予想外の事故
北條が所属するチームに割り振られた捜索場所である2番。そこで目にしたは更に地下へと続く階段だった。
下に、下にと永遠に続く階段。吹き抜けになっている中央部分から下を見下ろすが、底は見えない。
どれだけ下に続いているのか。北條が発炎筒を取り出し、下に落としてみる。
明かりに照らされていないから底が見えないように見えるだけ。本当は数十メートル程度しかないはず。そんな希望を裏切るように光は底を照らすことなく、次第に小さくなり、やがて燃焼時間が来て消えた。
発炎筒の燃焼時間は約5分。
その間自由落下していても底に着かなかった。その事実に幾人かの中に不安が芽生える。
「俺が先に行く」
誰もが二の足を踏む中、北條が名乗りを上げ最初の一歩目に名乗りを上げる。次にミズキ、そしてディアナが続くと他の者達も慌てたように後に続いた。
階段は生暖かく、何か潜んでいるのではないかと考えてしまうが、静寂がそれを否定する。聞こえてくるのはアスファルトの階段を靴が踏みしめる音だけだ。
「アナタ達、何でこっちに来たの?」
ミズキが後ろを歩く鴨田とディアナに問いかける。
探索するチーム別けをする際、鴨田は何処に所属するかは口にしていなかった。それなのに、突然地下へ向かうと口にして着いて来たのだ。
「え、えっと……こっちは人数が少ないので、来たんですけど…………もしかして、邪魔でしたか?」
怯えた様子を見せるディアナ。そんなディアナに視線を投げかけるミズキ。それから守るように後ろにいた鴨田がディアナの前へと出て来た。
「HA☆HA☆HA☆‼ 匿名希望2号君はもしかして彼と2人っきりが良かったのかな? だとしたらゴメンね‼」
「笑い方が腹立つなコイツ。というか質問に答えなさいよ。何でアナタがこっちにいるのよ」
「そんなの決まっているさ」
ミズキの視線を受けて鴨田が歯を見せて笑う。親指を立て、ウィンクを飛ばし、堂々と言い放つ。
「こっちの方が面白そうだからさ‼」
「…………そろそろ、進もうか」
面白そうだからという理由で進む方向を決める鴨田に何も言えなくなった北條とミズキが前へと視線を向け直し、歩を進める。
息を吐き、気を引き締め直す。
今の北條はどういう訳かルスヴンと連絡が取ることが出来ない状態だ。
急に敵が来ても助けてくれる存在はいない。
——恐ろしい。素直にそう感じる。
恐怖を感じたことは今まで幾らでもある。死にかけたこともある。パニックになったこともある。そんな時、何時も声をかけてくれたのはルスヴンだ。
彼女の声1つでいつでも冷静さを保てた。自分は1人ではないと実感できた。しかし、今は暗闇にポツンと置き去りにされた感覚に陥っている。
自分は思った以上にルスヴンに頼っていたらしい。と自嘲気味に笑う。
何一つとして自律できていなかった。これでは本当にルスヴンのお荷物にしかなっていなかっただろう。
カツン、と音が響く。
ライトを階段の先に向ける。見えるのはライトに見える部分だけ、そこ以外は碌に見えやしない。
いつもの北條とはかなり遅い進行速度で階段を下っていく。
このまま何事も無ければいい。そう切に願う。だが、その願いはあっさりと破り捨てられる。
ガキンッ‼と音がなり、階段全体が軋みを上げる。
何かが飛ぶ音が聞こえ、その度に自分の足で踏んでいる場所が液状になっているかのようにバランスが悪くなっていく。
その異変に気付かない者はいなかった。
「な、何だ⁉ 何が起きた⁉」
音は後ろから。慌てて北條は後方にライトを当てる。
すると、そこには壁に据え付けられていたはずの階段が根元からポッキリと破壊され、何の差さえもなく、宙づりになっている様子があった。
上へとライトを向ける。そこにも異変は合った。これまで通って来た場所に大きな亀裂が入っている。
「Wow。これは不味いかもしれないね」
危機感を全く感じさせない鴨田の声。しかし、誰もそれを指摘しなかった。
ゴクリと誰かの喉が鳴った。
これから起こることを全員が予想した。それは北條も同じだ。
「は、走れェええええええええええええええ‼」
敵がいるかもしれないなどと言う可能性を考える暇はなかった。
北條の叫びに呼応し、全員が一斉に階段を下っていく。それよりほんの少し遅れて、より一層鳴ってはならない大きな音が響いた。
「早く、早く行け‼」
全員の背中を引っ叩き、走るのを急かす。上を見上げれば、大質量が落ちてくる寸前だった。
