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ボイスレコーダー

 金庫のような頑丈な扉が1つ。

 それを目にして北條は強い警戒を示す。

 鮮血病院に連れて来られ、下級の吸血鬼から逃れた者達は口を揃えて扉を潜ると全く違う場所に来たと言っていたことを覚えているのだ。

 鴨田も探索をする注意として閉じている扉には触れないことを厳命している。

 扉には触れるべからず。それが全員の認識だったはずだった。それなのに、鴨田は戸惑いもなく扉に近づき、勢いよく開け放とうとする。


「ちょ——アンタ何やってんだ⁉」


 扉を開け放とうとする鴨田に慌てて近づき、肩を掴む。

 背中にいたミズキも鴨田のいきなりの行動に慌てた。


「扉には罠があるってアナタ言ってたでしょ⁉ 何やってるの‼」


 慌てる2人とは対照的に鴨田は冷静だった。

 2人を落ち着かせるように鴨田笑みを浮かべる。


「安心したまえ。言っただろ? 一度ここに来たことがあるって」


 そう口にして再び扉に手をかけ、今度こそ扉を開く。

 一瞬身構える北條。ロッカーの扉を開けたら落とし穴という予想外の出来事に陥ったのだから警戒するのも無理はなかった。だが、今回に限ってそれは必要なかった。

 ゆっくりと扉が開かれ、蒼い光が扉の向こう側から漏れ始める。

 そして、扉が開け放たれその景色が目に飛び込んできた。


「これは——」


 大型のトラックが10台は入る空間に均一に並べられた筒形の水槽。割れているものもあれば、無事なものもある。しかし、その中身は全てが空だった。

 何かの研究所のような光景がそこには広がっていた。


「こっちだ」


 茫然とする北條とミズキだったが、鴨田の声で我に返る。

 鴨田の方に視線を向ければ、彼女は階段で下へと降りる途中だった。慌てて北條はその背中を追いかける。

 鴨田は均一に並べられた水槽を無視して鴨田は奥へと進んで行く。

 迷いなく進んで行く鴨田に戸惑いながらも北條は尋ねた。


「ここは一体何なんだ?」

「分からない。今からそれを確かめに行く」

「どういう意味?」

「奥に厳重にロックが掛けられてる扉があるんだ。一番そこが怪しいと思ってね。それを開けたいんだけど、ロックに重量のある扉が厄介でね1人では開けることが出来ないんだ」

「だから俺達を連れて来たのか」

「その通り」


 ようやく北條達が選ばれた理由が判明する。ようは力仕事を頼みたいということだ。


「その扉に罠がある可能性は?」

「ここは研究所だぞ。吸血鬼達が使っていたとは思えない。つまり、人間が使っていた。自分の領域に罠を仕掛ける奴はいないだろう。あ、ホラ、あれだ」


 鴨田がある一点を指差す。

 そこには先程の扉よりも巨大な扉があった。見るだけで2人は悟る。これは生身の人間だけで開けるのは無理だと。そして同時に、この中に何が隠されているのか強い疑問を持った。


「これを開けたいんだ。何かしらの手掛かりがあるかもしれないしね。鮮血病院について分かるかも」

「なるほど。それなら協力するのを惜しまない」

「電子ロックは匿名希望2号君が解除してくれ。北條君。ロックを解除して5秒で開けなければ再び扉にロックが掛かるから気を付けてくれ」

「分かった」


 そう口にすると3人は早速仕事に取り掛かる。

 カバーがこじ開けられていた操作盤の所にミズキを降ろし、ミズキの合図を北條と鴨田が待つ。

 慣れた手際でロックの解除を行うミズキ。時間は数十秒もかからず、その手際は結城にも負けていなかった。

 ——ガチリ。と扉のロックが解除されると北條と鴨田は思い切り扉を引っ張った。


「~~~~ッ」

「ぐぉッ重⁉」


 戦闘衣を身に着けていても感じる重量に北條は目を見開く。隣では鴨田も歯を食いしばって扉を引っ張っていた。

 2人で扉を開けようとしてもビクともしない。しかも、5秒の間に開けなければ再びロックが掛かる。こんなものを1人で開けろと言われても流石に無理だなと北條は思い知った。


