『マー君鬼のかくれんぼ』Ⅷ
夕食も風呂も終えたあとの消灯後。日勤と夜勤の交代がなされ、イシイさんもすでに帰っている。この日の夜勤はユサさんとヤマモトさん。
消灯直後から一時間から二時間ていどの間は、病棟内はまだ静かな人の気配にざわめいている。健全な男子が友達といてすぐに眠るわけがない。
ある者は室内でルームメイトとしばらく話していたり、部屋が違う相手とは廊下などに座ってダラダラとすごしていたり。部屋割りに友好関係が考慮されるのは消灯後にあんまり外で騒がれないようにする意図もあったりしたんだろう。もちろんメインはケンカ防止だが。
廊下に座るというのは俺たちのようなメンバーで、小グループの子たちは素直に病棟内にいくつかあるベンチなどに座る。あるいは声を潜めて廊下でじゃれ合って、小走りに追いかけ合ったり。
しかし年齢的か精神的に俺たちよりも幼い彼らは声の控えがまだまだ足りない。
なのでその小さな笑い声やスリッパの音がパスンパスンとわずかに響いているのが日常だった。
ちなみになぜ出歩きが廊下に固まるのかと言えば、ホールはナースステーションに面しておりそこで起きたりはしゃいだりしていると声を抑えているからとて職員さんに注意されやすいからだ。
しかしその日は彼らの声や足音が少しだけ違った。というより途中から変わっていた。
俺たちは『6号室』の前にある廊下からへこんだ空間に陣取っていた。
廊下は一本道の棒で、旗のような地形を思い浮かべてくれればいい。この四角い空間はリネン室や非常階段につながる分厚くデカい金属製の扉等があり、避難経路をかねた空間ということだろう。しかし普段目的通りに使われることは滅多にないので夜の俺たちのたまり場になりやすい。
この日はやはり『マー君』やほかの病棟の話、そこから怪談などに話題をシフトしていた俺たちは「今日あいつらうるさくね?」などと挟みながらまだまだ動く気はなく(あんまり放置しすぎると「君たちも注意してあげてよ年長組なんだからぁ」と文句を言われるのだ)いかに目の前の仲間たちを怖がらせることができるかに頭の力を注いでいたと思う。まぁ、自分で作る怖い話なんて大概たかが知れているものだけど。
ところがこの日は、パスパスというスリッパ音が近づいてきて、俺たちを探していた風なモモが空間に顔を出した。
この時点ですでに非日常が始まっていたと言えるのかもしれない。
モモは初期の態度の悪さが完全になりを潜めて友達もできたあとはその体型としゃべり方等の独特の愛嬌から『イジりやすさ』があり、俺たちのグループメンバーとはまだ接点がある方のやつだ。しかし、自分から近寄ってくることはほぼない。ごくたまに俺やマイヅカ君あたりに遊〇王関連で寄ってくるぐらいだ。
「どした、モモ?」
見えない壁に押し返されるように物理的に身体を上ずらせて切り出せずにいるモモに促すと、モモは怯えた調子のまま背後の方向を指差していた。
「うぁぅ、あのイッソ君、オトッチ君がトイレで音聞いたって……」
オトッチはここにいる。話は先日のことだと分かるのでうなづく。
「うん」
「あっちでまた音聞こえたって……」
「マジかっ!」
俺は思わず膝を叩いていた。
オトッチが顔を覆って「うっそぉ」オミズが怯え半分のキョドり笑顔で「えなにウソまじまじまじ?」シバ君が困り笑顔で首をひねる「また『マー君』ウチにきたのかー好かれすぎだろー」なタケちゃん等、反応は様々だったか。
「は? やっぱり『マー君』俺たちにケンカ売ってるんだったらシメてあげようぜ?」
ということになって、みんながトイレ方向に移動し始める。
俺は一瞬迷い『6号室』に戻ってリュウさんを起こしてみることにした。この日のリュウさんは珍しくさっさとベッドに潜って参加していなかったのだ。
「リュウさん、リュウさーん」
「『マー君』出たらしいっすよー、リュウさーん」
部屋の一番奥、こちらに背を向けている肩を軽く叩いたり揺すったりしてみるが動かない。
「イッソー、なになに、どうしたの」
起こすのをあきらめた俺に廊下側ベッドのスバルが布団の中から問いかけてくる。
