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説明

 

 一際目立つ所に立ち、周囲を見渡して声を張り上げたディアナ。

 鴨田の名前を出したことでその場にいる誰もが反応した。騒がしくなった空間。それを断ち切る様にディアナに話を振られた鴨田は口を開く。


「紹介に預かった鴨田明日香だ。諸君の想像通り、私はあの鴨田壱弦(かもだいちげん)の一人娘だ」


 鴨田、と聞いてから誰もが想像した通り。真実が鴨田の口から語られる。

 カモダ重鉄工業の会長であり、選ばれた人間にしか入れない第1区の住人。それは即ちこの街の人間側の最高権力者であるということ。


「私の身元を疑うようなら言ってくれ。この際だ。遠慮はいらないぞ?」

「そ、そんな。貴女を疑うようなことなどしません‼」

「ん——? 君は?」

「は、はいッ。1年前に交流会のパーティーで——」

「あぁ、あの時の娘か。久しぶりだな」


 集団の中で1人の女性が鴨田に向かって声をかける。恐れ多いと言った様子の女性の態度から誰もが鴨田の名を語る偽物ではないと分かった。

 自分の身元も保証されたことで大抵の者の発言を抑え込む力を得た鴨田は本題に切り込む。


「さて、皆も気になっているだろう。ここが何処なのか。どうやって来たのか」


 それは誰もが知りたい謎。

 年齢も問わず、身元も問わず集められた者達。これから何が起こるのか。何をさせたいのか。不安を表情に浮かべ、恐怖を嚙み殺していた。


「ここは鮮血病院。私達は脱出ゲームをさせられるためにここに集められた」


 鮮血病院。脱出ゲーム。その言葉に全員が息を飲む。

 事前に事情を聞いていた北條やミズキ、戦いを生業としている者は硬い表情を作るだけだが、他の者は違った。


「な——ちょっと待って下さいッ。そんなの聞いてません⁉」

「ヒィッ」


 一番最初に癇癪を挙げたのはこの中で唯一ドレスを着た上流階級にいそうな女性だった。鴨田の身元を証明した女性でもある。

 女性の癇癪にディアナが悲鳴を上げる。


「どういうことですかッ⁉ 私はアオハラ会の幹部です。脱出ゲーム何て……。そ、そういうのは下々がやることでは⁉」


 女性の癇癪を聞いて幾人かが敵意を見せ始める。

 その内の1人であるミズキは敵意に加え、嘲笑も浮かべた。


「アオハラ会か……しかも幹部。アタシ達を常に潰そうとしてる奴らじゃないか。そんな奴がここに迷い込む何ていい気味だ。アナタもそう思わない? レジスタンスにとっても無関係じゃないでしょ」


 そう口にしてミズキは北條へと視線を向ける。

 アオハラ会はレジスタンスを明確に敵と明言している。レジスタンスを支援している企業にも攻撃を繰り返しており、支援先を潰されたことも1度や2度ではない。

 アオハラ会子飼いの戦闘集団とも戦ったこともある。レジスタンスにとってもアオハラ会は邪魔な存在だった。


「…………」


 それを理解してミズキは北條に尋ねたのだが、北條の反応は著しくなかった。

 心ここに非ず。といった様子にミズキが北條の腕を取った。


「ちょっと。しっかりして」

「え? あ、ごめん」


 気付いた北條が慌てた様子で反応を示す。

 まだこれまでのことを引っ張っているのか。らしくない様子の北條が回復するのを願いながら、視線を元に戻す。


「そんなッ。私はいつも頑張ってたのに。何で、何でこんな奴等と一緒にッ。誰か説明してよ‼」

「ヒィイッ」

「このッ——」

「おい君、いい加減にしないか」

「煩い黙れ‼ 私に障るんじゃない‼」


 アオハラ会幹部の女性が騒ぎ立てる様子に眉を顰めた眼鏡をかけた男性が女性の肩に手を置いて止めようとする。

 しかし、その手を払いのけると女性は男性を突き飛ばした。

 精々、後ろに2、3歩たたらを踏む程度。だが、怒りに火をつけるのは十分だった。


「~~ッ。君、さっきから喚き散らして情けないと思わないのかねッ⁉ 君だけが怯えている訳じゃないんだよ‼ 私だって不安なんだ‼」

「はぁ? 何で私がアナタを気に掛けなきゃいけないのよ‼ アナタどこの会社よ⁉ 戻ったらただじゃ置かないからね‼」

「何だとッ。この吸血鬼に尻尾を振る裏切り者がッ、これもお前達のお遊びなんじゃないのか‼」

「何ですってッ⁉」


 喧嘩を始める男女を周囲の人は止めようとするが、巻き込まれ、戦火は広がっていく。ここに来てから積み重なって来た負の感情が垂れ流されていく。

 誰もが不安だったのだ。喚いてもどうにもならないと分かっていても、一度漏れ出した物を簡単には止められない。

 いつの間にかロビーは怒声がそこら中から響き渡るようになる。

 そんな惨状を一際目立つ所で見下ろしていた鴨田はありゃりゃ、と頭を掻いた。


「ちくしょう。死にたくねぇよッ」

「おい、早くここから脱出する方法を教えろ‼」

「知るかよ。お前の方が知ってるだろッ。いつも同僚を生贄として送ってたもんなぁ‼」

「お前ッ。確かレジスタンスを支持してたよなッ。お前のせいでこうなったんじゃないのか⁉」

「はぁ⁉ 何でそうなるんだよ。お前も吸血鬼共が消えれば良いとか抜かしてたじゃねぇか‼」

「早くこの辺りを探索してきなさいよ。男でしょ‼」

「うるせぇこのアバズレがァ‼」


 もう収拾がつかない。

 殴り、蹴りの暴力が始まっている。いつ死人が出るのか。もう時間の問題だった。だが、騒然とした場を収めたのは1発の銃声だった。

 ピタリと動きを止め、全員の視線が部屋の隅へと移る。そこにいたのは1人の大男。


「金城——」


 地獄壺跡地で装備していたE002型重装戦闘衣は身に着けておらず、防弾用のジャケットに拳銃一丁のみで吸血鬼を殺すには心許ない装備。しかし、それでも人を殺せるのには十分である。

