二話 先祖返り
「煉君、おはようございます!」
翌朝、煉が家を出るとそこには凛花が立っていた。
「………………なんでいるんだお前……」
家を教えたつもりは無いし、調べた所で分かるものでもない。
一応組織が手配した場所で普通では絶対に分かりはしないのだ。
「煉君、仲の良いカップルって言うのは朝から一緒に登校するんですよー」
家を知っている事には全く触れず、にこにこと上機嫌で話しかける凛花。
「………………お前の情報網が組織の上を行くことは分かった……分かったが…とりあえずそのストーカーみたいな真似はやめろ……というかお前一体何時から居たんだ……?」
ただでさえ夜型の煉は朝が苦手だ。
その上この状況。もう突っ込む気力はなく、ため息混じりに顔を押さえる。
現時刻は七時三○分。
学校まではここから二○分電車に乗って十五分歩いた所にある。
そもそも凛花の最寄り駅が煉と同じとは限らない。
進行方向で途中下車してきたならまだしも、真逆の方向ならかなり手間だ。
(家からここに来るだけでもそれなりに時間がかかるだろうし…この時間にここに来ようと思ったら何時に家を出たんだ…?)
「あら、気にしてくれるんですか?優しいですね~でも私、朝は強いんで大丈夫ですよ!」
「…………お前最寄り駅は?」
「え~そんなプライベートな質問は答え兼ねます」
わかってはいたが、当然はぐらかしてくる。
「学校の最寄り駅での待ち合わせじゃだめなのか?お前がわざわざ朝からここに来るのは大変だろ…」
「別に大変じゃないですよ。私が来たいから来てるんです。私が勝手にしてる事なので煉君は気にしなくて大丈夫です。そのお心遣いだけでも私は今日、ここに来た価値があると思ってますから。」
嬉しそうに笑顔を浮かべる凛花にそれ以上は何も言えなくなった。
二人で登校するとやはり周囲の視線を感じる。
主に同じ学校の生徒たちからの視線だ。
それだけ二人が目立っているということなのか、注目されているということなのか…
とにかく好奇の目に晒されるのはあまり良い気はしない。
「すごい注目ですね~……」
凛花が辺りの視線に対し、小声で囁く。
「本当に……お前がいるだけでこんなに視線を浴びることになるとは思わなかった。」
煉は本日何回目か分からないため息をつく。
「ため息つくと幸せが逃げるらしいですよ~?」
「幸せなんて元からねぇから大丈夫だ。」
「私が隣にいるっていうのが幸せだとは思わないんですね~」
「お前はちゃんとお前に惚れて、お前を大事にしてくれるやつといる方が幸せになれるだろ」
凛花が少し拗ねたような声を出すが、小声で誰も聞こえて居ないと分かっているからか、煉は素っ気なく返した。
「煉君って本当…分かってないなぁ…」
凛花は煉にも聞こえないような声で呟いた。
その夜、高級ホテルの最上階の一室に凛花の姿があった。
黒のパンツスーツに身を包み、黒字に細い白十字の模様が入ったネクタイを締め、一人の少女の傍に居た。
とても広い部屋に二人だけ。少女はいつだって待つことしか出来なかった。
「ねぇ、凛花、パパはいつ迎えに来るの?」
十歳くらいの少女は質の良い派手なドレスのような服を纏い、お上品に椅子に腰掛けていた。
「旦那様の会談にはもう少し時間がかかるそうです、お嬢様」
凛花は屈んで少女と目線を合わして丁寧に答えた。
これが凛花の組織から命じられた今日の仕事。
「おやおや、そのお嬢さんの護衛はあんたたった一人かい?」
その時部屋に一人の人影が見えた。
年は五十過ぎくらいの女性。
「オートロックの部屋とか関係なく普通に入って来ますよね~」
凛花も大して驚くことなくため息をついた。
「”隠し神”……へぇ。”座敷童子”も一緒ですか。。」
凛花が指摘すると、隠し神と呼ばれた女性の後ろから八歳くらいの女の子が姿を現す。
「建物内に隠れる以上、座敷童子なら都合がいいですよね。」
凛花の傍で控える少女がそっと凛花の後ろに隠れる。
