第11話 ひきゅっ
その日の夜。アクアグランデを堪能した俺達は、《虚空の生け簀》へと戻って来ていた。
三人ははしゃぎすぎて疲れたのか、帰ってきて早々に寝てしまった。まあ、その方が俺も静かに釣りが出来ていいんだけどな。
水域の桟橋に座り、《虚空の釣り堀》へ向かって釣り糸を垂らす。
結局あれからイライザは俺と目を合わせてくれなかったな……話しかけようとしても、直ぐエリオラの陰に隠れるし……。
「俺、何かやらかしたかなぁ……」
釣りの時にこんな雑念を持ち込みたくないんだけど、どうしても気になる……。
気落ちしている気分を上げるように、ふと空を見上げる。
「……綺麗な星空だ……」
外の世界とは違う世界だけど、星空は変わらないな……。
見渡す限りの無数の星々。
これを見てると、俺の考えてる悩みなんてちっぽけだって思える……。
「……ダメだダメだっ。こんな気持ちで釣りなんて、釣りに失礼だ!」
よしっ、気持ちを切り替えて釣りを楽しもう!
《神器釣り竿》に意識を集中して、目を閉じる。
……よし、いい感じだ。いい感じに集中出来てるぞ俺。
スーッと自分の世界に入り込んでいくこの感じ。
感覚の海に沈んでいくような、そんな感じ……やはりいいな。
…………。
「じーーーーーっ……」
…………。
「じーーーーーーーっ……」
………………。
「じーーーーーーーーーっ……」
……はぁ。
「エリオラ、何か用か?」
「あ、気付いてた?」
「そりゃあれだけ見られてたらな」
エリオラは俺の隣に腰を掛けると、持参していた竿を振り、釣り糸を水域へ垂らした。
「……イライザのこと」
「ん?」
「……謝りに来た。今日ずっと避けてた。ごめんなさい」
「ああ、そのことか。まあ何で俺を避けるようになったのかは分からないけど、お前が気にすることじゃないよ」
エリオラの頭を優しく撫でると、嬉しそうに目を細めた。
「……エリオラとルーシーは、イライザの態度が急変した理由、分かってるのか?」
「……ん、分かる。でもタナトには言えない」
『あれは時間が経つのを待つしかないのじゃ。それがあの子の気持ちを尊重することに繋がり、あの子の未来の為にもなる。じゃから今暫く待っていて欲しい』
……そっか……。
まあ二人が言うなら、俺も信じて待つしかないよな……。
「それが、イライザが危うくて不安定ってのにも繋がってるのか?」
「ん。むしろ不安定だからこそ、今ああなってる」
……何か、深い訳がありそうだな。
「……ま、釣りしてのんびり待ちますか」
「私も付き合う。それとも突き合う?」
お前は何でも下ネタに持っていかなきゃ気がすまないのか。
◆◆◆
「んっ……んんーーーっ……ぷはっ。もう夜が明けたのか……」
気が付くと、既に太陽が登って空は青くなっていた。いかん、流石に集中し過ぎた。
「……ん?」
あれ、エリオラ。俺の膝で寝ちまったか。
ったく、気持ちよさそうに寝てやがるな……。
エリオラの頭を撫でる。すると、背後の扉が開く音が聞こえた。
「おねーちゃ……どこ……?」
……イライザ? だいぶ眠そうな目だが、大丈夫か?
目が半分も開いてないイライザか、猫のぬいぐるみを抱っこして欠伸をする。
「イライザ、おはよう」
「……んぇ……ぁ、おにーちゃ……おは……よ……ぁ」
…………。
見つめ合い、固まる俺とイライザ。
「…………〜〜〜〜っ!?」
ギュギュギュンッ、と耳まで真っ赤になり、目を開いた。
「ぁ、ぉ、ぅ……!?」
「……なあ、イライザ」
「ひきゅっ……ひゃ、ひゃいっ……!」
ひきゅ……?
「……よくよく考えると、お前千年前から突然こっちの時代にやって来たんだもんな。そりゃあ、戸惑うこともあるだろう」
「っ! ……うん……」
イライザは目を見開き、ぬいぐるみギュッと抱き締めて頷く。
「……俺はお前が今までどんな生活をして来たのか、何を目指して生きて来たのかは知らない。だけどこの世界にはエリオラがいる。ミケがいる。当然俺もいる。だから余り気負わず、のんびりとしようぜ」
そう言うと、イライザは信じられないものを見るような目で、俺を見つめてきた。そんなに見つめられると照れるんだが。
「……ねぇ、お兄ちゃん」
「何だ?」
「……お兄ちゃんは、人の心が読めるの?」
「馬鹿言っちゃいけない。しがない釣り人さ」
俺が人の心を読めたら、今頃モッテモテの人生を送ってるだろうよ。
「……ん、ありがとうお兄ちゃん。ちょっとだけ頭の中がクリアになったのだわ。……少し考える時間を欲しいのだわ。今までの人生と、これからの人生を」
「おう。イライザの人生はイライザのものだ。だけど考えることに行き詰まったら、エリオラとミケに頼ることも忘れずにな」
「そこにお兄ちゃんはいないのかしら?」
「ばっか。おめー、俺に女心が分かるとでも?」
女心を読み取れなさすぎることで定評のある(自称)タナトさんだぞ? イライザの相談にのれるはずないだろ。
「……ふふ。そういうことにしといてあげるのだわ」
イライザは花が咲いたように微笑むと、白部屋の方へ引き返していった。
『……タナト、お主中々やるな』
「お? 何だよルーシー、起きてたのか」
『さっきな。今のタナトの言葉で、イライザの心は大分安定した。あと数日、何事もなければイライザも完全に安定するじゃろう』
ふーん? 俺、ただ肩の力を抜け的な話をしただけなんだけど……まあ、それでイライザの心が安定するなら、安いもんだ。
「……何事もなければって?」
『平和な日常という意味じゃ』
…………。
不穏じゃね?
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