手助け
話をしよう。そう言われた北條だが、ハッキリ言って気まずかった。
なんせ、ミズキを守る護衛の立場でありながら他のことを考えていたのだ。鮮血病院という危険な場所にいながら、護衛対象のことを第一に考えていなかったのだから当然だった。
「あ~……それで、どういう話をしたいんだ?」
「そんなの決まってるでしょ。アナタがアタシのことを一番に考えていないってこと」
「……はい。ホント、すみません」
元々鴨田のいた場所に陣取ったミズキへ北條は直ぐに頭を下げる。
「まぁ良いわ。これから考えて貰ったらいいし」
「……そのことだけど」
頭を上げて北條はミズキの顔へと視線を向ける。そして、一呼吸おいて口を開いた。
「やっぱりさ。俺、今の状況だとミズキを守り切れないかもしれない」
「だから、他の奴等に守って貰えってこと? そんなの嫌」
意を決して北條が口にした言葉をミズキはあっさりと拒否する。
間も空けずに出た否定の言葉に北條は目を丸くした。
「いや、さっきの聞いてたら分かるだろ? 俺、色々と囚われてる。それに——」
「それに?」
「今、異能が……使えない」
ミズキの護衛をやめるために咄嗟に北條は異能について口に出してしまう。
思わず口に出た言葉に焦るが、異能が使えないならばミズキも自分に護衛を付かせることはないだろうと考えたのだ。
地獄壺跡地で見せた異能が使えない。もし、北條が異能を使えることを知っている者がおり、北條が異能を使えないと言ったのなら、戦いで使えないと判断する者はどれだけいるか。
異能の強力さを知っている者達は必ずこう答える。役立たずだと。
しかし、ミズキは違った。
「それがどうしたの?」
だからどうしたと。そんなものが関係あるのか。そんな態度で北條に問い返す。
今度こそ、護衛の仕事を取り下げると思っていた北條はミズキの変わらない態度に頭が可笑しくなったのではないかと顔を凝視してしまう。
「いや、異能……知ってるだろ?」
「知ってる。あの氷でしょ」
「うん。そう。それが使えないの」
「へぇ、そうなの」
「うん」
「……だから?」
「いや、だから? じゃなくてさ‼ 異能使えないんだぞ⁉ ミズキを守れなくなるのに何でそんなに冷静なんだよ⁉」
慌てもしないミズキに詰め寄る。そんな北條の態度にミズキは呆れたように溜息をつき、口を開いた。
「あのね。アタシは最初に言ったじゃん。ここで一番信頼しているのはアナタだって。もしかして嘘だと思ってたの?」
「いや、でも俺は異能が使えないんだぞ?」
「異能異能って……地獄壺跡地で戦っている時は異能なんて殆ど使ってなかったじゃない。それとも見えない所で使ってたの?」
「そんなことは、ないけど」
異能が使える。使えない。そんなことミズキにとっては些細なことだった。
地獄壺跡地では、ずっとミズキは北條を見て来た。自分の指示には的確に従い、望んだものはキッチリと持ってきてくれた。そこに不満はない。
それに少年を守ろうとした時も、北條は最後まで守り通そうとしていた。最後には涙まで流し、這ってでも進もうとしていた。
病室で下級吸血鬼に押し潰されそうになった時も、ずっと離さない様に手を握り、ロッカーに入る時には自分は後から入ろうとしていた。
だから、分かったのだ。どんな状況に陥っても、北條一馬と言う男は助けに動いてくれるのだと。
どんなに強大な敵が来ても逃げ出さないことは理解出来た。それが分かっただけでもミズキは安心することが出来た。
それを疑う?嫌悪する?突き離す?そんなことをするはずがない。むしろ懐に入れて離しやしない。
「だったら、良いじゃない。アタシは何も実力だけで全てを決めた訳じゃない。信頼出来る人だと思ったから、護衛として選んでるの」
「……あの子を守れなかったのにか?」
