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読むと危険童話シリーズ

悪魔な子どもたち


 男の子と女の子。タクトとサヤカ。2人の我が子を抱えて、主婦の赤川美菜は奮闘する毎日だった。

 食卓の上のお茶碗やコップをひっくり返し、出掛けの用事に連れて行こうとしたら「嫌だ」とだだをこねられる。よちよちと歩けばすぐに転び、テレビを美菜が観ていたら前をチョコマカチョコマカ動きまわっている。

 言っても言うことをきかない。抵抗ばかり。そしてバレバレの嘘ばかりをつく。

 暴れる。騒ぐ。泣く。ママの助けを待っている。

 まだ、4才と2才の子ども。じっとしていない時期と性格。

 2人のワガママぶりには、ほんとあきれた。

 判らない子に判らせるには、どうしたらいいんだろう? そんなことを考える。


 ……


 次の日曜日に。美菜は、どうしても行きたいジャ○ーズのコンサートがあった。

 チケットはすでに手元に購入してあり、あとは行くだけで。準備は整っている。


 行けるはずもないのに。


(子どもどうしよう……誰か預かってくんないかなぁあ)


 ため息ばかり。

 リビングのテーブルには、まだ片づけていない子どもたちの食器が散らばっていた。

 美菜も何とか自分の食事を終え、ひと息ついていた所……勝手気ままに暴れ動きまわろうとする子どもたちを座らせることから始まり、食事の最中も目が離せない。おかずは1種1種、小さく千切ってあげて丸飲みしないように見張って。よだれかけやテーブルの上に冷ましたスープをダラリと流し。箸はまだ器用に持って使えないので、食べさせてもらうか手づかみだった。しかも2人だ。美菜はお腹がすいていても自分のことは常に後まわしだった。

 それは当たり前よ。だって主婦。子どもが先。これは、育児ですもの……。

 何度も美菜は、自分に言い聞かせてきた。何度も何度も。繰り返し。

 旦那は、仕事型人間。技術職。

 家に帰ってくる日が少なかった。だが、もう慣れている。


(行きたかったなぁ……コンサート。行けるかも、って。淡い希望を抱いてたんだけどな……)


 子どもたちを他人に預けるのも心配で。美菜の親たちは、美菜たちが住んでいるマンションからはほど遠い場所に住んでいる。

 子どもたちを連れていくのも、子どもたちを置いて出かけるのも、はばかられた。

 結局美菜は、行くのを諦めようと落ち込みモードに突入している。しかしその時だった。



『わたしが預かりましょか〜〜』



 しわがれた声が天井から聞こえてきた。誰なのか。

 美菜が上を見上げると、『誰か』は天ではなく、美菜の座っている前に姿を突然に現した。

 その向こうでは、ポカンとした顔で子どもたちがこちらを向いている。サヤカは手に持っていたおもちゃのブロックを床に落とした。


「だ、誰ですかあなた!?」


 魔法使いのような真っ黒いローブを羽織り、大きな三角帽を被っている。丸い形で細縁の眼鏡は旧式だった。しずくのような形で3つずつ連なった銀色のイヤリングを両耳に着けて、揺れていた。シャラララン。


「わたしは子守りのオバチャマ。どこにも行けない、ゆっくりできない可哀そうな奥様……わたしが来たからには、安心して。1日だけ、わたしが子どもたちを預かって差し上げましょう……」


