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銀閃

 

「嘘、でしょ」


 目の前の光景にミズキも息を飲む。北條の首に回した腕には力が入り、体は小刻みに震えている。

 無理もなかった。彼女にとってそれは恐怖以外の何物でもないのだから。


「さっきの部屋に戻って扉を——」

「WHOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO‼」

「鴨田⁉」


 足を止め、引き返そうとする北條の声を無視して鴨田が飛び出す。逃げて来るディアナ達の頭を飛び越え、通路を埋め尽くす下級吸血鬼の群れの前にして構えを取った。


「何をッ」

「な、何やってるんだ⁉」


 飛び出した鴨田に2人は正気を疑う。

 対吸血鬼専用装備を持っていてもあの数の下級吸血鬼には逃げるしかない。あの数を相手にするにはもっと巨大な破壊力が必要だ。だが、そんな装備を持っておらず、異能すら使えない北條は逃げるしかないと思って声を上げた。


「無謀だぞ‼ 逃げるしかないんだ。早くこっちに——「それは貴方の方です‼ 早く逃げて下さい。巻き込まれます‼」——え?」


 だが、その言葉は最後まで言い切るまでにディアナの言葉によって遮られた。


「うん。この距離ならいけるかな」


 改造された聴覚で足音を拾い、距離を測った鴨田は白い歯を見せて笑う。彼女の目の前には、獲物を見つけた下級吸血鬼が牙と爪をギラつかせて鴨田へと襲い掛かろうとしていた。


「そんなにお腹を空かせているのかい? 仕方がないな。たっぷりと喰らわせてやる」


 手に取ったのは掌にすっぽり収まる1つの小さな筒状のカプセル。中には銀の液体が入っていた。蓋を開けると中に入っている液体は流れ出るが、地面に零れることなく刃の形を取る。


「私の驕りだ。たっぷり味わってくれ」


 鴨田はそれを天井に向かって振るう。

 一度振るうとその刃は担い手の意識を投影するかのように枝分かれし、より広範囲に斬撃を広げると下級吸血鬼の上の天井を切り刻んだ。

 下級吸血鬼に瓦礫の雨が降りかかる。

 それでも簡単には止まらない。押し潰されながらも下級吸血鬼は前に、前にと進んでくる。だが、鴨田は慌てたりしなかった。

 次々に天井を切り刻み、下級吸血鬼の群れ以上の質量を以て凌駕しようとする鴨田。そのおかげもあって下級吸血鬼の進軍は徐々に速度を落としていく。

 そして——。


「これで、最後‼」


 更に速く、更に広く、銀閃が奔る。

 20以上に別れた刃が天上を切り刻み、巨大な質量となって通路を完全に塞いだ。下級吸血鬼の進軍から逃げていた北條達は腰を下ろし、安堵の息を吐く。


「アンタ、それ何だよ?」

「ん? 流体金属ブレードさ。商品化されず、お蔵入りになった装備さ。護身用に何時もくすねているものさ」


 見たこともない武器に北條は目を丸くする。そんな北條の俄然に流体金属ブレードを掲げて見せる。


「それで、一体何が起こったんだい? ディアナ。君には通信機を渡して上との連絡をして貰っていたはずだけど?」

「そ、それが……私達も分からなくって。連絡をしていたんですけど、壁が急に動いたと思ったら吸血鬼達が出て来て」

「ふむ。なるほど。割れ目何て見えなかったんだけどなぁ…………また失敗か」


 通路に入る前の空間。当然ながら鴨田はそこにも罠がないかは確認していた。その際には、壁にも地面にも何の仕組みがないと判断して、安全を確認出来たはずだった。

 それなのに、また鴨田は置いていたディアナ達を危険に晒してしまった。

 安全を保障したのに、また危険に晒された。死人こそ出なかったものの再び危険に晒されたと言う事実は再びこの場にいた者達に死の恐怖を蘇らせた。


「ち、畜生ッ。テメェ嘘ばっかじゃねぇか‼ その力は俺達を守るためにあるんじゃねぇのかよッ。何でいっつも肝心な時にいないんだ‼」

「う~ん。それを言われると弱いなぁ」


 鴨田を責める声を上げたのは、北條達を責めた男だった。

 まだ鴨田の戦闘能力を見た手前、勢いは削がれているが、蘇った恐怖は抑えられなかった。拳を握り、抗議する。その姿に他の者も続いた。


「あんた同じこと言って失敗ばっかじゃねぇかッ」

「その通りだ。本当に俺達を守る気があるのか‼」

「そ、そんなことありません‼ 明日香さんはちゃんと皆のことを考えてますッ」


 男達の抗議にディアナが鴨田を庇うように前に出る。

 それでも男達は止まらない。自分と同じ不満を持っている者がいれば態度も大きくなる。加えて、鴨田も今度は口を出さないため初めは小さかった勢いも鴨田も今度は口を出さないため初めは小さかった勢いも、段々と大きくなり、責め立てていく。

 ディアナすら巻き込んで、挙句の果てには北條達にすら責任があると口にして責め立てる。


「…………ッ」


 言葉の1つ1つが北條に突き刺さっていく。

 守れなかった。という言葉は今の北條にはどんなに鋭い剣よりも効果があった。

 地獄壺跡地で少年を守ることが出来なかった。地面に足が縫い付けられ、ただ見る事しか出来なかった。

 もし、あの時足が動いていたら。そう思わずにはいられない。

 実力は兎も角、北條はあの少年の最も近くにいたのだ。だから、助けなければいけなかった。

 気分がどんどんと沈んでいく。

 これまで目の前で死んだ者達が虚ろな目をして手を伸ばしている姿を幻視する。


「もう、もうお前等なんかに任せられるか‼ 自分の命は自分で守る‼」


 これまで守られるばかりだった男達が宣言し、北條達から逃れるように奥へと足を運んでいく。

 その背中を誰も止めることが出来なかった。

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