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撤退

 

 北條達が地獄壺跡地に辿り着いてから——12時間が経過した。

 その間に北條が行っていたのは瓦礫の撤去。及びにその下にある遺物——瞬間衝撃吸収壁の回収である。

 重く生身では動かすことなどできない大きさの瓦礫も戦闘衣(バトルスーツ)ならば、簡単に持ち上げることが出来た。

 周囲の警戒は全てミズキが修理した無人機(ドローン)が行っている。

 無人機が近づいてきた者達を追い払い、無人機では手に余るようならば北條が出る。その影響もあって全てを回収するのには時間が掛かっていた。

 それでも、ミズキの顔に陰りはない。

 ドンドンと運ばれてくる遺物に頬を緩ませ、頭の中でどれだけの利益になるのかを計算し、更に頬を緩ませていた。


「むふふ~。いやぁ、最初はどうなるかと思ったけど、上手く行ってますなぁ」

「喜ぶのは良いけど、警戒はしてくれよ?」


 ニヤニヤとするミズキに北條が苦笑いを浮かべて注意する。それに対し、ミズキは分かっていると口を開くが、顔は緩みっぱなしだった。

 敵の接近にはルスヴンも知らせてくれるため、北條もそれ以上は何も言わない。肩を竦め、再び回収に向かう。

 ひんやりと冷たい氷の塊になった遺物。凍り付かせたのは北條ではあるが、1ヶ月も間があったにも拘わらず、溶けださないことに疑問を抱く。


「(これ、何で解けないんだ? いつも氷を出してる時は1ヶ月もしない内に溶けるのに……)」

『余の異能だからな。自然界にあるものと同一にするのはどうかと思うぞ』

「(でも、工場の時とか辺り一面凍らせたのに一週間ぐらいで元に戻ってたじゃん)」


 これまでの戦いで異能を使った時、それも巨大な氷を出現させた時は、直ぐに溶けていた。それなのに、今こうしている間にもこの凍った瓦礫は溶けそうにもない。

 その理由が分からない北條は首を傾げるばかりだ。

 ルスヴンがそんな北條を見かねて口を開く。


『恐らく、これまで巨大な氷が解けていたのは宿主(マスター)の無意識による配慮だろうな』

「(え、俺の?)」

『そうだ』


 ルスヴンの言葉に北條は目を丸くする。まさか自分が関係しているとは思ってもいなかった様子だ。


『異能も慣れれば手足同様に動かせるものだ。人が多くいるからこんなものがあったら迷惑だろうなどと宿主が考え、無意識に消していたのではないか? 今回は凍り付かせた後に崩壊させたし、人も寄り付かなくなった。だから宿主は消そうとも思わなかった』

「(……そういうもんなの)」

『そういうものだろう。そもそも余は他人の迷惑とか考えたことないからずっと凍り付いたままだったが』

「(お前は少し反省した方が良いよ)」


 ケラケラと笑うルスヴンに北條は顔を引き攣らせる。

 それにしても、と視線を持ち運ぶ遺物にやる。これが自分の影響だとするならば、自分が念じるだけでこの場で溶かすことが出来ると言うこと。

 溶かしたら中身が零れる=もう使えない=北條の依頼失敗=金は入らない⁉

 一瞬にして最悪の方程式が完成した。


「(や、やばいよぉッ。意識すると考えちゃうぅ⁉ 考えるな考えるな考えるなぁ⁉ 考えたらせっかくの完全な状態から使い物にならない瓦礫になっちゃうよぉッ)」

『ふむ。大変そうだな。まぁ、溶けそうだったらあの小娘の目を盗んで凍らせれば良いだけだからそんなに意識はしなくとも良いと思うが』

「(…………………………………………………………………………………………………………)」


 ちょっと長い沈黙があった。

 一発で解決案を出してくるルスヴン。確かに再び異能で凍らせれば良いだけのこと。ちょっとテンパった自分に恥ずかしくなる。

 遺物をミズキのリュックの中へと入れていく。既に持って来たリュックはパンパンだ。重量もかなりある。

 ミズキも戦闘衣を着ているため、運搬するのに苦労はないだろう。だが、リュックの中には凍り付いたものを入れるのには適していないように見える。ふと、ミズキは氷について何か知識はあるのかが気になった。


「どうかした?」


 視線が合ったことで、ミズキが問いかけて来る。雑談には丁度良いだろうと考え、北條は湧き上がって来た疑問を口にした。


「いや、この氷が溶けるとか考えてるのかなって思って……」

「あぁ、なるほど。確かに意味の分かんない氷だけど、普通は溶けるものだからね」


 北條の問いかけにミズキが理解した表情をする。

 ミズキもその氷を最初に見た時は意味が分からなかった。どうやって状態を維持しているのかも。誰がやったのかも分からない。噂の氷の異能使いがここにいたのかと考えたが、凍り付いているものを見て思考など吹き飛んだ。

