誰と一緒に
北條とミズキ。2人が資料のあった部屋から出て来るのを確認し、幾分かマシになった北條の顔を見て鴨田は息を付いた。
「良かった良かった。何とか使い物にはなりそうだ」
「あの……」
「ん? どうしたんだい? 女神の名を冠する少女」
「それは止めて下さいよぉ」
揶揄うような口調にディアナが涙目になる。
保護欲を掻き立てる見た目の少女の涙目だ。その破壊力は男女の性別限らずに特攻が入るだろう。無論、鴨田も例外ではなかった。
ガツンと心臓に一発の矢が刺さり、小刻みに震える体。我慢できなくなり、強くディアナの頭を撫でる。
「わぁっ⁉」
「(う~ん。ほんっと可愛いなぁこの娘)」
突然のことに驚くディアナ。その姿すら愛らしく、鴨田は満足するまでディアナの頭を撫で続けた。
その様子は北條やミズキの方からも見えており、呆れた表情をして鴨田とディアナの元へとやって来る。
「何やってるんだ? 2人共」
「むっふっふ。見て分からないかい? ディアナを可愛がっているんだ」
「いや、それは分かるけど……」
当たり前のように言ってのける鴨田に北條は戸惑う。聞きたいのは何故今そんなことをしているのかだった。
ディアナが嫌がっていれば北條も止めに入っただろうが、ディアナも満更ではない様子。止めるタイミングを見失った北條はそのまま立ち尽くしてしまう。
「どうした? 君もやりたいのか? 残念ながらお姉さんのおっぱいは2つあるが、1人しか埋められないんだ。申し訳ない」
「誰もそんなこと言ってないだろ⁉」
「どうしてもと言うのなら代わりに隣の匿名希望君2号のおっぱいに顔を埋めてくれ」
「どうして俺がお——胸に顔を埋めたいって話になってるんだ‼」
いつの間にか女性の胸に顔を埋めたいと思われている北條。興味はあるが、今はこれっぽっちも思っていなかった北條は自分の名誉を守るため、全力で抗議する。
「おいコラ。何でアタシが代理品みたいな扱いなんだ。そこんところをじっくり聞かせて貰おうじゃないか。えぇ?」
そして、鴨田の言葉に反応した者がもう1人。自分の胸を代わりに等と言われたミズキだ。
ドスの利いた声と黒いオーラを発したミズキにディアナが雛鳥のような悲鳴を上げる。
「HA☆HA☆HA☆‼ ディアナを怖がらせるな匿名希望2号君。君と私との胸部の戦力差は53万。火を見るよりも明らかだ。そして、男性は女性のこの無駄にデカいだけの脂肪の塊に性的欲求を感じるのは事実。顔を埋めたい。触りたい。挙句の果てにはチ〇コを挟みたいと北條君が思ってしまうのは仕方のないことなのだよ」
「妄想が更に酷くなってる⁉ 何1つとして思ってないよ。勝手なこと言うな‼」
「えぇ~。本当にぃ?」
ディアナを抱き寄せながら襟を引っ張り、胸元を北條に見せつける鴨田。そこにはたわわに育った2つの果実。
年頃の少年がそこに視線を向けるなと言うのは酷な話だった。
「——っ……」
「フン‼」
「ごはぁッ⁉」
横から襲い掛かって来るボディーブローを避けることが出来ず、思わず蹲る。鴨田の快活な笑い声が部屋に響いた。
その笑い声を聞いて離れていた男達も寄って来る。
「こんな時に、一体何しているんだよ。やっぱりお前達に俺達の命を任せたのが間違いだったんだ」
出口もない状況で馬鹿騒ぎをする北條達に明らかに見下した視線を向ける男達。彼らの登場で、賑やかだった空間が一瞬で険呑な空気になる。
「何か用?」
視線を鋭くしてミズキが問いかける。しかし、そんなミズキを男達は無視した。
「鴨田さんよぉ。何でそんなに笑えるんだ?」
「そうだ。アンタのせいで死人が出たのに何でそんなに愉快に笑えるんだ。アンタ、狂ってんのか?」