 そんなことを言い出した。「えええ!?」

 美菜は怪しさたっぷりなこの老婆に、とても不審な表情を浮かべた。

 それもそうだろう。土足である。

 子守りのオバチャマと名のってはいるが、言っているだけである。

「安心して」

 無理である。

「ばぶっ」

 サヤカは、小さな足を一生懸命に動かし美菜とオバチャマに向かって突進してきた。

「サヤカ! 来ちゃだめ! ちょっとあなた。すみませんが、怪しすぎるので出て行ってもらえません!?」

 相手が老婆でも美菜は、はねのけねばと思った。皺くちゃの顔をしてはいるが、年寄りだからといって侮れない。武器を持っているのかも。美菜の頭は固まってしまっていた。


 すると別の場所から。ピンポーン。

 玄関から、インターホンの音がした。誰かが家に訪ねてきたようだった。「こんな時に!」

 つい美菜は愚痴をこぼし、焦りながらジリジリと壁に背を当てて後ずさった。

 子守りのオバチャマ対美菜。両者の睨みあいは続く。しかし睨んでいるのは美菜だけで、オバチャマの顔はにこにこと愛想を振りまいていた。


 このままでは埒が明かないと、美菜は玄関へと少しずつだが近づいて行っている。

「そ、そのままでいてくださいね? 変なことをしたら、大声で叫びますから!」

 オバチャマに忠告しながら。少しずつ玄関へ。

 家に訪ねてきたのは誰だろう。誰でもよかった。宅配人でも、ご近所の人でも。

 今、目の前の不審人物に比べたら幾分かマシだ。美菜はそう考えた。

「タクト、サヤカをみてるのよ!」

 美菜は廊下へ出て玄関へと向かった。


 頭のなかは子どもたちとオバチャマのことだけで、いっぱいいっぱい。駆けこんだ美菜は、すぐに鍵のひとつもかかっていないドアを開けてしまった。


 飛び込んできたのは。「金を出せ!」

 頭からすっぽりと被った黒の目出し帽とサングラス。茶色い薄めのコートを着た、痩せていそうな男だった。手には刃渡り30センチくらいの包丁を持っていて鋭く光っている。

 正真正銘の強盗だった。判りやすい。「きゃあああああ!」

 当然のことながら、美菜は絶叫マシンと化した。

「金を出せえ〜!」

 もう一度言った強盗。目出し帽に隠された口の奥から、くぐもった男らしい太い声がする。


 ドタドタと走ってくる音がしてきていた。

「お母ちゃ〜ん!」

 タクトが美菜の悲鳴を聞きつけて、一番早くに駆けてきたらしい。「き、来ちゃだめ!」……美菜の空しい声が玄関に響いた。そばの靴箱の上に置かれていた花瓶の赤い花が、振動で揺れていた。

 すると。


「お任しなさ〜い! ……ふぬううううんんっ!」


 リビングからタクトを追いかけてきたオバチャマが、鼻息を荒くして謎の行動に出た。両手を胸の前で自由な絵を描き、エロエロエッサイムR18指定と叫んだ。子どもにはわからない。美菜と強盗にもわからなかったが、敢えて何も聞かなかった。


 どうやら魔と名がつくアレらしい。魔法。魔術。魔改……何でもよい。


「ぴぎゃあああ!」


 強盗は痒い体を我慢できないといったようにくねらせて、暴れ出した。「いやぎゃああ〜」嫌と叫びが一緒になって、強盗の口から飛び出している……目出し帽の空いた穴からズレてのぞかせた口元を見ると、何故だか顔がほころびていて、とても楽しそうだった。


 楽しそう。ならいいか。

 一瞬だけ、美菜は思った。強盗の舞いを見物している。


 しかしやがて終わりは来る。

 強盗は、倒れピタリと床に伏して動かなくなってしまった……。


「手こずらせやがって……ほほほ」

 子守りのオバチャマは、高らかに笑い片足で強盗を踏んづけている。

 呆然として、いつの間にか腰を抜かしていた美菜と。美菜にぴったりとくっつき、珍しそうに好奇でオバチャマを見ているタクトとサヤカ。

「あ、ありがとうございます……」

 美菜はお礼を言った。一応、美菜たちを救った英雄であるのだろうか。


 オバチャマは、くるりと方向転換をして美菜の方を向く。

 善意な顔でにっこりと笑いながら。

「さ、奥様はどうぞお好きな所へ。コンサートなり何なりと、羽をのばしに行ってきてくださいな」


 美菜は、ついに折れてオバチャマに子どもたちを預けることにしたのだった。


 ……


 美菜は、コンサートを思う存分に楽しんだ。

 どうせなら、思い切らナイト・フィーバー! ……元々の、超前向き(ポ・ジ・ティ・ブ)な性格は年がいってもなお健在である。たとえ逆風が吹き空回りしようとも。


 酒の会に着て行くような黒い薔薇柄ホルターミニドレス。露出させた肩や背中を隠すべくシルク製の黒いショールをかけている。シンプルなフラワーモチーフで、かなりエレガント人に見えた。