顔を真っ青にしながら全員が最高速度で下に降りていく。
階段はその背中を追い立てるように落ちては引っ掛かり、落ちては引っ掛かりを繰り返し、恐怖を掻き立てていく。
「ちょ——これ何時まで逃げ続ければ良いんだ⁉」
「知るか‼ それよりも速く降りろ‼ 遅いんだよ‼」
こんな時でも人は喧嘩する。
全員が最高速度で走っていても、個人差は出るものだ。前を走るノロマのせいで死ぬのは御免だと思うのは仕方が無かった。
スーツを着た中年の男が、前を走る青年に蹴りを入れて転ばせるとその上を走っていく。そして、前を走る数人に体をブチ当てて道を開くと真っ先に降りていく。
「野郎ッ——」
バランスを崩しながらも走り続けるミズキが先に行った男を睨み付ける。
スーツを着た中年の男のせいで全員が死ぬ確率が高まったのだ。もうここで蹴り殺してやろうかと思ってしまうが、そんなものは必要なかった。
錆びた階段の鉄骨がその男の上に落ちてきたのだ。
悪い奴が逃げる際、何か事故に巻き込まれて死ぬ。B級映画によくありそうな光景。尤も、映画と言う娯楽のないこの街ではそんなことを知る者は少ない。
ざまぁみろ‼とばかりに笑みを浮かべる——が、その表情は直ぐに固まった。
ここは階段が重なり合うように設置されている。つまり、上が落ちてくると言うことは、その下にある階段は塞がれてしまうと言うことだ。
男を踏み潰した鉄骨の数々が今度は北條達に牙を剥く。
「戦闘衣を着ている2人‼ 近くの者を掴んで飛べ‼」
鴨田の声が響く。
その声を聞いて一番先頭にいるミズキが向かい側の階段へと視線を向ける。
中央の吹き抜けになっている部分は広いが、戦闘衣を着ている北條とミズキならば何とか届く範囲だ。
後ろを見る。そこにいるのは必死の形相の一般人達。ディアナを抱えて尚、余裕そうな表情を浮かべている鴨田。指示を出した衣服は防弾機能すら施されていない普通のものだ。
北條とミズキで一般人達は連れていけても、鴨田とディアナを連れてはいけない。
どうするのだ。と視線で訴えかける。答えはすぐに返って来た。
「行け。北條君。私については心配しなくて良いさ☆」
「——行くよ‼」
「嘘だろッ」
その言葉を受けて真っ先に動いたのはミズキだ。一番近くにいた2人を掴み、1人を背中に背負って飛び上がる。突然な行動に男達が悲鳴を上げ、顔を青くするが、ミズキは取り合わない。
それを見た北條も意を決して、男女2人を脇に、もう1人残された男性を背中に背負うとミズキに続いた。
「YAH‼ いいね。カメラを持ってくるべきだった。こんな機会もうないだろうからね‼」
「そんなこと言ってる場合ですかぁ⁉」
後ろから鴨田とディアナの声が響く。
北條とミズキは前に集中して後ろがどうなっているのか把握できない。だが、その声だけで鴨田が着いて来ていることだけは分かった。
壁を蹴って下へ、下へと降りていく。階段を一段一段降りずにすっ飛ばしながら行くおかげで降りる速度は格段に上がった。
そして——手に持ったライトがアスファルトを映した。
「————ッ⁉」
上に気を取られていたミズキは着地に失敗する。
運んでいた3人を投げ出し、地面を転がる。投げ出された2人は鉄骨の落下地点にはいない。しかし、ミズキはまだ範囲内にいた。
慌てて立ち上がり、起き上がろうとするが、着地に失敗した際に足を挫いたミズキは痛みに一瞬体を硬直させた。
「ッすまん‼」
後から来た北條がミズキに体ごとぶつかりその範囲から共に脱出する。
足を挫いている者に体当たりをするなど真原が知れば、愛想の良い顔を真っ赤にして怒るだろうが、今の北條は両手が塞がっているため、苦肉の策だった。
危険な領域を脱しても倒れている暇はない。
全員が跳ね起き、一刻も早くここから離れようとする。荷物のように運ばれたことにも文句を言う暇はなかった。
鉄骨の下にならない範囲でも怖いものは怖いのだ。加えてそれを冷静に判断できる頭は彼らにはなかった。
起き上がると直ぐに元いた位置から離れようとする。
偶然、視界に入口を見つけた者はそこへと走り。死にたくないと焦った者は躓いきながらも壁の隅へと移動し、同じく死にたくないと思っていても、状況を見極めることが出来なかった者は吹き抜けの中央へと戻ってしまう。
「そっちに行くな‼ 戻れ‼」
後から降り立った鴨田が叫んで警告をする——が、恐怖状態の男と女に意味はない。
鉄骨によって呆気なく潰される2人。それを見て北條は思わず目を逸らした。