観察する者
レジスタンスが吸血鬼から逃れるために作られた地下通路。
その内部には所々に吸血鬼を迎撃するために作られた広い空間が存在する。
地下通路を走り続けていた北條はその空間に足を踏み入れる。
後ろから迫るであろう獅子郷を警戒し、早くここを抜けて地上に戻ろうと考える北條だが、突如として北條に光が降り注いぐ。
暗闇に慣れていた北條の目が強い光で眩む。
待ち伏せ。その言葉が脳裏に過った時には、腹に違和感があった。
「あ、あれ?」
『宿主⁉』
腹から溢れ出る赤黒い液体。それが何なのか問うまでもない。
足を前に出そうとしているのに前に出ない。それどころか体から力が抜け、地面に倒れてしまう。ルスヴンの慌てる声が遠くから聞こえた。
北條が動かなくなると柱の陰から、人影が出てくる。
全員が戦闘衣を身に着けている。
「こちらシルバーウルフ、目標を確保した」
隊長と思わしき人物が無線機を片手に北條へと近づく。
「安心しろ、傷はそれほど付けていない。あぁ、目的地まではこちらが輸送する。お前等は報酬でも用意しておけ」
「(こいつ等、もしかして賞金稼ぎかっ)」
シルバーウルフという名前に聞き覚えはない。
しかし、会話からレジスタンスではないと北條は推測する。
「生きているかだと? お前等死んでても良いって言ってただろうが。あぁ? チッ注文が多い奴等だ。分かってるよ今確認してやるよっ‼」
「ガッ⁉」
男の蹴りが北條の脇腹に突き刺さる。
「おう、生きてるぜ。逃がすなだぁ? 2度も逃げられてる癖によく言うぜ、ケッ」
通信先の向こう側にいる存在に向かって忌々しそうに唾を吐く。
「隊長、こいつの拘束はどうする?」
「はぁ? んなもん手足縛っておけば良いだろうが……おい、縄持ってこい」
「いや、でもこいつ……アイツ等が言うには吸血鬼なんだろ? 縄とかで縛っても抜けられちまうんじゃ」
「あ? あぁ~んなこと確かに言ってたな。でも、それだとこの弱さの意味が分からねぇ」
「た、確かに……もしかして嘘言われたとか⁉」
「そんな嘘俺らについてどうすんだよ」
「それは——そうだな」
男達の会話を耳にしながら北條は怪我の具合を確認する。
弾丸は体から抜けており、急所も避けられている。だが、未だに腰には力が入らない。
「(ルスヴン、傷を——)」
『問題ない。すぐに治せる』
ルスヴンに助けを求めれば、北條が頼み終わる前に傷を完治させる。
違和感すら消し去り、万全の状態に戻った北條は一息ついてから立ち上がった。
「な、なんだぁ⁉」
「へぇ……マジかよ」
驚く声、狼狽える声、面白そうにする声。憎悪、怒り。様々な反応が返ってくる。
共通しているのは全員が殺意を持っているということ。
本格的に街全体が敵になっていることを北條に痛感させる。
「————」
『宿主……』
「大丈夫、身体能力の向上だけで良い」
『殺さねば後で後悔するかもしれんぞ?』
「それでも、俺は殺すつもりはないよ」
拳を抱え、男達へと向き合う。
銃弾一発ですぐに倒された影響か、北條を警戒する様子は男達にはない。
「10秒で片付ける」
隠れているのならまだしも全員が北條の目の前に出ていることが致命的だった。
吸血鬼としての力が解放された北條が男達へと襲い掛かる。宣言通り、10秒後——そこには意識を失った男達が地面に倒れていた。
『拘束もせんのか』
「そんなことするよりも逃げる方に時間を割いた方が良いだろ?」
『まぁ、それでも良いか』
男達を拘束することもなく、北條は入って来た方向とは逆に足を向ける。
いつ後ろから獅子郷に追いつかれるか、そんなことを考えているせいでこの空間に入って来た時よりも早足だ。
「————」
その様子をじっくりと見ているカメラが1つあった。
それにはルスヴンも気付かない。人間ならば兎も角、機械という物質の存在を認知は吸血鬼にも難しい。
それが柱や壁に取り付けられているようなカメラではなく、顕微鏡で見なければ気が付かない小さなカメラならば猶更だ。
それを操っていたのはレジスタンスで矢切の後釜として有名な女性。三木美優良だ。
彼女はパソコンの画面のみが光る真っ暗な部屋にいた。
「ふぅむ……これが今私達が追っている人物ですかぁ。戦闘衣で武装した集団を身体能力で制圧。手加減していたのでしょうかぁ。予想よりも遅いですねぇ」
棒付きキャンディーを舐めながらカメラで録画していた北條の様子を再生させる。
先程まで北條がいた空間に部隊を配置したのは彼女だ。
目的は2つ。
レジスタンスの標的である北條の戦闘能力を把握することと、最新の武装の実験データを取ることである。
「吸血鬼ならこの程度の潜伏を見破っても可笑しくなかったのにぃ……見破れなかったぁ? わざとでしょうかぁ? でも、撃たれた直後の表情を見てもわざととは思えないですしぃ、これは上手く行ったんでしょうかぁ?」
まるで人間みたいだ。
北條の戦いを見て三木はそんな感想を抱く。
「力は吸血鬼、精神は人間……そんな所でしょうかぁ。ありえませんねぇ……いや、現実を見ましょうぅ。現にそういう人物が出て来てるんですからぁ」
口の中で小さくなった棒付きキャンディーを噛み砕き、新しいものに手を伸ばす——が、持って来た袋の中には何もない。
さっきのが最後だったと気づき、不満そうな表情を浮かべて思い切り背もたれに凭れ掛かった。
「取り合えず実験のデータを送っておきますかぁ……賞金稼ぎに貸した武装も回収しないとぉ……ん?」
実験データを本部に送ろうとすると、自身に向けたメールが一件届いていることに気付く。
「何ですかこれぇ? え、マジですかぁ……リーグウェルドがこんな時に第一区から出て来たってぇ、他の部隊の人は大変ですねぇ」
届いたメールには第一区にいるはずの上級吸血鬼リーグウェルドが出て来たということが記載されている。
素の身体能力は異能持ちを凌駕し、性格は残忍。何より朝霧と因縁がある相手。
北條の逃走によって騒ぐ街に気になって出て来たという所だろう。厄介極まりないなと溜息をつく。
更に憂鬱な気分になる内容は続いていた。
北條の捜索をしていたレジスタンスの隊員達はリーグウェルドが出てきたため、半数を引き抜く。
お前は北條の捕獲、及び殺害に力を貸せ。ただし、動かして良い部下は殆どいない。
簡潔に纏めればメールの下半分はこのような内容だった。
「私は戦闘職じゃないんですけどねぇ……」
やれやれとばかりに三木は腰を上げる。
不満を口にするが、命令ならば仕方がない。そんな気分で準備を始める。
「取り合えずぅ、獅子郷さんには連絡入れますかぁ。早く来てくれることを祈りますよぉ。それまでは足止めしてあげますからぁ」
戦いは苦手だ。
だが、命令されたのならば仕方がない。そう思いながら三木はパソコンに向かうあった。