「あんたみたいな若いのが先祖返りの力を使いこなせるのか不安だねぇ。」
女がくっくっと笑う。
”先祖返り”とは親には現れていない、何代もの前の親の遺伝子が子どもに現れること。
だが彼女達が使う”先祖返り”の意味は少し違う。
彼女達の先祖はかつて”妖”と呼ばれる人ならざる者と交わり、その血に妖の血を持つのだ。
そしてその血の力が色濃く出てしまう現象、その力を何代も越えて受け継いでしまった現象、それを”先祖返り”と呼んでいる。
隠し神と呼ばれた女性は神隠しで有名な隠し神の先祖返り、幼い少女は座敷童子の先祖返り。
そして凛花自身も先祖返りなのだ。
「お嬢様、これを」
凛花は少女に一枚の護符を渡す。
少女が護符を手にした瞬間、その護符がぱぁっと光り、少女を淡い炎で包み込んだ。
「えっ……?熱くない…なにこれ……」
少女は全く熱くないその炎に困惑しながら凛花を見る。
「大丈夫です。その炎がお嬢様を守ってくれます。」
凛花は宥めるようにそう言うと、手から炎を出した。
「おやおやおや…炎を使うのかい…」
隠し神はじっとその炎を見て、笑う。
次の瞬間、凛花の背後に座敷童子が現れる。
「なっ!」
その手には鋭い出刃包丁が握られており、咄嗟に隠し刀を使い受け流すが、全く気配を感じなかった座敷童子に背筋から冷たい汗が伝う。
それから隠し神も懐から刀を出して凛花に切りかかる。
凛花はベッドの下に忍ばせてあった鎖鎌を持ち出し、隠し神の相手をする。
そして座敷童子も視界に捉えていたはずなのに瞬時に消え、そして死角から瞬時に現れる。
その瞬間移動のような動きに凛花は苦戦し出す。
「あぁ、やっぱり。どんな連中もこの子には油断して甘く見る。その油断が自身を殺すとも知らずに…」
隠し神は自信に満ちた笑みを浮かべ、座敷童子もくすくすと笑っている。
彼女は床に滴り落ちる己の血を一瞥し、納得したように呟いた。
「隠し神と座敷童子…なるほど…相性は抜群ですね」
子どもを隠す隠し神…
子どもの妖である座敷童子…
座敷童子を隠して敵から見えなくし、座敷童子が敵の死角に入り込んだ所で座敷童子の姿を現す。
それを繰り返せば何度でも敵の死角に潜り込めるし、隠し神の相手をしながらならその分死角への警戒は疎かになる。
「気付いてももう遅い。気付いてどうにかなるようなものでもないしねぇ」
隠し神はくすくすと嘲笑う。
確かに現状はあまり良くない。一人しかいない護衛の凛花は手負い。対して襲撃者である二人は無傷で完成された連携技を見せてくる。
「貴女達だけが二人だと思ったら大間違いよ。」
凛花はにっとの微笑んで、次の瞬間、隠し神達の前と後ろから攻撃した。
「なっ!?」
「えっ!?」
前後からの攻撃に困惑した隠し神は咄嗟に座敷童子の方に引くが、座敷童子も同時攻撃を受けていて避けようがない。
「まさか…お前……分身の術…」
「って事は…狐…?」
凛花の正体にようやく気付いた二人の表情から先程までの余裕が消える。
「狐は厄介……」
座敷童子が忌々しそうに凛花を睨みつける。
「あら、動物は嫌い?」
四人に分身した凛花はくすくす笑いながら二人を見る。
「分身しても元は一人。そいつを殺せばあたしらの勝ちだ」
隠し神が言うと、座敷童子が頷き、再び座敷童子が消える。
そして凛花の死角から現れる…のだが、その位置に分身の凛花が構えており、現れた瞬間座敷童子は斬られてしまった。
「いっ……」
斬られた腕を痛そうに押さえ、苦痛に顔を歪める。
それに動揺した隠し神も凛花から一撃を食らってしまう。
「さて、そろそろ終わりにしましょうか」
凛花達がにこやかに微笑み、鎖鎌を構える。
「させないよ!」
隠し神は相打ち覚悟なのか、背中を斬られて尚、凛花に刀を向けてくる。
凛花はそれをいとも容易く薙ぎ払い、微笑を浮かべて鎖鎌でその首を跳ねた。
「うわああああああ」
凛花はそれを見た座敷童子が斬られていない方の腕で拳銃を構えていることに気付くのが一瞬遅れた。
パァン!!パンッパンッ!!