 崩壊したことで中身が殆ど駄目になっていた瞬間衝撃吸収壁。そして、その中身である液体が保存されていたのだ。

 数も多く、重量もあったためその場で持ち帰るのは諦めたが、出来る限りの検証はしていた。

 その氷は溶けない。溶かすことが出来ない。それがミズキの出した結論である。

 バーナーで焙っても、1ヶ月放置しても溶かすことが出来ないのを見てそう判断したのだ。

 ミズキはこの氷を解かす方法を知らない。もしかしたらあるかもしれないし、ないのかもしれない。だが、そんなことは関係なかった。

 ミズキがやるのはこれを回収して高く売ることである。他のものが駄目になっている以上、中身が無事なものは高値で売れるだろう。

 売った後はミズキの知ったことではない。解凍に苦労して文句を言ってきても同じだ。異物を持ち運ぼうとしている所にはどういった状況で運びこむのかの説明をしているし、承諾されている。

 永遠に氷を解かす方法が無くてもミズキは一向に構わなかった。重要なのは今ここで氷が溶けることがないという事実のみ。


「1ヶ月も放置されて溶けないんだから大丈夫でしょ。それに、運んだら冷凍庫で保存するし、大丈夫よ」


 ほんの少しだけ目を細め、ミズキは嗤う。

 それは今までの少女らしい笑みとは違い、商売人のものだった。

 絶対何か言ってないことがある。そう分かっても北條にはそれに踏み入れることはしなかった。

 理由は2つ。

 北條は今回ミズキの依頼でここにいる。取引上の関係でここにいるだけだ。仲間ではない。ミズキの方針に見当違いの立場で口を出すことは出来なかった。そして、もう一つ——


『宿主、敵だ』


 ルスヴンが敵を感知したからである。


「敵が来た」

「え、嘘——無人機には何の反応も……」


 疑わしい目を向けてくるが、北條にとっては機械よりも信頼のあるルスヴンの言葉である。直ぐに準備をし、ミズキに警告だけ残して出発する。

 素早く身を隠しながら移動し、ルスヴンに指示された場所へと急いだ。


「あれか」


 そして、数分後。ルスヴンが感知した男達を黙視する。

 岩陰から顔を覗かせ、近づいてくる男達の様子を窺う。男達の近くにはミズキが修理した無人機があった。

 敵を発見すれば、ミズキに連絡が行くはずなのに。ミズキの元には何の反応も返ってきていない。何か細工をされたことは間違いなかった。

 様子を窺っている最中、男達の中に金城の姿を見つけると北條の顔が歪む。


「うげぇ、アイツかぁ」


 自分よりも爆弾に近い位置にいたのにキッチリ無事な金城。あれではしなないだろうと思っていたが、キズ一つないことを確認し、少し落胆をする。

 そして、通信端末を繋げてミズキと連絡を取る。


「こちら馬。標的はカモダの連中だ。数は8人。映像を送る」

「了解…………本当にいたわ。なるほど、無人機が何の反応もしなかったのは、アイツのせいか。アタシのプログラムを書き換える何て。良いものを揃えているのね。腕も装備も」


 北條から送られた映像を見て、ミズキが悔し気な声を上げる。

 装備に詳しくない北條には、男達が身に着けている装備がどういった性能なのかを知ることは出来ない。だが、ミズキは違うようだった。


「亀から馬へ。もう少し離れて探知される」

「了解。どれぐらい離れれば良い?」

「そうね。後ざっと30メートルぐらいかな。そこなら確実に安全範囲だろうし」


 何が安全なのかは分からない。だが、北條はミズキの指示に従い、30メートル後方へと下がる。


「それで? 説明してくれるか?」

「良いわよ。知っておいた方が対処は出来るだろうしね。真ん中にいるハゲの男は見える?」

「あぁ」


 ハゲは相手に失礼なのでは?と思いつつ、ヘルメットについたピンと調整機能で守られるように隊の真ん中にいる男を確認する。

 ミズキの言った通り、丸坊主に目元に視界を補佐するための機器を取り付けていた。


「アイツか」

「そう。その男が持っている感知機器が少し厄介でね。良い精度持ってるのよ」

「なら、まずはアイツからやった方が良いか?」


 あの男がいる限り、奇襲を仕掛けることが出来ない。

 ならばまずはあの男を戦いから離脱させるべきだと考えた北條だが、ミズキからはあまり良い返事は返ってこなかった。


「いや、止めましょう。アナタの実力を疑っている訳じゃないけど、カモダの連中相手に真正面から喧嘩は売っても勝てない。今日はここまでにしましょう。ここを隠して撤退するわ」

「了解」


 流石のミズキも大企業相手に真正面から挑むことはしなかった。北條もあの金城ともう一度戦いたくはないと考えていたため、素直にそれに従った。

 こうして北條達の地獄壺跡地での1日が終了する。

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