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一話 後編 恋人の契約

1話が長かったので前後編に分けさせて頂きました~

人気の無い旧校舎近くまで来ると凛花は足を止めた。


そもそも今日転校してきた人間が何故こんなにも校内を把握しているのか。それだけで彼女の正体を推測するには十分だった。


凛花が煉の腕から手を離した瞬間、煉は彼女の首元に鋭い刃を当てた。


刃渡り十五cm程度のナイフだ。


「こんな所まで来て暗殺か?それにしては随分と目立つ行動を取ったみたいだが…」


その声は先程とは打って変わって低く唸るような声だ。


「…やっぱり疑う事から始めるんですね~煉君は。」


それに対して凛花は動じることなく、先程同様の”美少女転校生”の顔をしたまま呆れるように言った。


「目的はなんだ?何故俺を知っている?何故俺を巻き込む?」


質問に答えない凛花に苛立ちを隠さず、首元へのナイフを強く当てる。


「……この制服、新しいんで転校初日から汚したくないんですよね。」


やれやれ…と堪忍したように大袈裟にため息をついた瞬間、彼女の気配が変わった。


瞬間的に放たれた凄まじい殺気に煉は一瞬身を引き、その隙に凛花は煉から距離を取る。


互いに警戒しているのか、一定の距離を保ったまま、凛花が口を開いた。


「お察しの通り、私は今、とある人物の暗殺を目的としてここにいます。」


声自体は穏やかで、殺気は全く零れていないが、その表情…特に目は冷酷な殺し屋そのもので、同業者である事は言わずとも分かる。


「ですがその対象は中々に警戒心が強くて、しかもそれなりに社会的地位のある人物で、常に警護されているんですよ。ですから、転校生の女の子がいきなり近付いたら警戒されて逃げられてしまう。」


「……だから俺に目を付けたのか?」


恐らく凛花のターゲットは煉のクラスの誰か、だろう。突然の転校生でも、煉を挟めば接触は可能。


「はい。ついでに貴方を先に抑えておけば邪魔される事もありませんし。」


自分が殺し屋だと知っていて、これほどまでに猪突猛進に巻き込んでくる人間なんているだろうか?


その斬新すぎる行動に半ば呆れながら問う。


「それで、そのターゲットは誰だ?」


その問いはつまり、凛花の頼みを検討する、という事だ。


それを察した凛花はくすりと微笑む。


「言えませんよ。そんな機密事項。」


当然のように答えた。


「……………はぁ、やっぱりか。」


だが、煉もそれに驚く事はなく、半ば予想していた、と言いたげに頭を掻く。


「はい。ですが、貴方が協力してくれるなら私が貴方の味方になります。貴方の望む情報を、誰よりも速く正確に貴方に届けましょう。」


自信に満ちた笑みを浮かべて、凛花は落ち着いた声で手を伸べる。


「お前の情報が正しいという証拠が無いし、何より俺に伝わるターゲットの情報を一々お前に流す、なんてリスキーな事はしない。」


「私の入手する情報が正しい、というのは昨日の現場が証拠です。昨日貴方の情報を掴んだから私はあの場所に居たんです。貴方からなんの情報も貰っていないのに、貴方が昨日あの場所でターゲットを始末することを私は知っていたんです。」


当然のようににこやかに話すが、組織からの殺害命令など普通に考えて他所に漏れることなんて有り得ない。


余程その手の情報ネットワークに長けた人間か、それが可能な組織に属しているか、だ。


「…………お前は何処の組織の者だ?」


伸べられたその手を見て、警戒したように煉は聞く。


これがもし敵対している組織なら安易には手は組めない。


煉の属す組織”ラ・モール”という組織は世界的に有名な殺し屋組織で、世界中支部がありその支部で、厳選された優秀な殺し屋が全国に散らばり、各地で仕事をこなす。


基本的には個人で行う仕事が多く、誰と協力関係を結んでも構わず、自己責任ではあるが、FBIなどの世界的に権限を持つ組織や、国家の諜報員等などは巻き込まれるとこちらの組織ごと狙われる可能性がある、として原則避けるのが暗黙の了解だ。


