 何をぼんやりしてやがる!! 隣の奴を待ってねぇでさっさと行きやがれ!!」
その怒声に恐れをなして部下達が装備も碌に付けてもいない者も含めて動き出す。
改めて使えなさそうな動きをする者を尻目にジャックは後ろを振り返った。そこにいるのはスラムで荒事を切り抜けてきた者達。ジャックのように戦闘衣を身に付けてはいないものの、集めた中ではまだ優秀と呼べる者達だ。
「テメェらは——準備できてるな」
「当たり前だぜボス。あんな素人と俺達を一緒にしないでくれ」
同意、とばかりに複数の笑い声が下水道に木霊する。
ジャックも男達はまだ使えることに笑みを浮かべる——が直ぐに先程の部下を威圧した時と同じように殺気を出すと男達へ問いかける。
「テメェらがアイツ等よりも使えることは分かった——で、何でテメェらはあの餓鬼を探しに行かねぇんだ?」
若者を振るわせた威圧を受けても男達は動じない。この程度、スラムではよくあることだからだ。
代表である男が全員の代理として口を開く。
「ボスが俺達を雇ったのはあの餓鬼共が馬鹿をしないかの監視と護衛だろ? それ以外のことを言われても困るぜ? あぁ、報酬をはずんでくれるんなら話は別だがな」
ニヤニヤとしながら親指と人差し指で輪っかを作る男。
どさくさに紛れて仕事をさせることができないかと思っていたジャックは内心舌を打つ。
ここで変に揉めればせっかく手に入れた使える駒も使えなくなる。そう考えたジャックは表情を装って威圧を引っ込める。
「オーライ、分かったよ。済まねぇな。苛ついてたもんで」
「構わねぇよ。で? どうするんだ?」
「…………報酬は出す。いつもの3割増し。だから、あの馬鹿共を率いて餓鬼を探しに行け。」
「了解だ。行くぞおめえら!!」
少し考えた後ジャックが条件を提示し、それに納得した男達は動き出す。
これで少しはマシになるはず。そう考えてレジスタンスが来た場合の対処法を頭の中で組み立てていく—————その時だった。
パァン!!と乾いた銃声の音が下水道に響く。
ジャックに怒鳴られることを恐れていた部下達が静かであったため、その音は余計に大きく聞こえた。
そして、遅れて一つの悲鳴が響く。
「ギャアァアア!? お、俺の足が!? イテェッイテェよ!!」
それを皮切りに次々銃声が響いていく。
1発目の銃声から身を隠していたジャックとスラム出身の男達は物陰に隠れてそれを見ていた。
撃たれる者は全員が部下達。敵の狙いは無力化にあると判断したジャック達は視線を周囲へと向けて囮がいるうちに居所を割り出そうとする。
「——見つけたぞ!!」
「あの糞餓鬼ッ。撃て!! 撃ち殺せ!!」
周囲に目をやり、数秒で北條を見つけたジャック達は銃を連射して包囲をしようとする。若者の部下に指示を出すことはしない。彼らの頭にはもう若者の部下達は囮の役割以外の使い道はなかった。
気付かれるまでに数を減らしたかった北條は上手くいかなかったことに顔を歪めた。
「(クソッ——後2人は無力化したかったッ)」
『世の中そう上手くは行かないものだ。ホレ、頑張れ。余はもう助言ぐらいしか出来んぞ』
「(分かってる!!)」
覚悟を決めて身を預けている壁から飛び出る。
戦闘衣が北條の身体能力を向上させ、生身では出せない加速を生み出す。
『宿主。2人ほどここから逃げようとしているぞ』
「(了——解ッ)」
弾丸に当たらないように不規則に進むだけでなく、ルスヴンが周囲の状況を確認し北條へと知らせることで被弾する確率を更に下げる。
空中で身を捻り、柱を蹴って逃走を図ろうとする2人の男の足を撃ち、着地時点で待ち構えていた男を蹴り飛ばし昏倒させ、急いで銃口を合わせようとした男をすれ違いざまにナイフで斬り付ける。
1人、また1人とやられていく姿にスラム出身の男達は目を見開く。
「ち、ちくしょうっ。何だアイツは!? 異能を持つ奴はバケモンか!!」
「(異能は関係ないんだけどな)」
異能というものに触れずに生き、相手が子供だからと侮っていたツケを男達は今払っていた。
弾幕の雨を北條へと注ぐが、どこに弾丸が通るのか分かっているかのように1つも当たることはなく、死角を突いたと思っていたら見向きもせずに反撃される。
銃弾が当たらないのは北條が上手く情報識別機を扱えているおかげであり、死角に入った男に対応できたのはルスヴンのサポートによるものだ。だが、対吸血鬼装備が銃だけの男達にそれを理解できるはずもなかった。
「——畜生ッ。足をやられたぞ!!」
「あの餓鬼、舐めてんのかァ!!」
しかし、男達に恐怖はない。むしろ傷を負えば負うほど怒りを強くしている。
銃弾が当たらず、死角に入っても反応されても尚戦意が劣らないのには理由があった。相手がこちらを殺す気がないのが分かったからである。
対吸血鬼用の銃を握り締め、眼光をぎらつかせ、咆哮を上げた。
「死にやがれェ!! ヘタレ野郎がァ!!」
『言われているぞ。どうする? あの5人組は他の者とは違うようだが?』
銃弾を避け、敵に致命傷にならない傷を負わせるかなりデリケートな戦い方をしていた北條はその咆哮を耳にして顔を顰める。
恐怖に怯えてくれるならば口留めは容易い。しかし、怒りに狂っている相手は必ず報復に出てくると相場が決まっている。
ルスヴンもそう考えて尋ねているのだろう。
「…………」
暫く黙った後、北條は銃を構える。標準は言うまでもない。
このままあの5人組を放っておけば他の者も影響されかねない。もし、余裕を取り戻されたらこちらの条件すら通せなくなってしまう。
唇を固く結び、北條は引き金を引く。
一番最初に狙ったのは怒り狂い咆哮を上げていた男。対吸血鬼用の銃弾が頭部に命中し、脳漿を飛び散らせる。
戦いで初めての戦死者。若者はその光景を見て戦慄し、スラム出身の男達は目を見開く。
危険が増したことを感じ取るが、もう遅い。男達が全滅するのに2分も掛からなかった。