「えぇ、そうよ」
「俺なんかじゃ、守れないかもしれないのに」
「自分を卑下することは止めてよ。アタシはアナタをそんなに弱い人間だとは思ってない」
「でも俺は、色々悩むと思う。守れなかった人達のことも、これから守る人達のことも」
別に死者から託された訳ではない。北條が勝手に何とかしなければと思っているだけだ。別に守ってくれとも言われた訳ではない。北條が勝手に助けようとするだけだ。
譲れないものが増えていく。それはきっと枷になっていく。それで動きが鈍ることが一番怖かった。
自分の近くにいたら、また巻き込んでしまうのではとそう思ってしまう。
「はぁ。本当に……アナタって本当に馬鹿」
大きく溜息をつき、ミズキは北條の頭を思い切り叩いた。
加減されているとはいえ、戦闘衣を身に着けた者の一撃だ。軽くないはずがない。
腰かけていた壊れかけた椅子が、頭に叩き込まれた一撃で完全に破壊される。
「——ゴォ⁉」
突然のことに北條も受け身すら取れなかった。
頭を抑えてミズキを見上げる。
「アナタがドの着く程のお人好しなのは分かってるけど、何でそこで助けを求めるって発想がないの?」
「え——?」
北條は思わず目を点にする。
助けを求める。それは北條がいつもやっていることだ。自分1人の力など高が知れている。だから、ルスヴンには常に助けて貰っていた。
「助けを求めるっていつもしてると思うぞ? 地獄壺でもミズキには色々助けて貰ったし」
「あのね。あれは助けるって言うんじゃなくて取引上当たり前のことなの。本当に辛い時とか危険な時にアナタ助けを求めたことがある?」
「それは、勿論——」
「あ、ちなみにルスヴンって奴以外で」
そう言われて北條は考える。
咄嗟に助けを求める機会。考えれば考える程、ルスヴンが助けてくれる回数が多い。索敵に異能、判断とあらゆる範囲でルスヴンがカバーしてくれていたことに北條は少し凹んだ。
「…………」
北條の様子から殆ど危ない時はルスヴンに頼っていたのだと理解するとミズキは倒れ込む北條に顔を寄せる。
ミズキの前髪が触れる位置まで近づき、北條は思わず赤面した。
「私はアナタと取引何て超えた関係になりたいと思ってる。だから、助けが欲しいのならアタシにも助けを求めなさい」
「いや、それは——」
「鴨田が言ってたこと何て気にしなくて良い。アナタはアナタのしたいようにすれば良い」
それを聞いて北條は表情を暗くする。
北條がしたいこと。それはこの街から出て、自由になること。そして、それを多くの人と分かち合うことだ。
だから、出来るだけ多くの人を救わなければならない。かと言って、死んだ者もの性格上無視できない。
せめて、何か彼等の無念を1つでも晴らせることをしたいと思っていた。鴨田にはそれを奴隷だと言われている。それに囚われたら夢など叶えられなくなるとも。
全てを守りたいと思っている北條に優先順位など付けられるはずがない。しかし、付けなければ夢は叶えられない。
堂々巡り。北條にはどうすれば良いのか分からない。
ルスヴンがいれば、進む意思さえ示せば彼女は北條に力を貸す。しかし、ここにそのルスヴンはいない。
「ほら、暗い顔しない」
下を向きかけた顔を両手で挟まれ、無理やり視線を合わせられる。
「もう忘れてるわね。アタシが助けるって言ってること。ようは役割分担をしようって話なの。死者の後悔だか無念だかアタシにはどうでも良いこと。だけど、アナタがそれを背負いたいのだと言うのならば、手伝ってあげる。人を多く助けたいのなら、それをするアナタを助けてあげる。こんな弱いアタシでもアナタを助けられるとアナタに教えてあげる」
「————」
そこにいたのは見惚れる程の優しい笑みを浮かべたミズキ。
真正面から見つめられ、恥ずかしくなり思わず北條は視線を逸らした。