一話 前編 怪しい女
まったり気ままに書かせて頂いております
拙い文章ですが宜しければ読んでいただけると嬉しいです(✩´꒳`✩)
静かで殺風景な部屋。
そこに彼女は一人。
今日も窓の外から月を見上げる。
「待っててください。必ず…私が貴方を…」
祈るように、願うように…呟いた。
「呼吸、脈、共に無し。」
とあるホテルの一室。真っ暗の闇の中、ライトも付けずに、屍と成り果てたそれを見下ろすのは一人の青年。
青年、と言っても十七、八くらいの学生だ。
学生服を着ているから、実際学生服で間違いないのだろう。
その右手には刀。暗闇でもその刀は獲物を逃がさなかった。
胴体から離れた頭部を一瞥し、懐から清潔な布を取り出し、刀から鮮血を拭う。
彼は何も感じていないかのような乾いた声で、呟いた。
「任務完了」
彼は殺し屋だった。
ターゲットの抹殺を終えた青年は刀を鞘になおし、竹刀袋に仕舞う。
そしてあたかも部活帰りの高校生を装い、部屋を出ようと、出口に爪先を向けた。
「いやぁ~すごい手際ですねぇ~」
女の声がした。若い女の声。褒め称えるような声ではあったが、こんな状況でそんな事を言える人間など、刺客の他有り得ない。
声より一瞬早く青年は気付いた。
そこにいる者の存在に。
彼は物凄い速度で竹刀袋から刀を取り出し、抜いた。
「何者だ。」
姿は見えない。だが、この現場を見られた以上殺す他無い。
彼の中で結論は出た。あとは実行に移すだけだ。
「まぁまぁ落ち着いてくださいよ~」
どこからか舞い降りた人影はどうやら少女のようだった。
落ち着いて、と言う割に声に動揺や焦りは無い。
真っ暗な部屋だが時折閉められたカーテンの隙間から月明かりが差し込む。
その光が少女を照らした。
腰辺りまである長い黒髪。白く綺麗な肌。女子高生なのか、或いはそういう趣味なのかは分からないがセーラー服を着ていた。
そして何より注目すべきはその手に持つものだ。
鎖鎌。刀身五十cmはある鎖鎌だ。
その刃はまるで日本刀のように鋭く光っている。
持ち手は漆塗りのように漆黒で、金色で五枚の花弁がある名前の知らない花の模様が掘られている。
特注品であり、同時に使い込まれた武器であることは一目でわかる。
右手には鎌、左手に鎖を持っている。
鎖鎌は危険な凶器。その鎖の届く範囲なら三六○度首が落とせる。そしてその鎖、割と間合いがありそうで、この狭いホテルの一室全てなら、どこにいても間合いに入るには十分だ。
この部屋に現れた時点で間合いに入ってしまっていることになる。
「あれ~?こんな現場を見られたのに、殺さないんですか?」
冷ややかな少女の声で彼女が同業者であると悟る。
「狙いは俺か…」
そう呟くと同時に素早い身のこなしで少女に斬りかかる。
少女は鎌も鎖も使わず避け、二撃三撃と連続した太刀を繰り出すものの、まるでその全てが見えているように少女は容易く避けてしまう。
何度太刀を繰り出しても、鎌や鎖を使うことなく交わされてしまう。
(…女相手にかすり傷一つ付けられねぇなんて事…あってたまるかよ…!)
躍起になった青年は更に加速し、斬りかかりつつナイフを取り出す。
そして右手で振るった太刀を避けられたタイミングで左手に持つナイフを首に向け、突き出す。
だが、そのナイフは鎌にあっさり弾かれてしまう。
「暗器の扱い、まだまだですよ」
少女はくすりと微笑むと刀を振るう青年の右手首を掴む。
「なっ…!!!」
大男に掴まれたのかと思うほどの力で腕がびくりとも動かない。
手首が圧迫され、血の流れが滞っていくのが分かる。
すぐさま左手にナイフを持ち、また切りかかるがその手は効かない、と言わんばかりに弾かれる。
だがその瞬間、青年は少女の脇腹に鋭い蹴りを入れた。
かなりの威力で少女の細く華奢な体は吹っ飛び、手首を握っていた手も離れ、体勢を崩す。
それを見逃さないように首だけを狙い顎の下に刀を滑り込ませる。
だが寸でのところでかわされる。薄く赤い線が入り、首の皮が少し切れただけだった。
真っ白なセーラー服が赤い血で染まっていくが、少女はすぐさま鎖鎌を構えて向かってくる。
何度も刃を交え、力を受け流し、また力いっぱいぶつかる。そんな事を繰り返していくと少女は一度青年から距離を取った。
青年は警戒を怠らず武器を構えたまま隙を伺う。
そして二人が同時に動き出す。
何度も激しくぶつかる刃に火花が散るようで、暗い部屋を時に一瞬一瞬明るく照らす。
少女が首を狙って大きく鎌を引いた。
その瞬間、青年は刀で少女の首を飛ばした。
「はぁっ…はぁっ…」
ただの暗殺のはずが、想像以上に消耗してしまった、と、ため息を着く。
少女の死体を確認しようと振り向くと、そこには少女の死体はなかった。
いや、そもそも少女自体いなかった。
「何?どういう事だ?」
まだ生きて、どこかに隠れているのだろうか、と周囲を警戒するが、どこにも気配はない。
それに完全に首を捉えた実感もあった。
ただ、手応えはなかった。
首を飛ばした、という手応えが。
「なんなんだ?」
その場を詳しく調べたい気持ちもあったが、仕事上一刻も早くその場を離れなければならなかった。
青年の名前は奈白煉。
一七歳の高校二年生。だがその顔立ちや雰囲気は大人びていて、よく年上に見られる。