 頭部にアップした髪には、金の装飾をこしらえたかんざしが刺さっている。

 化粧にも気合いが入っていた。いつもご近所スーパーで買っている安物より、ワンランク上のを使用してみたりする。ネイルにも、蝶の絵を描いてみた。下手だが蛾ではない。


 美菜は友人と出かけていた。高校時代からの友人と。

 自分の周りは皆、結婚や育児に追われている人たちが多く、久しぶりに会った友人とも苦労話は弾んで途切れなかった。

 旦那はさぁ、理解して(わかって)くれないのよね〜……

 子どもたちくらい、たまにみていてくれたらいいのにさぁ〜……

 やってもらうのが当たり前だとか言われると腹立たなぁ〜い? ……

 そんなおしゃべりで繰り広げられる奥様劇場は、永遠に続いていく。


 コンサート後は近くの飲食店に入り、お座敷で、座卓テーブルの上に並ぶ料理を眺めて。ビールを飲みながら、美菜は適当な相槌を打って時間を過ごしていった。


(大丈夫かな〜……子どもたち……)


 頭にずっと引っかかっていた。やはり、心配の種は絶えない。

 一応は、旦那にも電話で相談し、身分を証明できるものの提示を願った。子守りのオバチャマは運転免許証を鮮やかに素早く美菜に見せてくれ、本物だったそこにはしっかりと『銀堂寺蘭子』と名前が書いてあったという。

 とりあえず日本人だったらしい。ローブは、趣味で済ませてよかったのか。

 まあいいか。

 美菜は、深く突っ込まないことにして頭を切り換えた。


 美菜は、ある程度に酔いをさました後。電車に揺られながら、オバチャマと子どもたちの待つ家にどうにか辿り着く。

 帰宅し、「ただいま〜」と玄関のドアを鍵で開けて入ってみるのだが。


 誰も出迎えては来ないのだった。


「?」


 シン……と、静まり返っていた玄関から伸びる薄暗い廊下。突き当たって曲がればリビングや仏間があるが、人の気配が家全体から感じてはこられないという。

 美菜の手から、荷物が滑り落ちる。お土産にと買った『ご当地限定! しあわせまんじゅうソーダ味』の入った袋が、音を立てて……。


「ただいまぁあ〜!」


 再度呼びかけてみても。やはり何も声は返ってはこない。

 美菜ははやる気持ちを抑えて、廊下を進んだ。

 

 リビングのドアを開ける。怖さと焦りが、美菜を取り巻いてはなさない。

 美菜の目に飛び込んできたものは。「……はあああぁ!?」


 壮絶な部屋だった。

 物という物は散らかっている。

 テーブルもイスもひっくり返りイスの足は折れて壊れ、カーペットには黒や赤のシミが付着している。そばには冷蔵庫にしまっておいたはずのマヨネーズやケチャップ、ペットボトルの1500ミリリットルコーラ。しかも全部フタは開けたままで放置され中身が飛び出し最悪だった。

