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『マー君鬼のかくれんぼ』Ⅰ

 あれからずいぶんと経った。


 あのころ俺たちは青春は永遠に続くものだと思っていたし友達はずっと友達のまま、いつかは離れ離れになることがあっても、会えばまたいつでも同じころの楽しみがお互いの中に湧き上がってくるものなんだろうとぼんやり信じていたものだ。


 気がつけばそんなものはとうの昔のものになり、その時代をともに駆け抜けた彼らのほとんどの現在はおろか、連絡先さえ知らない始末だ。

 きっと俺と同じように社会の荒波とかいうものに揉まれ、時間のなさを思い知りながら今という一秒を大切に生きているのだろう。


 それでも少しずつ変わりながら変わらないものもあり、俺はそんな変わらない趣味ものであるラノベやアニメを追い続けている。かつての友の一部もそうなんだろうと思いながら……これぞ人生の大切な一秒ってやつだ。

 そして今、『小説家になろう』の夏のホラー2021企画というものをSNSのタイムライン上で捉えている。


 テーマは、『かくれんぼ』だそうだ。


 かくれんぼ。

 これを見た瞬間、思い出すものがあった。


 それは押入れに放置されていた古びた小箱のふたが開くような感覚で、あのころの鮮烈な日差しと葉影の形、夏の熱量が、鮮度を残したままで記憶の海に浮かび上がってくる。

 そういうわけなので、〝俺〟が見た『かくれんぼ』のできごとを少し話そうと思う。





 でも最初に言っておくがこの話は今このページを読んでいる読者にとっては少々特殊な体験になるかもしれない。


 舞台が、いわゆる〝精神病院〟だからだ。


 自分が思うホラーの原則のひとつには『読者がその瞬間すぐにでも〝共有〟できる日常に潜んでいること』がある。

 もちろんジャンルが持つ幅はその限りではないが、少なくともこの点では実感の沸きづらい話かもしれない。


 なので、ついでだから精神病院というところがどんな場所なのか空気感みたいなものも味わっていってもらえたらと思う。日常の役には立たないが肥しにはなる、雑学っていうやつだ。いやそんなに大層じゃないかもしれない。すまない。


 そしてこれは『フィクション』だ。

 完全な架空のお話、作り話、創作物であり、このお話を語る〝俺〟と登場人物、施設、できごともすべて想像の産物である。まぁ『エンターテインメントの読み物』の一種として楽しんでもらえたら幸いってことだ。

 そういうことにしてほしい。

 では、始めようと思う。



 俺にとって青春の思い出というと大抵まっさきに思い浮かぶのが〝夏〟の情景だ。

 子供のころは夏休みになると祖父祖母の家に預けられて、そこに集まる親戚の子供たちと海で遊ぶのがビッグイベントのひとつだったから、俺にとって〝夏〟っていうのはひときわ特別な概念だったのだろう。


 実は今でも夏になるとワクワクする気持ちを抑えられない。別に夏祭りや海をともに楽しむ友達がいるわけでもないのに、なんの意味もなくワクワクしてしまう。子供のころの体験っていうのは人生ずっとに関わるものなんだろう。

 そして今回話す『マーくん鬼のかくれんぼ』事件もまた、ある〝夏〟の時期に起こったできごとだった。





 前振りの通りだけど、俺は十五歳から十六歳後半までおよそ一年半ぐらいの時期、都立M病院という施設にいた。もちろん仮称は変えてある。単純検索では見つからないだろう。


 入院した理由は……しょうもないことだ。

 可もなく不可もない学校に通い友達関係も良好だったが、ある日登校する意味が分からなくなってしまい、次第におっくうになって、最終的に不登校になってしまった。

 結果として親との軋轢がどんどん加速していってしまい、最終的に母が進めた強制入院手続きによりガタイの良いオッチャンたちに捕まり、救急車に乗せられて入院の運びとなってしまった。


