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2日目


 常夜街に日が昇ることはない。太陽の代わりに鐘が鳴り響き、新しい日が来たことを告げる。鐘が街中に響き渡り、それを耳にした人々が動き出す。

 その鐘を耳にしながら北條とミズキは地獄壺跡地へと再び足を踏み入れていた。まだ街が活発に動き出していないにも拘らず、地獄壺跡地には遺物を探す者達が多くいた。


「もう動き回ってるのか」

「あれはアタシ達より早く動いたというよりも、昨日からずっと動き続けてると思うわよ」


 瓦礫を掘り出して遺物を見つけようとしている者達の姿を見ながら北條達は小声でやり取りする。

 2人が目指しているのは先日とは別の場所だ。何故なら、先日まで北條達が占拠していた場所は金城達に占拠されていたからだ。

 金城達の接近で逃げることを選んだ北條達はあの後、凍り付いた遺物を持てるだけ持って地獄壺跡地を後にした。

 地獄壺跡地から隠れ通路へ。そして、何度も同じ所を回っているのではないのかと錯覚する程複雑な経路を得て隠し倉庫へ。

 北條1人では絶対に辿り着くことは出来ない場所に遺物を隠したのだ。

 そこで休息を取ったおかげで北條の体も完全に回復した。


「カモダの連中のせいでこちらのアドバンテージは無くなった。凍り付いている遺物に気付いたやつはいるだろうし、今日は昨日よりも激しい場所取り合戦になるかもね」

「あぁ、気を付けるよ」


 地獄壺跡地には続々と今尚人が入り続けている。そうなれば、誰かが凍り付いた遺物に気付くはずだ。気付いていなくとも時間の問題である。

 先日までは、北條達は自分達の陣地を守る防衛側だった。だが、その陣地を放置した以上、今度は攻め入る側になる。

 完全な状態にある遺物があると分かればそこに人は殺到する。

 運よく陣を作れた者。それを奪おうとする者。昨日よりも酷い混戦状態になるのは間違いない。


「それでどこに行くか目星はついているのか? 争いの場から結構離れているように見えるけど?」


 陣地を作るのには人手が足りない。攻め入るにしても戦力が足りない。何処かにまだ回収できるポイントが残っているのかと思い、北條がミズキに尋ねる。

 だが、返って来たものは北條が考えている内容とは全く違った。


「そうね。でもアタシ、簡単に引き下がるのは嫌いなの」


 そう口にしてミズキは振り返る。1つのリモコンを掌で遊ばせながら、実にいい笑顔を浮かべた。





 第5区と第6区の間にする門。

 その上にある邸宅で、2体の吸血鬼が対面していた。この邸宅の主——ジドレーと飛縁魔である。薄暗い部屋の中で埃っぽい空気に飛縁魔は顔を顰めさせた。


「もうちょっと小綺麗にしたらどうやジドレー。汚くてしゃあないわぁ」

「ならば、来なければ良い」


 常夜街の主たる飛縁魔に対してもジドレーは全く引かない。苛立ちを前面に表し、存外にサッサと帰れと言って見せる。

 部屋の中の空気が張り詰める。

 今ここにジドレーに仕えている人間はいない。完全に飛縁魔とジドレーだけだ。話の邪魔だと飛縁魔が追っ払ったのだ。

 もし、彼らがこの場にいたら理性を失い、叫びを挙げて窓から飛び出していっただろう。それほどまでに上級吸血鬼同士のぶつけ合った殺気と覇気は凄まじかった。


 殺気を飛ばしながらでも、飛縁魔の表情に変化はない。分かっているのだ。この吸血鬼を口先だけで動かすことは出来ない。それが出来ていたら会議にも出ていた。分からせるには力づくが一番。だが、やらない。今殺せば楽しみが無くなってしまうのだから。

 ジドレーの表情にも変化はない。これ以上口を開き、気分を害せば殺されることだってある。簡単に殺されはしないだろう。飛縁魔にも致命傷を与える自信はある。しかし、結末だけは変えられない。

 それでも手の平を返すことはない。何故ならジドレーにとってここは安寧の地だ。

 気に入った人間、気に入ったペット、気に入った部屋。全てが揃っているのだ。此処を守るためなら何でもするつもりだった。

 彼らの基準では、()()()()()()()()()()()()()()()()


