知らない間に舞台は整う
北條と金城の戦いに決着が着いた頃。もう1つの戦場にも動きがあった。
何度突撃を企みても相手の守りを突き崩せないことに気が付いた襲撃側が攻勢の手を緩めていたのだ。
そのおかげもあって、隊長である男にも余裕が出来ていた。
「金城から連絡はあったか?」
「いいえ、ありません」
戦闘に余裕が出来たことで隊長も金城のことを考え始める。
最も強力な装備を持っていたこともあり、よもや倒されているとは考えもつかない。今回集まった部隊の中で指示に反発していたこともあり、こちらを軽視しているだけだと考える。
「…………」
考える。今、脱出するべきか。
今回は、遺物の回収と共にカモダの装備のデータ収集でもあると聞いている。金城を置いていって万が一装備が他の部隊に回収されることがあったら、どうなるか。恐らく、一番の責任は隊長である自分に降りかかるだろう。
出来るだけ責任を回避するにはどうすればいいか。それだけを考える隊長。
後ろを見れば回収は順調に進んでおり、後1分ほどで終了する所だった。それを目にして金城を置いていくことを決心した。
「お前等、撤退の準備を始めろ‼」
「か、金城はッ⁉」
「何度も呼びかけろ。独断専行をしたとしても今は俺の部下なんだ」
戸惑う姿を見せた部下に、自分勝手に飛び出していった金城を助ける姿。というのを演じて金城はいの一番にトラックの近くへと行く。
金城を心配する様子などこれっぽっちもない。だが、部下を簡単に切り捨てるようでは他の部下も心配する。だからそう演じているのだ。
そして、遺物を全て回収し終えるのを確認すると、金城に連絡を取っている部下に視線をやる。
部下が力なく首を横に振るのを見て、金城は指示を出した。
「準備出来ました‼」
「よし、乗り込めぇ‼」
隊長の指示に総勢10名以上の部下が素早く大型トラックに乗り込んだ。
運転席、助手席。トラックの上に取り付けられた機銃に1人ずつ。残りの7名が荷台に乗り込んだ。
全員が乗り込んだ瞬間、大型トラックが発進する。
ギャリギャリギャリギャリ‼と後輪の4つのタイヤがうねりを上げた。
「爆弾でも置いてってやれ。土産は必要だろう」
そう口にしたのは荷台にいた部下の1人だ。その言葉に幾人かが同意し、とっておきを取り出す。
プラズマ爆弾。円形の小さな筒のようなものが投げられる。円を描いて投げられたそれは、部隊が去った陣地を制圧しよう群がる者達の中心に落ちて行った。
その数秒後——光が弾けた。
血肉が飛び、粉塵が舞い、悲鳴が上がる。
手榴弾よりも強力な結果を齎したプラズマ爆弾のおかげで追っても振り切り、部隊はその場を切り抜けた。
「いやっほぅ‼」
「やったじゃん隊長‼」
「これで俺達大金持ちッ」
「馬っ鹿野郎。気ぃ抜かずに警戒しやがれ‼」
口々に騒ぎ立てる部下に向けて隊長である男が大声を張り上げる。
だが、その表情はどこか嬉しそうに見えていた。大型トラックを運転している部下もそれを分かっているのか軽く笑って肩を叩いてくる。
自分の頬が緩んでいることを自覚し、それを部下に指摘された隊長は照れ隠しの意味も込めて機銃を握る部下に話を振る。
「おい、周囲の状況はどうだ?」
「何の問題もありませんよ。追っ手もなし。人影もありません」
「そうか。何かあったら連絡しろ」
部下の報告を聞いて鼻を鳴らし、窓から視線を投げる。運転席の方を向けば、また部下のニヤニヤとした顔を見る羽目になるのではと思ったからだ。
そのまま外を暫く眺めていると——ふと、違和感を抱く。
気味の悪い静寂。まるで、嵐の前の静けさのような。
「周囲を索敵しろ‼」
「え、やってますよ。特に何も問題はありませんが? 何かあるんですか?」
「もう一度だ‼」
部下に指示を出し、周囲を警戒させる。
地獄壺跡地には遺物を狙う者達がうじゃうじゃといるはずだ。回収できる遺物がグッと減った今、大型トラックに乗っているこの遺物を狙う者は多いはず。
それなのに、何の奇襲もない何てことはない。どこかで誰かが狙っているはず。
「おい、今直ぐ猛スピードで——」
そう言いかけた時。
グワンッ——と大きくトラックが揺れた。
「何が起きたぁ⁉」
やはり来た。そう思って隊長が通信を繋げ、後ろに連絡を取る。だが、返事はない。代わりに聞こえるのは銃声のみだった。
丁度その時、大型トラックで起こっていたのはたった3人の人物による奇襲だった。
横から衝撃波が生じ、トラックが大きく揺れた所にその襲撃者は空から訪れた。最初に狙われたのは機銃を持っていた男。
荷台に乗っていた者達は衝撃波によって3人が振るい落とされた。残った4人も襲撃者に蜂の巣にされた。
僅か数秒のことだった。
襲撃者はトラックの荷台の遺物を傍に寄って来た無人機に乗せると直ぐに姿を消した。
「——やられたッ」
その様子を見ていたのはミズキだ。忌々しそうにトラックを襲撃した者達を双眼鏡で睨み付ける。
