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それは誰のため

 

 銃弾よりも速く。銃弾よりも硬く。銃弾よりも小さな水滴。

 それが一斉に石上と真希に襲い掛かる。

 地獄壺跡地の外で行われる石上、真希と磯姫の戦いは時が過ぎるごとに激しさを増していた。

 レジスタンスの部隊は遠く離れた場所でその戦いを見守っている。味方によっては包囲しているようにも見えるが、彼らはもし吸血鬼が逃げても手を出すなと厳命されている。

 彼らでは上級吸血鬼に傷を付けることなど出来ない。大規模侵攻が失敗したおかげで戦力が低下しているため、これ以上犠牲を出す訳にはいかなかったのだ。


 逃げ場を防ぐように水滴が周囲を囲む。

 石上は懐から黒塗りの小銃を取り出す。EM(エレクトロマシンガン)。片手で持てる程度の小さなサイズ。しかし、その威力は折り紙付きだった。

 水滴に向けて引き金を引く。

 弾丸よりも小さな的でも、石上ならば狙う打つことなど難しくはなかった。銃口からはなられた青い雷。

 水滴に当たると激しく雷光が飛び散った。


 吸血鬼の異能に人間の武器が勝ることはない。だが、些細な影響は与えられる。

 水滴に銃弾が当たった瞬間に出た雷光。それは周囲にも影響を与え、石上を囲っていた水滴の檻にほんの僅かに隙間を作った。

 その隙間に石上は体を捻じ込み、更に前に進む。

 磯姫が次の行動に移る。

 コンクリートの下から出て来る水の刃が、上から圧殺されかねない水量が石上を襲う。しかし、全てを掻い潜る。


「こちらを忘れるなッ」


 磯姫の後方に真希が回り込む。

 石上に恨みでもあるのか、磯姫の意識の多くは石上に向けられている。だからこそ、背中を取るのは難しくはなかった。

 磯姫が腕を振るう。その一撃を躱し、もう片方の腕を掴んだ真希は戸惑うことなく異能を解放した。


「時間加速」


 光が真希の手から、磯姫へと移り、全体を包み込もうとするが——磯姫は広がっていく光に飲み込まれないために腕を斬り落とすと同時に真希の腹に蹴りを叩き込んだ。

 防御したにも拘わらず、その一撃は内部に響いた。転がりながらも血反吐を吐く真希。それでも眼光は鋭く磯姫を捉え続けている。

 本来ならばすぐに視線を切っている所だが、真希の持っている腕に視線を取られていた。

 みるみるやせ細っていく自身の腕。斬り落としたとしてもその腕だけで首を折ることが出来る腕は、最早動くことが難しい状況まで衰弱していた。


「時間操作の異能……」


 そう言えば、そんな奴もいたなと磯姫は思い出す。

 厄介ではあるが、脅威は感じない。視線をそのまま切り、懐に飛び込んでいた石上へと視線を送った。

 石上が拳を振るう。

 磯姫は防御を取る姿勢も見せない。否——する必要がなかった。腹から一本の水の槍が吐き出される。

 至近距離。しかも予備動作なしの攻撃に石上は反応出来なかった。

 水の槍が石上の体を()()()()()


「幻術か」


 小さく呟いた磯姫の後ろから石上が姿を現す。

 幻術によって体内から水の槍を飛ばしてくるのは石上も知らなかった。しかし、既にもう見た。情報が割れれば、対処は可能。

 今度こそ、一撃を加えんと石上は拳を強く固める。


「舐めるな」


 水飛沫が舞った。

 石上と磯姫の間にあったのは水の壁。下から上に湧き上がる水流に押されて、石上の拳は磯姫に届かない。

 その水壁から水の弾丸が放たれると石上は急いで距離を取った。

 両者の距離は再び最初の位置へと戻る。


「時間か……」


 再び攻防が繰り広げられるかと思いきや不意に磯姫が口を開いた。

 同時に地獄壺跡地を囲んでいた炎壁も突如として掻き消える。


「貴様等に付き合ってやるのは終わりだ」


 それだけ口にすると不服そうな表情をしながらも磯姫は姿を消す。

 あれほどの殺意を抱いていたにも拘わらず、あっさりと去っていった敵に拍子抜けする石上。何かの罠かと疑うが、あのまま戦っていたら勝利していたのに罠に嵌める理由など考え付かない。


「時間——俺らを足止めするのが目的だったのか?」


 警戒は続けながらも、石上は瓦礫に腰を下ろす。

 体は既にボロボロだ。義手、義足もキリキリと音を立て、今にも壊れそうだった。


「どう思う?」


 後ろに問いを投げかける。そこにいたのは口元を赤に染めた真希だ。


「恐らくそうでしょう。ですが、理由が分かりません。ジドレーに足止めをするための炎に吸血鬼。これほどの戦力を使って何がしたかったのか」


 それ単体でもあらゆることが出来るというのに3体も集まって何をすると言うのか。

 視線を地獄壺跡地の中心部に向ける。釣られて石上も視線をやった。


「まぁ、行けば何か分かるかもしれないな。動けるか?」

「問題ありません」


 既にそこには石上が見た大氷壁もなくなっており、不気味な静寂が支配していた。炎の壁も足止めとしてきた吸血鬼も撤退した以上、既にことは終わっているだろう。だが、何か手掛かりはあるはずだ。そう考えてこの騒動を引き起こした原因を知るためにも、2人は地獄壺跡地に足を踏み入れた。





