2 あれ、何か間違えた?
私の名前はアリシア・タリアテッレ。
伯爵家の令嬢、年齢は御年八歳、身長はまぁ、言わずもがな平均的な八歳の女児のそれ。
顔は美形の部類に入るのだが、以前私が殺された十八の時に周りで語られていたような妖艶さは勿論あるわけ無い。
くりんとしたぱっちり開いた目、ホッソリとした体つき、胸は……無いわよ!! 無いに決まっているでしょ!!
私もこんなに垢抜けない頃があったのか……幼かった頃は自分がこんなにも可愛らしい女の子って気がつかなかった。
まぁ、そんな自分のことだから当然なんだけど……私は精神が十八だから、この鏡に映る顔が自分の顔として捉えられない。それはもう、自らの顔面が別物に変わっていればそれを客観的に捉えるのは普通のことで、今の私にはこの顔が可愛らしいとそう感じる。
以前の私の整った顔の幼い頃だから、成長したら美人になる。と言うか、普通に成長したら死ぬ前の顔になるという感じかな。
されとて、私の顔についての討論も程々にして、そろそろ私としても話を進めなくてはいけない。
えっと、何の話と言いますと、それはそれは大変な話で、詰まるところ……。
「アリシア~、マクロ王子が来ているわよ。貴女も部屋から出てきなさい」
お母様の呼び声が扉越しに響いてくる。
要するに、将来の私にとって殺人鬼となる男、マクロ王子が屋敷に訪れたという話なのよ──。
◆◆◆
まぁ、案の定ね。忌忌しい事態に陥ったわ……。
大きな机を一つ挟んで、目先には幼いマクロ王子、私の両サイドを父のリースと母のアルナがブロック。私は殆んど逃げることが出来ない。
ねぇ? これってなんて状況ですか? 拷問ですか、そうですか……。
「いやいや、此度の訪問、本当にありがとうございます。リース・タリアテッレと申します」
「はい、貴方の活躍はよく王都でも耳にしますよ。此方こそ、突然の訪問に丁寧に出迎えて頂いて、本当にありがたい」
社交辞令的な言葉を織り混ぜながら慣れた手つきでお父様は挨拶を済ませる。王子もそれに応じて丁寧に返しの言葉を言っている。
お母様はニコニコと微笑んでいて、場は和んだ雰囲気が漂っている。
王子、お父様、お母様、使用人、王子の付き人、それらの人達全てがほんわかとしているなかで、恐らくは私だけ、酷く顔色を歪めていることだろう。
自分でも分かる。
私って、前々から嫌なこととかあると顔に出ちゃうのよね。それなりに妥協できるようなことはある程度隠せるけど、今回のは隠せなかったりする。
「それで、此処に訪れた理由をお聞きしたいのですが……」
「いや、申し訳ないです。いきなり此方に訪れて、要求もしないままにここまでずるずると話をしてしまって」
どうやら、何かの話をしに来たようだが、お父様、お母様は知らないらしい。申し訳無さそうに王子は幼いながらも頭を下げている。
まぁ、私は何の話か知っているんだけどね。
「その話とは?」
「はい、実は──」
ああ、遂に始まるのかと身構える。
何故身構えるかと言えば、私にとっての黒歴史の一部となる出来事であるから。
「そちらのアリシア嬢との婚約を考えて頂きたい」
来た~~~!! 来ましたよ、八歳の時に起こってしまった私の死亡までの通過点が!! フラグよ! フラグ!
「それは、えらく急ですね。アルナはどう思う?」
「そうねぇ、アリシアが良ければそれでいい気もするわね」
チラチラと此方を見てくる両親二人、てっきりお父様が独断で決めてしまうかと思っていたが、そう言えば昔、私は王子と婚約したいと言ったような……。
だったらこの場で断ってしまえば、万事解決。将来王子も傷付かず、私も殺されない。ウィンウィンの関係じゃないのよ。なら、断ろう。うん、今すぐにでも断ろう。
「折角の申し出なのですが……私はまだそのようなことは早すぎると思うのです」
「「「…………」」」
はい、ことの見事に時間が止まりました。
王子とか私以外の人が目を見開いたまま止まってしまいました。そりゃ当然王子の、しかもこんなにイケメンな王子の申し出を断るなんて思わないですよね。
でもね、将来殺されるって分かっている中身十八歳の私は断ってしまうという選択しちゃうのよ。だってそうじゃない。濡れ衣で殺される未来から少しでも逃避したいって思うでしょ?
