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迷惑上等

 鮮血病院で囚われた人達が集められた部屋で北條と血濡れの男が対峙する。

 血濡れの男が落ちて来た穴は既に氷で覆われており、誰も通れなくなっていた。

 穴を覆った氷。そして、北條の手に纏った冷気を見て目の前の少年も異能持ちだと理解した血濡れの男は顔を歪ませる。

 レジスタンスに助けられた。その事実を認めたくないとばかりに。


「死んでいなかったか。このクズめ」

「あぁ、色んな奴等に助けられたからな」

「——ふん」


 気に食わない。表情でそう語る血濡れの男だったが、周囲を見て北條の周りに視線をやると再び笑みを作る。


「生き残ったのはお前だけか? あの小娘はどうした。死んだか? それとも見捨てて来たか?」


 鮮血病院の外の空間については吸血鬼から耳にしていた。

 どういった所なのか。何が潜んでいるのかを知っていたからこそその問いを投げた。目の前の少年は弱く、助けられなければ生きていけない生物だ。だからあの少女を見捨てて来たのだと決めつける。


「ククッ。だとしたら最悪だなぁ。あれだけお前を好いていたのに裏切ってきたのか」

「裏切ってねぇよ」

「だったら何処にいるんだぁ? お前等レジスタンスのやることなんて理解してるんだ。自分達の罪すら誰も見ていない所で消そうとする奴だ。お前も同じようなことをしたいても驚きはしないよ」


 石上達は血濡れの男を矢切の実験の被害者だと理解しながらも消そうとした。組織の都合の悪い部分は消すとばかりに。

 矢切の所業を知らなかったかどうかなど関係ない。罪を認めず、再び力で抑え付けられた。血濡れの男にとってはそれだけで悪と断定出来る。


 目の前の少年も同じ組織に属している。口では綺麗ごとを言っても頭の中ではクソのようなことしか考えていない。だから苦しめてやる。苦しませなけれはならない。

 頭の中で声が響き、復讐の炎を大きくする。


「あいつがここにいないのは、俺の頼みを聞いてくれているからだ。死んでないさ」

「頼みか。クク、一体どんな頼みなんだ? どうせ騙して危険なことでもさせてるんじゃないのか? ここにはまだ下級吸血鬼がうろうろしているからな」

「危険ではあるだろうが、安全策は用意しているつもりだよ。あんたが捕らえてた中級吸血鬼の首も持たせてるから少なくとも下級吸血鬼に襲われることはないよ」

「ふん、都合の良いように使っているのは確かだろうが」

「そうだな。だけどあんたを助けるためには必要なことだったんだよ」

「あ——?」


 次の瞬間、静かに息を整えていた北條が地面に手を付き、異能を発動する。北條と血濡れの男。2人を挟むように巨大な氷壁が出現した。

 北條の狙いが分からず、血濡れの男が怪訝な顔をする。その後ろで声が響く。


「北條、持ってきてやったわよ‼」


 血濡れの男の後ろ——部屋の開きっぱなしになった出入口ではミズキが鋼製の軽量ドアを枠ごと持って立っていた。

 軽量ドアを氷壁に立て掛け、抑え付ける。


「準備OK‼」


 狭い通路に待ち構えるような簡易ドア。

 相手が何をしようとしているのかを察して血濡れの男が肩を竦める。


「なるほど。俺を何処かに飛ばして監禁するつもりか。あの吸血鬼の異能を利用すれば土地勘もない場所に飛ばすのは容易。考えたじゃないか」

「そんなんじゃねぇよ」


 血濡れの男の言葉を北條が否定する。その時、ようやく血濡れの男は北條の目を見た。

 迷いのない——しかし、覚悟を決めてもいない者の目。


「何だ。その目は——」

「あんたの手を引っ張ろうって者の目だよ」


 北條が開いていた手で拳を作り、構える。そして、勢いよく床を蹴った。


「(——異能はもう使わない)」


 氷壁によって狭い一本道となった場所を北條が姿勢を低くして駆ける。

 胸に留めるのはこれ以上異能の行使を行わないという決意だ。


『良いのか宿主(マスター)。異能の出力が上がった今ならば簡単に制圧出来るぞ』

「(今は出力が上がったばかりで細かい出力の調整が出来なくなってる。今回はあいつを助けることが目的なんだ。傷つけるつもりはない)」

『ならばさっさとした方が良いぞ。上もそう長くは持たんぞ。精々1分、それが限界だ』

「(分かった‼)」


 北條達が鮮血病院に辿り着いた時には既に藤堂と石上、大宮の3人と血濡れの男の戦いは始まっていた。

 血濡れの男を助けるつもりだった北條からすれば、レジスタンスの介入は新たな障壁が出てくるのに等しかった。

 引き離すことには成功したが、異能持ち3人がその場で留まり続けてくれるはずがない。北條よりも上にいる3人の方が実力が上。追いつかれでもすれば血濡れの男は殺されてしまう。