 目の前の光景の意味が分からなかった。何かに捕食されると思ったら、目の前で少年が死んだ。北條の状況を説明するとすれば、正にそれだった。

 意図的に起こされた暴走。意識が擦り切れると思った矢先に鮮明になった視界。そして、映し出された光景。

 訳が分からない。自分は死ぬ直前ではなかったのか。胴体が別れていたのではなかったのか。助からないのではなかったのか。様々な疑問が出て来ては消える。

 何も分からない。ただ、1つ分かるのは、少年はもう助からないと言うことだけだった。


 助けてと言った少年を助けられなかった。

 自分よりも狭い世界にいた。閉じ込められた世界にいた。まだこの街の汚さなど知りもせず、人の善意を信じることが出来る少年は死なせてしまった。

 自分を責め、力の無さを後悔し、目の前の怪物に怒りが湧き上がる。


「何してんだテメェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ‼」


 拳を強く握り締める。 だが、駆け出すことは出来なかった。

 体に奔る痛みに思わず、北條は膝を付いた。

 ジドレーとの戦い。ルスヴンによる自己捕食による強化の反動。それらが一気に体に返ってくる。

 筋肉が断裂し、骨が砕け、ナイフを刺されているような痛みが走る。


「ま、待て——」


 既にジドレーは北條とミズキに興味を無くしていた。

 少年の亡骸すら愛おしそうに撫でて背中を向けて去っていく。その背中に北條は手を伸ばした。


「駄目だ。止めろ‼ その子を連れて行くなッ」


 まだ、名前すら知らない少年を取り返すために北條は手を伸ばす。声を張り上げる。だが、ジドレーは気にもしなかった。

 北條の叫びなど聞こえていないと言うように歩む速度は遅くならない。


「その子は、外に憧れていたんだ。また閉じ込めるな‼」


 その姿はルスヴンも見ていた。

 苦しむ北條を目にしてもルスヴンは何もしない。声もかけない。北條を見限ったのか?いいや、違う。ルスヴンが何もしないのは北條のことを第一に考えているからだ。

 今回、北條は勝てない相手に勝負を挑んだ。

 今の状態のルスヴンが表に出てきても勝てない相手だ。


 それと相対して死ななかったのは、全てはルスヴンのハッタリによるもの。

 実際はルスヴンの異能の出力も弱い。最初にジドレーの爪を受け止められたのもジドレーが北條を殺す程度の出力で殺しにかかってきたからだ。

 加えて生前のルスヴンを知っていることが、ジドレーにルスヴンの姿を大きく見せた。

 戦いを楽しむ演技をし、お気に入りを壊すぞとジドレーを焦らせる。

 そうすれば焦ったジドレーは奪われないためにも自分の物を自分で壊すという手段を取るに違いないと考えたのだ。


 自分の気に入った物にしか執着しないジドレーはお気に入りを他人に手渡すことがなかったという結果に満足して帰っていく。その結果が予想できたからこそ、ルスヴンは迷いなく行動した。

 北條がどうなるか分かっていても、()()()()()()()()()()()()()()()

 これを経験すれば、より北條は自分に頼り、素直に従ってくれるようになるだろう。そうすれば生き残ることが出来るだろうと考えた。


「止めろ。止めろって言ってんだ馬鹿野郎‼ 聞こえてんのかぁあ‼」


 その叫びに答えるものはいない。

 ジドレーの背中は小さくなる。その背中を止める手段はない。

 ルスヴンは沈黙を選んだ。手を指し伸ばすことはない。

 ミズキはそっと北條の傍に寄り添った。彼女ではどうすることも出来ない。


 虚しさだけが北條に残った。


 この日、北條一馬は同じ思いを抱く少年を死なせた。


 その後、戦後処理が行われる。

 地獄壺跡地にレジスタンスが入り、次々に残った下級吸血鬼を制圧していった。しかし、ジドレーに関しては別だ。

 今回部隊を率いた石上の指示によって、レジスタンスはジドレーに手を出さなかった。磯姫との戦闘もあり、これ以上の上級吸血鬼との戦闘はレジスタンスの戦力は減らすだけだと判断した。

 ジドレーの帰路を予測し、住民が騒ぎ立てないよう部隊を配置することでパニックを防ぐ。レジスタンスが行ったのはそれだけだ。


 下級吸血鬼の殲滅。住民の誘導。それと同時にレジスタンスは地獄壺跡地で救助も行った。

 殆どが下級吸血鬼と化していたため、救助で来た者は少なくなかった。だが、その中に土塊(つちくれ)一族の少女と彼女と一緒だったという黒ずくめの護衛は最後まで見つけることが出来なかった。


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