地上→地下→地上
襲撃をやり過ごした北條は地上へと出て人混みに紛れて移動する。そのままの姿だと一目で分かるため、変装をしてだ。ただし、今回は1人ではなく、同行者がいた。
「あのぉ……私は何でここにいるんでしょうかぁ」
北條の隣には同じく変装をした三木がいる。
「何でって……あそこに残してたら無人機操って俺を殺しに来るかもしれないだろ」
「まっさかぁ、私はヨワヨワ一般ピーポーですよぉ。無人機何て操れませんしぃ、そんな覚悟ありませんよぉ」
「だったら何であんな所にいたんだよ」
「地質調査ですぅ」
「それは無理があるだろ」
あの部屋に置いておけば必ずこちらを妨害してくるに違いない。そう考えた北條は最初は拘束して放置しようと考えた。しかし、拘束するものもなく、あそこにいればすぐにレジスタンスが助けに来るだろうと考え、連れ去ることにしたのである。
ずっと連れ回すつもりは北條にはない。地上に出れば店でロープなどは購入出来る。購入した後は適当な場所に放り込めば良い。そう考えていた。
「レジスタンスはどれだけの人数を俺の捜索に回してるんだ?」
「さぁ、分からないですねぇ」
「獅子郷って人の異能は何だ?」
「知らないですぅ」
何度か情報を抜き取ろうと質問するが、三木の答えはいつも分からない、知らないだった。
「あんた、この状況が分かっているのか? 答えは慎重に選んだ方が身のためだぞ?」
試しとばかりに脅しを口にする。
三木は面白おかしそうに薄く笑う。
「えぇ、脅しをするんですかぁ? そんな度胸もないのにぃ」
「本当にそんなことを思っているのか?」
「思ってますよぉ。だって貴方は非道なことはしないでしょぉ?」
「何を根拠に言ってるんだよ」
「下手な芝居はしなくて良いですよぉ。さっきの仕返しでもう分かりましたからぁ。こちらが非戦闘員だと分かった瞬間に手加減しましたよねぇ。そんな人間が非道なことが出来るはずがないでしょぉ」
「…………」
三木の言葉に北條は黙り込む。
まさか、そこで知られるとは思っても見なかったのだ。
「あれぇ、もしかして図星ですかぁ?」
「だったら、どうなんだよ」
「いえいえぇ、特に何も思うことはありませんよぉ。ただぁ、ちょっと疑問が残りますねぇ」
「疑問?」
「はいぃ、貴方はどう見ても人間ですぅ。一体どういった理由で吸血鬼として命を狙われることになったのですかぁ? それにその異能はどうやって身に着けたのですかぁ?」
「……言いたくねぇ」
「黙っておけば良いのにぃ、そこで言葉にするあたり正直者ですねぇ」
北條と三木が腕を組んで歩く。傍からはカップルのように見えるだろうが、2人の間にそんな甘いものは存在しない。逃がさないための拘束だ。
その腕を三木が引っ張る。
「ちょっとぉ、こっち来た方が良いですよぉ。そっちにはレジスタンスの隊員達が潜んでますからぁ」
「……何で教えてくれるんだ?」
「少しだけ貴方に興味が出て来たんですよぉ。もう少しお話ししたいと思いましてぇ」
『宿主、その女の言う通りだ。さっき行こうとした先にはレジスタンスの隊員がいた。恐らくはこの区域を守るために常時見張っている連中であろう』
ルスヴンが三木の言葉の裏を取る。
言葉での返事は出来ないため、視線だけを向けておく。
「それで、何が聞きたいんだ?」
「お、のってくれるんですねぇ。そうですねぇ、それじゃぁ何でレジスタンスに入っていたんですかぁ。もしかして内側から壊してやろうとか考えていましたかぁ?」
「そんなこと考えてねぇよ。外の世界を見て見たかっただけだ」
こんな閉ざされた世界とは違う広い世界。
青い空に浮かぶ光。大地を照らす炎。それを感じたい。見てみたい。
孤児院で見た写真が切っ掛けになって生まれた願いであり、憧れ。
「太陽を……見てみたいんだ」
「…………」
「何か言えよ」
「いやぁ、すみません。その年で結構純粋な願いがあるんだなぁと思いましてぇ」
「それ俺が子供っぽいって言いたいのか⁉」
荒唐無稽な話ではあるが、笑われると腹が立つ。
北條は拗ねた表情をする。
「そういうあんたはどうしてレジスタンスに入ったんだよ」
