テレポートってあるじゃん?
テレポートって危ないんじゃないかと、たまにそう思うんですが、言っても詮ないことですよね。
テレポートってあるじゃん?あぁそう、ファンタジー小説とかのアレ。あれって危な過ぎると思わねえか?
……何故かって?じゃあ説明してやる。テレポートの能力って、基本的に「場所を瞬時に移動する」ってモンだろ?んで、物体にゃあ速度ってヤツがある。速度ってのは、速さと向きの二つで成り立ってる……、所謂矢印みたいなものだな。……まぁこれをベクトルってんだが……。
まぁそりゃあ今は置いといてだな。速度ってのは、この宇宙のどっかを起点にして考えると、無数の物体が持ってる訳だ。例えば野球のピッチャーから見りゃあ、投げたボールは速度を持ってる。そいつが南に向かって時速百キロのボールを投げたとすると、ピッチャーやキャッチャーからは、ボールは「南向きに時速百キロ」の速度を持ってる訳だ。
ところがだ。投げられたボールにして見るとよ。こんな考え方ができる。「ピッチャーが俺を押して、時速百キロで地面ごとぶっ飛んでいった」ってな。
……何?ピンと来ねえって?……あぁ〜、そうだな……。地球と太陽なんかが分かりやすいか?……知ってる通り、地球は太陽の周りを回ってるだろ?ありゃ間違いなく地球が回ってるんだが、地球にいる俺らにすりゃあ、太陽の側が地球の周りを回ってるようにしか見えんだろ?
それとおんなじだよ。ボールが無回転で、後ろ向きにカメラが付いてるとしたら、カメラに映るのは「ピッチャーがぐんぐん離れてく」って映像だ。ピッチャーから見りゃ、ボールは「南向きに時速百キロ」の速度を持ってるんだが、逆にボールから見りゃ、ピッチャーが「北向きに時速百キロ」の速度を持ってるんだ。
ここまでは分かったか?……おう、なら良かった。んじゃテレポートの話に戻るか。今説明した通り、物体は速度を持ってる。そこでだ。地球の中心を起点にして考えることにしよう。
地球は自転してるよな?ついでに公転もしてる訳だが、今は「地球の中心」が起点だから、公転のことは考えなくていい。……要は「地球から見りゃ太陽の方が回って見える」状態だからな。
んで、自転ってのは人が思うよりずっと速い。赤道で大体時速1,700キロだからな。それじゃ分かりにくいんで、秒速に直すと……。っし、こうだな。秒速472メーター……。音速でも秒速340メーターだから、音より速えっつーことだな。
これでやっと本題だ。もしも、そのままの状態で、地球の裏側までテレポートしたらどうなる?
……。何となく分かったろ?まず最初に、そのままの姿勢ってことは、テレポートしたつぎの瞬間、逆立ちの姿勢になる。そうなりゃ、それまで足の方にかかってた重力が、突然頭の方にかかるようになる。……多分相当怖えぞ?しかも頭打つし。……まぁ、そりゃあ寝た姿勢ですりゃ良いのかも知れんがな……。
しかしだ。逆立ちになって痛ぇ思いをするだけなら、まだ良い。極地でテレポートすりゃそうなるだけだしな。だが、赤道でこれをやりゃあ…、はっきり言って即死だ。一抹の希望もねぇ。
初めに言った通り、ここで言うテレポートってのは、「場所を瞬時に移動する」だけのモンだ。つまり、テレポート直前の運動状態は保存される。分かりやすいように、朝にテレポートすることにしよう。朝ってことは、その場所は太陽の方に回ってる。赤道上っつったから、音速以上で回ってる。
ところがだ。テレポート先は地球の裏側だから、そっちは夕方。つまり太陽と逆向きに……いや、こりゃ語弊があるな。……太陽に背を向ける方向に回ってる。テレポート前にしてる運動は、テレポート先の運動の逆の運動だ。たださえ音速以上の運動が、テレポートによって、相対的には倍の速度になる。対地速度は秒速940メーター。つまり……、時速3,384キロ……ええと、地球を半日で一周するくらいだな。