三発の銃声が響いた。
その三発は凛花ではなく、凛花の護衛対象の少女に向かって放たれたものだった。
だがその銃弾は少女には届いていなかった。
少女を護る狐火があったからだ。
本来狐火に殺傷能力は無いが、護る力はあるのだ。
狐火で結界を作れば、外部からのあらゆるものを遮断する。
故に今、少女はこの部屋で殺し合いが起こっている事が見えていないのだ。
少女の声も外には聞こえないし、外の声も少女には聞こえない。少女の声が聞こえるのは結界を張った張本人である凛花だけだ。
「くっそ!」
結界は壊せないと悟った座敷童子は凛花に銃を向けるが、引き金を引く暇を、凛花は与えなかった。
その前に凛花は隠し刀で座敷童子の喉を掻っ切った。
座敷童子がばたりと倒れ、その絶命を確認すると、掌からぼおっと赤く淡い炎を出して、それを二つの屍に向けた。
すると一つの炎が二つにわかれ、それぞれの屍の上に行き、亡骸を包み込むように広がった。
そして凛花がふっと息を吹くと同時に掌の炎は消え、屍を包む炎も屍ごと消えた。
カーペットに染み付いた血まで一緒に消えている。
だがこれは消えた訳ではない。
狐火で見えなくしたに過ぎないのだ。
だからまだそこにはしっかりと亡骸がある。
そして武器の血を拭き取り、丁寧にしまうと凛花は狐火で自分の傷も隠した。
そしてようやく少女の結界を解いた。
「お待たせしましたお嬢様。もう大丈夫ですよ」
凛花は人を殺したとは思えないような優しげな顔で少女に話しかける。
「あの人たちは?」
「おうちに帰ったそうです」
凛花がそう答えると、何も知らない純粋な少女は「そうなの、それは良かったわ!」と笑ってみせた。
その後すぐに凛花は少女の手を引いて少女を隣の部屋に移した。
そして少女の父親が戻ってくると凛花は襲撃者について話した後、彼が凛花の組織に任務完了の連絡をして凛花はホテルを後にした。
二つの骸は狐火を解き、組織の人間が回収に来るらしい。
ひと仕事終え、腕を空に伸ばしながら暗くなった街中を歩いていた。
「あれ?なんでお前こんな所に?」
その時聞きなれた声が聞こえた。
振り返らずとも誰か分かる。
少女と話す時とも、先祖返り達と話す時とも、どんな時とも違う、嬉しそうな声を出した。
「煉君!どうしたんですか?」
「いや、どうしたってそれはこっちのセリフだけど…そんな格好で…」
パンツスーツなんて普通の女子高生はしない格好だ。
「見ての通り仕事帰りです。煉君は…?」
「俺は買い物。冷蔵庫見たら食べ物なんにも無くて…その帰り。」
確かに煉の肩にはエコバックが下げられていて、その中には沢山の食材があるのだろう。
「私お腹すきました~今から煉君の家に行ってご飯食べちゃダメですか?」
甘えるような声で得意の上目遣いをして凛花は問いかける。
「嫌って言っても付いてきそうだしな……簡単なのしか作れねぇけどそれでもいいか?」
「はい!構いません!」
嫌そうな顔をしながらも煉は承諾した。
「それじゃあまず薬局行くぞ」
煉は駅とは家とは反対方向に歩き出す。
「えっ?何でですか?」
凛花がきょとんとすると煉が当然のように答えた。
「その怪我。手当しないつもりか?上手く隠してるつもりかもしれねぇが同業者には血の匂いってもんが分かるんだよ。」
「っ!」
狐火で視覚的には隠せても匂いまでは隠せない。
同業者だから気付いたことかもしれない。
それでも驚くこと無く、仕事の内容を詮索するでもなく、ただこの怪我を心配してくれた。
その優しさに凛花は胸が熱くなるのを感じた。
「ありがとう…ございます」
夜の雑踏に紛れてその声は煉の耳には届かなかったけれど、凛花はとても満足そうな笑みを浮かべていた。
戦闘シーンが上手く書けなくて似たような表現ばかりになってしまいました…(-ω-;)
何とかしたいです…