四話 応援
翌日の朝、煉がアパートから出てくると、にこやかに凛花が立っていた。
「おはようございます、煉君」
その手には紙袋があり、中には昨日の夜貸したジャージが入っていた。
「とりあえず洗濯乾燥済です。血とかは付いてないか確認したので大丈夫だと思いますが…もし汚れていたら捨ててください」
「あぁ、わざわざ悪いな。」
「いえいえ、借りたのは私ですから。助かりました。」
煉は紙袋を受け取ると、それを家の中に置いて、再び出てくる。
「あぁ、そうだ。昨日お前が帰ってから仕事が入った。情報を頼めるか?」
その言葉に凛花は満面の笑顔で頷いた。
「はい!また放課後にでもお時間のある時に、人目につかない場所で伺わせて頂きます。」
そんな二人を遠くから見る人影があった。
放課後、二人は”人目につかない所”を選び、辿り着いたのはカラオケだった。
「ここなら防犯カメラはあれど、盗聴はされてないし、防犯カメラも録画してる訳でもないし、大丈夫だろ。」
「そうですね~高校生二人がカラオケって別にそんな変な事でもありませんしね。」
二人は狭い部屋で向かい合うように座ると、煉がカバンからパソコンを取り出した。
ターゲットの殺害指示や情報はすべてこのパソコンを通じて行われる。
仮に誰かに見られても問題無いように偽装されている上、パソコンが奪われてもいいようにパフワードも三重でロックが掛かっている。
しかもパソコンが壊れてもスマホから情報を受信することも出来、申請すれば武器も届くし、武器代や手入れ代も振り込まれる。
「それで、今回のターゲットとは?」
カラオケに入ったというのにマイクに手を伸ばすことなく凛花が本題に入る。
「今回のは未成年犯罪者組織の一掃。」
「随分と漠然とした内容ですね~」
「まぁな。名指しで一人、とかの方がリスク高いからそっちよりはこういう漠然とした奴の方が楽でいい。」
「あぁ、なるほど。でも未成年犯罪者って言っても、改心してる子もいますよね?組織ってなると大分規模が大きく感じるんですけど…」
「そうだな。二つ目の条件として”黒豹”って呼ばれてる連中って書いてあるから。」
「へぇ。黒豹。」
凛花は心当たりがあるかのように意味深な笑みを浮かべた。
「知ってんのか?」
「まぁそうですね。うちの組織でも名前を聞いた事があります。確か全員が体の何処かに豹のアクセサリーを付けている、とか、序列次第でアクセサリーの色や素材が変わる、とか。」
「へぇ。詳しいんだな。他にも暴力団まがいの犯罪を繰り返してるって話も聞く。出稼ぎに来た外国人を騙して引き込む、なんて荒業もあるらしい。」
「へぇ…それはなんとも質の悪いものですね。」
「そうだな。だから”壊滅”なんて命令が出たのかもな。」
「壊滅……随分と派手にやるんですねぇ」
「いや、これは報復だな。孤児院の子どもがここの連中にたまたま目を付けられて怪我させられたらしい。度の超えた暴力にその子どもは入院させられた上トラウマまで出来て精神科医のリハビリまで必要になった始末だ。まぁ近い未来、何処かが潰してた所だ。それに迷惑をかけるだけのガキなら死んでも誰も文句言わねぇだろ。」
煉の目には怒りの殺意が宿る。
「同じ孤児院の子どもなれば、やっぱり仲間意識のようなものが生まれるんですか?」
「ん?そうだな…まぁ俺は定期的に差し入れ持って行くからな。懐かれるんだよ。」
そう話す煉の目はとても穏やかで、凛花のにっこりと微笑んだ。
「それで、壊滅させるのは煉君一人ですか?」
「いや、一応あと二人応援が来るらしい。…まぁ基本的に俺みたいな単独の殺し屋は連携とか得意じゃねぇんだけどな。」
「あら、そうでしたか。まぁじゃあ私はお邪魔にならないように掃除屋の手配を済ませておきましょうか?」
「随分気が早ぇな。とりあえず応援の二人は明日来るらしいから、どこかでお前も待機してればいい。お前をあいつらにわざわざ紹介するつもりは無いが、あいつらの顔を見ておいて損はないだろ。」
「そうですね。煉君も、こちらに意識を向けないようにお願いしますね?」
「分かってるって。する訳ねぇだろ。」
