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肉体改造者

 長い階段をようやく降りきった北條達。だが、全員が無事にという訳にはいかなかった。


「フム、あの2人は残念だった。まさか階段の方向に逃げてしまうとは」


 そう口にするのは戦闘衣(バトルスーツ)を着た北條とミズキの動きに平然と着いて来た鴨田だ。

 着地に失敗した北條とミズキとは違い、綺麗に着地を決めた後、さっさと瓦礫が降ってこない場所へと避難をしておかげでその体には傷一つない。


「それで? どうするの?」


 生き残った者達が全員集まり、円になって話し合う。一番最初に口を開いたのは足を布と鉄骨の一部で応急処置されたミズキだった。

 着地に失敗した彼女は足を挫き、何とか歩くのがやっと。という状況だった。そんな彼女の声に眼鏡をかけた男が声を荒げる。


「どうする? 何を言ってるんだ‼ そんなの決まってるッ。帰るんだよ‼」

「帰るってどういう意味? 上に? それとも家に?」

「ッ——」


 唾を吐き散らしながら狂乱気味に叫ぶ眼鏡の男にミズキは冷静に問い返す。

 しかし、男は答えられない。何処に帰るのか。そう問われて自分がどちらを指して口にしたのか。男自身にも分からなかったからだ。


「で、でも——ここにいるのは危ないッ。もう3人も死んでるんだ‼ 早く逃げるべきだ‼」

「行き先が決まってなかったら、どう逃げるかも決まらないと思うけどね。むやみに逃げても危険なだけよ」

「~~ッこの餓鬼が‼」


 理攻めで攻めて来るミズキに感情が高ぶり、拳を上げるが、振り下ろす前に北條が間に割って入る。

 戦闘衣の性能を先程間近に見た男は思わず動きを止めた。


「調子に乗りやがってッ。お前等がしっかりしてりゃ、アイツ等も死ななかったのに……」


 振り下ろすことが出来なくなった拳を収めるが、ボソリと呟かれた言葉は誰の耳にも届いた。

 周囲の者達も口には出さずとも男と同意見だと責めるような視線をミズキと北條に向けていた。


「まぁ、確かにその通りだよな」

「あ、あぁ……戦闘衣、だっけ。それを着てるってことはアイツ等はそう言う職業ってことだろう? なら、俺達を守る義務があるじゃないか」

「アナタ達——」


 それを受けてミズキの目線が鋭くなる。

 助けられて不満があれば責める。不条理なことを口にする奴等をどうしてやろうかと思考を回し始め——円の真ん中に入って来た鴨田を見て、思考を止めた。


「待ちたまえ待ちたまえ。ここでいがみ合っても何も進展しないさ。もういっその事頭真っ白にして前に進もう。というか、階段崩れちゃったから前にしか進めないんだけどね☆‼」

「な、テメェッ。テメェこそ全員脱出させてやる何て言っときながら——」

「いやぁ。私も指示を聞かない人間を救うことは出来ないさ。まぁ、最初に約束した手前、苦しい言い訳でしかないんだけど。あれ? これってもしかして私のせいか?」

「このッ」

「ぼ、暴力は止めて下さい‼」


 惚けた表情をする鴨田に怒りを抱く男。殴り掛かろうとするが、体をプルプルと震わせながらも間にディアナが入って来たことで拳を止める。

 涙を目の端に浮かべ、全身で恐怖を現しながらも前に出てきた姿に他の者達は呆気に取られる。


「何だこの餓鬼ィッ死にてぇのか⁉ あぁ⁉」

「この人に悪気はないんです。少し常識が欠けているだけなんです‼ か、代わりに私が誤ります。ご、ごめんなさいッ」


 勢いよく頭を下げるディアナ。だが、そんなもので男の怒りが収まるはずがない。むしろ、弱気なディアナが前に出てしまったことで男を増長させた。

 あらん限りの罵倒をディアナに浴びせる。その様子に溜まらず北條は口を開いた。


「待ってくれ。その怒りはこっちに向けるべきだ。この子は関係ないだろ?」

「うるせぇ。俺の前に出て来たからこうなるんだッ」


 男にとって他人の死などどうでも良かった。ただ、胸の中に残る不安を発散したいだけ。何時死ぬかも分からない恐怖から逃れたいだけだった。

 拳を握り、この場で最も弱いディアナに向けて拳を振り下ろそうとする。だが、その拳が振り下ろされる前に、北條がその拳を止める前に。()()()()()()()()()()()()()()()


