表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/193

出会いはハイテンション

 

 北條一馬が消えた。

 その知らせを聞いて真っ先に動いたのが北條が所属していた支部の者達だった。

 赤羽、朝霧、結城、加賀。それぞれが硬い表情で机を囲む。


「最後に、北條さんと連絡を取った人は?」

「俺っす。最後は生活費を賄うためにバイトを探すって言ってました」


 赤羽の質問に答えたのは加賀だ。


「もしかして地獄壺跡地の騒動に巻き込まれたんじゃ……」

「むしろ、率先して首突っ込んだ方が有り得ると思うけど」

「それはあるわね」


 結城が最近の騒動を思い出し、口に出すと加賀が逸れに便乗し、朝霧がそれに同意する。

 それは確信に近い。言葉に出さずとも赤羽も同意してしまっていた。


「万屋は何と?」

「バイトのためにあちこち走り回ってた——ぐらいしか情報は届いていない」


 顔を横に向け赤羽が朝霧に結果を問うと肩を竦めて朝霧は答える。

 情報通である万屋ガルドですら、足取りを掴めない。ここまで来ると北條の身に何かがあったと考えるのは自然だった。

 全員の視線が赤羽へと移る。

 顎に手を当てて考え込んだ赤羽は、暫くして口を開いた。


「今は、任務に集中しましょう」

「それはッ——その……」


 暗に北條の捜索は行わないと受け取った結城が思わず声を上げる。しかし、朝霧に睨み付けられ、口を閉ざした。

 赤羽は続ける。


「北條さんが心配なのは私も同じです。ですが、行方不明になったのは彼だけではありません。地獄壺跡地の騒動のせいで街の人々が騒いでいますし、怪我人もいます。レジスタンスの目的は吸血鬼からの支配の脱却ではありますが、街の人々を蔑ろにしていい理由はない。彼もレジスタンスなら、それぐらいは理解しているはずです」


