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もう1つの戦場

 

 北條がジドレーから逃げる姿。

 それは当然ながら、飛縁魔の目にも届いていた。


「に、逃げたあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ⁉ こんの意気地なしめぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ‼」

「ひ、飛縁魔様ッ。ど、どうか落ち着いてくださいませッ」


 絶叫を上げる飛縁魔にその傍にいた女吸血鬼がオロオロとした態度で飛縁魔を宥めようとするが、効果はない。

 飛縁魔を深く理解している磯姫ならば、上手く立ち回れるのだろうが、今ここにいるのは唯の配下の吸血鬼。傍にいた磯姫は飛縁魔の勅命によって席を外しているため、今ここにはいない。


「ジドレーの位置は⁉」

「は、はいッ。氷壁によって弾かれて地獄壺跡地の外まで吹き飛んでいったようです。今はその場にいたレジスタンスの部隊を殲滅し、再び中へと戻っています」

「むぅ……」


 怯えながら報告する女吸血鬼。それを聞いて飛縁魔は口を尖らせた。

 飛縁魔にとってこの展開は面白くない。対策はしているが、ジドレーが外に出て言った場合、レジスタンスの連中に目を付けられることになる。

 レジスタンスがジドレーと接触すればするほど北條の逃げる時間は長くなり、退屈になる。それは望ましくなかった。


「むぅっ」


 可愛らしく頬を膨らませて私怒っています。のポーズを取る飛縁魔。磯姫ならばその様子を見て可愛らしいと思う所だが、傍にいる女吸血鬼にはそう思えない。なんせ、可愛らしい姿をしていようとも肌を焼くような威圧が飛縁魔から放たれているのだ。

 それがいつ物理的な暴力になるのか、気が気ではなかった。


「仕方ないわ。檻でも作るか」


 そう口にして飛縁魔は視線を使い魔から送られてくる映像に向ける。

 浮かび上がっているのは2つ。逃げる北條達の姿と続々に集まって来るレジスタンスの部隊の姿。レジスタンスの映像の中に石上の姿を見つけるとまるで恋人でも見詰めるかのようなうっとりとした表情を浮かべた。


「ふふっ。ごめんなぁ。でも今日はあの子供の気分やし。そこで待っといてな?」


 ここにはもう1人飛縁魔が目を付けた人物がいる。ちょっかいをかけたくなるが、今日は北條で遊ぶと決めているのだ。

 指でそっと宙に円を描く。その行為の結果は直ぐに映像に現れる。

 地獄壺跡地を囲むよう巨大な炎が上がった。





 地獄壺跡地周辺にいるレジスタンスの部隊に合流した石上は早速部隊を再編制して周囲を包囲することを優先する。

 相手はジドレー。どんな存在かは分かっていた。

 争いごとに興味のないジドレーが外に出る理由。それはジドレー自身が蒐集しているものが関係しているはずだと予想する。

 傷つけられたことへの報復か。それとも奪われでもしたのか。

 突如として出現したと言われる大氷壁。そして続いて出現した炎を見て溜息をつく。


「氷結。それに飛縁魔、お前らが関わってんのかよ」


 10年以上前から出現し始めた正体不明の存在。敵か味方か。目的が一向に分からない存在。それに加えてこの街の実質的な支配者である飛縁魔。

 思わぬ大物の登場に頭を痛める。


「各部隊、包囲が完了しました」

「分かった。各部隊にジドレーを発見しても戦闘は避けろと伝えろ。それと炎に突入しようなんて考えるなともな」

「了解しました」


 指示を受けて下がっていく隊員を見送る。

 ハッキリ言って今回、ジドレーを倒せる戦力は用意できていない。だからこそ石上も戦いを望んではいない。

 暴れるならば抑えなければいけないが、大人しく帰ってくれるのなら素通りさせるつもりである。


「(そんなことはあり得ないんだろうがな)」

「戻りました」


 大人しく帰る。吸血鬼にとって、それは無理難題に等しいものだ。加えて飛縁魔も今回の騒動に一枚噛んでいる。中途半端で終わらせはしないだろう。戦闘は必ず起こる。甘い考えを叩きだし、気を引き締め直した。

