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息を忘れる質問

 

 鴨田明日香(かもだあすか)。そう名乗った女性に助けられた北條とミズキ。

 あれから降って来た下級吸血鬼から逃げ出し、安全な場所で傷の治療を受けながら北條と鴨田は顔を突き合わせていた。

 薄暗い地下にピーチにいるかのような軽装の鴨田を最初は不審に思ったものの、自分達より状況を把握していると理解すると2人は大人しく鴨田に協力する姿勢を見せる。

 握手を行い、協力を取り付けた鴨田は輝くような笑顔を見せる。それはまるで夜空に輝く星。キラリと光が光るのを北條とミズキは幻視して目を細めた。

 そして、一通りこの場所がどういったものなのかを聞くと北條は歯を強く噛み締めた。


「ここが、あの鮮血病院……」


 鮮血病院。

 100年前に起きたとされる行方不明事件。それに関わっているであろう存在が根城にしている建物。レジスタンスの全力の捜査にも拘わらず、全く足取りが掴めなかった本当に存在しているのかも怪しかった場所。


 鮮血病院には十中八九吸血鬼がいる。その吸血鬼のせいでルスヴンと引き剥がされたのかもしれないと予想する。

 それが意味するのは、誰にも喋ったことのないルスヴンの存在を相手が認知していること。もし、そうならば——唯一あったアドバンテージがなくなってしまう。そう理解して北條の頬には冷や汗が流れた。


「大丈夫かい少年?」

「——あ、あぁ。大丈夫だ」


 北條の様子がおかしいことに気付いた鴨田が北條に声をかける。それに視線を逸らしながら答える北條。

 ルスヴンのことを人間である鴨田やミズキの前で話せるはずがなかった。


「そうか。なら、こっちに来てくれ。君達と同じようにここに連れて来られた者達がいるからね」


 そう口にして鴨田は背中を向けて歩き出す。

 北條とミズキは顔を合わせる。

 協力すると口にしたは良いものの、まだ鴨田を信用して良いか2人には判断できていない。ここが吸血鬼の根城ならば、何でも起こる。

 今目の前にいる鴨田も人間でない可能性もあるのだ。

 だが、前に進まなければ始まらないのも事実。

 暫く見つめ合った2人は頷き合い、一緒に歩き出した。


 そして、10分。あるいは20分か。

 落ちて来た巨大な地下の空間から狭い通路へ。狭い通路から扉を潜り、病室の受付のような場所までやってくる。

 ()()()()()()()()扉を潜った瞬間に出迎えたのは、茶髪で水色の病院服を来た1人の少女だった。


「あ、明日香さん‼ 戻ってきてくれたんですね‼ 遅いですよぉ。他に人がいないか探しに行くって言ってどれだけ時間たったと思ってるんですかぁ‼」

「やぁ、女神の名を冠する少女よ。説明は終わったかい?」

「や、止めて下さいッ。土塊(つちくれ)の一族が付けてるキラキラネームみたいで気にしてるんですよ⁉」

「——ぐふッ」

「ミズキ⁉ どうした⁉」


 突如として蹲ったミズキに北條が思わず声をかける。

 そのやり取りを見て、鴨田の後ろに人がいることに気付いた少女が声をかけて来る。


「あ、えっと……は、初めましてッ。ディ、ディアナと申します」

「北條、北條一馬だ。よろしく頼む」

「…………」

「え、えっと」


 北條、ミズキへと自己紹介をしたディアナ。北條も自己紹介を返すが、その横にいたミズキは黙って口を閉ざしたままだった。

 戸惑うディアナを見て北條がミズキを小突くが、北條の陰へと隠れて名前を口にすることを断固として拒否する姿勢を見せる。


「あ~。ごめん。その、悪気はないんだ。ただ」

「構わないとも。そもそもこの状況で自己紹介をしようとする方が可笑しい。あらゆる人間が集められている。もし、ここで恨みを買って自分の所属している組織が知られれば報復されるかもしれんからな‼」