 結論から言うと、総合的には『よい体験』だったと思っている。

 得難い友達もできたし、たぶん青春の中で一番『青春』できていた時期だったかもしれない。


 ここで簡易に説明しておくと、この手の〝入院〟には大まかに三種類があると思ってもらえばいい。

 ひとつは任意入院。その名の通り、通院や診察等を介して本人に説明と同意の上で行なわれる、もっとも穏やかな入院だ。


 ひとつは上の通り自分が該当する、いわゆる強制入院。本人の拒否等がある場合に保護者等からの要請と医師の判断により、強制的に本人を移動する手続きだ。これには取り押さえや拘束が含まれる。ちなみにだが自分の場合は任意入院の打診を受けたこともなく、なにも知らないままこの手続きの対象になっていた。


 事前情報になにかあったのかそこそこ手荒な扱いを受けて担架に四肢を拘束されたが、救急車に乗せられて少ししてからはオッチャンが「君は暴れないよね」と言って拘束具は外してもらうことができた。

 それからは担架に座り、ふたりの大人に囲まれた俺は、ベージュのカーテンがかかった小さな窓を流れてゆく景色がどんどん知らないものになってゆくのをただ眺めていた。


 病院内で出会った友人たちもかなりの割合で強制入院だったので、割と手軽に選択できる手段なのかもしれない。少なくとも当時は。

 とはいえ当時の自分が入院の打診を受けても十中八九拒否していたから、強制入院は必然だったかもしれない。それはあそこにいた皆もそうだったんだろう。


 もうひとつは措置入院といって入院が必要かの判断を都道府県が決定して執行するレベル。簡単に言えば最上位の入院措置レベルという認識でよい。


 これらの詳しくは調べてもらえば分かると思う。

 本人同意があるか、ないか、そんなものすら関係ないレベルか……という違いだ。


 そんな経緯で俺が運ばれた都立M病院はいわゆる児童精神科を主にする場所で、外来は別だが、内部には基本的に大人の患者はいなかった。子供だけが集められた場所だった。





 最初はヤバかった。

 初日は強制入院の通例として個室に入れられてカギをかけられた。


 照明は薄暗い。

 頑丈だが年季の入ったボロな3畳ていどの密室……茶色いリノリウムのタイルは角が欠け、コンクリの壁の塗装は少なくとも十何年は経っている感じで汚れや色とりどりのペンによる落書きの跡があって、それらがくすんでいた。


 隅にはサビが目立つ古いパイプベッド。

 かろうじて手首が出せるていどにしか開かない窓のすぐ外には腕ぐらいの太さの堅牢な木組格子(これもまた十年以上単位の年季を感じさせる)がはまっている。


 想像してみてほしい。

 事前に少しぐらい知識や覚悟があれば違ったかもしれないが、すべてが秘密裡に進み……学校帰りでも、仕事帰りでも、なんでもいい。そういうごく普通な日常の一幕からいきなり、なにも知らない状態でこの薄暗い空間に放り込まれるのだ。


 俺はビビった。

 ものすごいビビっていた。


 実はこの病棟、ちょうど改装計画の直前だったらしくこの直後に業者が入って内装は一気に近代化するのだが……それはあとの話。


 この部屋の窓から、初日の俺は見た。

 向かいの建物に見える半透明の窓……。

 そこにバンバンと叩きつける白い手のひらを。


 かなりホラーだ。

 かなりホラーだが、これの正体は幽霊でもないし、ましてやのちの伏線でもなんでもない。


 白い手の正体は生きた女の子の患者であり、向かいの病棟は女子病棟だった。

 あとでその病棟の子から聞いた話、精神が不安定になってよく窓を叩く子がいたらしい。

 俺が外出許可を得てその情報を仕入れられるようになるころにはその子は退院していたそうだが、再入院も多いらしく、おそらくまた戻ってくるか別の病院にいくだろう……とも……。


 それはともかく。

 怖いだろ?