「『マー君』出たって」
「うそっ」
スバルはうれしそうに飛び起きていた。
いや、『マー君』かどうかは知らない。
「まじでっ?」
「マジマジ」
「『マー君』俺も見たいっ。俺も見に行っていいかな?」
「いいんじゃね? いく?」
「いこっ!」
スバルは嬉々としてベッドを降りてスリッパをはき、部屋の外に駆け出そうとしてまたベッド脇に戻ってきた。正確には個人用ロッカー。
「デッキ、デッキ持っていかなきゃっ! 余りカードも持っていこ」
「なるほどな。そういうことならばこの俺も持っていかねばなるまい」
「闇のゲームだ!」
消灯後にスバルがベッドから出てくることはなかなかない。これも非日常か。
ウキウキ身体を跳ねさせているスバルとともに、遊戯〇のカードデッキを持った俺たちは歩いてトイレ方面へ向かう。消灯後だからな。
ところが、もうとっくにトイレに集団突撃して個室に居座ったり卑猥な罵詈雑言を浴びせたりと圧倒的占拠を果たしているかと思っていた我らがグループメンバーは、そのはるか手前で固まっていた。
「え? なにどうしたの?」
「『マー君』いたっ? いるっ?」
人垣というほどでもない塊のうしろからスバルがひょこひょこ覗き込む。その俺たちにオトッチが絶望的な顔で首を横に振った。
「イッソ……音が……した!」
なん……だと……
「えっ? 音がほんとにしたのっ? マジマジマジっ?」
と袖を引っ張るスバルに「マジマジマジ」のオトッチ。
続いて顔を見るサインで訊ねる俺にも、マイヅカ君、タケちゃん、オミズ、シミズといった面々がそれぞれのうなづきを返してくる。マイヅカ君なんかはかなり深刻な顔をしている。マジだ。
最後に、シバ君、
「ほんとにした」
「ムワァ~ジィ~~?」
「ムァジムァジ」
スリルを味わっている笑顔だが、そこには実際踏み込めずにいる本物の恐怖がたしかにあった。
トイレ周辺には俺たちのほかにモモを始めとした小グループの子たちも数名いる。俺たちは廊下奥寄りの方面に固まり、小グループの子たちはトイレ前の一線を越えられずにホール方面で硬直していた。人数が多いことであいまいな半笑いだが、怯えている。
妙にリアリティのある光景だった。
それから十数秒ほど静まり返って様子を見た。
しかし音はしない。
マジかよ……
俺たちだけ聞き逃すって、アリ?
職員さん呼んでみる? 的な空気になり、俺は慌ててせめてその前にと、隣にいるスバルが持っている余りカード入れの紙箱の上にデッキを預けた。
手で「待った、俺がいってみる」というジェスチャーをすると一同がにわかに騒ぎ始め、職員がきてしまう! と焦った俺は即座にトイレに入っていった。
普段通り、古めかしいが煌々と灯った蛍光灯で白く照らされた空間だった。
一応しげしげ空間を見回して、鏡を覗いて、蛇口をひねって止めて、掃除用具入れも下から覗いたりしたが……なにもない。窓の外も覗くがだれもいない。
「イッソー、大丈夫……!?」
一気に輪を狭めて覗きこんでくる面々に無言でコクコクと返事。
実は入ってみる瞬間は少し怖かったのだが、いざ入ってしまってなにもないと分かると急速に怖さも薄らいでしまっていた。すぐそばに何人も控えているのも大きい。
顔を出したスバルが「『マー君』ー……いますかー……!」と呼びかけている。
箱を前に出しながら「たまにはかくれんぼじゃなくて決闘もいーと思うぞー……!」
俺は笑いながら個室に寄ってひとつずつノックしていく。
「『マー君』ー、入ってるー?」
そういえば基本一番奥以外の個室のドアは開けっぱなしになってるんだけどこの時は全部閉まっていた。
俺は当時は深く考えず続けて個室全部の扉を開けて「ごめんごめん!」とか「ちょっと一緒に失礼しますねー半分こ半分こ」と言って奥の便座に座ったりと調子をこいていた。そのたびにみんながはしゃいでウケてくれるので英雄気取りになっていたのだ。
俺は音を聞いていないからこういうことができたのであって、聞いていたら躊躇していたかもしれない。