 ぬいぐるみやロボットなどの人形、積木ブロック、絵本、パズルがあちこちに。

 カーテンは裾が破かれ、無残だった。お菓子なんかも食べかけで床に散らばっている。

 トイレから持ってきたのかトイレットペーパーが、リビングに入ってきた美菜の足元にコロコロと転がっていた。


 そんな悲惨な有り様と変わり果てた部屋よりも。「タクト!? サヤカ!」

 美菜は泣きそうになっていた。

 ここには誰もいない。オバチャマも。

 美菜をひとり残し、どこかへと消えてしまったのである。



 ……


 やがて全ては明らかになっていった。

 美菜が底のない泥沼にどっぷりと落ち込み浸っている隙に。

 大きな月が暗闇のなかで不気味に光る。

 数羽のカラスが街のなかを颯爽と飛び立っていった。


「……ケケケ……」


 可愛らしい女の子の高い声が、空から響く。

 高層マンションの屋上、手すりに座って、下界に見える車や人の往来を眺めている――


 ――小悪魔。

「シャーシャシャシャ!」

 2人いた。

 男の子と女の子。4才と2才くらいの子ども。そう。

 タクトとサヤカだった。


 2人とも、背中から黒い羽が大きく生えている。

 タクトは何故か子どもリーゼントヘアに子どもサイズで白い長ラン、サヤカも子どもサイズで女子高生の制服のようなリボン付きの服を着ていた。

 長ランの服の腕には金箔に『無面名夜なめんなよ』と太字で刺繍され、サヤカの顔はケバい化粧で塗りたくられていた。ミニスカでもある。パンツは丸見えだが見たら白地にウサギのプリントだ。アニマルだ。見たければどうぞと挑戦的だった。


「へんちん(変身)!」


 タクトが叫んだ。手すりの上に立ってサヤカの横で、片手を大きく掲げた。

 まだ変身するのか。まあいいか。

 2人は、体を大きく変えていった。これは、そう。


 巨大化である。



 ……


 ご家庭、職場、街中に。国境を越えて電波にのって。ニュース速報は、けたたましく流れていった。

『謎の怪獣現る!』

 どうやら、タクトとサヤカは世間に怪獣扱いされているようだった。無理もない。

 高層ビルと並ぶほどの巨大生物だったからである。長ランとミニスカ、小悪魔ベイビーズ。

 そして。

 2人は、建物や道路を壊していった。

 ただ歩いていただけなのだが、その巨大さ故。道路の高架やビルを歩いたり触るたびに破壊していった。騒がしい音を派手に。おもちゃのブロックが崩れるように。

 その光景が、サヤカにはツボにハマったらしい。

 とても無邪気に破壊行動を面白おかしく繰り返していった。「わきゃきゃきゃきゃ!」

 小人たちが蟻の集団のようにガヤガヤと賑わってサヤカたちの足元を走っていく。

 人間だ。電池式でもネジ式でもない。おもちゃなんかではない、個々意思を持った人間だった。

 ああ残酷にも足で踏み潰されて――何てひどい。

 それがまだ、サヤカたちには判らないのだった。

 そんな地獄である現場に。ひと筋の光とともに現れた救世主たちがいた――。



「やめるんだ!」



 夜空のなか、月光にさらされてひとりの放った大声が飛ぶ――姿を現したのは5人だった。

 それぞれはタクトとサヤカの前の歩道橋に立っていて、名のりを上げていった。

「チョコイエロー!」「チョコホワイト!」「チョコブラック!」「チョコグリーン!」「チョコマーブル!」……


 それぞれは、見た目の色や柄を名前に取り入れているようだ。

「はあとヘンタイ……んがっ」

 チョコイエローの舌がもつれた。好物はバナナだった。

 仕切り直して再度言い直す。


「はあと戦隊、『チョコレンジャア』!」


 今度は成功したようだった。素顔は仮面マスクのおかげで隠されているが、よくある正義のヒーローの格好をした連中である。


 説明しよう。


 謎のヒーロー、はあと戦隊『チョコレンジャア』とは。

 バレンタインに女性からチョコレートを1個でさえももらえなかった者のただの集まりである。呼びかけて3分で集まった即席ソルジャー。昼はサラリー、夜はネラー。時々エラーな発言で周囲からヒンシュクを買い、痛い視線を浴びることもしばしばである。カラオケではアニメソングを歌いたいが我慢している辛抱強さはある。