苛立ちが再び高まったのか。それとも自分達が不安な時に鴨田の笑い声を聞いて無責任だと感じたのか。男達は鴨田を責め立てる。
だが、全ての責任を鴨田に押し付けるのは間違いだ。
鴨田は手を尽くしていた。階段の際もミズキや北條がどうするべきか迷う中、真っ先に指示を出していた。あの時の指示が無ければ、北條達は逃げるのが遅れ、上から迫る瓦礫に踏み潰されていた。
死者が出たのも鴨田の指示を無視したり、勝手に行動したからだ。
「あ、あれはあの人達が勝手に動いたからですっ。明日香さんは、わ、悪くありませんっ」
鴨田の拘束から抜け出し、男達に向けてディアナが口を開く。
しかし、男達が求めているのは謝罪の言葉。ディアナの言葉に眉を顰め、唾を飛ばす。
「うるせぇッ。変な言い訳並べやがって。俺達は戦えないんだ。だったらそいつが責任を負うべきだ‼ 戦えない俺達を引っ張り出したんだからな‼」
「チッ。勝手なことばっかり言って」
「何だと⁉」
「まぁまぁ、諸君。落ち着き給えよ」
男達の声を鬱陶しく思ったミズキが放った言葉に敏感に反応し、睨み付ける男達。男とミズキ、睨み合う両者の間に鴨田が滑り込む。
自分自身のことだと言うのにまるで他人が喧嘩の仲裁をするかのように2人を宥める。
「匿名希望2号君。深呼吸したらどうだい? 君が責められている訳じゃないんだ。ほら、ヒーヒーフー」
「……それって深呼吸じゃないと思うんだけど」
「君達もだ。それに、あのまま部屋にいたとしても、下級吸血鬼に襲われていたかもしれないぞ?」
「でも、少なくともあの階段で死人が出ることはなかっただろうが‼」
「そうだ。挙句の果てにはこんな場所に閉じ込められた‼」
「これも、お前が天井を壊したりするからだ‼ そもそも、何でこんな所に来る必要があったんだ⁉」
男達が次々に鴨田に言葉の槍を投げる。
次々に刺さっていく言葉の槍。並大抵の人間ならばそれで潰されている。だが、鴨田はケロリとした様子だった。
「ここに来ることは重要だったさ。なんせ、ここには人の出入りの痕跡があった。だったら、あるはずだ。この部屋に間違わない様に来るため地図とかも、ね」
そう口にして1つの端末を取り出す。それは、先程鴨田が部屋を物色している時に見つけた端末だ。
見覚えのある物を目にし、北條が目を見開く。
「それって——」
「そう。これは地図だ。これを手に入れたくて、私はここに来た。安心したまえ。ちゃんと記されているよ。ここからの脱出経路もね」
パチンッと片目でウィンクを飛ばす鴨田。誰もが空中に星マークを幻視した。
それからというもの、行動は速かった。
男達も怒りを忘れ、この状況から抜け出せることを喜び、鴨田の指示に従い、資料が置いてあった部屋で隠し扉をミズキとディアナと共に探索していた。
筒状の水槽が並ぶ大部屋には北條と鴨田しかいない。
1つの水槽を眺める鴨田に北條が近づく。
「やぁ北條君。何か用かい? もしかして、まだ慰め足りないのかな?」
そう口にして胸部を張る鴨田。思わず、揺れる胸に視線が行きそうになるが、耳元で囁く悪魔を殴り飛ばして誘惑を断ち切る。
「違うよ。少し、聞きたいことがあったんだ」
「ふむ。聞きたいことか。良いよ。何でも言ってくれ」
「あの人達を連れてきた理由だ」
聞きたかった事——それは、ここに鴨田が連れて来た者達のことだ。
鴨田がここに来たがっていた理由は分かった。北條とミズキを連れてきたのも理解できた。しかし、北條には男達が何故連れて来られたのか未だに分からなかった。
「何で連れて来たんだ? ハッキリ言ってあの人達には役割何てなかっただろう」
北條とミズキとは違い、戦闘衣を着ている訳でもない。戦いが得意な訳でもない。ならば、何故連れて来られたのか。
