夢か想いか、それとも——
階段は崩れ、通路は瓦礫によって塞がれた。
その方法しかなかったとは言え、自分で逃げ道を塞いだことで帰る道が完全に無くなった北條達は、鴨田が発見した水槽の並んだ部屋で休息を取っていた。
それぞれの場所で、全員が距離を取りながら休息を取る。特に鴨田や北條達を非難した男達とは距離があった。
鴨田もディアナとは距離を取り、1人で資料のあった部屋で佇んでいる。
あの快活な女性でも流石に男達の言葉には傷ついたのか。そう考えて北條は静かに鴨田の様子を探りに行くのだった。
「(なんか、似てるな)」
救うと口に出しておきながら、救えなかった鴨田を北條は自分に重ねていた。だからこそ、彼女の肩にかかる重荷も想像出来た。
目の前で救いたいと思っていた者達が死んでいくのは何事にも表すことは出来ない。鉤爪で抉られたようにげっそりと何かが減る。今、鴨田を襲っているのはそんな感覚なのだろうと北條は予想する。
「(救えなかった人達を気にするなとは言えない。だけど、何か出来るはずだ)」
痛みを知る者として。傍にいるだけでも何かが和らぐはずだ。そう考えて鴨田がいるはずの資料が置かれていた部屋へと近づく。
扉は開かれたままの状態。扉が閉じれば、またロックが掛かり3人がかりで開かなければならないため、このままにしているのだ。
「(何て声をかけるべきか。取り敢えず、元気になれる様な挨拶を……)」
落ち込んでいるはずの鴨田を元気付ける言葉を考えながら、北條は分厚い扉の影から部屋の中を覗き込む。
部屋は相変わらず埃だらけでミズキが散らかしたそのままになっている。鴨田は資料があった机に腰を掛けており、北條の想像通り頭を下げて——
「Yeah‼ 良い機材見っけ‼ これは掘り出し物だぞゥッ」
——いなかった。
というかかなり元気だった。むしろ宝探しをしていた。
「…………」
「ほうほう。なるほど。なら、これがあるなら——」
「……………………」
「お、バッテリー発見。えっと、これをここに。あれ? 入らない? 違うのか。ここに無いかな?」
「………………………………」
「あ、起動した。それじゃ、次はっと」
後ろに北條がいることに鴨田は気付かずに宝探しに没頭する。その姿を見て北條は放心してしまった。
かなり落ちて込んでいると思いきやそんなことは全くなく、元気100倍で目をキラッキラさせているのだから仕方がないだろう。
分厚い扉をノックする。小さな音が反響し、鴨田がようやく北條に気付いた。
「あれ? 北條君じゃないか。一体そんな所で何をしているんだい?」
「それは俺が聞きたいんだけど」
「? 私は宝を漁っているだけだが?」
首を傾げ、何を言っているのか分からないとクエスチョンマークを浮かべる鴨田。美女が小さく首を傾げる姿に固く握り締めた拳を振るいたくなったが、それをグッと我慢する。
「それは見れば分かる。分かるんだけど————はぁ。心配して損した」
「心配? あぁ、もしかして私が落ち込んでいるとか考えていたのかい? 彼等に責められて?」
「……あぁ、そうだよ。悪いか」
「いいや、悪くない。むしろ気遣いのできる男の子はポイントが高いぞ」
「…………」
歯を見せて笑う鴨田に北條は肩を落とす。
落ち込んでいると思っていた。同じ思いを抱いていると思っていた。それは勝手に北條が思ったことだ。鴨田のせいではない。しかし、何故か裏切られた気分に陥る。
その気分を見抜いて今度は鴨田が尋ねた。
「何だ。もしかして、私を慰めるのと同時に自分も慰められようとしていたのかい?」
「——そんなこと」
「隠さなくて良い隠さなくて良い。何、こっちに来たまえ。少し話をしようか」
そう口にして鴨田は手招きをしてボロボロの椅子を北條の方へと寄せる。背凭れなど壊れかけていて、クッションも剥がれて長時間使えば尻が痛くなるのは間違いない。
裏切られた気分もあり、早く去ろうとするが、強い眼光に引き寄せられ、北條は鴨田が寄越した椅子に座る。
「さて、君はどういった悩みを持っているのかな? ほら、お姉さんに話してごらんなさいな」
「悩み相談かよ。そんな悩み何て俺には」
「なくはないだろう。こういうのは自分から言った方が良いが、頑なに言わないのなら私の方から尋ねようか。先程の彼らの言葉で最も傷ついたのは君だ。ここに来る前に目の前で人を死なせてしまったかい? 例えば、レジスタンスの任務で民間人を死なせてしまったとか?」
そこまで見抜かれていたことに北條は驚く。
思わず顔を上げると鴨田と視線が合った。鴨田は歯を見せて笑うこともなく、いつになく真剣な表情で北條と向き合っていた。
「君は私が落ち込んでいると思っていたようだが、そんなことはないさ。私は落ち込まないし、後悔もしない。彼らの死を慎みはするが、それだけだ。だって、そんなの無駄だろう?」