 普通に恐かったんだよ。怖くない方がおかしい。だから書き残しておくのだ。


 部屋の唯一の出入口は体当たりぐらいじゃ絶対に破れない古くて分厚い木製のドア。

 ノブの上には狭くて縦に細長い覗き窓。割れないアクリル製だ。

 そこを、どんな新入りが入ったのかと興味本位で覗いていく名前も顔も分からない入院患者たちの無数の〝目〟たち……

 しばらくして、小窓には覗き防止のチラシが貼られた。


 こうして俺の『精神病院暮らし』が始まった。

 当時はどう表現すればよいか分からなかったが、今ならばはっきりと言えるだろう。

 そこは〝異世界〟だった。





 今も同じような境遇にある子たちの名誉のため早めに言っておきたいのだけど、精神病院と言うからにはそれはもう「具体的にどうとかは言えないが『とにかくヤバいやつ』らが押し込められている」というイメージがあると思う。

 ブチ込まれる前までの自分もそう思っていた。


 ところが、割とそんなこともなかった。


 なぜかというと『こういう施設』に子供が集まってくる仕組みに理由がある。

 子供というのは保護されているからこそ立場が弱いものだ。

 ある日突然、自分から「ハイ! 精神病院に入院したいです!」と言って手を挙げるようなヤツはまずいないのである。


 保護者が「この子は、精神病院(どこかしせつ)に入れた方がいいんじゃないか」と相談するところからこの手の大抵の話は始まる。

 いきなり入院という話じゃなくても、まずは通院してお医者さんに診てもらった方がいいんじゃないだろうか……とか。


 子供の入院とは、ほぼかならず保護者から始まるのだ。

 当たり前だけどね。


 しかし、当の親の側が(・・・・)病んでいる(・・・・・)ことがある。

 たとえば一例だが、俺が入院したてのころ、病棟に『ヒロキ』という少年がいた。

 ヒロキは当時十二歳ぐらいのクソガキで、年相応からちょっと外れたていどの生意気さを誇るショタだった。

 ヒロキの入院理由は『両親が離婚調停中で、決着がつくまでの間精神病院に預けてられている』というものだった。


 頭がおかしいんじゃないか? と思ったあなたは、おそらく正しい。

 精神病院を託児所替わりぐらいのノリで使おうという親がこの世には存在する。これもある意味ホラーだろう。


 ただし病院側とて子供の現状のなにも見ずにそうした決定を下すわけではない。家庭の歪みは真っ先に子に現れる。それは目に見えず気づかないレベルから、すぐさま目に見える形になるまで、様々だろうけれど。


 親のひずみは、子供に絶対に移る。


 ごくたまに病院に訪れたヒロキの母親は、まぁ正直に言うけど、ヒロキ自身より『数倍ヘン』だった。

 いわゆる『ヤンママ』な感じだがハンパに染めた髪はバサバサで化粧も皆無。コンセプトに対して若さを維持しようという感じがまったくない。実際はそんなに歳でもないはずなのに。彼女はヒロキが知るだけで何人もの男を取り換えていた。ヒロキの本当の父親は、すでにヒロキとはるか遠い距離にいた。


 親がくる前後だけは普段クソ生意気で元気なヒロキも心底「見てほしくない」という感じでテンションが下がり、親子の会話もあまりなかった。親が帰ってしばらく俺たちと話すこともなくなる。

 たとえ一時的にでも病院で保護した方が賢明、という判断があったんだろう。


 ヒロキは俺が入って一か月後ぐらいに、母親に出迎えられて退院していった。

 これはほんの一例で患者の背景というのは本当に患者ごとなんだけど、『問題というほどの問題を抱えていない子供()精神病院という場所にはいる』という事実の片鱗は分かってもらえたと思う。


 この話をしたのにはもうひとつ理由がある。これはこれから先の話をスムーズに理解してもらうのにも必要だ。

『グループ分け』というやつが起こるのだ。


 ただ、ここからの話は少しデリケートになるので先に注釈を置かせてもらう。

 本作品の中で精神症やそれを持つ患者(自分含める)について、なるべく気をつけはするが人によっては差別的と捉える読者もいるかもしれない。


 しかしあえて当時の『少年目線』から読者の方々に直感的に患者同士の捉え方や関係をできるだけ生の空気(・・・・)で知ってもらいたいので、これから『直感的な表現』をする。病棟内での俺たち(かんじゃ)の発言ややり取りも正直に書くと思う。