 金城が歩き始めると前で固まっていた者達が自然と道を開けていく。


「うるせぇなぁ。うるせぇ。うるさくて仕方がねぇよテメェ等。どいつもこいつも醜く争いやがって」

「な——」

「ほう」


 蔑む発言に言い返そうとした人物がいた。しかし、金城に人睨みされると途端に静かになる。

 それを面白そうに笑みを浮かべて鴨田は見ていた。


「良いかテメェ等。この状況に陥れた奴のことを忘れているようだから、俺が言っといてやる。これは吸血鬼共の仕業だ。思い出せ、アイツ等が動きだす時に俺達何かを考慮したことがあったか? 少なくとも俺は知らねぇ。大企業に勤めていようが、お気に入りの使用人だろうが、アイツ等はちょっとした遊びで人間の命を弄んできた。今回もそれと同じだ。そうだろ?」


 金城が視線を投げた先にいたのは鴨田だ。

 眼つきの悪い男が急に睨み付けて来たため、鴨田と一緒にいたディアナは震える。ディアナの頭を撫でながら、鴨田は首を縦に振る。


「確かに、その通りだな。第1区や特区にいる者は人権が保障されている。何て話は聞くが、そんなものは何時だって覆されるものだ。なんせ、彼らは自分がルールだからな。それは常に変化し、確固たる形を持たない」

「だとするならば、ここにいる奴らは前の立場はどうあれ道楽好きの吸血鬼共に選ばれちまったんだ」


 常夜街で吸血鬼のために働いていた者も、レジスタンスと敵対していた者も、吸血鬼を憎んでいた者も。等しく吸血鬼の罠に引っ掛かった。そう口にして周囲を見渡す。


「慣れ合えなんて言ってんじゃねぇ。ただ、いがみ合っていても意味がねぇって言ってんだ。俺達をここに連れてきた奴が現れたらどうするつもりだ? その時も喧嘩して足引っ張り合うか? 少しは考えろ脳カラ共」


 周囲を睥睨し、反論を抑え込む金城。

 納得が出来た訳ではない。理解は出来たが、この状況に置かれていることそのものを否定したい思いは誰にでもあった。

 そもそも彼らに戦うと言った選択肢は存在していない。自分だけは助かると楽観視している人物もいれば、隣の奴を囮に使うと思考を巡らせている人物もいる。誰かが助けてくれると都合の良い展開を妄想している者もいた。

 全員が口を閉ざす。反論すればどうなるか分からないからだ。彼らも自分たち以上の暴力を持つ者に抑え込まれては何も言えなかった。

 金城の視線が再び鴨田へと移る。


「君の名前は?」

「答える義理はねぇな」

「そうか。では匿名希望君と呼ぼう。ありがとう匿名希望君。それでは話の続きをしようか。先程、匿名希望君が言ってくれた通り、ここに集まった者達は吸血鬼の道楽によって集められた者達だ。人選何てない。飴の摑み取りみたいに適当に決められたものだ。だから、怒っても泣いてもどうしようもない。そんなことしたって助け何て来ない。常夜街に住んでる者達は彼らの恐ろしさは等しく知っているはずだ。吸血鬼は()()()()()()()()()()()()()


 心当たりがあるのか幾人かの顔が曇る。

 どういったことがあったのか。鴨田は追及しなかった。


「外に出ることは出来ない。外の者達もこの病院の位置を把握できていないから救援も望めない。なら、やることは1つだ」


 一呼吸開け、周囲を見渡してから鴨田は口を開く。


「ここから自力で抜け出す。それしか方法はない。そのためにはいがみ合っている余裕はない。大丈夫。協力すれば全員脱出出来る」


 大企業の令嬢とは思えない覇気で鴨田は言い切る。

 それは、不安を抱える彼等には頼もしく見えた。吸血鬼と関わり合いながらも長年生きて来たカモダの令嬢なのだ。もしかしたら——そんな思いを胸に抱き始める。

 そして、最後に鴨田はニッコリと余裕の笑みを向ける。


「何、安心しろ。君達に危険なことはさせないさ。そこの匿名希望君や後ろにいる戦闘衣(バトルスーツ)を着ている2人は戦い慣れしているようだからね。ただ人手が必要になった時だけ手を貸してくれれば良い」


 その笑みを見た者達は完全に安心しきり、笑顔すら浮かべるようになる。この人の指示に従っても良い。従うべきだ。そんなことを考えて。

 加えて鴨田は彼らに生きて戻った際の報酬すらも約束し始める。それは彼らからしてみれば、目が飛び出るような代物ばかり。そして、カモダでなければ用意出来ないものばかりだった。

 恐怖を忘れ、余裕すら出てきた彼らは簡単に欲に乗っかった。


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