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愚かで、愛らしい

 

「なんなのッ。一体どうなってるの⁉」


 後ろから怪物が追いかけて来る。それなのに、地獄壺跡地から出ることが出来なくなった。そんな状況に恐怖のあまりミズキが悲鳴を上げる。

 不安のあまり、北條をキッと睨み付ける。


「アレは何⁉」

「上級吸血鬼のジドレーだ」

「そんなの分かってる‼ それが何でこんな所にいるの‼」


 落ち着いている様子の北條がミズキを逆に不安にさせた。まるで登場を予期していたかのようにも見えたのだ。

 しかし、当然ながらそんなことはない。

 北條もジドレーについては予想外だった。門を攻めない以上、ジドレーは動かない。それがレジスタンスの常識だったからだ。

 北條はミズキの手を握っている少年に目を移す。


「怪我はないか?」


 表情の見えないヘルメット男からの問いかけに少年がビクリと体を震わせる。それでも、自分を救ってくれた恩人だということを理解しているのか。おどおどした様子で前に出て来た。


「大丈夫」


 少年は小さく呟く。

 その返事に北條は笑みを浮かべると——ヘルメットを被っているため見えないが——頭を撫でる。

 頭を撫でられた少年は擽ったそうに身を震わせた。

 2人のやり取りにミズキは痺れを切らす。


「ねぇ、こんなことしてる暇ないでしょ。早くここから抜け出さなきゃ」


 頻りに後ろを気にするミズキ。

 その方角は今でも禍々しい雰囲気が垂れ流されている。あそこにジドレーがいる。戦いを経験していない者でもそれだけは簡単に分かった。

 一目見てミズキはジドレーに恐怖を抱いた。勝てないと本能が悲鳴を上げた。此処にいてはいけないと悟った。

 だからこそ、自分が最も心安らぐ場所に一刻も早く帰りたかった。


「アナタ異能持ちなんでしょ‼ 早く炎の壁を何とかしてよ⁉」

「それは無理だ」


 地獄壺跡地に存在する地下通路の入口はなくなった。残る脱出方法は炎の壁を突破するしかない。

 異能持ちならば、この炎を突破することが出来るのではないかと期待するミズキだが、それを北條は否定した。


「何でよ⁉」

「俺の力より炎の方が強いからだよ」


 否定されたことで悲鳴を上げるミズキ。北條は悔いるように表情を暗くする。

 北條の力——というよりもルスヴンの異能よりも炎の異能の方が強い。これは北條の言葉ではなく、ルスヴン自身の言葉だ。

 蓄えられている力だけでは、炎を突破することは出来ない。そうルスヴンに告げられていたのだ。

 北條達が逃げようとした瞬間にまるでタイミングでも見計らったように現れた炎の壁。

 ジドレーがここに来たことも偶然ではないとルスヴンは言っていた。


「そ、それじゃ……どうするのよ。このまま死んじゃうの?」

「そんなことはない。俺が守る」

「守るって、どうやって……」

「取り合えず、この子と一緒にいてくれ。ジドレーはその子を狙っていた。ここに来た目的もその子なんだろう」


 北條の言葉にミズキが目を丸くし、手を繋いでいる少年に視線を送る。

 その光景を尻目に北條は息を整える。

 守る。そう口にしたは良いものの、未だに北條はジドレーに恐怖を抱いている。ハッキリ言って自信がない。

 だが、弱音など吐ける訳がなかった。今ここに戦える者は北條しかいないのだ。


「(ペナンガランと同じ上級なのか。あれが?)」


 その場にいるだけでも感じる圧倒的存在感。

 ペナンガランとは違い、こちらの存在を絡め盗られる感覚。巨大な惑星。それもドロドロの毒が充満している悍ましいものだ。

 その悍ましさにもう近づきたくはないと思ってしまう。

 ペナンガランと同じ上級に分類されているが、全くの別物。詐欺紛いのものだと思ってしまう。


『階級を別けたのは吸血鬼共だし、彼奴等いい加減だからなぁ。ちなみにジドレーは上級でも上位に位置する実力者。あの飛縁魔ともやり合える奴だ』

「(何でそんな奴があんな子供を追いかけて来たんだよ)」

『ジドレーは気に入ったものを傍に置きたがる癖がある。誰かがあの小僧を逃がしたのだろうな。だから怒り狂っていた』

「(ものって……あの子は人間だぞ)」

『吸血鬼にとっては人間も物も変わらんよ』

「…………」


 今更かと言ったようなルスヴンの言葉に北條は黙り込む。

 傍に置きたがるということは、あの少年は今までジドレーの傍でずっと生き続けてきたのだろう。あのジドレーの傍で。


『それでどうするのだ。宿主?』

「(どうするって?)」

『あの小僧の事だ』


 黙り込んだ北條にルスヴンが尋ねる。


『あの小僧が近くにいる限り、ジドレーに狙われ続けるぞ』