 だけどこの話において〝俺〟は無責任な部外者ではなく、現場を体験し、直面し、適応に努めてきた当事者のひとりだ。これは当時の俺たちの感覚の中に、そしてそこでうまく自分の精神を生き残すために絶対に必要で明確に存在している概念だった。という念置きも保険で書き残しておく。


 というわけで、続ける。

 当たり前だけどいろんな場所から集められた年齢も症状も事情もバラバラな子供たちだ。子供特有の柔軟性があるとはいえ、すべてが仲良くやっていけるわけじゃない。

 学校ですらグループ分けは存在するのだからこれは仕方ないことだ。

 では病院ではどうグループ分けが行なわれるのかというと、もうお分かりかと思うが……


『普通かどうか』だ。

 これは『普通のやつ』から見た言い方。

 この場合の〝普通〟っていうのは、たとえば一般感覚として『学校に通っている時の友達と変わらない感覚で話ができる』というようなことを指す。


 じゃあ『普通じゃないやつ』がどんな感じかっていうと、簡単な言い方がある。それは『奇行がある』だ。

 奇行というのがなにかと言うと、なぜその行動をするのか本人にも説明できない、または本人が説明できても他者には理解できない行動のことを言う。


 たとえばムドーというやつがいた。ムドーは常に両手で口を覆って聞き取りづらい〝呪文〟を口走り続けながら病棟内の廊下を徘徊し、『ドアの隙間』や『天井の隅』の『虚空に引っついているなにか』を両手の拳で挟むように引き寄せ、ぐるぐると巻き取る……ということをしていた。もちろんその〝虚空〟にはなにもない。


 サラキというやつがいた。サラキは歩行中に「踏み直さなければならない」という不安から来た道を頻繁に戻り、自分が納得するまで道を踏み直すということをしていた。それは壁に袖の端がぶつかったりした際にも行なわれる。何度も腕を擦りつけ直すのだ。


 などなどといったことだ。

 病院側はこうした子供の精神症的な行動を『こだわり』という用語で呼んでいた。なので以降は奇行ではなく『こだわり』と表記する。


 さてここからまたぶっちゃけるが……人道だとか道徳みたいなお手本めいた概念はさておいてだ、今まで〝外〟の日常の中に住んでいた子供がこうした『こだわり』を持つ子供と、まったく変わらず接して共同空間で暮らすことができるかどうか。


 その答えは〝否〟だ。


 こういう世界を知って大人になった今の〝俺〟ならまだいざ知らず、学校以上の世界を知らない当時の子供にすぎない俺には、無理だった。

 それは俺以外の子供たちにとっても同じだった。

 結果として『普通のやつ』同士を嗅ぎ分け、群れることになる。


 これが上述のグループ分けだ。

 まず『普通のやつ』がグループを作り、人数・結束力ともに、ほとんどの病棟ごとにこれが最強最大派閥になる。


 次に普通グループからあぶれた(または入れない、馴染めない)、ちょっと『こだわり』があるやつが小さなグループ群を形成する。これは基本的に二~三人単位ぐらいで、なんとなく波長が合った同士が友達になるようなものだ。平均年齢または精神年齢は低めの傾向で、またケンカもよく起こる。


 そして三番目がさらに少し特殊になる。例外だ。

 それはいわゆる〝障害〟というハンディキャップを持つ子たち。そういった彼らはそもそもグループ自体作れないのが大半だった。人によっては看護士がつきっきりでなくてはならなくて、しかたないとは言える。基本的に彼ら病状が『重い』患者は専用の病棟に集められているので、病院内の日常で関わることはほとんどない。


 もうひとつの例外では、普通グループにも下位グループにも馴染めなくなってしまった、あるいは馴染む機会を致命的なまでに失ってしまった子供などもいる。最初に激しすぎる流血沙汰のケンカを起こしてしまったり、病棟の垣根をこえて全グループから目をつけられてしまったりと……。滅多にいるわけじゃないが、いるにはいる、というぐらいだ。