 そんな石上に後ろから声が掛かる。

 振り返るとそこにいたのは真希だ。


「ジドレーが通った後はどうだった?」

「被害は粗方抑えました。後は残した部隊がやってくれるでしょう」


 レジスタンスの目印でもある黒衣の戦闘衣に身を包んだ真希凛々子。石上の横に並ぶと眼下で動くレジスタンスの部隊を見渡した。


「ジドレーですか。何故外に?」

「自分から外に出ることはないだろうからな。誰かの手が介入してんのは間違いないな」

「その誰か、というのは氷結の異能持ちではありませんよね?」

「可能性はあるな。ついでに飛縁魔も」


 返事を聞いて真希は眼鏡をクイと持ち上げる。

 視線の向こうには巨大な炎の壁。


「私の異能を使いますか?」

「……そうだな。中がどうなってるのかも把握したい。頼む」


 2人が部隊を下げて炎の壁へと近づいていく。

 石上は途中で止まり、真希は石上より5メートル進んだ場所で足を止めた。

 炎の壁に穴を開けるために真希が腕を伸ばし、異能を発動しようとする——————が、2人の後ろに何かが降って来た。


「吸血鬼だ‼ 吸血鬼が来たぞ‼」

「……ゆっくりとさせて貰えないか」


 その声に石上も真希も素早く視線を向ける。

 姿を現したのは長身で長い黒髪の大和撫子を思わせる女吸血鬼。互いに視線を交わらせ、理解する。

 相手に敵意がないことを。相手に敵意しかないことを。


「殺しに来たぞ。石上恭也」

「ご指名とは嬉しい限りだよ」


 その場が戦場になるのに時間は掛からなかった。

  石上が地を蹴り、吸血鬼へと接近する。レジスタンスの隊員達もそれを援護しようと射撃で牽制する。

 全ての弾丸を叩き落しながら、女吸血鬼——磯姫も戦闘態勢に入る。


「自己暗示——肉体強制解放」

「自己加速、三倍速(トリプル)

「甘露の雨をくれてやる」


 真上から降りかかってきたのは雨だった。街が仕切られているのに雨が降るなどおかしな話。2人は異能だと判断する。

 その雨を2人は掻い潜るが、隊員達はどうしようもなかった。雨に触れた瞬間にレジスタンスの隊員の体から血飛沫が舞った。


「直ぐに撤退しなさい‼」


 真希はそれを見て声を張り上げた。

 まだ体の原型が留まっているレジスタンスの隊員達が慌ててこの場から走り去る。


「波よ」

「水の異能持ちですか」


 磯姫が腕を翳す。すると地面から水が噴き出し、走る2人を飲み込まんと波のように迫って来た。

 これに触れたらどうなるのか。

 雨に打たれて死んだレジスタンスの隊員が脳裏に過る。

 触れては不味いと判断した2人はそれぞれ回避行動に移る。北條は全力でその場から飛び退き、真希は地面に手を付いた。

 波が真希を飲み込むのを目にした磯姫は直ぐに石上へと視線を寄越した。

 石上が地面を生身の方の足で踏み込む。真原が作った最高の義足も異能持ちの生身の身体能力には届かない。両足を使って前に出るよりも、生身の足1本の方が速いのだ。


 限界まで引き絞ぼられた弓で矢が放たれるように石上が地面を蹴って磯姫へと迫る。

 フェイクなしで真っ向から。カウンターも防御も取りやすいあまりにも直情な攻撃。磯姫は指を1本石上の頭へと向ける。

 グラリと磯姫が体制を崩した。


「——ッ」


 いつの間にか磯姫の足場が崩れていた。不自然にも磯姫が立っている場所だけが、経年劣化していた。

 その隙に石上が磯姫の腹に蹴りを叩き込む。

 体をくの字に折られた磯姫が5階建てのビルの中に壁を破壊して吹き飛んでいく。その様子を見ていた石上の横に地面から飛び出してきた真希が並んだ。


「あれはもしかして上級ですか?」

「間違いないな。この感じ、アイツ等と相対した時と同じだ」

「何やら恨みを買っているようですが心当たりは?」

「ねぇよ」

「本当ですか? 捕まった時にあちらに恋人を作ったとか?」

「吸血鬼の恋人なんていねぇよ」


 軽口を叩き合う2人。

 その目の前で5階建てのビルが崩壊した。

 粉塵が舞い、凄まじい音を立てて崩れ去るビル。その様子を2人は慌てる様子もなく見ていた。

 瓦礫になったビルの上に1つの影。


「…………」


 分かりやすく怒りの表情を浮かべた磯姫を見て2人は無駄口を閉じた。

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