何も出来ないものが唯一出来る役割。それを思い浮かべ、表情を厳しくする。
「囮にするつもりだったのか?」
恐る恐る北條は問いかける。
もし、それをすると口にするのならば、北條は鴨田を許すことは出来なくなるからだ。
「安心したまえ。そんなつもりで連れて来たんじゃない。むしろ、逆だ」
そんな杞憂を吹き飛ばすように鴨田は笑う。その笑顔を見て杞憂だったと安心する。
「逆?」
「あぁ、彼らはカモダの子会社の社員だ。関わったことなどないが父の会社の一員だ。いずれ継ぐ者として守ろうと思ったんだ」
まだ部下ですらない。しかし、いずれ部下になる者達。だから、上に立つ者として理不尽なことからは守ってやらねばと鴨田は考えていた。
この地下室は鴨田が一度調べた場所だ。興味深い見られたおかげで念入りに調査しており、まだ不明な箇所が多く残る上とは違い、安全であることも立証出来ていた。だからこそ、鴨田は彼等を連れて来ていた。
「でも、罠があって犠牲が出てしまったがね。やれやれ、上の者達を囮として吸血鬼を引き付けておこうと残していたのになぁ」
「……その囮については言いたいことはあるが、罠に関してはアンタのせいじゃないと思うぞ」
「HA☆HA☆HA☆‼ ありがとう。でも、へこたれていないから大丈夫さ‼」
「いや、それはそれでどうなんだよ」
思わず慰めの言葉をかけた北條だが、暗さを感じさせない鴨田の笑顔に一転して眉を顰めてしまう。
「何だい。もしかして、へこたれていた方が良かったかい? 彼等の命が握っている私が?」
「それは——」
その言葉に北條は口を閉ざす。
へこたれていて良い訳がなかった。何故なら、鴨田はリーダーの立ち位置にいるからだ。頭が動かなければ、手足は何をして良いのかすら分からなくなる。
「私は自分の失敗何て恐れない。何故なら上が足踏みしている間に犠牲になるのは常に下の者達だからだ。上にいる限り、私は進み続けるさ。例え、少数を犠牲が出ようともね」
「……そうか」
「君もそうした方が良い。目の前の犠牲者を嘆くよりも、体を動かすんだ。後悔なんて後から幾らでも出来るんだからね」
大きな犠牲を出さないために少数の犠牲を出す。恐ろしく正しい答えを鴨田は平然と口にする。。
そんな鴨田に対し、怒りが込み上げることはなかった。犠牲を許容するなど許してはいけないはずなのに——。しかし、その疑問にも北條は自分自身で何となくではあるもの答えを見つけていた。
迷いのないその姿に一種の尊敬を抱いたのだ。
「それで? 君は匿名希望2号君に何て言われたんだい? 愛の告白かい?」
「そんな訳ないだろ。ただ、助けが必要なら助ける。とは言ってくれた」
ニヤニヤとした表情を向ける鴨田に北條は呆れながら答える。
夢の手助けをしてくれる。そうミズキは口にした。しかし——と北條は考える。
自分のことにミズキを巻き込んでも良いのか。自分の我儘に付き合えるのはルスヴンだけじゃないのかと思ってしまう。
助けるとは言ってくれたものの、それを簡単に受け入れるというのは北條には出来なかった。
鴨田はそれを北條の態度で察する。
「失うことが怖いか。君の見たい景色が何かは知らないが、1人で戦おうとしてもその光景を見られるのは君1人だけだよ。誰かを犠牲にしても、自分と一緒にいて欲しい人は近くにいさせた方が良い。私はそうしている。恐れて突き離して独りぼっちになる何て私には耐えられないからね」
「…………」
「それでもいいなら突き放せば良いさ。最も、そんなことが出来る人間だとは思わないけどね。精々悩みたまえ若人よ」
眉間に皺を寄せる北條を面白がると鴨田は隠し通路を探すミズキ達の元へと歩いていく。
その背中を呼び止めずに北條は深く息を吐いた。