 落ち込んだディアナの背中を叩いて鴨田が答える。

 自己紹介1つでそんなことが起こるのか。等と思いながらも北條は苦笑いを浮かべた。


「それでさっきの話だが、もう説明は終わったのかい?」

「うッ……ま、まだです。皆さん。色々と勝手に行動するので」

「HA☆HA☆HA☆HA☆‼ それは仕方がない。では、私が呼んで来よう。何処へ行ったんだい?」

「は、はいッ。案内しますッ‼」

「頼むよ。あぁ、2人はここで休んでいてくれ。君達には説明したが、まだ状況を説明していない者もいるのでね。それじゃ」


 それだけ口にすると鴨田はディアナの案内の元、2人から去っていく。颯爽と去っていく背中に北條は返事も出せなかった。

 2人が去っていくとミズキが北條の耳を引っ張る。


「ちょっと。何してんの⁉ 名前出す何て警戒心無さ過ぎだってば‼」

「いや、その……すまん。自己紹介されたから」

「素直か⁉ 適当に偽名でも言っとけばいいのにッ。身元がバレたらどうするんだ⁉」

「そこまで警戒しなくても良いんじゃないか?」

「ほぅ。そうか。そんなこと言うのか。それじゃ、あそこを見てみろ」


 ミズキがある一点を指差す。

 細い指で示された方向に視線を向ける北條。指の先から辿っていき、指を指されている人物を見て思わず北條は顔を引き攣らせそうになった。


「金城、神谷——」


 そこにいたのは北條と地獄壺跡地で激しい争いを繰り広げた人物——金城神谷。

 ただの突撃だけで人間を丸焼きに出来るとんでもない兵器を身に纏い、何十人と言う規模の人数差すらものともしなかった傑物。

 今はその兵器は身に着けてはいない。目に付く装備は普段着の上にはおっている防弾用のジャケットだけだ。


「何で、アイツがここに? どうやって逃げ出したんだ⁉」

「そんなのアタシが知りたいっての」


 地獄壺跡地での戦いで金城を捕らえた後、ミズキが隠し持っていた倉庫に装備を外して拘束していた。

 念入りに身体調査を行い、隠している武器がないかを確認もしていた。だから、逃げられる手段などないはずだった。


「色々気になるけど、取り敢えず今はどうやって逃げたかは後にしよう。アイツがここにいる。と言うのが重要だからね。聞きたいんだけど、アナタはアイツに顔を見られてないわよね?」

「それはない。ずっとヘルメットは被ってたし」

「そう。でも、声や動きは誤魔化せないでしょ?」

「それは……そうだな」


 地獄壺跡地での戦いで金城が北條を怨んでいても可笑しくはない。その戦いが普通の殺し合いではなかったのなら、猶更だ。

 名前や顔は出さなくとも、ミズキの言った通り動きで北條だとバレれば何をされるか分かったものではない。

 もし、身元がばれ、元の場所に戻ってしまったら北條の日常生活まで脅かされかねない。ミズキの言いたいことを理解する。


「悪かった。今度から気を付けるよ」

「分かれば良いわ。それと、1つ聞きたいことがあるのだけど」


 軽く頭を下げた北條を見て満足げに頷くミズキ。だが、それも一瞬のこと。再び真剣な表情に戻ると更に声を小さくして北條へと尋ねる。


「アナタ、何で異能使わなかったの?」


 ドクンと心臓が跳ねる。

 いつかは尋ねられると思っていた質問。しかし、答えを用意することが出来なかった質問。


「それは——」


 ジドレーに襲われていた時に使用したのに、ここで使わない理由がない。

 先程穴に落ちている時も、もっと言えば、もっと前——あの病室で下級吸血鬼に襲われた時に使っていれば、少なくとも危険な目には遭わなかった。

 答えを用意していない北條は言い淀む。


「もしかして、ルスヴンとか言う奴が関係しているの?」

「————」


 その言葉を聞いて北條は息を忘れる。

 下級吸血鬼に向かって異能を使用しようとして失敗した時に口にした言葉をミズキは効いていたのだ。

 武器もないのに離れた所から対処しようとした仕草。その後に目を見開き、驚いた様子を見せ、叫んだ名前。ミズキはそこから関係があるのではと予想したのだ。


「アタシは今、アナタに命を預けてる。だから出来れば言って欲しいと思っている」


 その言葉を聞いて当然だと北條は思う。

 ミズキの戦闘能力は殆どないと言っても良い。無人機(ドローン)などの操作は見事の一言だが、それでも本職には一歩劣る。

 自分で戦い、生き残ることが難しい以上、他の者に頼るのは間違いではない。この場合、ミズキが頼っているのは北條だ。

 命を預かっている以上、北條の不調はミズキの死に繋がりかねない。

 だから、北條には不調の理由をミズキに説明する義務がある。


「それ、は……」


 しかし、北條は上手く説明できない。

 ルスヴンのことを口にしてしまったらどうなるのか。人間の敵である吸血鬼の力を借りていると聞いてどう思われるのか。

 もしかしたら、ミズキは北條のことも敵として見るかもしれない。それが表に広まれば、レジスタンスも動き出すかもしれない。そう考えてしまう。


「…………」


 口を開いては閉じると言った行動を繰り返す北條。

 時間が経っても返事をしない北條を見てミズキは手を取った。


「分かった。だけど、これだけど覚えていて。今、アタシがここで一番信頼しているのは北條。アナタよ」


 手を握り、視線を合わせてミズキは言い切る。

 それを聞いて北條は嬉しさではなく、嫌気が差してくる。

 命を預けている相手が不調だと言うのに、それでも信頼していると口にしてくれたミズキ。彼女に対し、北條は何一つとして自分の事情を口に出来なかった。

 弱腰の自分が心底嫌になり、少年を守れなかった自分ではミズキも護れないのではないのか。そんなことも考え出してしまう。


「お、お待たせしました‼」


 そんな最悪な思考を断ち切る様に部屋に大きな声が響き渡る。

 思わず顔を上げれば、部屋にある机の上に立った鴨田とディアナの姿が見える。目立つように立った2人の姿を誰もが見ていた。

 スーツを着た男。北條と同い年程度の少年。工場服に身を包んだ青年に化粧の濃い女性もいる。街のスラムで暮らす者から一目で裕福だと理解できる者までもが注目する中、ディアナは口を開いた。


「で、では、全員が集まったので、ここにいる鴨田明日香さんから話しをして貰いたいと思いますっ」

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