「(それなら当然——)」

『守り続けるつもりか? 相手が誰だかを思い出して口にせよ。それは簡単に口にしては良い言葉ではないぞ?』


 いつも通り、助ける。と口にしかけた北條にルスヴンが釘を刺す。

 少年を狙っているのはジドレーだ。人間でも、これまで争ってきた吸血鬼ともレベルが違う怪物だ。

 これまでも北條では勝てない怪物は多くいた。というよりもその方が多い。

 それでもルスヴンの言葉で、ルスヴンの力を借りて勝利できた。だが、今回は違う。ルスヴンの力を借りても勝てるかどうか分からない。時間制限がある分、敗北する確率の方が高いだろう。おまけに相手は容赦することなくこちらを殺しにかかって来ている。

 これでは北條の戦闘能力で油断させ、ルスヴンが意表を突くと言った戦術も出来ない。


『余は撤退を進めるぞ。あのジドレーに今は勝てん』

「(逃げられるのか?)」

『あの小僧を置いて逃げればな』

「————」


 北條の息が止まる。

 勝てない敵からは逃げる。正しい判断だ。だが、戦えない少年を置いて逃げるというのであれば話が違う。

 思わず北條が反論した。


「(ま、待てよ‼ あの子はジドレーの所から逃げて来たんだろ? それなのに、助けもせずに置いて逃げる何て——)」

『違うな。逃げて来たのではない。逃がされたのだ。この状況は意図的に作られたものだ。でなければジドレーが気に入ったものを逃がす訳がない』


 ジドレーを外に出すための餌。それがあの少年。

 吸血鬼から逃げる難しさを北條は知っている。だからこそ納得することが出来た。

 中級でも訓練を受けて武装した北條が殆どの装備を使ってやっと逃げ切れるレベルなのだ。装備も訓練もしていない少年1人が逃げ出せるはずがない。誰かが裏から手を回していると考えるのが当然だ。

 前回の地獄壺での攻防。吸血鬼が退去されたことで出来た空間。逃がされた少年。怒り狂ったジドレー。そして、逃げ道を塞ぐ炎。

 僅かな情報がルスヴンの頭の中で繋がっていく。この騒動を巻き起こした吸血鬼の存在に辿り着く。


『ジドレーの目的はあの小僧だ。殺されることはない。あの門の所にまた連れていかれるだけだ。また助けることは出来る。だから、今は諦めろ』


 ジドレーの邪魔をしなければ殺されることはない。

 見捨てるのではない。これは次助けるために必要なことだ。そうルスヴンは付け加える。

 その言葉に北條は戸惑わせるのに十分だった。

 少年を置いていく。ジドレーに勝てない以上、それは正しい判断なのかもしれない。今歯向かえば確実に殺されるが、撤退して戦力を整えれば助かるかもしれない。

 しかし、それで良いのだろうか。

 確実に助けるのならば、それは正しいのだろう。だが、あの子から見ればどうだ?

 自分を置いて逃げる者達。あの吸血鬼から逃げ果せたのにまた同じ場所に戻る。それについてあの子は納得できるのか。


 撤退か。戦いか。

 今の北條は一見落ち着いているように見えるが、実際考えが纏まらずにいた。強大な敵に執着された少年。ルスヴンですら勝てないと明言した怪物を前にどうするべきか焦っていた。

 本人が視界にいては集中できないと背中を向けようとする。

 そんな北條の裾を少年は掴んだ。

 クイッと引っ張られて北條は視線を下にやる。


「あ、ありがと」


 小さく呟かれた言葉に北條は固まった。


「助けてくれて——ありがとう。ずっと、ずっとあそこから出たくて。だから、ぼく…………良かった。今まで、誰も助けてくれなかったからっ」

「————」


 殴りつけられたような感覚が北條を襲う。

 意図したものではない。少年は心からお礼を言っている。助かったと涙を流して安堵している。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 その言葉は北條に楔を打った。

 外に出たい。その言葉は願いそのものだった。憧れだった。

 目の前の小さな少年は、北條よりも小さな世界で生き抜き、北條と同じ願いを持っていた。


「どうしたの?」


 固まった北條にミズキが声をかける。

 北條は小さく手を上げて答えた。


「いや、何でもない。何でもないんだ」


 そう何でもない。もう自分がやるべきことは決まってしまった。

 この街の外に出ることを望んでいる北條は、自分よりも小さな世界で鳴き声を上げる少年に自分を重ねてしまった。

 助けなければいけない。

 そう決意して北條は準備を始める。


 そんな愚かで、愛らしい宿主(マスター)の姿を見てルスヴンはそっと息を吐いた。

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