「私の所属組織…ですか?」


「そうだ。返答次第ではお前の申し出、断らせて貰う。」


「あー…とても小さな組織なのでご存知かどうか分かりませんが『ニヒールム』という組織です。」


「ニヒールム?聞いたことないな…いつからある?どんな組織だ?」


「ニヒールムは暗殺、護衛をメインとした長期契約という形を取っています。ですので、一見さんお断り、制約もあります。顧客との長年の信頼、というのをモットーにした少数精鋭の組織です。詳しくは裏社会ネットワークで調べればわかると思いますよ。」


「ニヒールム……国家諜報機関ではなさそうだな…」


「国家諜報機関だなんて…そんな大それた機関に、私みたいなのが入れる訳ないじゃないですか~」


「それもそうだな。」


自分の組織の在り方をあっさりと簡潔に話したり、国家諜報機関と言っても動揺の素振りを見せなかった凛花を見て、彼女の言葉に嘘はない、と判断した。


「分かった。お前の申し出を受けよう。」


「本当ですか?」


凛花の表情がぱぁっと明るくなる。


「嬉しいです!ありがとうございます」


こんな風に普通ににこやかに笑っているだけなら、ただの可愛い女子高生に見えるのに…と煉は微笑んだ。


「それじゃあ彼氏のフリも引き受けてくれるってことですよね!」


そう言うと、煉の腕に抱きついてくる。


「えっ…ちょ、それはまた別の話じゃ…」


「私のターゲットの警戒心を解くために、煉君には彼氏のフリをしてもらわらないとなんですー!」


上目遣いで少し拗ねたように言われると、これが戦略と分かっていても、言い返せなくなる。


「それだけの容姿とトークスキルがあるならわざわざ俺なんかと組まなくても自力で駒になる男でも捕まえられたんじゃないか?」


呆れ気味にふと疑問に思ったことを口にすると、凛花が嘲笑して答えた。


「すぐに体を求めてくるような男に抱きつきに行くとか正気ですか?」


「は?」


「私の事が好きで、私の為ならなんでも出来る。そんな事を言っていても初めだけですよ。いずれは自分が相手にしたことに対する対価を求めてくるんです。恋人らしいことがしたいとか言うんですよ。手を繋ぐとかハグとかキスとか、それ以上の事も。こちらに一切その手の感情が無いと伝えていても、一緒に居るんだから情くらい湧く…と都合のいい勘違いをするみたいですし。そんな猿を相手にするのは私の人生が勿体ないので。」