俺がそこまでふざけるとみんなももう怖くなくなっている。ひとりふたりとトイレに入ってきて思い思いに個室に入ったり、その個室を閉めて「『マー君』いるんだろ出てこいやコラ!」「俺じゃない俺じゃない開けてっ」とかやり始めた。本当に用を足している者もいる。
『マー君』終わったな。このトイレはもう占拠した。
小グループの子たちが入口外で「ンプププっ」と笑い合いながらそれを眺めている。
あんまり騒ぎすぎると職員さんがくるので「シー、シィー」と言い合いながらぞろぞろトイレを出る俺たち。当初の緊張感はすっかりなくなってしまっていた。
とはいえ、音がしたらしいのは事実である。俺たちは輪になりながらことの真相を訝っていた。
「でも音するようなものなにもなくね?」
「それもモップ倒すような音だったわけ?」
「いや、さっき聞いたのは『コツ……コツ……』って感じの音でしたね……。ちょうど個室のドア軽くノックする感じの……」
「そうそう」
「ねえねえ、やっぱりマズいんじゃない?」
うーん……。飽きてきたな。
それだと風とかで個室のドアが動いて軽く閉まったり開く音とかでも説明がつく。ちょうど閉まってたし。ただ普段風でドアが閉じることもないのは承知だが。
この日はそんなに風もなかった。
静かに会話をしていると、小グループの子たちも怖さを取り戻しつつあるようだった。
祭りに乗り遅れて面倒になった俺はある提案をする。
「じゃあ、そろそろ『マー君』には帰ってもらおっか」
「え、どこにですか?」
というシミズのツッコミは的確だった。俺はウケたという意味だけ込めてただ笑いかけた。ほかのやつらもちょっとウケていた。
それはさておいてだ。
「ほんとに? じゃあどこの病棟に『飛ばす』?」
というシバ君の問いにかぶりを振った。
「いや、なんていうかそういうんじゃなくて。気になってたんだけどさ、『こういうの』って、適当に帰すのってよくない感じがするじゃん。だから『かくれんぼ』をして、それから帰した方がいいんじゃないかって気がして」
「あ~! そっかそうだよね。コックリさんとかもちゃんと儀式してお礼言って帰ってもらわなきゃいけないもんね」
「そうそう、そんな感じ」
閃いた風なシバ君にうなづいて返す。
そう、そういうことだ。
俺たちはちゃんと所定の『おもてなし』をして、『マー君』には穏便にお帰りいただきましたよというポーズがほしかったとも言える。
きちんと締めくくれば小グループの子たちも納得する。あいまいにすればこれからしばらく異音がしただのしないだのの面倒が起こるかもしれない。俺としてはこんなのは一度で充分で、数日がかりの天丼はつまらない。
このひと夏の突発ホラーイベントに締めくくりを与えるのもいいだろう。
それに、俺も『マー君』と『アッ君』にまつわる怖さを払拭したい思いがある。
俺も基本的に幽霊は信じていないが、絶対にない、絶対に信じていないというワケじゃなかった。
「というわけで今から『かくれんぼ』をしまーす。参加をする人はここに残って、参加しない人は部屋に戻ってくださーい。参加しない人は『かくれんぼ』の対象外です」
『マー君』、『アッ君』、見てるか?
「モモたちも好きにしていいぞ。これは『マー君』に帰ってもらう儀式だから、怖かったら部屋に戻って終わるまでジッとしてな。対象外になってないと、捕まるぞ」
そんなことは知らないが『マー君』が口出ししてくるワケでもないし。
「おぁえっ? うんっ……」
「どうする……?」
「ぇぅ、……あ、スバル君は、どうするの?」
「俺イッソと隠れる! 同じ部屋だから隠れやすいし! モモちゃんも参加するっ? 明日教室で英雄になれるぞっ」
「僕モリタ君が戻るなら戻る……」
「あぅっ、ボクも」
そんな感じのやり取り。スバルが混じっているが、スバルはグループ関係なく仲良くなれる超々特殊枠だ。
小グループは全員部屋に戻ることになった。モモだけは別室なので少し寂しそうに友達と別れていた。
「……あ。決闘の方がよかったら十秒以内にトイレで音を鳴らすように」
スバルの持っている箱を見てなんとなく思いついた俺がそんなことを言い、スバルがサッとその箱を掲げた。余りカードでデッキを組んでやるつもりか?