 さて、そういうわけで本作品に登場する人物のほとんどがこの普通グループになる。

 言いたかったのがこれだ。

 前置きが長くなって申しわけなく思うが、「精神病院のくせに普通の人間しか出てないじゃん」的なことを思われてもシャクなので先に書いておいた。

 すまない。





 さて俺は『普通グループ』に認識されることになった。

 入院早々にあった住民たちの〝洗礼〟を受けるとともに……。

 洗礼といっても定例化しているわけではない。むしろ偶発的に起こった事故のようなもので、俺にとっては運が良い(・・・・)できごとだったんだと思う。


 当時、俺が入った病棟には〝牢名主〟みたいな人物がいた。

 それが『リュウさん』だ。

 彼は入院していられる年齢ギリギリの十九歳で、もう何年も入院しているベテランだった。


 そして、金髪のヤンキーだった。

 さらに言えば典型的な『イキり』タイプのヤンキーであり、当然だが幅を利かせている。自分の立場を作り、自覚し、振りかざしている。そんな人だった。

 ちなみに信じられないかもしれないが名前に竜がつくからリュウさんだ。生まれながらにヤンキー道を約束された人物と言っても過言ではない。自分もそんな人間が本当にいるだなんて思っていなかった。


 ともかく……グループの頂点であり、病棟内の患者で彼に逆らう者はいない。そんな彼に、入院して間もない俺は呼び出された。


 風呂場にである。

 その病棟での入浴は風呂場の開放時間内での自主制。つまりいつでも好きなメンツで入ってよい。ここでもグループ棲み分けが効果を発揮するわけだ。


 俺は初日の個室監査を経て廊下の外に出る自由を得、その日の夜に実質初対面の子から、


「あの、リュウさんが……呼んでる」

「だから、行った方がいい……」


 と深刻な顔で伝えられて、見るのも初めてな脱衣所兼洗濯所、そしてその奥の浴場に向かったわけだ。

 特殊アクリル製(殴っても大暴れしても壊れない)の引き戸を開けてすぐの洗面場に、リュウさんは座っていた。


 鏡に向かってうつむき、金髪をシャンプーしている横向きのヤンキーである。


「リュウさん、すいませんあの……連れてきました」


 という深刻な顔の子の横にいる俺は、なにが起こるのかまったく分からず立ち尽くすのみだ。一緒に風呂に入っていた子も何人かいたが、みんな固唾をのむような表情でこっちを見ている。


 一応この話はホラーカテゴリーとして書いているはずなんだけど、当時の俺からしてみれば『この時』こそが本題を越えて何番目かに怖いエピソードだったと言っておく。それまで〝不良〟なんてものとは無縁で生きてきたんだから無理もないはずだ。この怖さが分かってくれる人、幅広い読者の中にならきっといるはず。


「あのさぁ」


 シャワーと浴場特有の反響の中……

 こっちを向かないままのリュウさんが口火を切った。


「お前が俺の悪口言ってたって聞いたんだけどよぉ……それ、ほんと?」


 聞き逃さなかったのはよかったと思う。

 正直なにを言ってるのか分からなかった。自分はといえばそれまで個室に鍵をかけられていた身である。リュウさんのことも知らないし、ほかの患者との接触もなかったのだから。


 とにかく怖かったのと状況が分からなかったのもあって「いえ、言ってないです」とシンプルすぎる事実しか言えなかった。

 それに対し「ふーん。ほんと?」「嘘は言わない方がいいぞん」といういくつかのやり取りにも「はい」のひと言で乗り切った俺は、


「あそ。じゃ、もう行っていいよ」


 とあっけなく解放された。

 ちなみにこの時に俺を浴場まで連れてきた上でホッとした顔で見送ってくれたマイヅカ君は、のちに退院してしばらくもアパートに呼んで遊ぶほどの友達になる。かくれんぼの話にも出てくる。

