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矢切の遺産

 制圧した鮮血病院内をレジスタンスの隊員達が武装しながら歩いていく。

 異能持ちが脅威となる血濡れの男を排除しても、未だに下級吸血鬼の存在は確認されている。

 かといってその数は異能持ちが出張るほどのものではなく、下級吸血鬼の脅威も群れなければ大きくはないため、対吸血鬼用装備で武装した隊員が少数でいても問題なかった。


 隊員達が鮮血病院内の掃討をしている最中、最も人員が回されている鮮血病院地下——病院が空中に浮いているのに地下何てあるのかというツッコミは置いておくとして——そこには石上、大宮、藤堂の3人と三木美優良(みきみゆら)の姿があった。

 異能持ちである3人は兎も角、戦闘員ではない三木がこのような場所にいることは珍しい。休日ですらレジスタンスの本部から出てこないような人物だ。

 レジスタンス最高司令官である綾部も希少な知識と技術を持っている三木を外に出すことはない。

 そんな人物が鮮血病院にいるのにはそれなりの訳があった。


「久しぶりの出番ですぅ。うぇ~い。読者の皆様見てる~」

「いきなり何を言ってるんだお前」

「気にしないで下さいぃ」


 劣化している資料を持ちながら感無量と言った様子で呟く三木に石上は怪訝な視線を向ける。

 そんな石上に三木はいつもトロンとした目つきを鋭くして睨み返した後、資料に視線を戻す。


「やれやれですねぇ。前任者はここまで狂っていましたかぁ」


 三木の手元にある資料に目を通す。

 彼女の役割は矢切が残した研究資料と機材の回収するべきものを見極めることだ。最も、彼女1人では負担が大きいため彼女の部下である研究員が3人同行している。


「この情熱をもっと真面な方向へと向けてくれたら私はもっと楽になれたんですけどねぇ」

「泣き言言ってないでさっさと作業を進めてくれ。その資料も回収しなきゃいけないものだが、こっちの機材も回収する必要があるんだ」

「はぁぁ~。人使いが荒いなぁ。少しは手伝ってくれてもいいじゃないですかぁ」

「俺達はお前の護衛で忙しい」

「何もしてない癖にぃ」


 三木の抗議の言葉に石上は肩を竦める。

 石上に抗議しても無駄だと悟った三木は視線を隣にいる大宮に向けるが大宮も大宮で頭に手を回して笑みを浮かべるだけ。最後に藤堂に視線を移すが、藤堂に至っては床を睨みつけているだけだった。

 部下を連れて来ていても人手は足りていない。それなのに手伝ってもくれない3人に三木は不満を抱いた。


「ケチな男達ですねぇ。真希さんを連れてくるべきでしたぁ」

「真希がいても俺達と同じようにするだろうけどな」


 助けを諦め、三木は作業に戻る。

 作業に戻る三木の背中を見て石上が小さく呟く。

 石上達は別にサボってもいなければふざけてもいない。態度は緩んでいるように見えるが、3人共鮮血病院に初めて足を踏み入れた時以上に警戒をしていた。


 その理由は、藤堂が睨みつけている先にあった。

 下に行くごとに強くなる吸血鬼の気配。一歩下に進むごとに重くなる空気。鈍い者は気付かないだろうが、異能持ちである石上達には敏感に感じ取れた。

 例えるのならば自分の足元に地雷があるような感覚。

 間違いなく、上級吸血鬼がそこにいると肌で感じ取っていた。

 そして、石上達が存在を感じ取っていると言うことは向こうも石上達の存在を感じ取っているということ。


 襲い掛かって来ない理由は分からない。襲って来たのならばこの場にいる全員を助けることは出来ないだろう。

 さっさと作業を終え、ここから退散したいというのがこの場で上級吸血鬼の存在を感じ取っている者達の本音だった。


「もういっそのこと言っちゃう? その方が作業も進むでしょ」

「やめろ。何処に何が残っているかも分からないんだ。異能についての研究は出来るだけ回収しなきゃならない。上級吸血鬼がいると分かればそんなデリケートな作業に支障をきたす」