音は鳴らなかった。残念な反面ほっとする。もしここで音でも鳴ろうものならどうやって決闘すればいいのか分からなかった。
「よし。そして――」
と俺はスバルの箱の上のマイデッキケースを取り、一枚のカードを取り出す。
「そ、それはっ」ノリノリでスバルがセリフをくれた。
それは『聖なるバリア ミラーフォース』
当時の俺の余りカードの中で最高級の品であった。
「鬼側が勝利した暁にはこのカードを進呈してやるとしよう……」
これには遊〇王をやっているメンバーが沸き立った。マイヅカ君が「……マジか」と言いオトッチが「イッソ俺にちょうだい!」とかすがってくる。ダーメでーす。
戻ったはずの部屋から顔を出していた小グループまで「え、うそ」とか「いいな」とか言っている。部屋からは出るなよ。
「俺俺! 俺も出す!」
とノリノリのスバルも箱を膝の上に置いて、開けた中身から物色し始めた。
そして――
「ならば俺からは――あーううん……ああもぉ……これでいいや! 出でよ! ブルーアイズホワイトドラゴン! ブシュウウウウ、キシャオーーン!(←口頭効果音)」
これにはさらにオトッチたちが沸いた。マイヅカ君も「うぅっそ! なぁんで!」と叫んでいる。
言わずと知れた美しき伝説の竜である。
ただしスターターパック版のだ。スバルも前々からだれかにあげようかなと言っていたやつ。擦れているのでキラ面が割と傷だらけ。だがカードの強さには関係がない。
「キシャーーオ、ドゥルドゥルドゥ!」
「ブシュイーーーン、ガッ、ゴガガガガ!」
俺たちはカードで鍔迫り合いして会場にレアカードの威光を示した。ただし傷つけないように触れ合わさず。よくある光景だ。
あり得ない高級カードの立て続けに会場は湧いていた。カードをやっていないシバ君タケちゃんあたりは余興を楽しむぐらいに笑っている。
これで〝賞品〟は二枚。
俺はあと一枚ぐらいほしいなと考えていたのでどの余りカードにするか少し悩んでいた。
「……よし、俺も出す」
カード保有者としてさびしくなったのかマイヅカ君も意地を見せる気になったようだ。助かる。
「ちょっとちょっとうるさいよぉ? なに今日はそんなに騒いでるのー!」
と、さすがに職員さんが出てきた。ユサさんだ。水色でユルユルのスウェット姿がかわいいのだ。
カードを取りに部屋に戻る寸前だったマイヅカ君が急がねばという感じで戻ってゆく。
「ほらぁ、モモ君たちまで起きて出てきちゃってるじゃない。騒ぎすぎだよー? ってスバル君まで出てきてるじゃないー。えー、なんでなんでー? なにかおもしろいことしてるのー?」
「いや、ユサさん待って。もう静かになるところだから。ほんとにこれから静かになるから」
俺はモモたちが自分たちは違うと言い出す前に割り込んで、うしろのモモたちには「一度引っ込め」と手で合図した。言うことを聞いて引っ込んでいく。
それを見たユサさんは俺たちに連携の空気を見出して、怪しむモードに入る。
「え~、ほんとに~? なにしようとしてるのかな~」
「いやホントホントだから」
「これからすぐだから見逃して」
「なんだよー、せっかく俺らこれから静かになろうとしてたのにー。なんか冷めてきちゃったなー。なーオミズ」
「え。え。なんで俺に振ったの?」
援護射撃でさらにやかましくなるが、俺は真面目に手を合わせてユサさんにお願いした。
「いや、あと二百秒ぐらいで静かになりますから」
「え~? なにその具体的な数字。あとちょっと長くなーい?」
そうかもしれないがそれぐらいしないとダメなのだからしょうがない。
だが「これから静かになる」が本当に実行するつもりな予定であることは伝わったのか、これ以上やかましくなってほしくなかったのか、ユサさんは腰に手を当てて許諾してくれた。
「いいけど。とにかく騒いじゃダメだからね。消灯後なんだから」
「ユサさんお勤めご苦労様です!」
シバ君にならって全員でキッチリと礼をする。ユサさんは「うむ、よきにはからえ」と言いながら職員用扉をくぐっていった。
セーフ。
状況を見ていたマイヅカ君も戻ってきた。「……これでいいかな」と神妙に差し出されたカードは、
「おお、強欲な壺っ」
スバルまだまだノリノリである。
キラカードじゃないので地味だが俺たちの間では『上位ノーマルレア』カードとして認識されている。デッキから五枚引ける充分な強カード、というか必須カードと言うべきシロモノだ。病棟の決闘者の中でもっとも頑健なスリーブ入り。一応俺のミラーフォースもスリーブ入りだがソフトタイプだ。
マイヅカ君がケチなのではなく彼なりに実戦価値的な構成を考えたんだろう。強モンスターカード、強トラップカード、強魔法カードといいバランスになった。当時の初心者がこれを手に入れることは飛躍に等しい。
俺はスバルの青い目の竜も自分の余りスリーブに入れてやり、まとめた三枚を掲げてルール宣誓を再開した。さっきよりもずっと抑えた声で。
「鬼が勝ったらこのカードの中から一枚を選んで手に入れまーす」
うしろで再度顔を覗かせたモモたちが「いいな」と言っている。そうだろう。こんな品ぞろえを見たら病棟じゃなくて病院中の子供が参加したがるであろう。
顔出てるけどもう始めるぞ。まぁいいか。
「参加者は今、この場に立っているメンバーでーす。ほかの人間を捕まえるとルール違反で鬼の負け、賞品はナシ! メンバーが隠れ始めて百秒経ったらスタート。探索開始してからの制限時間が百秒。それまでに全員見つからなかったら俺たちの勝ち。そんじゃ『かくれんぼ』スタート!」
と早口にした開始宣言にちょっと慌てつつもメンバーが思い思いに散っていく。半分以上は自室に戻ったがシバ君はナースステーション沿いのソファの下に気をつけの姿勢で潜りにいった。やるな。そんな場所で大丈夫か?