 北條もレジスタンスならば、自分の命よりも街の住民の命が優先されることは分かっているはず。そう考えて赤羽は北條を探すことを後回しにする。

 赤羽の言葉を受けて、結城も上げていた腰を静かに椅子に降ろした。

 それを確認した赤羽は、話を切り替える。

 既に彼らの頭の中には任務のことしかなかった。誰もがレジスタンスとしての責務を果たそうとしていた。ただ1人、結城えり以外は——。





 全力で足を動かし、吸血鬼を追う。去っていく背中に手を伸ばす。

 しかし、どれだけ足を速く動かしてもその背中には追いつけない。腕を思い切り伸ばしてもその背中にかすりもしない。


 駄目だ。駄目だ。駄目だ。駄目だ。


 その吸血鬼が腕に抱える少年の姿を見て叫ぶ。連れて行くなと。あんな所に戻すなと。

 名前も知らない少年。初めの一歩で躓いた少年。自分が守れなかった少年。

 繋がれる怖さを知っている。閉じ込められる怖さを知っている。だから、そんな場所に死んでも閉じ込められることだけは許せなかった。


 幼き頃の記憶が蘇る。

 鎖に繋がれ、放り込まれたのは暗く、狭い箱の中。声を上げても、どれだけ箱を叩いても外に出ることが許されなかった。

 自分しかいないのだという孤独。何も起こらないという恐怖。時間が経つごとにそれは大きくなり、精神を蝕んでいく。

 あんな思いはもうしたくない。あんな思いは、させたくなかった。


 腕を伸ばす。足を動かす。少年を助けるために。

 だが、残酷なことに足は前に進まない。腕すら動かなくなっている。まるで拘束されているかのように。

 こんなことがあっていいはずがないと頑として認めずに北條は体を動かそうとする。だが、少年との距離は遠ざかるばかりだ。


「止まれ。止まってくれッ」


 思わず口から出たのは懇願だった。

 そんなもの吸血鬼に対して意味がないというのに、思わず北條はそれを口にしていた。当然の如く、吸血鬼の歩みが止まることはない。

 手を伸ばそうとするが、それでも動かず倒れ込む。

 体はピクリとも動かない。


 夢があったはずなのだ。

 あの少年にだって何かしたいことがあったはずだ。ようやく吸血鬼から逃れられて、これから始まるはずだったのだ。

 それなのに、何も出来なかった。

 守ると大見え切っておいて、少年が死ぬ瞬間にただ茫然と立ち尽くすだけだった。


 沈んでいく。

 思いが、肉体が、地面に沈んでいく。

 まるで少年から遠ざけるように、世界がその少年の救いを望んでいないかのように。


「早く起きろこのボケェ‼」


 悲鳴にも似たその声を聞いて北條の意識は一気に覚醒した。

 汗だくの状態で上半身を起こし、周囲を見渡す。服は地獄壺跡地の時と同じ戦闘衣(バトルスーツ)。横にあるパイプ椅子には被っていたヘルメットが置かれている。しかし、見るべき所はそこではない。

 見覚えのない部屋。病院の一室にあるベッドで北條は横になっていたことに気付く。そして、そのすぐ横には共に仕事をしたミズキが必死の形相で部屋の扉や窓を大量の家具を並べ、更にその上から抑えていた。

 戦闘衣を着ていてもギリギリ抑えられている状態なのか。その表情には怯えが見える。


「や、やっと起きた‼ 早く助けてよ⁉ 外の奴等が入って来る‼」


 涙目になりながら北條に助けを求めるミズキ。一体何をしているのかを考える必要はなかった。

 大量の家具の隙間から見える硝子。そこには大量の紅い目が浮かび上がっていた。


「————ッ」


 先程見ていた夢のことを引き摺る暇もなかった。

 硝子に罅が入った瞬間に北條はベッドの上から飛び出し、ミズキの元へ。急いで扉から引き剥がし、壁際へと下がる。


「あッあぁッ——」


 恐怖に怯え、声を引き攣らせる。ミズキの脳裏には自分が下級吸血鬼に群がる瞬間が再生されていた。

 縋る様に北條にしがみ付く。


「畜生ッ」


 思わず漏れた言葉が部屋に響き渡る。

 少年の事から回復もしていないのに、目を覚ましたらこの事態。正直頭が回らなかった。

 使える物がないのか。周囲を見渡せば、先程まで寝ていたベッド以外は真面なものが何も残っていない。他は全て扉と窓を抑えるのに使ってしまっている。

 背中には窓1つないコンクリートの壁。完全に追い詰められていた。


「(ルスヴン‼)」


 最後の手段として自分の中の相棒に助けを求める。

 どんな状況でも適切なアドバイスを、力を貸してくれた相棒。そんな相棒ならこんな状況でも助け出してくれるはずだ。そう考えて——しかし。


「ルスヴン⁉」


 思わず声に出して叫ぶ。

 声が返ってこない。それどころか、何時も中に感じられるルスヴンの存在がいなくなっている。まるで中身がくり抜かれたように、1つのピースが足りなくなったジグゾーパズルのような違和感を感じる。


「ちょ、ちょっと——」


 北條の様子が可笑しいことに気付いたミズキが北條に声をかける。

 その表情は怯え。縋る相手がいなくなり、自分の死を予感した者の顔だ。


 ——息が止まる。脳裏に少年の死に顔が浮かぶ。

 最後の最後まで北條一馬と言う男に手を伸ばしていた少年。あんなことはもう、起こしてはいけない。

 ミズキにもやりたいことはあるはずだ。


 恐怖を無理やり押し潰し、歯を食いしばる。

 考える暇すらもうない。既に下級吸血鬼は部屋へと侵入していた。北條は素早く周囲を見渡し、決断する。


 部屋の隅に溜まった埃。下級吸血鬼が吹き飛ばした家具。

 ミズキを抱えて前へと走り出す。


「北條⁉」


 下級吸血鬼に向かって自分を抱えて走り出した北條に目を見開くミズキ。異能で反撃でもするのかとも考えたが、そんな様子もない。彼女には北條が何をしようとしているのか想像も出来なかった。