「私ですかぁ? 私の場合は既に入ることが決まっていましたからねぇ。別に理由何てありませんでしたよぉ。理由を強いて言うなら親が入っていたからですかねぇ」
「夢みたいなのは、ないのか?」
「ないですねぇ」
三木が何処か遠くを見つめる。
何を思い出しているのか、それは彼女だけしか分からない。
何となく、北條は気まずさを覚える。
「レジスタンスに夢を持たない方が良いですよぉ? この街を解放して人類に自由を与えるぅ、何て言ってますけどぉ、殆どの方が私怨で動いていますからぁ」
「私怨って……」
「誰も考えていないんですよぉ。街の人々のことなんてぇ。積極的に被害を出さないのは解放した後の統治を考えてのことですしぃ」
「…………」
「貴方だけじゃないですかねぇ。そんな理由でレジスタンスに入ったのはぁ」
「いや、俺以外にもいるだろ。外の世界に興味を持ったり、虐げられる人を助けたいとか」
「貴方はレジスタンスに入って半年ぐらいでしたっけぇ。その間に自分と同じ願いを持つ人とは出会ったんですかぁ?」
「……それは、いないな」
「ならぁ、いませんよぉ。外の世界に出たい。人を助けたいと思う人はいても思い続けることも難しい世界ですぅ。自覚した方が良いですよぉ。貴方って希少価値なんですよぉ」
「俺、何か動物扱いされてる?」
「人間も動物ですよぉ」
一呼吸置き、これまで前を向いていた三木の視線が北條に移る。
「だからこそ、残念だと思うんですよねぇ」
「何がだよ」
「そんな人を殺さなきゃいけないということがですよぉ」
「助けて貰っても良いんだけど?」
「それは嫌ですねぇ。私も組織に逆らうつもりはありませんしぃ」
「あんたと引き換えに安全を保障して貰うのは無理かな?」
「それは考えていても口にしない方が良いですよぉ。まぁ、無償で助けてくれって言われるよりは良い考えですねぇ。私もそこそこの地位にいますしぃ」
「それって喋っても良い奴なの?」
「問題ないですよぉ。そんな度胸はないでしょうしぃ」
「…………」
劣っているかのような言い方にムッとくる北條だったが、やるつもりがないのは事実なので何も言えなくなる。
その後、身の上話しをしながら進み、暫くした所で人混みのない路地へと入る。
途中で購入したロープで三木の体を縛ると北條は変装を解いた。
「もう愛の逃避行は終わりですかぁ。残念ですぅ」
「全く残念そうな表情じゃないんだけど」
「そりゃぁ、冗談ですからねぇ。というかぁこんな所に私を放置するつもりですかぁ?」
「悪いか?」
「悪いですねぇ、文句しかありませんよぉ」
三木の視線が近くにあるゴミ溜まりに移る。
確かに文句は言いたくなるだろうな、とは思いつつも北條は場所を変えようとは思わなかった。
「悪いが我慢してくれ。どうせナイフでも持ってるだろ。俺が去った後、1人で帰れば良いさ」
「おやぁ、気付いていたんですかぁ。これを使って逃げるとは考えなかったのですかぁ?」
「考えたけど、すぐに捕まえられるからな」
「舐められたものですねぇ」
変装に使った道具はゴミ溜めに捨てた北條は改めて三木と向かい合う。
「それじゃ、買い物の時金出してくれてありがとうな」
「全くですよぉ。他にも色々買い込んでたしぃ。返してくれるんですかぁ?」
「多分無理だと思う」
「ですよねぇ」
やれやれ、とばかりに肩を竦め、三木は口を開く。
「まぁ、それなりに楽しいお喋りが出来たので良しとしますよぉ」
「あぁ、それじゃあな」
「えぇ、それではぁ」
簡潔にやり取りをして2人の距離が開いていく。
北條の姿が消えた後、三木は呟く。
「最後まで気が付きませんでしたねぇ。本当に甘い子供ですねぇ」
北條は三木を連れて行くに際に通信機やGPSなどは全て破壊していた。レジスタンスと連絡を取れないようにするためである。
しかし、服や靴底に隠してある通信機、GPSは見つけられても、体の内側にあるものまでは見つけられなかった。
ロープから抜け出した後、脇腹を開き、中に収納していた小型の通信機を取り出し、告げる。
「それじゃぁ、お願いしますねぇ」
純粋で、敵のことも心配出来る子供を殺してしまうことを残念に思いながら。