彼女は走行中のトラックを爆破してからゆっくり遺物を回収しようと考えていたのだが、その前に襲撃者に横取りされてしまった。
「アイツ等、ガルドに雇われた連中かッ」
襲撃者はミズキも見たことがある連中だった。ガルドの護衛をしていた連中だ。
またガルドに自分の手柄を横取りされた。
歯が砕ける程食いしばり、手に持っていた双眼鏡を地面に叩き付ける。それでも怒りは収まらない。過去にガルドに辛酸を舐めさせられたこともあり、今度こそと考えていた。
最後の最後で自分の成果以上を掻っ攫っていったガルドに怒りを向けずにはいられなかった。
悔しさのあまり涙目になる。
「あんのックソオヤジィ‼」
あらん限りの声でミズキが怒りを吐き出す。
ミズキに戦闘能力はない。ガルドの雇った者達が、悠々と遺物を運んでいく様を眺めていくしかなかった。
それから、数分後——北條がミズキに合流する。
初めに北條が見たのは、目元を赤く腫らしたミズキだった。
「お、おい……大丈夫か?」
「大丈夫に見える?」
視線を下にして、地面ばかりを見詰めるミズキ。
女性が落ち込んだ時の対処など知らない北條は大いに戸惑った。北條の周りには簡単には涙を流さない女性ばかりだ。だからこそ、こんなタイプは初めてだった。
口の上手い加賀なら何とかするだろうが、残念ながらここにいるのは北條だ。そして、北條には泣いている女の子を慰める方法など持っていなかった。
「と、取り敢えず移動しよう? な? ここじゃ、見つかっちゃうからさ」
取り敢えず、そう言うのが精一杯である。
グズリと鼻を鳴らすミズキ。伸ばした北條の手を握り、立ち上がるが、顔は下を向いていた。何故か小さな妹が出来た気分である。
「おっと——」
片手が塞がったことで北條が背負っていた金城がバランスを失い掛け、慌ててミズキの手を放して金城を支える。
そして、もう一度ミズキに手を伸ばそうとして、気付いた。ミズキが北條の背負っているものを見て、固まっていることに。
「そ、それって……もしかしてカモダの最新装備?」
「え、あ——あぁ、そうだけど。コイツの脱がし方が分からなくて、でも色んな所に恨み買ってるからそのままにもしておけなかったから——」
しどろもどろになりながらも、言い訳を口にする。
敵だった人物を気絶しているとは言え連れてきたのだ。何か言われるのだろうと覚悟する。しかし、捨てておくことも出来ない。
せめて報酬が減るぐらいで何とかならないかと交渉しようと口を開きかけて——。
「よくやった‼」
「——へ?」
ミズキが喜ぶ様子を見て固まった。
さっきの泣きそうな様子から一転して輝いた表情を浮かべるミズキ。
彼女の視野に入っているのは金城——ではなく、金城が身に着けているカモダの最新装備だ。
今回の遺物を回収して売りさばく際、欲しがっている企業に直接売り出す訳には行かない。表社会の企業も裏でコソコソしている者達と堂々と取引等出来る訳がないからだ。
幾つかの仲介を挟んでの取引。大企業になればなるほどこの仲介も多くなり、同時に仲介料も取られる。企業が補填してくれる訳もないため、その分マイナスになってしまう。
だが、今北條が抱えているのはカモダの最新装備。情報の少なさからまだ試作段階のものだとミズキは推測した。
見るだけで大層な技術を使われたことが分かる。恐らくだが、この戦闘衣のテストも今回兼ねていたのだろう。
これは使える。そうミズキは考えた。
テストならば、今回のデータを収集しているはずだ。そのデータを使ってカモダと取引すれば、まだ損害分は何となる。
街で起きる犯罪者(小)との小競り合いとは違い、傭兵達との大規模な戦いでのデータである。重宝されるはずだ。
無論、簡単にカモダに手放しはしない。解析できる所は解析し、ライバル企業達に流すつもりである。それで更に一儲け出来るだろう。
だからこそ、ミズキはこの戦闘衣を出来れば手に入れたかった。
思いがけない所で、欲しかったものが手に入り、ミズキはご満悦だった。
「フフフノフ~ン♪」
「そういや、欲しいって言ってたな」
急に上機嫌になった原因を北條は思い出す。同時に柔らかい感触も思い出してしまい、直ぐに顔を伏せた。
そんな北條の様子に気付かず、ミズキは先へと進む。
そのまま北條とミズキは遺物を隠していた倉庫へと避難する。そこで2人の2日目の戦いは終了した。
そうして遺物を巡る戦いは3日目に突入する。
遺物を少なくなった以上、更に激化すると思われた戦い。だが、その思惑を裏切るように3日目の争いは皆が消極的だった。
2日目において、何処の部隊も多大な犠牲を出し過ぎた。争えば赤字にしかならないと判断し、撤退をする部隊もいた。
北條とミズキも遺物の回収に向かったが、派手な戦いもなく3日目を乗り越える。
もうこれ以上の争いはない。そう考えて胸を撫で下ろした北條だったが、それを嘲笑うかのように新たな争いの火種は投入された。