「ですね。それじゃあ私は黒豹の情報を纏めておきますね。」
凛花はそう言うと荷物を持ってカラオケを後にした。
翌日、煉はとあるカフェで応援の2人を待っていた。
店内に凛花の姿は無い。
カランカラン
入店を知らせる鈴の音と共に入ってきた2人の男。
十七~八歳くらいの茶髪の男と二十歳くらいの空色の髪の男。
二人とも長身細身だが鍛えているのが一目で分かるほど、しっかりした体付きをしている。
「お前らか…」
顔を一目見て、煉が溜息を着いた。
「わざわざ俺らが来たんだ。ありがたく思え。」
二人は煉の前に座ると、煉の周囲を見渡す。
「お前の協力者とやらは来てないのか?」
空色の髪をした二十歳くらいの男が聞いた。
その言葉に煉はぴくりと反応する。
協力者の存在は誰にも明らかにしていない。
「いない。今日は用事があるんだと。」
だが、彼らの情報網の凄さを考えればそれくらい容易である、ということだろう。
取り乱すことなく、興味無さげに答えた。
「あの孤高の暗殺者気取りのお前に協力者が出来たと聞いた時は驚いたが…」
「協力者がいる方が何かと都合が良いからな。」
「まぁ裏切られるも殺されるも自己責任だけどな。手を組む奴がどんな組織に属してるか、どんな連中を殺してきたのか、そういうのを把握してねぇと後々面倒な事になる。自分で自分の首を締めるなよ。」
「わかってる。そんな事にはならねぇよ。お前らと違って俺は相手を選ぶ質だからな。」
「その様子から見ると協力者ってのは女か?」
空色の髪の男がにやりと笑う。
「それなら一層会ってみたいな。お前のお眼鏡に叶う女がいたなんて驚きだ。」
「お前とは関係ねぇだろ。お前みたいな女好きが居て連れてこれる訳ねぇだろ。お前が来るのなんか薄々分かってたんだ。」
「あぁ、まぁ”応援二人”ってなれば俺達を連想するのも無理はないだろうな。」
「よっぽどの事がない限り、お前らが会うことは無い。」
煉がそう断言した時、店に入店の鈴の音がした。
何気なく煉が視線を向けると、そこには凛花が居た。
ばっちり煉と目を合わせると、にっこり笑って近寄ってきた。
「煉君、来ちゃいました。」
可愛らしくそう言うと、当然のように煉の隣に座る。
「初めまして。私鑑凛花と申します。」
2人に対してにこやかに挨拶した。
「…へぇ…煉…お前…こんな可愛い子をたらしこんでたのか」
凛花の予想外の見た目の良さに空色の髪の男はにっと笑う。
「俺は上条大空。こっちは弟の上条大地。よろしく。」
さっきのまでの態度とは一変し、優しげな笑顔を浮かべ、話しかける。
「はい。よろしくお願いします。といっても私は煉君のサポートに近い事しか出来ないので、あまりお役に立てるとは思いませんが…」
「そんなこと言ったって、煉がわざわざ協力者を作るなんてことは今まで無かったんだから、君がよっぽど変わった何かを持ってるってことだろ。」
大空は興味深そうに凛花を見る。
「なぁ、俺顔合わせ終わったし帰っていいか?」
今まで黙っていた大地がバツの悪そうに口を開く。
「あぁ、女が苦手だったよな。忘れてたよ。もう帰らせていいよな?」
「あぁ。問題ない。」
「だそうだ。」
大地はそういうと席をたち、出ていった。
「君には悪いけど、あいつ、女には死ぬほど愛想悪いからあいつと仲良くなろうとかは考えない方がいいよ。」
「そうですね~気をつけます。」
凛花は改めて大空の方を見る。
大空は名前からか、空色の短髪で顔もそれなりに整っている。目元は大地の方が悪かったが、こちらはそこまでのようだ。
まぁその本性は隠しているようにも思えるが…。
今は人目があるから愛想良く振舞っているが、仕事の時となれば隠さず、黒く凶暴な本性をさらけ出すに違いない。
元ヤンのような弟だが、兄にはきちんと従っている。今は優男のようだが、こちらの兄も元ヤンと見て間違いない。戦闘スタイルも体術を基本としたものが推測される。
「何~?俺の方見て。惚れた?」
「安心してください惚れません」
軽口を叩く大空の言葉に凛花は笑顔ではいるが、冷たくあしらっている。