 鴨田を中心としてアスファルトに亀裂が奔る。

 その場にいる者達の視線が一斉に鴨田へと向けられる。戦闘衣など身に着けていない。衣服は誰もが着られる普通のものだ。

 尋常ならざる脚力に誰もが目を見開いた。


「この子に手を出すのは止め給え。北條君も言った通り、この子に手を出すのは間違いだ」


 怒りなど感じさせない爽やかな笑顔で鴨田は言い切る。

 アスファルトを踏み抜くと言った衝撃に加え、相手がこれっぽっちも怒りや苛立ちなどを感じていないことに男は戸惑う。


「だ、だが、奴等のせいでアイツ等が死んだのは確かだ……」

「いや、違う。誰も足元が崩れる何て予想していなかった。この私でさえな」


 戸惑う男の両手を優しく包み込み、顔を覗き込む。快活な美女のイメージが強かった鴨田だが、今は冷静で人を包み込む雰囲気があった。


「あんな状況、誰もが予想していなかったのだ。だから、彼らを責めるな」

「そんな——」


 その後に続く言葉は男からは出なかった。しかし、誰もが予想することが出来た。


 ——出来るはずがない。

 男の視線が一瞬鴨田が割ったアスファルトへと向く。

 もし、気に障ることを口にすれば、その力を振るうのではないのか。

 戦闘衣を着ていないのにこれほどの怪力。それが自分に向くことがあれば、どうなるのか。そう考えてしまう。


「大丈夫だ。この力を君達に振るうことはない。これは無くなったものたちの分も含めて、こんなことをしでかした者へ報復するために振るうものだ」


 鴨田も当然理解していた。だから、論点をすり替える。

 お前が恐れるこの力は、お前を守るためにあると安心させ、こんなことになったのは、ここに閉じ込めた奴等のせいだと怒りを向ける方向を変えさせる。

 少しずつ、少しずつ意識を誘導させ、男達から恐怖を無くしていく。

 まるで加賀のようだ。とその様子を見ていた北條は目を丸くした。


「わ、分かったよ。俺が、悪かった……」


 そうしている間にも鴨田の話は終わり、男達の怒りは完全に消え、恐怖も和らいでいた。

 男達の顔を見回し、結果に満足した鴨田は軽く笑う。


「そうか。それは良かった」


 そして、話は進む。

 それは当然、この場で進むか否かだ。しかし、帰り道が無くなってしまった以上、必然的に答えは1つとなる。

 たった1つしかない通路。そこに全員の視線が吸い込まれるように集まった。






「アナタ、何者?」


 階段を下りて着いた部屋にたった1つしかなかった通路。

 まずは調べるために北條、ミズキ、鴨田が通路を先行する。その最中、後ろにいる者達が見えなくなると北條に背負われたミズキが鴨田に尋ねた。

 その視線には明らかに警戒の色が浮かんでいる。

 人を抱えて戦闘衣を着た北條とミズキに着いて来たことも、アスファルトも踏み抜いたことも生身の人間では出来る芸当ではない。ミズキが警戒するのも仕方が無かった。

 警戒をするミズキを余所に鴨田はあっさりと答える。


「何、簡単なことだ。肉体改造だよ。鉄筋フレームに銃弾を弾く人口肌。人の数倍以上の力を出せる人工筋肉。この身は産まれた頃より人を超えるために色々と弄られているのだ」

「……何で、そんなことを」

「HA☆HA☆HA☆‼ この街でならそう珍しいことではないと思うけどね。それに肉体が衰えることもないから意外と便利なんだよ?」


 北條が目を見開き、憐れむような視線を向けるが、鴨田はそれを笑って吹き飛ばす。


「それに、性能も(すこぶ)る良いんだ。戦闘衣にも負けない。何なら勝負して見るかい? ディアナ達がいない今なら、出来ることは増えたからね」

「ふん。お嬢様かと思ったら色々隠していたのね」

「すまないね。でも、仕方がないだろ? 自分の手札はおいそれと晒せないんだ」

「自分の手札を守るためにアイツ等を手駒にしたの?」


 吐き捨てるようにミズキが鴨田に問いかける。

 アイツ等、と言うのはこの場にはいない者達——アオハラ会の幹部の女。カモダというブランドに踊らされた者達だ。


「ふぅむ……色々と見破られてるか。でも、彼らを助けると言うのは嘘じゃないよ? 手が増えた方が効率も上がるし、あのまま恐怖状態であの場を飛び出して要らないことをやられるよりマシだろ?」

「下級吸血鬼がうろつく場所に放り出しといてよく言う」

「そのために保険(匿名希望君)は残しているさ。それに四人一組で行動させてる。完璧な安全何て何処にもないんだ。」

「……なぁ」

「ん? 何だい?」


 鴨田とミズキのやり取りに突っ込みたい所は幾つもあった。しかし、それでも先に北條は聞いておきたいことがあった。


「何でこっちに来たんだ?」


 その質問はミズキが鴨田に行った問いかけだ。


「それは前、言ったはずだけど?」

「あぁ。でも、納得できなくてな。本当ならあんたは指示を出す側だ。情報を収集するのなら、トップであるあんたはさっきの部屋にいた方が良い。それに1人で探索してたことがあったんだろ。面白そう何て理由でこっちに来たのなら、何でその時にここを探索していなかったんだよ」

「それはアタシも気になったわね。どうなのよ?」


 言い逃れることは許さない。そう言いたげにミズキが鴨田を睨み付ける。

 2人の視線に晒された鴨田はお手上げといったように両手を掲げた。


「まぁ、仕方ないか。どうせ話さなきゃいけないし……そうだね。君達に見て欲しいものがあったんだ」

「それは、ここに一度来たことがあるって受け取って良いのか?」

「Yes。この体だからね。下に降りるのも上に上るのも一度目は問題なかった」

「俺達を選んだ理由は?」

「何、直ぐ分かるさ。ここからは何もないはずだ。着いて来てくれ」


 そう口にして鴨田は一歩先へと進み、北條達を先導する。

 最後の最後で言葉を濁した鴨田に怪訝な視線を送るが、このままこの場にいても何も変わらないと考え、鴨田の背中を追いかける。

 静かに、ゆっくりと一本道を進んで行く。鴨田の言った通り、敵もおらず、階段の時のように事故も起こらず進むことが出来た。

 そして、視線の先に1つの扉が現れた。

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