第9話 うわ……腕……?
「タナト、どうしたのだ?」
「ぁ、いや……」
今、確かに……。
辺りをキョロキョロと見渡す。
……気のせい、か? エリオラの声がしたような……。
「それよりタナト、余は腹減ったぞ。早くそいつを捌いてくれ」
「あ、ああ」
白部屋にしまっていた短刀でプリズムフィッシュを捌き、予備で置いてあった皿に盛り付ける。
「おお! 綺麗だぞタナト! 早う、早う寄越せ!」
「待て待て、落ち着け魔族っ娘」
ぴょんぴょん跳ねるイヴァロンの前に差し出すと、満面の笑みで食べだした。
「落ち着いて食えよ」
「大丈夫なのだ! 余はとても落ち着いているもちゃもちゃ!」
どう見ても落ち着いてねーよ。
全く……。
──タナト──
「っ……?」
今はっきりと、エリオラの声が……。
……聞こえない……きっと気のせいだな。エリオラに会えなさすぎて、ついに幻聴を聞くようになったか。
横でプリズムフィッシュを食べるのイヴァロンを置いて、再び虚空に向けて《神器釣り竿》を振るう。
……ここも違うな。第三異界だ。
……これ、本当に元の世界に続いてるのかな……ここまで繋がってないと、不安になって来る……。
元の世界から異界には繋げられるけど、異界から元の世界には繋がらない、とか……? そんなの有り得るのか? それだったら、俺らが出られる手段はもう……。
「──安心せよ」
「……イヴァロン?」
プリズムフィッシュを食べ切ったイヴァロンが、浅瀬で皿を洗いながら振り返る。
「貴様は余を助けた。貴様の力は本物だ。余は貴様を信じる。貴様は貴様の力を信じろ」
「……ああ。ありがとう」
破壊の魔王とか呼ばれてるが……何だ、中身はこんな優しい奴じゃないか。
「それに……向こうにはエリオラがいるのだろう? なら大丈夫だ」
「……エリオラ……」
イヴァロンはマントで濡れた手を拭くと、憮然とした顔で憎々しげに口を開く。
「本当に……ほんとーーーーーに癪だが、奴の力は本物だ。偶然を必然にし、奇跡を当然のように引き起こす。そんなエリオラが向こうにいて、本気で貴様を助けようとしているなら、貴様は絶対に助かる」
「……お前も、エリオラのことは信じてるんだな」
「ふーーーん! 信じとらんわい! 信じとらんわい!! 大事なことだから二回言ったぞ! 本当だぞ!」
……はは。……そっか、エリオラは、宿命の敵にもこうして認められてるんだ。
……なら、俺もあいつのことは信じてやらないとな。
エリオラ。俺はここにいるぞ……エリオラ……エリオラ……!
『──タナト──』
「っ!」
……今……今、エリオラの声……。
「む? どうしたタナト」
「……聞こえた……あいつの……エリオラの声だ」
確かに、はっきりと……!
「何っ? ど、どこだ?」
「場所は分からない。でも……」
分かる……今なら、何となく……分かる!
「イヴァロン、精霊達! しっかりと俺に掴まれ!」
「う、うむ!」
「ひしっ」
「がしっ」
「だきっ」
「いくですー」
「ごーあへっどー」
全員俺の体に引っ付くのを確認して、釣り竿を《虚空の釣り堀》に向かって振るう。
エリオラ……俺はここだ……ここにいるぞ……!
『──タナト──タナト──タナト──!』
どこだ……どこにいる、エリオラ……。
ええい埒が明かん……!
「人竿一体……!」
釣り竿、釣り糸、釣り針へと神経を集中し、その先の全てを把握する。
……これは……何だ……? 糸……?
細く、釣り糸に似たようなものが異界にある……まさか……これか……?
……今は迷ってる暇はないっ。可能性があるのなら……これに縋る!
《神器釣り竿》を細かく操り、釣り針を操作する。
そして──絡め取った!
っ! 引っ張られる!
「行くぞ!」
釣り竿を力強く握り直し、軽くジャンプする。
と……思い切り《虚空の釣り堀》の中に引っ張られていった。
「ぐっ……!?」
目まぐるしく変わる風景。
大雪原、樹海、マグマ地帯、鋼の大地、荒野、真っ白な空間。
まだ、まだか……!
一体幾つの異界を越えたのか分からない。でも、これを乗り切ればあいつらに──エリオラにまた会える……!
踏ん張れ俺の剛腕ッッッ!
異界を越え、異界を越え、更に異界を越え……そして──。
「タナト!」
目の前に現れた、今にも泣きそうなエリオラ。
「エリオラ……!」
そのエリオラが、俺を迎え入れるかのように腕を伸ばし──抱き留めてくれた。
「たなと……タナト……タナト……!」
ああ……エリオラだ……エリオラの匂い、エリオラの温もり……。
「タナト!」
「お兄ちゃん!」
「……ミケ、イライザも……ああ……帰って来れたんだな……」
今にも泣きそうな二人。それを見てようやく実感した。
やった……俺、帰って来れた……。
はぁ……今回ばかりは、マジであのまま死ぬかと……。
「タナト!」
「え? うおっ!?」
いきなりエリオラが俺を抱き上げると、物凄い力でエリオラの部屋に拉致られた。
「な、何……?」
「もう無理。我慢ならないっ」
え……エリオラさん……一体何を……?
って、何で脱ぎ出すのあなた!?
「ハッキリとわかった。もう絶対離さないっ。タナトは私のもの。誰にも渡したくない」
「な、何を言って……わぶっ!」
い、いきなり投げ飛ばすな……!
ベッドに仰向けに投げられた俺。その上に跨る全裸のエリオラ。
間接照明に照らされて、艶かしい肢体が妖しく輝く。
服の上からでも分かる程火照った、エリオラの体……。
「タナト……私、タナトが好き。大好き。愛してる」
「ま、待てエリオラ。こう言うのは順序が……」
「黙って」
「…………ッ!? ……っ! …………!!」
こ、声が出ないっ!? エリオラの魔法か!?
「もう順序も関係ない。私はタナトが欲しい。タナトの全てが欲しい。今からそれを証明する」
エリオラの指がクイッと動く。
えっ、これ……両手両足が動かせないっ!? ちょっ、固定されてんのこれ!?
「服も邪魔」
クイッ。ビリィッ!
いやあああああああ! 俺の服が破れたあああああ!?!?!?
「うわ……腕……?」
いや自分でやっといて引くなっ!
「タナト、準備万端。私も準備万端。トぼう、一緒に……」
待っ、待っ──。
◆◆◆
「……イライザちゃん、いいの?」
「ミケちゃんこそ、いいのだわ?」
私とイライザちゃんの目が交錯する。
「……ま、今回ばかりは……」
「うん。お姉ちゃん、いっぱい頑張ったのだわ。ご褒美がないと不公平なのだわ」
はぁ……悔しいけど、今はただタナトを連れ戻してくれたことに感謝しないとね。
さて、お祝いに料理でも作って……。
「あいたたた……クソゥ、余は無視かい……!」
……誰、この女の子?
「あ、イヴァロン」
「む? おお、イライザ」
…………。
「……へ?」