 だが、それほど難しいことではなかった。

 北條が目指したのは下級吸血鬼がこの部屋に雪崩れ込んでくる時に吹き飛ばしたロッカー。

 この部屋には他にはもう出口はない。大量の吸血鬼が雪崩れ込んでおり、異能も使えないのならば立て籠る。そう北條は決断したのだ。


 紙一重の差で北條はロッカーの戸を開け放ち、中へと飛び込む。勿論、ミズキも一緒に。

 だが、次の瞬間、北條の視界に入って来たのは、狭いロッカーの中ではなく、無限に続く闇の回路——否、穴だった。


「キャアアアアアアアア⁉」

「な、何でッ⁉」


 重力に引っ張られ、北條とミズキはその穴に落ちて行く。上を見上げれば、ロッカーの狭い入口から北條達を追いかけて落ちて来る下級吸血鬼の姿がある。


「クソッ。ルスヴン‼ いないのかよッ」


 意味不明な現象を解説してくれるはずのルスヴンはいない。北條の声が虚しく響く。

 このままでは地面に叩き付けられて死ぬだけ。そう理解した北條は、腕の中に抱いているミズキに叫ぶ。


「ミズキ‼ なんか道具は⁉」

「そんなもんあるはずないでしょ‼ 銃も弾丸も道具も全部あの部屋に置いてたのよ⁉ 今あるのはこの戦闘衣と予備のバッテリー2つだけ‼」

「何でそれだけ持ってるの⁉」

「知らないわよ‼ 咄嗟に掴んだのがこれだったのッ」


 両手に包んだ2つの白い膨らみ。いつの間にそんなものを掴んだのか。手際が良いのか悪いのか分からないミズキに思わず叫んでしまう。

 しかし、直ぐに切り替え、ミズキの腕を掴んで振り回す。いきなりの行動にミズキが悲鳴を上げるが、心の中で謝罪しながら北條はミズキを振り回し、遠心力を利用して壁へと近づく。


「掴まってろよッ」

「ッ——」


 壁には突起などの部分は何もない。ただの真っ平な壁が続くだけだ。それでも北條はその壁を思い切り掴んだ。


「ゼイィァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ‼」


 戦闘衣によって増した筋力で壁へと張り付き、ブレーキを掛ける。

 人造筋肉繊摩擦熱によって直ぐに溶け、指が露になる。肉が裂け、指からは血が流れる。それでもこれを手放せば死ぬと理解していたからこそ、指に込める力を緩めることはなかった。


「(手を緩めるな気を抜くな意識を手放すなッ‼ ルスヴンがいないんだ俺がやらなきゃミズキが死ぬ‼ 駄目だそんなの駄目だ絶対駄目だ‼)」


 胸の中にある思いは1つ。ミズキの生存のみ。

 少年をあんな形で失ってしまったからこそ、余計に助けなければと強く思った。

 それでも速度は落ちない。その程度では落ちることはない。そして——。


「——ア」


 掴まっていた壁が無くなる。見上げれば、四角い穴が開いている天井があった。


「————」


 思考に空白が生まれる。最後の手段が潰された故に起きる失意の時間。

 下には固いアスファルトの地面がある。この高さからではどう考えても2人は助からない。北條が下敷きになっても同じだ。

 もう助からない。間近に迫ったアスファルトを見てそう思ってしまった。


「HA☆HA☆HA☆HA☆‼ これはまた珍しい人間がいたものだ‼」


 ぶつかると思った瞬間に聞こえた声。

 目を瞑り、死を覚悟した北條だが、体を包み込む柔らかな感触を感じ取り、目を開く。自分がパンパンに膨らんだゴムの上にいる。僅かな光と手触りでそう判断した。


「一体、何が——」

「起きたの?」


 死を覚悟していたのは北條だけではない。腕に抱えられたミズキも死を覚悟していた。

 死ぬと思っていたら助かった。喜ぶ状況だが、突然のことに2人は放心してしまっていた。

 ゴムの空気が無くなり、硬いアスファルトの感触を感じた頃、その声は再び聞こえて来た。


「Hi☆‼ 少年少女。無事かい? 痛い所があったらお姉さんに言うんだよ?」


 そこにいたのはショートパンツにタンクトップ、そしてその上からジャケットを羽織った金髪の女性。ピッチリと肌にくっついたタンクトップがその女性の体の凹凸を激しく現わしている。

 日差しもなく、むしろ暗いとも言えるこの場所でその女性は夏のビーチにいるかのようにサングラスをかけていた。


「ガッツのある少年は嫌いじゃない。助けてあげるよ。私の名は鴨田明日香(かもだあすか)。君の名前を聞かせて欲しいな?」


 鴨田と名乗ったその女性は白い歯を見せながら不敵に笑い、北條に手を差し伸べた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