 どんな時でも明るく前向きで、全ては過去のことだった。だがそれも少々、時々痛い。


「お前たちの好き勝手には、もうさせないぞ!」

 チョコホワイトがビシッと指で前方をさした。寝る前には必ず牛乳を1杯飲むらしい。


「壊すなら、別の所へ行け! ……○×社とか○▲商事とか××党とか」

 チョコブラックの言葉の最後がボソッと小声になって聞き取りにくかった。腹黒い。


「もう許しません! ご覚悟なさい!」

 一番体格が筋肉づいていて男らしいチョコグリーン。お茶が好き。編み物が得意。


「行くぞ! とう!」


 無口なチョコマーブルを残し、4人は各自、敵に向かっていった。

 敵……正義にとっては、悪。5人の勇敢なソルジャーたちにとっては、タクトとサヤカの破壊行為は全て悪なのだ。許すことはできはしない。

 消えていった者のためにも。彼らは戦う。

 持参した武器を手に持って。

 チョコホワイトは白い棍棒の武器で、タクトに叫びながら殴りかかっていった。

「クリームマルチプルパワー、シュガーレス!」

 恐らく成分のことだろうが、技の名前にしている。まあいいか。

 棒から放たれる光が強くなり、大きな力となって飛び出しタクトに命中した。

「華麗乱舞、豪華絢爛、癒しの風!」

 チョコグリーンは空のなかでビルを転々と、新体操のように自由に渡り舞いながら、手に持った棒の先の黄緑色リボンをクルクルと優雅に回していた。すると渦巻いたリボンの中から大量の風が発生し、サヤカを包んでいった。

「むにゃあ……」

 サヤカは、眠気に誘われたようだった。まぶたは閉じかけて、ウツラウツラと頭が揺れている。

 チョコグリーンの技がしめたと思われた時に。

 次の、チョコイエローの技が繰り出される。


「ダイナミック・ボンバー、マスター・ド!」


 チョコイエローの両手からは、真っ黄色な練りがらしが放出された。タクトとサヤカの目を直撃する。

「うわあああん!」

「あああーん!」

 2人は、飛び起きて飛び跳ねた。ドシン、ドシンと地震が発生し、地面の上で人は立っていられなくなった。「きゃあああああ〜!」「何してやがんだバカヤロー! ヘンタイ!」

 野次も飛んでくる。ピュアなはあと戦隊の心に大きく響いていた。

「何してんのよ! チョコバナナ!」

 チョコグリーンは怒り心頭だった。せっかくの癒しの風の効果を台無しにされたからである。空気が読めない者の集まりでもあるから、許してあげてほしいというのはどうなのだろうか。

「いやあ、失敗しっぱい」

 どんな時でも明るく前向きである。頭を掻きながら、チョコイエローは笑顔だった。


 家屋やビルの隙間から火が出ていて熱い煙が増えていった。

 目にからしが入った2人は暴れ、もう手がつけられない。目が痛くて、涙と鼻水で顔は滅茶苦茶だ。見ていられなくなっていく。

「エエエエエン……!」

「痛いよう……えぐ」

「うわああーん!」

 その間も、人々は逃げまどう。遠くへ、遠くへと。だが先いく道は崩れた壁のブロックや、立ち往生している電車や車などに塞がれてしまって、思うように人は流れてはいけなくなっていた。