「おい、こいつにウザ絡みするな。」
煉が制すると大空は不満げに漏らす。
「このレベルは中々いないんだし…口説きたくもなるだろ?」
「だからってその口説き方はやめろ。」
「本当に。」
煉が制する以上に凛花が冷たく放つ。
「…………大地より大空のが嫌いか?」
その態度に煉は唖然とし、凛花に聞いた。
「そうですね~大抵の女は口説き落とせば思い通りになる、と思っているのが丸わかりのその態度が大変不愉快です。口説き方も三流ですしね…」
笑顔で毒を吐く凛花に煉は少し驚いたが、それよりも最後の言葉に大空が反応した。
「口説き方が三流?聞き間違いか?」
「実際そうじゃないですか。顔が良いとか容姿がいいとか。中身を全く見ていない証拠です。よく知らない人からそんな在り来りな言葉を言われて、どうして素直に浮かれられるんですか?馴れ馴れし過ぎて引きます。そんなんだと本当に好きな人が出来た時、上手く口説けなくて振られる未来が見えますね。」
「俺に向かって言ってるのかそれ?これでも人通りの多い道を歩いたら逆ナンとかされたりするんだが?」
凛花の言葉をいちいち真に受け、分かりやすく苛立つ大空。
煉が制しようとすると、凛花がテーブルの下で煉の手を掴み、大丈夫、と合図した。
「その口説き方で落ちる女がいるならそれは三流以下の女では?」
「……………分かった。君を口説くにはもう少し時間が必要みたいだね。」
怒りを抑えながら大空は店を出て行き、30分後にはメイクが完璧な女子高生達とカラオケに行っている写真が煉に送られてきた。
「…………あいつとは関わらないが吉だな。」
煉が面倒くさそうに呟いた。
「すみません、面倒な事にしちゃって…」
「いや、構わない。あいつ、隙あらば近くにいる女を口説いて遊んで泣かせて来たからな。いつか刺されるんじゃないかと思っていた所だ。」
「えぇ。あの口説き慣れた感じ…皆同じ事しか言わないですし、聞き飽きました」
「聞き飽きた、か。」
煉はさらりとしたモテ発言に苦笑する。
「そうですね。顔が良いだけの男なんて見飽きてます。気遣い上手とかエスコート上手とか、お金持ちとか。色んな男に声を掛けられましたけど……今はどこにも行きませんよ?」
凛花はそっと煉を覗き込む。
今は煉の”彼女のフリ”をしているのだから。
「あぁ、そうだな。それよりもあんまり遊んでイメージ無かったが……割と遊んでるのか?」
「遊んでるって言い方はなんか嫌ですねー。任務とかで潜入したり、なんて事は良くありましたから、上辺だけの言葉はいくらでも聞きました。」
「そうか……仕事か……」
「もちろん仕事です。」
にっこりと微笑む凛花の笑顔には有無を言わさない迫力がある。
「……というかすごいタイミングで来たよな?」
その迫力に若干圧倒された煉がわざと話題を逸らす。
「あ、はい。そうですね。ここの防犯カメラをハッキングして、煉君の近くに盗聴器を仕掛けておいたんです。」
凛花は当然のようにサラリと言った。
「…………分かっててあのタイミング出来たのかよ…」
「はい。初対面の人間にどう出るか見ておきたかったですし、実際会って、言葉を交わして分かる事もありますからね。」
「当日はお前絶対来るなよ?あの二人が来るとは思っていたが、あの二人が来た以上、一掃は楽にはなるが、俺たちの身が危ない。下手にあいつらの間合いに入ったら敵味方関係なく潰しに来るからな。」
「…………周りも見えてないんですね」
凛花が呆れたように溜息をついた。
「特にあいつら女には容赦ないからな。」
「何故です?」
「………それはお前からすぐわかるんじゃねぇの?」
「今はまだ情報が手元にありませんから」
すぐにわかる、という言葉は否定せずににっこりと笑った。
「…………まぁ俺が言えるのはあの二人は女が嫌いって事だけだ。大地は女性恐怖症だし、大空もわざと上げて落とすなんて真似してる。」
煉達は孤児院出身の孤児なのだ。過去に何があったかくらいは想像に難くない。親を失ったり、捨てられたりして、家族がいない子どもたち。
改めてその事実を受け止めながら、凛花は目を伏せた。