こんなスピードで現れるんだ。音速オーバーだからソニックブームも起こる。テレポート先はとんでもない轟音と共に吹き飛ぶことになんだよ。しかもテレポートした本人は、何をしたって圧死する。そこらのジェット機に正面衝突する以上の衝撃なんだから当然だ。
分かったろ?速度をイジらねぇままじゃあ、テレポートは危険極まりないんだよ。まぁ、速度のうちの「方向」だけでもイジれるってんなら話は変わるが。
さっきのやり方から、テレポート先の「方向」だけをひっくり返せりゃ、……ひっくり返し方にもよるが、全く問題なくテレポートが可能だ。速度の向きを合わせてやりゃあ、速さはおんなじだからな。
だが、方向までイジれても、違う緯度にはテレポートできねぇ。赤道から極地にテレポートすりゃあ、赤道の自転速度……、秒速472メーターだな。この速度であっと言う間に飛んでいっちまう。これも音速超えてるから、圧死だな。
……てな具合に、安全にテレポートするためにゃあ、速度を上手くイジらなきゃなんねぇ。だがなぁ、速度ある物体はエネルギーを持ってる。んで、物体が重くて速いほど、エネルギーが大きいんだ。
つまり、地球の自転によって生じるエネルギーは、半端なモンじゃぁねぇ。それをどうにか打ち消すのが、安全なテレポートには必須な訳だが、打ち消すためのエネルギーを供給するのは相当難しい。……っし。この計算の通り、体重が60キロの人間が赤道にいるとき、そいつが持つエネルギーは6,683,520ジュール。……ええと、つまり6.7メガジュールだから……。
……あぁ、十トンの大型バスが、大体秒速110から120メーター……。時速……396から432キロ?……うわぁ分かりづれぇ。えっと……、ジャンボジェットが満載状態で350トン……だったな。それが……、時速22キロ……。駄目だ……。全然凄さが伝わらねぇ……。やっぱ重過ぎたか……。
……あぁ、ってことは間違ってたな。赤道で裏側にテレポートしたとき、ジェット機並みの衝撃っつったが、全然そこまでじゃねぇわ。すまん。
……どちらにしろ即死だがな。
……取り敢えず、時速400キロのバスが持つエネルギーと同じくらいだ。これを自由に操作できなきゃならねぇ。……人には酷な話だよ。
しかもだ。ここまでは全て、地球の中心を起点にしたときの速度だ。宇宙は広大な訳だから、地球に生命体がいるからと言って、地球を起点にするとは限らない。んで、地球は太陽の周りを回ってるし、太陽は銀河系内を回ってる。起点がこの銀河かも分からないんだから、速度の計算なんてできようがねぇ。
だから、ご都合主義ファンタジー小説みたいな、人に肩入れする神様がいる世界ならともかく、そんなのがいない世界なら、まず速度が分からねぇんだ。自分の座標も分からねぇ。そうだろ?
……で、神様が計算してくれるとしても、そりゃ神様に迷惑だろ?神様のミスで……、とか言って転生したやつが主人公だったら、なおのことテレポートなんて使わねぇ。仕事への信用が下がってる訳だからな。
なのにポンポンポンポンとテレポートしまくってるんだ。それって自殺行為と何が違う?……まぁ、システムみたいのに計算が一任されてりゃ話は別なのかも知れねぇんだが。
……まぁ、んなこと考えてたって、別に俺らがテレポートできる訳でもねぇんだから、考えるだけ無駄だがな。そもそも、こんなことで一々考えこんでちゃ、ファンタジーやらSFやらは読めん。結構思い付くままに喋くってたから、間違ってるとこもあったかも知れねぇし、穴だらけだったろうしな。
……ありがとうな。こんな野暮ったい話に付き合ってくれてよ。
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