「——おい」
思わず北條は立ち上がり、鴨田の胸倉を掴んでいた。
睨み付け、拳を握る。それをどうしたいのか北條自身も分からなかった。
「どうしたんだい? 死んだ人間は口もきけないんだ。別に文句を言われることはない。気にしたって意味ないさ」
「ふざけんるなよ。アイツ等がどんなに後悔や無念を抱えているか——」
「それを私達が叶える義務はないだろう」
「テメェッ」
「殴るのかい?」
思わず挙げた拳。意識していなかったことを指摘されてようやく気付く。
歯を強く噛み締め、北條は鴨田の胸倉を離し、荒々しく椅子に座り直した。
「……俺は、ただ守れなかった人達を」
「彼らをどうしたいんだい? 墓を掘って供養する? それならまだ良いだろう。だが、それ以外もしようとして言わないよね? もし、しようとしているのなら止めた方が良い。それは君の為にならない」
金髪の髪を靡かせながら鴨田は北條に語り掛ける。
「そんなことは、ない。自分で守ると誓って守れなかったんだ。そんなの——駄目だろうッ」
死んでいった者達が死に際に見せる後悔や無念。それは北條の目に焼き付いている。最後にそれを目にした者として捨てることが出来ない。そう口にする。
「それは君の美徳だろうけど欠点でもあるな。囚われ過ぎたら破滅まっしぐらだ。君はそれでも良いのかい?」
「だったら、綺麗サッパリ忘れたら良いのかッ」
「その通り。それが一番良いのさ」
「なら、彼らの抱えていたものはどうなる‼」
「それは、どうしようもない」
キッパリと言い放つ鴨田に北條は絶句する。
何とかしなければとずっと思っていた。死んだ者達が抱えていた無念。あの少年が描いていた夢。その続きは断ち切られ、夢は見ることが出来なくなった。
それでも何かしなければ、あの少年が報われない。そう考えていた。それなのに、どうしようもないと言って切り捨てると鴨田は口にしたのだ。
「怖いかい? 切り捨てることが」
「当たり前だ。そんなのッ当たり前だ‼」
拳を足に叩き付ける。じんわりとした痛みが北條に伝わるが、今そんなことを気にしている余裕はなかった。
苦しそうな表情を浮かべる北條に比べて、鴨田は冷静そのものだった。
「それじゃあ君は何時まで経っても死者に囚われる奴隷だ。それでは前に勧めない。いっその事戦うこととか全部かなぐり捨てれば良いんじゃないか。どんな状況でも君は生きていけるだろ?」
「そんな無責任なこと出来る訳ないだろッ。見たい景色があるんだ。夢があるんだ。それは俺の夢だ。俺が願っていることだ‼ それを多くの人と一緒に見たいんだ‼ だから放棄何てしたくはない‼」
「でも、死者を背負っていたら、その夢も叶えられないよ? 君、目の前で死人が出たらとことん後悔して弱くなっていくタイプだ」
「ッ————」
思わず北條は鴨田を睨み付けてしまう。
北條にとってはどちらも背負わなければいけないもの。選べるはずがない。後悔することの何が悪いのか。捨てられないことの何が悪いのか。見当違いの恨みすら出て来てしまう。
「俺は、そんなこと出来ない」
「だろうね」
鴨田もそんなことは出来ないだろうと想像はしていた。
今日、鴨田と北條は出会ったばかりの存在だ。そんな短い付き合いの人間にこれまでの在り方を変えろと言われても無理な話。
北條一馬と言う男を言葉だけで変えられるのは、それこそ生涯付き添ってきた存在だけだろう。
「でもね。優先順位ぐらいは着けた方が良い。自分の夢か。死者の想いか。それとも、今生きている人間か。ね?」
そう口にすると鴨田は視線を北條から外し、その後ろへと向ける。北條も釣られて後ろを振り向くとそこにはミズキとディアナの姿があった。
「す、すみません。その、えっと……少し明日香さんの様子を見に来ただけだったんですけど」
「……いつから」
「アナタがここに来てから直ぐよ」
「つまり、最初からいたのか……」
思いもよらない出来事に北條は頭を抱えた。
鴨田が弱っていると心配して来てみれば、逆に悩み相談みたいなことをされて在り方を否定されて、それを他人に聞かれている。少し凹みそうだった。
直ぐ傍に人がいることに気付かない。ルスヴンがいたら、直ぐに彼女が気付いていただろう。やはり自分にはルスヴンがいなければ何も出来ないなと自分を卑下する。
頭を下げた北條を見てクスリと鴨田は笑うと部屋の入口へと歩き、ディアナの頭をポンと叩いた。
「さて、私達は席を外そう。ここからは付き合いの長い君達2人っきりで話してくれ」
「それほど長い付き合いじゃないけどね」
「HA☆HA☆HA☆HA☆‼ それは言ってはいけないお約束さ」
快活な笑顔でディアナの手を引いて鴨田が去って行く。
遠ざかっていく背中を見詰めていると、ミズキが北條へと視線を向けた。
「少し、話をしましょうか」