それぞれの思惑2
常夜街の地下。土塊一族が済む世界。
心が最も落ち着く場所へと帰ってきたミズキは自分の家で疲れを癒していた。
靴と背丈以上の鞄を放り出し、着ていた服のままベッドにだらしなく寝そべる。
「あぁ~疲れたぁ」
地獄壺跡地での戦いの後に鮮血病院でのサバイバル。
戦いに慣れていないミズキにとっては生き残れたのが不思議なくらいの修羅場だ。
だが、ミズキがベッドにだらしなく寝そべって動かないのは修羅場を潜った疲労によるものだけではない。
地獄壺跡地で集めていた装備や物資。それらが全て鮮血病院から帰って来た際にはなくなっていたのである。
お陰で利益は0。むしろ苦労した分マイナスである。
「本当に、全て持っていかれた何て……何でアタシの隠し倉庫がバレてるのよ」
簡単に見つかる場所にはないし、誰にも口にしたことはない。それなのに、集めていた全てのものが消えていた。
そのせいで北條に渡す報酬もなし。北條は気にしないと口にしていたが、ミズキは今後の北條の関係に罅が入ったのではと危惧していた。
「まさかガルドの奴が? アタシの隠れ倉庫を見つけられるの何てアイツぐらいしかいないし、あり得るか」
ギリギリと歯を軋ませるものの直ぐに疲労が襲ってきて力を抜く。
「はぁ、ほんとどうしよう」
もう考えることすら面倒くさいと枕に頭を埋める。
今回出るはずだった利益がなくなり、残ったのは疲労と命の代りに課せられた枷。
ミズキが枕から顔を上げ、投げ出している自身の右腕に視線を向ける。そこには気を落としているもう1つ原因があった。
「(切り裂かれたのに、もう治ってる)」
思い出すのはメルキオールとのやり取りだ。
メルキオールの体から雷光が弾けたと思ったが、それがミズキを貫くことはなかった。
——だが、このまま殺すのは少々勿体ない。お前はレジスタンスの男とは違い、機械には詳しいようだ。ならば、使い道がある。
そう口にするとメルキオールはミズキの腕を切り裂き、無理やりチップを埋め込んだのだ。
ミズキに反抗出来るはずがなかった。
腕に埋め込まれたチップはミズキを監視するためのもの。そう説明された時、ミズキは自分自身がメルキオールの駒として生きていくしかないと悟った。
「でも、疑問が湧くのよね」
何故、よりにもよってミズキなのか。
領域を荒らしたことと引き換えということならばまだ分かる。だが、メルキオールは上級吸血鬼だ。
「メルキオールがアタシを駒にして何のメリットがあったの? そもそも上級吸血鬼なら眷属ぐらい普通にいるはず。その眷属に命令せずに何でアタシを?」
上級吸血鬼には少なからず眷属がいる。
あの状況では、メルキオールから解放されてもミズキは死ぬ確率の方が高かった。せっかく手駒にしたのに死んでも良かったのか。それならば、領域を荒らしたことに怒りを覚える理由はない。
「もしかしたら、それすら小事だと切り捨てられる理由があった? いや、それなら猶更自分の眷属使うか」
命が助かったことについてはミズキは嬉しいと感じていた。だが、望まない枷を嵌められてしまったせいでそれ以上の不安が込み上がっていた。
「はぁ、まさか自分の眷属がいけない場所に行かせるため何て言わないわよね」
メルキオールは機械に詳しいようだと口にした。それはつまり自分の知識が必要になってくると考えてのことだろうと予想する。
「もしかして——太陽の光りが当たる場所の捜索だったり? んな訳ないか」
そして、続けてメルキオールが眷属を向かわせない理由を考えてみるが、馬鹿馬鹿しくなり直ぐに却下する。
何故なら、それは人間がこの常夜街で勝利することを意味するからだ。
馬鹿馬鹿しい考えをしたおかげか先程までの不安は小さくなり、ミズキの表情が少しだけ明るくなる。
この場のことは公言するな。そう命令されたせいでミズキは北條には危険を伝えることが出来ない。だが、行動の制限はされてはいない。
だったら、何とかしてくれるであろう北條の傍にいよう。そんなことを考えながらミズキは瞼を閉じた。