黒い髪と黒い瞳。一八○cm近くある背丈に、職業的に作り上げられた強靭な肉体。
着痩せするタイプではあるが、見る者が見れば、歩き方だけで只者でないことはわかる。
殺し屋になったのは十四の時だが、こんな体験は初めてだ。
殺したと思った。確かに首を飛ばした。それなのに刀には血一滴すらついていない。
不思議な現象だ。
翌日、煉は学ランを身につけ、リュックを背負い、通学中の学生たちに混じりながら校門をくぐる。
すると後ろから人の気配がする。
相手が誰かは振り向くまでもなくわかっているから振り向かない。
「よっ、煉!おはよ!」
後ろから肩を回してくるのは体格の良い茶髪の男子生徒。
煉より肩幅があり、背も煉と同じくらいだ。
顔立ちも整っていて、彼のうかべる人懐っこい笑顔には何人もの女子生徒が虜になっている。
「おはよ、今日も元気だな、お前。」
彼の名前は相良大河
煉が高校に入って出来た友達でとても仲がいい。
「なぁ、知ってるか?今日転校生が来るらしいぜ?」
「転校生?」
まだ他の生徒には知られていないその情報をどうして彼が知っているのか、彼の情報の速さを知っている煉はそこには触れなかった。
「あぁ、一年生に女の子が来るって。可愛い子なら良いよなー!」
可愛い子であったとしても、大河ほどの容姿に釣り合う女性はそうそういないだろう。
それに顔がいい女は大抵裏の顔があるものだ。
男子らしい願望を語る大河を微笑ましそうに見つめ、のんびりと教室に向かって歩き出した。
「なぁ聞いたか?一年の転校生、すっごい可愛いんだって!」
「本当か?ちょっ、後で見に行ってみようぜ!」
「何組だ?」
「二組だって!」
教室に着くと、話題は転校生一色だった。
「ったく…どいつもこいつも転校生転校生って…」
煉が呆れ混じりに大河を見ると、興味津々のようで、目が輝いていた。
その様子を見ただけで、彼が次に何を言うかは容易に想像できた。
「煉!俺たちも後で見に行くぞ!」
「はいはい。」
やっぱり予想通りの反応だった。
昼休みになり、煉と大河は人が集まる一年二組の教室を訪れていた。
「すごい人だな。」
「みんなどんだけ転校生を見たいんだよ」
「美少女だからだろー?普通の転校生ならここまで注目されねぇよ」
美少女、という噂を鵜呑みにしてここまで来る連中がこんなに沢山いるなんて…高校生というものは呑気だ、と冷めた目で見ながら、そっと教室から一歩退く。
だが大河は転校生を一目見たいのか、必死に教室に突っ込んでいく。
するとすぐに煉の所に戻ってきて、きらきらした目で興奮気味に煉の手を引いた。
「ちょ!煉!マジで可愛い!めちゃくちゃ可愛い!すっごい可愛い!ほんとやばい!この世にあんな子いていいの?」
可愛い、以外の言葉が出てこないほど可愛いのか、大河が興奮して語彙が消滅してしまっているのかは定かではないが、とりあえず美少女であるのは間違いないらしい。
そんなに興味はないんだが…と言いたげだが、大河に力ずくで引っ張られては、抵抗する方が疲れる。
大人しく教室に突っ込み、大河が指さす少女に目を向け、驚いた。
そこにいた少女は確かに美少女と呼ぶに相応しかった。
腰元まである艷めく美しい黒髪と大きくくっきりとした二重の漆黒の瞳、雪のように白く美しい肌、細く抱きしめたら折れてしまいそうな華奢な体付き、穏やかに微笑むその姿はさながら彼女にしたい女の子の理想像を詰め込んだようだ。
だが煉が驚いたのはそこではなかった。
その少女は昨日自分の仕事場に現れ、確かに首を落としたはずの女だった。
すぐに逃げよう、そう思ったが、その前に少女と目が合ってしまった。
目が会った瞬間、少女は恋する少女のように照れたように頬を赤らめ、嬉しそうに煉の元へ駆け寄る。
「煉君!」
透き通る声で嬉しそうにその名を呼ぶ声は昨日聞いた声と同じだが、まるで別人のように声音が違う。
「え」
煉は咄嗟のその出来事に驚きを隠せない。
なぜ自分の元に来る?こんなに注目されている中でどうして?そもそもなぜ自分の名前を知っている?どうしてそんな顔をする?
聞きたいことは沢山あったし、思わず警戒して殺し屋の顔になりそうな自分をぐっと制して、学校で被っている男子高校生としての仮面を貼り付ける。
「わざわざ来てくれるなんて嬉しいです!」
にこにこと微笑む少女の行為に何の意図があるのかさっぱり分からなかった。
「れ…煉、お前…転校生と知り合いだったのか?」
大河が愕然とした様子で煉を見る。
いや、知らねぇよ、知り合いじゃねぇよ。
と言いたい本音をぐっと堪えて「えーっと…」と言葉を濁す。
「そちらはお友達ですか?もしかして以前お話してくれた”大河さん”ですか?」
少女はさも煉から聞いたような口ぶりで話し、大河に微笑みかける。
「初めまして、いつも煉君がお世話になってます。煉くんとお付き合いさせていただいています、鑑 凛花と申します。」
その発言に周囲一体ざわついた。もちろん煉の内心もざわついた。
はぁ?何言ってんだよ…と否定したい衝動が全身を駆け巡る。
凛花と名乗ったその少女は慣れた手つきで煉の腕に手を回し、「私、煉君とお話がありますので失礼しますね」と、言って煉を連れて人の輪を抜けて行った。
「ちょっ…嘘だろ煉…」
背後から数多の視線と、大河の悲痛な声が聞こえた。