 ギギギッと軋む音が通路の響き、重い扉がゆっくりと開いていく。

 全力で飛ているにも拘らず、ゆっくりとしか開かない扉。見かねたミズキも加わり、扉を引くとほんの少しだけ速度が上がる。

 そして、ようやく扉が開かれる

 を覗き込むと一番最初に目に入ったのは1つの机と大量の資料。水槽の部屋とは違い、1人専用の狭い個室がそこにはあった。

 脅威がないことを確認し、3人は中へと踏み入る。


「こんな所に研究室が……誰が使ってたんだ?」

「さぁな。取り敢えず、資料見てみたらどうだ?」


 机の上に束になっている資料。長年人がいなかったせいで埃塗れになっていたり、変色していたり、虫に食われていたり散々な有様だ。

 息を吹きかけてみれば、大量の誇りが巻き上がり、思わず3人は顔を顰めた。


「ゲホッウェ……えっと、何々? 異、い、造」

「殆ど読めなくなってるな。そっちは——ってもう面倒くさい。散らばしてしまえ」

「ちょ、馬鹿何やってんだ⁉」


 ミズキが机の資料を地面に散らばらせる。同時に隠れていた虫達も地面に散らばった。


「殆ど見られないものばっかり」

「何で散らかしたんだよ」

「その方が一度に確認できるでしょ。ほら、まだ読めるやつを拾って拾って」


 そう口にするとミズキは北條の背中から降りて、机に腰掛ける。仕方なく、北條はまだ無事な資料を選び、集めていく。

 その間に鴨田は近くにある研究機材を弄っていた。


「……矢切、宗一郎?」


 北條が何とか読める資料の中で1つの名前を読み上げる。

 その下には続けて文字が並んでいた。


「読めるものあった?」

「あぁ、幾つか」


 ミズキとやり取りをしながら続きの文章を読んでいく。

「増産計画」と書かれた計画を——。


「————ッ」


 それは資料と言うよりも日記のようだった。この計画を本当に正しいことだと信じている男の怒りの声も載っている。

 だが、北條にとってそれは読んでいるだけで気分が悪くなるようなものだった。

 どうやって異能持ちを増やそうとしたのか。事細かにそこには書いてあった。その実験結果もどれだけ犠牲が出たのかも書いてあった。

 こんなことをしていたのかと資料をぐしゃりと握り潰す。


「何が書いてあったの?」

「……胸糞悪いものだ」

「そうか……なるほど。確かにこれは」


 鴨田が表情を変えた北條に気付き、声をかけて来る。資料を受け取った鴨田がそれを素早く読み上げると眉を顰めた。


「異能か。確かレジスタンスに所属している者達が保有する力だったな。君達は知っているか?」

「あぁ、知ってるよ」

「知らない奴はいないと思うわよ。あ、ボイスレコーダー」


 ミズキが棚の中に1つのボイスレコーダーを発見する。(おもむろ)にそれを再生するとしわがれた男の声が聞こえて来た。


『〇月△日。これは革命的なことだ。何とあの吸血鬼にも生殖活動が出来ると言うのが分かったのだからな。吸血鬼共が数を増やすのには生殖活動は必要なかった。それなのに、まさかわざわざ作るとは思っても見なかった。奴等の体の仕組みに益々興味が湧いた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかし、一番重要なのはその子供も異能を継いでいると言うことだ。幼いながら異能も強力だ。これで異能持ちの数は増やすことが出来る。一類の希望が見えた。早速人類を救うための計画を立てよう』


 鴨田が皺になった個所を伸ばしながら、ボイスレコーダーの内容を聞き続ける。北條は眉を顰めながらもそれに耳を傾け続け、ミズキは机の周辺へと手を伸ばしながら耳に意識を集中させた。


『〇月△日。残念だ。大いに残念だ。レジスタンス上層部に吸血鬼を捕獲し、利用する案は却下された。人と中身も形も似ているのだから別に良いだろう。好みの煩い奴等だ。人類の未来を背負っていると奴等は自覚しているのか? 全く、頭が痛くなる——と、これでは愚痴になってしまうな。第1案は却下された。しかし、第2案がまだある。これならば奴等も納得するだろう』

「第1案ね。ここの資料には書いてないけど……まぁ、読めないやつも多いし、その中にあるのかな。それにしてもレジスタンスがこんなことを考えていたとは」

「正義っていう免罪符を手に入れた瞬間人間は愚かになるからね」

「…………」


 鴨田が資料をぺらぺらとめくり、内容と照らし合わせてボイスレコーダーを聞き続ける。

 再びボイスレコーダーが途切れ、新しく音声が再生される。


『△月□日。最悪だ。第2案も却下された。研究所も追い出され、機材も資料も奪われた。これ(ボイスレコーダー)と日記だけは守れたが…………何が不満だと言うのだッ。このままでは敗北しかないと言うのにッ‼ えぇい、こうなったら私自らがレジスタンスを頼らずにやるしかない。やってやる。やってやるぞッ‼ まずは新しく機材を調達しなければ——』