オミズもタケちゃんに連れられて「おーシバっちがいい場所取ったじゃん。俺たちも負けてられないな」「え、俺床嫌なんだけどっていうか絶対見つからない?」と屈みながらホールの別面沿いのソファに潜りにいった。シバ君が「パクりだ。パクらないでくださーい」と言い、なんだか楽しそうな空間だ。
俺たちが自室に戻ってゆくと同時にモモたちも顔を引っ込めてベッドに潜っていった。息を潜めて扉の様子でもうかがっているんだろう。
自室に戻った俺とスバルはどこに隠れようか思案。俺は適当なだれかのベッド下にするか迷ったが自分の個人用ロッカーを開けた。ベッド下とか絶対見つかる王道だから。
と言っても病棟でまともに隠れられる場所なんてないに等しい。あくまでお遊びだと思い直して、ロッカーにしたのだ。
「イッソー、イッソー、俺イッソーのベッドに潜っていい!?」
適当にものをどかしたり詰めてで足場を作って入ろうとする俺に、自分のベッドをいじっていたスバルがおどろきの提案。スバルは潔癖症なので他人のベッドになど絶対に入らないし、自分のベッドにもだれも上げない。ベッド上にある小物ひとつ触ってもたいていの人間は怒られる。
見ると、スバルは自分の布団を盛り上げて寝ているように工作していたのだった。ほお。奇策か。
「スバルがいいならいいよ」
「ありがと!」
「大丈夫か?」
「たぶん大丈夫!」
俺はいそいそとこちらのベッドに上がろうとしているスバルをしみじみと眺めていた。冒険は人を成長させるのかもしれない……。
俺はスバルが他人のベッドに上がるレアケースに選ばれたことをだれかに自慢したくなったがやめておくことにした。それはスバルがいつしか〝外〟の世界で当たり前にできるようになることで、妙な特別扱いはしたくなかったからだ。言うと「大丈夫になったんだ」と思った他人がちょっかいかけやすくなるかもしれないし、それでスバルに恨まれたくなかったのが一番大きい。
スバルが完全に布団をかぶり、俺はロッカーの扉を閉じた。内側からだと微妙にやりづらかった。
そして、静かになった。
もう全員隠れたんだろう。
静かになったでしょユサさん。
頭の中のカウントはまだだが、すでに勝負は始まっているつもりで俺はなるべく息を殺すことに専念し始めた。俺は「百数えたら」と言ったんだから仮に「もーいーかい」と言われても答えるつもりは毛頭なかった。くれぐれも甘えるなよ。
「……」
十秒……二十秒……じっくりと時間がすぎていく。
「イッソ、イッソ」
「……」
「イッソ、いる?」
「……」
「……あれ、いないっ?」
「いるよ」
しかたなく俺は笑って答える。ロッカー扉に開いた小さな穴から見えるベッドで顔を出していたスバルが「なんだよっ」と笑ってまた隠れていた。勝負中だぞ。
というより俺は頭の中のカウントが分からなくなってしまいそうで注意していた。
「しゃべってると見つかっちゃうだろ」
「イッソーはミラーフォースかかってるもんねっ!」
はは。
まぁ、あれは『おまじない』みたいなものだから。なくなるとは思っていないし、なんなら『マー君』もそろそろ遊びを現代にアップデートしてもいいんじゃないだろうかぐらいに思っていた。このころの俺はアップデートという語は使わなかったけど。
少々大ざっぱだが、頭の中のカウントではそろそろ百秒は経過していた。
『マー君』がいるならすでに俺たちを探し始めているだろう。
そしてさらに数十秒が経つころ。
部屋入口のスライドドアが、ゆっくりと開き始めた。