 まぁそんなことがあって、どうやら俺は『彼ら』のグループ内で『普通サイド』と認識されるにつながっていったらしい。


 ひとまず、こうした〝洗礼〟もあったり、いつ出られるのか分からない自分の未来を嘆いたりしながら話せそうな友達をひとりずつ作ってゆき、彼らのグループに合流するまでには少しの時間と、いろいろなできごとがある。





 しかしそろそろかくれんぼの話にいこう。


 季節は夏。

 このころ、俺はすでにリュウさんのグループに属していた。

 不思議と俺はリュウさんにえらく気に入られて、このころには軽口を言い合ったり相談ごとを受けたりするような、かなり対等に近い仲になっていた。本当に不思議だ。


 部屋割もグループ仲があるていど考慮されるらしく俺は二度の部屋替えを経て、退院まですごすことになる『6号室』に移っていた。リュウさんと同じ部屋だ。


 俺たちのグループをまとめていた絆は主に週刊少年ジ〇ンプと遊〇王とタバコだった。


 なんだその取り合わせ、って思われるかもしれないが……

 要するに娯楽だ。

 娯楽が限りなく少ないからこうなっていた。

 なにせヤンキーのリュウさんですら決〇者だったからな。

 ヤンキーなのにな。ははは。

 今の時代なら珍しくはないだろうけれど。


 病棟内では決闘か雑談をしてすごし、週一のジャン〇はだれかが小遣いで買ってきて回し読みし、外出している間にブラブラしたり雑談しながらタバコを吸う。


 そんな生活サイクルだ。

 今思えばなんていう生活だ……。


 ちなみに〝俺〟の母親は俺がタバコを覚えてしまったのは入院最大の失敗だったとのちに何度もつぶやいていた。


 おっと脇道に逸れようか。

 共同生活をしていればかならず友達グループはできるし、永遠に閉じ込めておけるわけでもないので、たいていの子供にはいずれ外出許可が出る。


 すると友達同士で出かけるわけだ。

 そのグループがタバコを吸っていたら、どうなる?


 吸ってみ?


 って。なるのである。

 はい、未成年喫煙者のできあがり!


 もしこれを読んでいる子持ちの読者諸兄がいたら、覚えておくといいと思う。

 子供を精神病院に入れずに済むのが一番ではあるけれど。

 ウチの子に限って絶対にないなどとは言えない。人生なにがあるか分からない。あの名言があるだろ? ――絶対にないはあり得ない。


 そんな時『病院見学』ぐらいではこういった面は見えないんだ。

 施設側はこういうことを自分からは言いたがらない。


 え。そもそもタバコ持ち込めるのがおかしいだろうって?

 もちろんそんなモノ持ち込めるはずがない。

 だから外で買って、外に隠す。


 公園の茂みの中とか、よく地面にある共用水道の金属フタの中とか。意外となくならないものなんだ。たまになくなるが、隠し場所を変えるだけの話。


 ひとつのグループが吸っているとほかのグループにも伝染するものだ。うちの病院では病棟をまたいで最大グループのほとんどが喫煙者になっていた。


 子供の未来ずっとに影響することかもしれないので、お子さん持ちで万が一精神病院や子供を預ける施設に関わることがあった時には思い出してくれればと思う。


 ちなみに冒頭で名前を出した十二歳のヒロキも吸っていた。

 脇道おしまい。


 そんな娯楽の極貧砂漠とでも言うべき環境なので〝外出〟は最大の安らぎだ。

 小遣いでジュースを買ったり、商店街へ出かけて遊戯〇のパックを買ったり、本屋へいったり人の目を盗んで自販機でタバコを買ったり……自由度が違う。


 特に仲のよい者同士だけで時間を作れるというのも大きいんだろう。


 そんなわけで自由時間中はなるだけ外に出て思い思いの場所へ一緒におもむき、最終的には近所の公園に落ち着いてタバコを吸う。

 これが定番になっていた。

 だからこの日も俺たちは定番の公園でベンチに座り、タバコを吸いながらぐだぐだとダベっていた。


「ねぇねぇE-6の人たちさ、『マー君鬼のかくれんぼ』って知ってるっ?」


 その情報は『W-1』病棟のイデという男から、若干高めのテンションでもってもたらされた。


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