「日記——は、ないか。それにしても第2案がこれか。いや、無理でしょ。産ませて増やしても力が弱い何て…………いや、ここに共食いで強くなるって書いてある。なるほど。うん。上層部は正しい。流石にこれはねぇ」


 莫大な資金と人材と時間を使った時間と生み出せたものの価値が釣り合わない。これを実行しようなんて頭がどうにかしてる連中だ。と声の主を鴨田はそう判断した。ミズキも北條も言葉にはせずとも同じだった。

 新しく再生される声に全員で耳を傾ける。今度の月日は前聞いた者よりも月日が暫く経っていた。


『✕月〇日。ハハハハ‼ やった。やったぞ。私はやった‼ あのメルキオールに協力を得ることに成功したのだからな‼ 加えて奴の残った体も使って良いともお墨付きを貰った‼ それにしても魂だけの存在になって生きているとは思わなかった。人間の技術も極めれば魔法に辿り着くという訳か。だが、そんなことよりも奴の肉体だ。これはまだ生きている。これを使って第1案を再現しよう』

「な、メルキオール⁉」


 想像しなかった名前が出てきたことに北條が驚きの声を上げる。

 メルキオール。それはレジスタンス——というよりも戦争時に異能持ちである朝霧や石上、真希達が戦った上級吸血鬼の名前だ。

 雷の異能を使用し、人間の科学に興味を持っていた異端の吸血鬼。その情報はレジスタンスにも共有されていた。

 北條自身、吸血鬼であるルスヴンに力を貸して貰っているため、助けを求めるのに抵抗はない。しかし、他の者はそうでもないと思っていたからこそ驚いてしまった。


「知っているのかい? 北條君」

「あぁ、かなり危険だって上司からは聞いてる」

「へぇ……」


 北條とは違い、メルキオールを知らない鴨田とミズキの反応は薄かった。

 事情を知っているであろう北條に鴨田は興味深そうに目を細める。


『□月△日。機材も揃った。人材も内部協力者のおかげで捕まえた。場所も紹介された。他の都市も巡れるし、中々良い所だ。これから第1案の実権を開始していくつもりだ。しかし、取引材料としてバイオロイド技術とあったが、あいつは何をするつもりなのか。まぁ、良い。これでこの研究は進められる』


 物騒な内容が幾つも聞こえてくる。もう人類の救済だとか関係ない。この男は研究を成功させることだけに固執している。この場にいる誰もがそう思った。


『〇月〇日。第1案は未だに進展はない。しかし、第2案には進展が見られる。産まれてくる子供は力が弱い者や欠点ばかりのある子供だが、彼等を共食いさせることで急成長させる手を見つけた。ハハハハ‼ 良いぞ。成功例であるNo.086は大切に保存しよう。いや、またやらせてみても良いかもしれない』

『◎月✕日。半吸血鬼は作れないッ——グッ。クソ、あいつ等、この私を殺しにかかってきやがった‼ 処分だ。全部処分する‼ この騒ぎのせいで病院の主を怒らせてしまった。畜生。このままでは街に戻される。街に戻れば直ぐにレジスタンスが嗅ぎ付けるはずだ。何とかして、この研究を残さねば。そうだ。奴等の届かない場所に……そう。絶対に届かない場所——帳の外だ。そうだ。帳の外に残せば良い‼ 直ぐにメルキオールに連絡しなければ‼』

「…………」


 そこで音声は途切れる。ミズキはボイスレコーダーを持ち上げ、眺める。

 このボイスレコーダーは置き忘れたのか。それとも必要なくなったのか。そんなことを考えるが、答えはどうでも良いことだった。


「これ、どうする?」

「一応持って行こう。話の内容からこの人物はレジスタンスと敵対していたのだろう? なら、情報として提供すれば私達を助けて貰えるかもしれない。そうじゃないかい?」

「何で俺に聞くんだよ」


 意味ありげに北條に視線を送る鴨田。その視線を鬱陶しそうにして北條は顔を逸らす。

 そんな時だった。静かな部屋に甲高い叫び悲鳴が響いた。


「この声は、ディアナか‼」

「‼——北條‼」


 最初に部屋から鴨田が飛び出し、ミズキを背負った北條がその後に続いて、辿って来た通路を逆走する。

 直ぐに悲鳴を上げたディアナの姿は確認出来た。それは戦闘衣を身に着けた北條と肉体改造を施した鴨田の全力疾走のおかげもあったが、彼らが北條達の進んだ方向に逃げているおかげでもあった。


「あぁ、クソ。嘘だろうッ」


 思わず北條が顔を顰める。

 北條の視線にあったのは通路を埋め尽くす下級吸血鬼の群れ。何時ぞや見た光景が再び繰り返されていた。

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