それぞれの思惑3
「ふ~ん♪ふ~ん♪ふ~ん♪」
常夜街の中心に位置する赤城にて飛緑魔はゆったりとお気に入りの浴室で白い浴槽に背を預けていた。
後ろを見れば桜の木が、上を見上げれば夜空が見える。しかし、当然ながらそれは本物ではない。偽物だ。
湯船に浸かりながら機嫌良く鼻歌を歌う。
彼女の気分が良い理由は唯1つ。鮮血病院での出来事が彼女の望み通りに動いたからである。
湯船に浸かる飛緑魔の後ろではいつもの服装よりも軽い和服、仲居の服装を着こなした磯姫が飛緑魔の髪を梳いていた。
「ご機嫌ですね」
磯姫が尋ねる。飛緑魔が機嫌が良い理由を語りたがっていると理解しているからだ。幼子が面白いことを経験したのを自慢げに話すのと同じである。
「むっふっふぅ~。分かる? 分かってしまう?」
「はい。飛緑魔様には長く仕えていますから。よろしければ何があったかお聞かせして頂いてもよろしいでしょうか?」
「むふふ~。どないしようかなぁ。でもまぁ磯姫とは長い付き合いやし、教えてもええか」
ニマニマと笑みを浮かべながら飛緑魔は口を開く。
「でもなぁ、教えるのは簡単やしな。そや、ウチが何で機嫌が良いか磯姫が当ててみてぇな」
「分かりました。そうですね。飛緑魔様のお気に入りの玩具を取り戻すことが出来たこと。そして、飛緑魔様の縄張りにある資源を勝手に奪っていく鮮血病院の勢力を潰すことが出来たことだと愚考致します」
「ふっふ~。ちゃうで~。ちゃうちゃうぜ~んぜんちゃう」
「は、申し訳ございません」
「仕方ないなぁ。教えたるわ。今回のウチの狙い——1つは北條一馬にレジスタンスの不正を知って貰うこと。2つ目が石上恭也に北條一馬という存在を意識させることや」
湯船に浸かりながら飛緑魔が体を伸ばす。
その後、磯姫に喉の渇きを訴え、血を持ってこさせるとそれを一気に飲み干し、言葉を続ける。
「磯姫も知っての通り、北條一馬は普通やない。あのルスヴンの魂を持っとる。何でそうなったんかは知らんけどな」
「はい。私も初めて聞いた時は耳を疑いました。しかし、何故あの人間にレジスタンスの不正を知らせる必要があるのでしょうか?」
「そんなん決まっとる。あの2人を戦わせるためや」
「なるほど。仲違いさせて潰し合わせるのですね」
「ちゃうで~。そんなんじゃ潰し合いにはならん。精々違和感を覚えさせるぐらいや。それに北條の方は性格考えれば逃げるやろうなぁ」
飛緑魔が北條の性格を理解しているかのように語る。
「それではレジスタンスの戦力を削ぐことが出来ないのでは?」
「別に構わへんよ。削ぐほどの戦力もあらへんし。むしろ、強うなって貰わな困るわ。楽しめへんさかいな」
「飛緑魔様は北條一馬の離反がレジスタンスを強くすると?」
「上級吸血鬼との戦いは雑兵と戦うよりも何倍もの有益やからな」
何故、有益なのかなど言うまでもない。
北條一馬とレジスタンスがぶつかれば、レジスタンスに軍配が上がる。
実力、経験、数。あらゆるものが違い過ぎる。だが、それをいとも簡単に覆せる切り札を北條一馬は持っている。
北條一馬自身にその札を切るつもりがなくても、それは勝手に出てくるだろう。北條一馬を守るために。
「フフッフフフフッ」
どんな狂乱が巻き起こるだろうか。どれほどの血が流れるだろうか。そして、どれだけ成長してくれるだろうか。
それを想像しただけで飛緑魔は口の端が吊り上がるのを抑えられなかった。
体を反転させ、浴槽に腕を乗せて寄り掛かる。
磯姫が髪に触れることが出来なくなり、名残惜しそうな表情をするが、気にせずに飛緑魔は最近持ち歩いている目玉を突っついた。
「シャルルにペナンガラン。レジスタンスが手に入れた上級吸血鬼の死体は2体。加えて近頃吸血鬼の死体を集めて何やらしとるみたいやし。楽しみやわぁ」
「……企みを放置してもよろしいのですか。レジスタンスの拠点をご存じなのでしょう? 拠点の場所を教えて頂けるのならば私が処理しておきますが?」
「いらんいらん。ウチの楽しみがなくなるやろ」
「……承知致しました」
磯姫が唇を尖らせるが、それも一瞬のこと。視線を飛緑魔が突っついている目玉に向けると問いかける。
「飛緑魔様」
「ん~?」
「北條一馬にレジスタンスの不正を知らせる理由は分かりました。ですが、その目玉の持ち主の人間。石上恭也に北條一馬を認知させることについてなのですが、あの者達は既に地獄壺で顔を合わせています。既に意識しているのでは?」
「ん~それはないなぁ。石上恭也は魔眼使いや。本来ならありとあらゆるものを見通しせる。地獄壺の時に本当に北條一馬を見れとったら中にいるルスヴンの存在にも気づいたやろうな。やけど、今はルスヴンの方が上手や。精々レジスタンスの隊員H、その他大勢の中の1人や」
突っついていた目玉を飛緑魔は手に取る。
石上の魔眼を最初に見た時から飛緑魔は石上に目を付けていた。
早く北條の中にいるルスヴンを見つけられるようになって欲しいと願う。そうでなければ、面白くはならないからだ。
「どうなるやろな」
「飛緑魔様?」
「気にせんでええで。石上が最後まで生きとったらようやく結果が出る話や。そこにいくまでに死ぬ可能性も高いしなぁ」
話は終わり。満足したとばかりに飛緑魔は体の向きを変えて口元まで湯につかる。
磯姫も飛緑魔が話をする気がなくなったため、追及することはなかった。
それから飛緑魔はゆったりと湯船で体を温め続ける。
この先、どうなっていくのか。あらゆる可能性を考慮し、最も自分が楽しめる展開になることを願いながら。