「……まぁ、ええわ。文句を言いに来たんとちゃうし」


 飛縁魔が肩を竦めたことで張り詰めた空気が緩む。


「定例会には出ん。この世界から俺は出ない」

「そんなことわざわざ言わんでもアンタの引き籠りっぷりは知っとる。ウチは話をしに来ただけやで~」

「ふざけるな」


 瞳孔が開きっぱなしのジドレーの視線。見詰められるだけで背筋が凍るのに、怒りまで乗せられたら人間ならば泡を吹いて倒れるのは間違いない。が、相手は飛縁魔である。怯むことなく、笑顔で口を開く。


「酷いなぁ。ホンマの事やのに。地獄壺——今は地獄壺跡地って呼ばれとる所で人間同士の争いが起こっとることは知っとる?」

「知らん」

「そやろうな。だからウチが教えに来てあげたんやでぇ。感謝してや」


 煩わしそうにするジドレーなど気にせず、飛縁魔は一方的に喋っていく。

 そこを吸血鬼は立ち入り禁止にしたこと。そこで地獄壺に使用されていた外壁を巡って人間同士が争い始めたこと。その周囲をレジスタンスが被害を出さないように固めていること。

 ゆっくり、丁寧に、時間を掛けて。


 しかし、どれもジドレーにとっては興味のないことだ。ジドレーが戦おうと自発的に動くのは自分の物に被害が及びそうになったときである。

 外で何が起きようと、この家に被害が及ばないのならば関係ない。そう思って話を右から左へと聞き流していく。


「まぁ、そんな訳であそこには今レジスタンスがおるから手を出さんで欲しいのよ」

「関係ない。俺はここから出ることなどないのだからな」

「そうか。まぁ、そうやろうねぇ。でも、レジスタンスがおるって話は色々と広まっとるようやしぃ」

「それがどうした」


 意味が分からず、飛縁魔に尋ねる。苛立ちが若干含まれているのは間違いない。これ以上会話をしたら本格的に殺し合いに発展しそうだった。


「広まっとることが問題なんよぉ。レジスタンスの活躍を聞いて掌を返す奴もおるさかい。もしかしたら、危険な仕事をほっぽり出してレジスタンスの保護下に入ろう‼ 何て考える奴もおるかもしれんやん?」

「そんな考えなしなどいるはずがないだろう」


 幾度もこの門でレジスタンスの大規模侵攻を防いできたジドレーにとってレジスタンスは取るに足らない敵でしかない。

 1度目も、2度目も、3度目も——異能持ちも、そうでない者も関係なく蹴散らして来た。だからこそ、レジスタンスが多少買ったからと言って、簡単に靡く者がいるとは思わなかった。

 そんなジドレーに飛縁魔は笑顔を向ける。


「フフッ。分からんよぉ。考えなしで動く人間はおるもんや。特に劣悪な環境にいる者は、1本道を用意するだけでそこに飛び込んでいくさかいになぁ」

「随分と人間を知っているのだな」


 含みのある笑いに何かを感じ取る。

 だが、その何かは分からない。そもそも何故顔を出しに来たのか。こんな他愛もない話をしに来たとでもいうのか。

 意図が掴めず、ジドレーが舌打ちをし、ギロリと飛縁魔を睨み付ける。


「おぉッ。怖い怖い」


 睨みつけられた飛縁魔は大袈裟に身を竦める。そのわざとらしい演技にジドレーは逆に気が抜けてしまった。


「ほな、ウチは帰るわ」


 飛縁魔が立ち上がり、出口へと向かう。

 ジドレーは止めることはなかった。何故ここに来たのかという意図も、最早どうでも良かった。愛する静寂が戻ってくる。それだけが、何より嬉しかった。


「頑張ってな」


 だからこそ、飛縁魔の最後の言葉も聞き流した。

 吸血鬼の女王はジドレーの邸宅を出る。表には1台の車があった。後ろに乗り込むと、既に磯姫がそこにいた。


「お帰りなさいませ。飛縁魔様」

「ただいまぁ~。どうやった?」

「抜かりなく——」


 その言葉に満足げに頷く。

 そして、動き出した車の中で地獄壺跡地にいた使い魔に命令を出した。

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