当たり前でしょう?と言わんばかりの口調でさっきとはまるで別人のような冷たく返した。


「………………男嫌いなのか?」


凛花が別人のように変わり、困惑した煉が辿り着いた結論はそれだった。


「………別に嫌いではないですよ?必要以上には関わりたくないってだけで。」


「それを嫌いって言うんじゃ…」


「でも煉君の事は全く嫌いとかキモイとか思ってないんで大丈夫ですよ。」


凛花はにっこり笑って答えた。







その後二人が付き合っているという噂は瞬く間に学校中に広まった。


「煉の馬鹿野郎…ずっと彼女なんていらねぇーみたいなオーラ出しときながらあんな可愛い子と付き合ってたなんて許せねぇ!」


大河が煉の首をガクガク揺らす。


「ちょ、大河やめろって…」


「ずるい!ズルすぎる!そもそも彼女いたなら俺に話してくれても良かったじゃんかー!」


「悪いって…あいつが…黙ってて欲しいって…自分から言いたいって聞かなくて…」


「なんだよ!さりげなく彼女に甘いアピールしてんじゃねぇよぉおおお!」


可愛い女の子が好きで、いずれは可愛い子と付き合いたい!という願望を持っているのに何故か彼女を作らない大河はこうなるとどうにも面倒臭い。


何故大河に彼女が出来ないのか、それは大河のルックス的に女の子自身が引け目を感じで身を引くからだ。


あと大河と煉には手を出してはいけない、という暗黙のルールが存在するからだ。


だがそんなルールも転校生は全く知らない訳で、しかも煉のルックスに釣り合うだけと超絶美少女と来た。


そして煉もその関係を肯定しており、どう見てもお似合いの二人を邪魔するなんて事は出来なかった。


だが彼女とはなんとも厄介な存在だ。


しかも、その彼女が学校でも目立つ転校生。


興味の目に晒される方の身にもなれ…と思ったが、凛花も凛花で何か思う事があるのだろう…読めない女だと煉は窓の外を眺めた。



ガラガラガラ


放課後になり煉が凛花の教室を訪れる。


煉の訪問に教室はざわっと騒がしくなる。


「あっ…あの…凛花ちゃんは…さっき教室を出ていったから…先輩の所に行ったのかも…」


一人の女子生徒が戸惑いがちに煉に話しかける。


「あぁ、そうか…入れ違いか…」


煉は学校で被るイケメンの皮を被り、極力クールに答えた。


「は…はい…せっかく来て頂いたのに…また凛花ちゃんが戻ってきたら伝えます…」


「ありがとう」


煉は微笑を浮かべて踵を返した。


教室に戻ってくると、凛花と大河が話していた。


「え~煉君って甘いもの苦手なんですか~?」


「そうなんだよ~この前も間違えていちごオレ買っちゃって、俺に押し付けてきたんだよな~」


「そうなんですか?楽しいですね!先輩は甘いものお好きなんですか?」


「俺?俺は好きだよ~だから煉がいちごオレ買った時は毎回俺にくれるんだよね~」


随分親しげに話している。


恐らく煉と入れ違いになったから此処で待っていれば帰ってくる、と大河が声をかけたのだろう。


「あ、煉君!」


大河と楽しげに話していたのに、煉が帰ってくると大河よりも先に気付いた。


「すみません、入れ違いになっちゃったみたいで…」


「あぁ、俺の方も待たせて悪かった。」


大河の手前、彼氏らしく振舞おうとするが、如何せん彼氏というのもをやった事が無く、しかも凛花は扱いにくいタイプでぎこちなくなってしまう。


「いえいえ~大河先輩とお喋りさせて頂いていたので全然待ってませんよ」


にこやかに大河の方を見ながら煉に微笑んでみせる。


「それじゃあ帰るか?」


「はい!」


「じゃあな、大河、また明日」


凛花はカバンを肩にかけ、すぐさま煉の隣に並び、煉は大河に肩越しに振り向き手を上げる。


「あぁ、また明日」


大河も軽く手を上げ、挨拶する。


「大河先輩、またお話してください!」


凛花はしっかり振り返り、丁寧にお辞儀して満面の笑みを向ける。


「凛花ちゃんも、ばいばい」


大河はにへっと緩い笑みを浮かべて手を振った。


「大河に何の用だ?」


他の生徒の注目を集めながら歩く二人だが、校門を出ると、煉が低い声で聞いた。


「別に用なんて無いですよ。ただ、”煉君の彼女”って結構ハイスペックを求められるんですよ?それに、煉君がいつその気になってもいいように外堀から埋めていこうかと思って」


「なんだよ、その気になるって…」


「え~?分かりません?いつでも私の事好きになっても良いってことですよ~?」


凛花が上目遣いであざとく笑ってみせる。


大きくて綺麗な瞳、その瞳を綺麗に縁取る長い睫毛、陶器のように白く透き通った柔らかそうな肌、艷めく黒髪、容姿だけならそこらのモデルより余程上だ。


こんな女の子に口説かれては大概の男は堕ちる。そう思いながらも、彼女は協力者で自分は恋愛なんてしている暇はない。


冷めた目で凛花の上目遣いを流した。


「はいはい、惚れないから安心しろ。」


「え~そこは冗談でも可愛いの一言くらい言ってくれてもいいのに~!」


傍から見たら美男美女の高校生カップルだが、どちらも普通の高校生ではない。


高校生のフリをした殺し屋と暗殺者。


二人の歪な関係が今始まった。

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