 故に——。


「(最速でケリを付ける‼)」

「クソガキがッ」


 血濡れの男が腕を伸ばし、体に植えられた植物を伸ばす。

 真っすぐに伸びてくる植物を北條は真正面から受け止めた。


「ッ——」


 歯を食いしばり、前に進む。体を貫かれようが関係なかった。


「チィッ何故だ。何故操れる植物が少ないッ‼」


 血濡れの男が操れる植物の少なさに目を見開く。

 血濡れの男の異能は植物の操作。種や樹木、木の葉、蔦。種類など関係なく、それが植物であるのならば全てが支配下に置ける能力だ。

 戦いを有利に運ぶために、病院内には壁や天井等の至る所に植物を這わせていた。だからこそ驚く。

 その答えは北條が氷壁を出現させるのと同時に周囲を凍り付かせて植物の機能を停止させたからだが、血濡れの男にそこまで考えが至る余裕はなかった。


 体を貫かれながらも血濡れの男に迫る北條。

 鬼気迫る北條に血濡れの男は僅かに後退する。

 互いの腕が届く範囲に近づいた瞬間、血濡れの男が北條に拳や蹴りを入れるが、北條の体は多少揺れるだけ。


「クソがッ」


 血濡れの男が北條の体を貫いている蔦を操り、氷壁にぶつける。だが——それでも止まらない。


「捕まえたァッ」

「ッ——‼」


 北條が血濡れの男の腰を掴み、ミズキの支える簡易ドアへと向かって走る。

 ルスヴンが戻って来たことで強化された身体能力で簡易ドアまでの距離を詰めるのは一瞬だった。

 このままでは何処かの空間に放り出され、監禁される。焦った血濡れの男が体から植物を伸ばし、氷壁や床に突き刺すと体を固定して抵抗する。


「何なんだ。お前のその変わり様はッ」


 肘を落とされようとも、膝を腹に叩き込まれようとも耐え続ける。


「ずっと迷ってた。あんたをどうしたら助けられるのか」

「あぁ⁉」

「あんたがそうなったのは矢切のせいで、実験を見逃してたレジスタンスのせいだったかもしれない。だけど、あんたは無関係な人間を巻き込んでた。本当なら怒る所なんだろうな」

「だったらどうしたぁ。生きるためにやってただけだ。お前達には分からないだろうがな‼」

「あぁ、そうだな。でも命を奪ってた。レジスタンスだってそれを理由にして助けないだろうよ。でもな、俺はどうやってもあんたを敵には思えなかった」


 血濡れの男の腰を掴んでいた腕を離し、北條はドアノブに手を伸ばす。

 思い出すのは幼少期の頃。

 北條とルスヴンが初めて手を取り合うことになった出来事。


「でも、あんたを助けるってのは命を助けるのとは全く違う。あんたは()()()()()()。それを直すには自分の生き方を変えなきゃいけない。だけど、俺にそんなことが出来るはずがなかったッ」

「だったら、死ねやァ‼」


 倒すべきだ。血濡れの男はレジスタンス以外にも大量の市民を犠牲にしている。これ以上の犠牲を出さないためにも倒す意思を持って戦うべき相手だ。

 誰もがそう思うだろう。悲惨な過去があったとはいえ、犠牲になっている者達には無縁のことなのだから。

 しかし、北條はどうしても血濡れの男を敵として見られなかった。

 理論武装して倒すことは簡単だ。

 だけど、それで良いのかと頭の中で声がする。

 かつての自分と同じく全てを失った者。それを無視していいのかと声がするのだ。


「最初から俺に出来ることなんて決まってた」


 ——アナタは今から別の道を探せる?

 ミズキのその言葉を聞かなければ、北條が血濡れの男を助ける理由は良心の呵責か。それとも同情心かだっただろう。

 だが、今は違う。


「いつだって俺は無理やり手を引っ張って見せるだけだった」


 家族を失っても輝き続けた憧れ。それはいつの間にか自分の生き方を決めていた。


「だから、お前の手も引っ張ると決めたんだよ」


 迷惑上等。お前の思いなんて関係ない。復讐心など知ったことか。

 北條は自分の生き方を信じて足を踏み出す。その度に血濡れの男の体を固定していた植物が千切れていく。

 そして、最後の一本が千切れた時、北條はドアノブを掴むと勢いよく扉を開け、血濡れの男を繋がった空間に放り投げた。

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