第1話 なかないでー
「…………」
「わー」
「ちゃぷちゃぷー」
「ははなるうみですな」
「とてもよきぷかぷかかげん」
……楽しそうだね、君達。
肌を焼く太陽は、いつにも増して憎々しく空を支配している。
雲はあれど、日陰を作るほどの厚みもない。
……暑い……とにかく暑い。頬を垂れる汗が鬱陶しい。
《虚空の生け簀》を開いても、中に広がるのは白部屋と水域だけ。しかも浮遊馬車もレニーも外に出したから、中にあるのは使えないガラクタのみ……。
……どないしょ、これ。
……考えろ……考えろ。ここはどこなんだ。どうすれば帰れる。俺に魔法的な力はない。あるのは【釣り】のスキルと神器、ガラクタのみ。
何でエリオラは来ない。エリオラなら、どんな手を使ってでもここに来るはずだろっ。
それとも、来れない理由がある、とか? その理由は分からない。分からないけど……。
……あぁ、詰んだな、これ……俺の人生ここで終了だよ。何なの、ねえ何なのこれ。どういうことなの、誰か説明してホント。
「大統領、ここ何?」
「さあ?」
さあって……。
「お前らの力でここに来たってことは、元の場所にも帰れるんじゃないのか?」
「……もとのばしょ、とは?」
「ほら、さっきの森だよ。幻想樹ファントムに続いてた……」
「あー……あったよーななかったよーな?」
「……覚えてないのか?」
「しゅみ、ぼーきゃくですので」
そんな趣味は即座に捨ててしまえ。
……とにかく、今は生き延びることを考えないと。釣り竿もある、神器もある。さっき見た感じ、レッドドレスフィッシュも泳いでる。食料には困らないだろう。水に関しては、水域の水を飲めば……。
…………。
ん? レッドドレスフィッシュ?
……おかしい……おかしいぞ。何でこいつがここにいる。何で……。
「レッドドレスフィッシュって確か……」
……まさか?
釣り竿を構え、海に向かって振るう。
……来たっ。
「ほっ」
釣り針に掛かってる魚……間違いなく、レッドドレスフィッシュだ。
他にも確認のために数匹の魚を釣る。
レッドドレスフィッシュ、ブルードレスフィッシュ、ペーパーフィッシュ、メタルフィッシュ……どれも釣り上げたことのある魚だ。
これ、全部『第一異界』の魚だ。
つまりここは……俺のいた世界とは違う場所。
「……異界、か……」
異界。
エリオラが三〇〇〇年もの間封印され、終ぞエリオラの力を持ってでも自力で抜け出せなかった場所……。
そうか、ここが……。
…………。
「なるほど、ここは俺の墓場な訳だ」
食料はある。水もある。一応、《虚空の生け簀》で雨風も防げる。今すぐ死ぬことはないだろう。
…………。
「あぁー……釣りさえ出来れば何でもいいや」
砂浜に座り、海へ向けて釣り糸を投げる。
見た感じ、ここの海に浅瀬はない。俺の歩幅で五歩くらいか。それくらい歩くと急激に深くなってるみたいだ。そのせいで、浅瀬とそれ以外の境界がはっきりと見える。
まあ、簡単に沖釣りが出来るって考えればお得か。
「まえむきー」
「ぽじてぃぶー」
「らっかんてきー」
「ししてしかばねですが」
「しにんにくちなし?」
「われらもしぬです?」
「それもたまにはよいかと」
死ぬのはたまにじゃないんだよなぁ……。
地平線を眺める。ひたすら眺める。
ホント、何にもないなこの世界は……。
まさか、あの霧の中で転けたら異世界に来るとは思ってなかった。しかもボッチ。精霊族はいるけど頼りなし。
最悪、魚を大量に釣って砂浜を歩き続けるのも手か。ここには誰もいないけど、砂浜の向こうには誰かいるかもしれない。
誰かいれば儲けもんだけど……。
「こんな場所、誰もいないよなぁ……」
どう考えても生物の住む環境じゃない。それにエリオラも、異界に三〇〇〇年も一人ぼっちだったらしい。
望みは薄いが……今はただ、縋るしかないんだ。
「にんげんさん、にんげんさん」
「どうした、大統領」
「にんげんさん、ひとりじゃないです」
「ぼっちちがうです」
「ぼくらいるです」
「いつもいっしょですゆえ」
「「「「なかないでー」」」」
……お前ら……。
「いや、お前らのせいでここにいるんだが」
「えぇー」
「なんとー」
「いいがかりはよしこちゃん」
「でもずぼしです」
「とてもまとをいています」
「ごめそです」
ぜ、全然謝ってるように見えねぇ……。
……ま、なるようになるか……。