 しかも火事が至る所に。ジッとしていることもできない。気は焦り、ケガ人が増えていく。

 そんななか……。

 タクトとサヤカは、小さいけれど大音量となる声で、……呼んでいた。



「お母ちゃあーん……」



 サヤカは。


「ンママー……」



 子どもたちが母を呼んでいる。

 助けを……求めていた。



「こうなったら――コレの出番だな」


 黒のブーツが砂利を蹴る。砂埃は、熱い風に吹かれて空気に紛れていった。

 立ちはだかったのは、黒の仮面、黒の腹、黒の銃を構えた、男。

 チョコブラック。よろしく。

 ハードボイルドに本人は決めたいらしかった。あまり周囲に通じてはいない。

 コレと言われた黒い銃はリボルバー。内心、煙草を口にくわえたい心境でもあった。


「コレで……」

 チョコブラックの眼は鋭く光る……が、残念ながら仮面で見えてはいない。


「待ってください! 撃たないでください!」


 突然、思わぬ所から声がかかった。チョコブラックや他のレンジャアは、驚いて声のした方へと向いた。

 街路樹や看板が倒れたり傾いているなか、ひとりの女性が老人のようなたどたどしさでレンジャアたちのいる所へとやって来たのだった。

 女性とは、美菜である。

 髪は痛めたように艶を失い、クタクタになっている。服も端がほつれたり破れかけていてボロに見えた。


 数歩近づいて、美菜は懇願する。

「やめてください……! どんなんでも、あの子たちは私の子どもたちなんです……!」

 瓦礫の上に立つチョコブラック。美菜を数メートル下に見下ろして、そよ吹く風に吹かれていた。

「……奥さん……」

 別の所にいたチョコイエローが、同情の意を吐く。


 風は、吹いていても。チョコブラックの気分を変えることは……なかった。


「いやあ、そうは言っても困りますんで。奥さん」

 チョコブラックは、片手に持っていた黒のリボルバーの腹黒トリガーを引き、あっさりと腹黒弾丸を容赦なくぶっ飛ばしていた。

「ちょっと!」

 撃った弾は連続で2発。猛スピードで風をきった。チョコグリーンの待ったも聞かず、弾丸は無情にも駆け抜けていく。

 タクトとサヤカという的に、見事に命中したようだった。

「あああああ! 何てことを!」……母である美菜は絶叫した。レンジャアや見守る人々も同じく内心では絶叫である。


 タクトとサヤカは、激しい音を立ててまた建物を破壊しながら。

 ……倒れてしまった。


「タクトおおお! サヤカあああー!」


 美菜が泣き叫んで近寄ろうとするのを、近辺の人たちが羽交い絞めにして止めていた。

「危ないですよ奥さん! 気をしっかり!」

 そんなことを言われても無理だと。人々の胸中は苦しく、美菜の顔を見つめていた。そんなことをしていると、巨大化していた2人の体がみるみるうちにしぼんで、小さくなっていった。

 元の姿に戻っていくのである。

「え……?」


 服は脱げてなくなり、髪もケバかった化粧も、なかったかのように元のタクトとサヤカの姿に戻っていった。

 裸ん坊になった2人は、眠っているようで。並んで転がっていた。



「安心しろ……気絶しただけだ。この銃は、悪だけを撃つ……」


 チョコブラックは瓦礫の上で片膝を折り、決めたポーズのまま言葉を続けた。

「もし奥底に良き心、残っていたのなら……目を覚ますはずさ」


 本当かい、とチョコホワイトが聞いてみると、チョコブラックの口から「たぶん」という答えが返ってきた。まあいいか。


 やがて子どもたちは目を覚ました。美菜の腕のなかで。

 美菜は泣きはらした目をまた潤わせながら、2人の我が子を強く抱き締めていた。

「ごめんねごめんね……もう2人を置いて、どこへも行ったりしないわ……」


 悪は、……こうして滅びた。


 ……


 ……かに見えたのだが。


 忘れてはいけない存在がある。黒幕だ。

 美菜たちがいる場所から、建物の陰に隠れていて見えない、遠方で。

 レンジャアのひとり――マーブル模様のチョコマーブルは、書き終えたレポート用紙をまとめて郵送用封筒に入れていた。

 これから黒幕である、あの『御方』に報告するためにと。手が急いでいる。

 あの『御方』とは――



 ほほほほほ……



 高らかな笑い声が空から降ってきた。

 空耳であることを祈る。



 ……


 事態は収拾し、日常に戻っていった。

 チョコレンジャアは時の人となり、「え? 誰それ?」と言われるほどの知名度に成り下がり。ネットオークションに出品されていた腹黒リボルバーは、1円スタートでも落札されなかったという。

 時は、風とともに去る。



 週末、美菜はまたどうしても行きたいコンサートがあった。「行きたーい!」

 そしてどこからともなく妖精が現れる。

 にこにこと笑いながら、優しく甘い言葉をかける。

「私がお預かりしましょうか? お子さんたち……」

 そしてまた誘いにのって、美菜はコンサートに出かけていくのだった。


 次の悪は妖精。恐らく今度は、ホワイトデー限定のオリジナルヒーロー、らぶっ子戦隊『お返しソルジャー』がやってくるのだろう。


 何度でも。


 美菜が我慢をしない限り、戦いは続く。

 判らない子に判らせるには、どうしたらいいんだろうねと。そんなことを考える。



《END》



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― 新着の感想 ―
[一言] 何だか解らないんですが、勢いに乗ってしまいました。最後まで読んでみて、面白かったです。いきなりにいきなりの展開はまさに破天荒でした。 ブラックが何か良かったです(笑
2009/03/10 16:52 退会済み
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