「はぁ、万が一の時は三木ちゃんだけ連れて逃げるってことで良い?」

「問題ない。この中で優先順位が高いのは三木だからな」


 改めて逃げる際の確認を行い、3人は何時でも襲撃を掛けられても問題ないように準備をする。

 暫くして、捜索をしていた隊員が石上の元へとやってくる。


「石上さん。命令通り捜索を行ったのですが、病院内に残った人間は1人もいませんでした」

「そうか。ご苦労だったな。巡回に戻ってくれ」

「はっ」


 レジスタンスの隊員は敬礼をすると銃を持ち直して去っていく。

 隊員の姿が消えると大宮が石上に尋ねた。


「捜索ってもしかして鮮血病院に囚われた人達のこと?」

「あぁ、念のため捜索していた」

「ふぅん。でもいないってことは全員死んじゃったか」

「そうとも限らないがな」

「え? 何、もしかして一般人達がここから生きて出られたとでも思ってるの?」

「俺達が入って来た扉が用意されたいただろう。それに扉があった団地には複数の足跡が残ってた。可能性がない訳じゃない」

「それでも一般人があそこまで行くのには無理があると思うけどね。ここ、普通じゃないもん」


 建物以上の空間に下級吸血鬼の群れ。そして、あの血濡れの男に赤黒いスライムもどき。戦う経験も術もない一般人が生き残れるはずがない。そう口にする大宮だが、石上は違った。

 大宮はここには一般人しかいないと思っているようだが、石上には誰にも口にしていない情報があった。

 北條一馬の存在だ。


 わざわざあの飛縁魔が伝言として磯姫を使い、渡してきた情報。

 何が目的だったのかは石上には分からない。偽りの情報でかき乱すためだとしても何故北條一馬の名前を口にしたのか。

 何か、あるのではないか。そう考えてしまうのだ。

 飛縁魔はどうでも良い存在にはとことん興味を持たない。名前を覚えられるということは何らかの価値を北條一馬に見たと言うこと。

 特別な出自か。他の上級吸血鬼が関わってきているのか。それとも目につくような「力」でも有しているのか。


「(北條一馬が何者なのかは分からない。だが、レジスタンスとして訓練を受けているのなら、戦うのは無理でも逃げることは出来るはず。何人かを囮として、生きる人数を絞ったのなら——)」


 不可能ではない。そう考え、本当にそうかと再び思考し、警戒が緩んで来たことを自覚して中断する。

 今やっているのは憶測でしかない。ならば、そんなことに時間を割く余裕は今はないと自問自答する。


「はぁぁ~終わりましたぁ。隊員を呼んで頂けますぅ?」

「あ、終わったんだ。良かった良かった。ならさっさと退散しよう」


 作業が終わり、三木が石上達に声をかける。

 その言葉に大宮は笑顔を作った。

 周囲を警戒していた隊員が三木の指示によって研究資料と機材を運び出していく。それを尻目に三木は1つのUSBを手に取り、石上達の元へと近づく。


「あれ、パソコンとかは残してるけど運び出さなくて良いの?」

「問題ないですよぉ。データは取り出しましたからぁ、嵩張りますからぁ」

「そのUSBが取り出した情報か?」

「はいぃ。そうですよぉ。それで分かったことがあるんですけどぉ、前任者はここから結城えり以外に異能持ちを運び出したみたいなんですよぉ」

「何?」


 三木が口にした情報を耳にし、石上の視線が鋭くなる。

 USBを掲げながら、三木は続ける。


「成功例であるNo.086——あ、今の名前は結城えりでしたねぇ。彼女は手元に残したみたいですけどぉ、同時に進めていた別の研究は外——あの帳の外に持ち出したみたいですよぉ」

「チッ寄りにもよって外か」

「はいぃ。どうやらかなりの危険が伴うらしくてぇ、万が一に暴走したことを懸念して外で無人機で進めさせてるみたいですぅ」

「マジかよ。矢切ちゃんの不屈パワー凄いね」

「こっちからしてみればぁ、こっちを考えてくれって言いたい所ですけどねぇ」


 外に出されてしまったらいくら石上達でも手は出せない。

 まだまだ矢切が残した問題の処理は先になることが決定し、それぞれが反応を見せる。

 面倒臭いと思う者、鬱陶しいと顔を顰める者、どうでも良いと無表情を貫く者、そして、必ず全てを破壊すると誓う者。

 石上が三木に尋ねる。


「何処に研究施設を移したのか記されてるのか?」

「勿論ですぅ。何か成功例に与えられるコードネームもありましたぁ」

「コードネーム?」

「はいぃ。1つ死体から異能持ちを作ったようなのでぇ、ほとんど同じ系統になるだろうと予想されていたみたいですぅ」

「へぇ、一体どんな異能持ちを作ってたんだい?」

「作っていたのは異能持ちの系統は雷ぃ。コードネームは雷切ですぅ。昔の逸話から取った名前らしいんですけどぉ、ご存じですかぁ?」

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