死地を潜って来た私だから考えれることよ。
いや、死地を潜ったんじゃなくて、死地に行っちゃったの方が正しいかしら?
…………いや、笑い事じゃないわよ?
「いやいや、アリシア。本当に良いのか? 侯爵家の私たちには勿体無い位にいい話だぞ。王子から婚約したいと申し出を戴くなんて今後無いかも知れないんだぞ」
「そうよ、アリシアは本当にそれで良いの?」
不安げな視線が両サイドから余すことなく注がれる。
いや、前面からも突き刺さる。多分私がこの話に後悔してないか? って聞いてるけど、動揺してるのは私以外のなのよね。
「良いんです。それに王子にも他に素敵な人が現れるかもしれないですし……」
「いや、僕には君しかいない」
おおっと、それは言っちゃいけないやつだぞ? 七年後に心変わりするからその発言はタブーなのよ? 分かってないわね。当然ね。
私は八歳ながらも、達観した冷静さがあるみたいな感じになってしまっていた。周りの目線がそれを物語っている。
このような想定外の状況下で、私のその振る舞いはそう写っていたのだ。
動じず、意見を曲げない。八歳児がこんなにも美味しい話に食い付かない時点でそれは明確なのだが、如何せん王子のそのキュンキュンしてしまうようなイケメンな発言にも、私の顔色は全く変わらなかった。
「恐れながら、その考えは些か浅はかととれますよ」
更にはこの発言である。もう子供とは思えないほどに冷めている。王子にこんなに堂々と物言いが出来るのは前世で彼との婚約をしていた経験があったから。
彼との婚約も、役に立ったなら悪いことじゃなかったかも。
「なっ、こら! アリシア、王子になんてことを──」
「いいえ、良いですよ。それで、何処が浅はかと言うんだい?」
なんと!? 普通なら、無礼な! そなたは打ち首じゃぁぁ!! ってなると思っていたのに、反応がかなり落ち着いている。
嫌われようと思ったからそういうきつい言い方をしたのに、幼い頃の王子の方がかなり手強いわね。エリーさんに骨抜きになったあの頃の彼の軽率さは何処から来たのかしら? 疑問だわ。
「ええっと、先ず、私も王子もこれが初対面です。それでいきなり私しか居ないだなんて、それはまだ分からないでしょ?」
「それは、確かに一理あります」
「私のことをもっと知ってしまえば、貴方は私のことが嫌いになるかも知れませんし、他の女性に惹かれることだってあるとは思いません?」
「それも……間違ってない」
まぁ素直。
もっと傲慢に否定とかするかと思っていたけど。
「なら、こんなに早くに決めてしまうのは浅はかではないですか?」
「…………」
王子、黙ってしまった。
すっごい心苦しい。
こんなにいたいけな九歳児を十八歳の女性が丸め込むなど、まるで苛めているみたいな絵面になりそう。見た目がこれだから大丈夫なものの、本当……ごめんなさい。幼いマクロ王子よ。
「えっと、王子?」
王子が凄く驚愕の表情で此方を見つめてくるのが本当に居心地が悪い。
私が声を掛けるとマクロ王子は我に帰ったように表情を緩ませた。
「ああ、すまない。聞いてたよりも、アリシア嬢がとても大人びていて、驚いてしまった」
うん、ごめんなさい。実は本当に大人です。
「……うん、分かったよ。この話は一旦切るよ。僕もまだまだ考えが至らなかったようだしね」
今の私の丸め込むような汚い説明で納得してしまったのか、王子はあっさりと引きの姿勢を見せてきた。
これには、お父様、お母様、使用人の皆様も、私も驚いた。王子なら強引にことを通すことも可能な筈だし、と言うか、お父様に至っては口から魂が抜け出しそうな位に顔色が悪い。
「……えっと……なんかすいません」
空気を悪くしたようなので取り敢えず謝っとく。
悪いことしたら謝る。これ基本ね。
しかし、この幼くも聡明なマクロ王子は、にこやかに対応する。
「いえ、色々と為になりました。そろそろお暇しますね」
王子がすとんと立ち上がると、それに釣られるように、お父様、お母様も立ち上がり、使用人の方もいそいそと見送りの準備を開始。
私は最初の関門を見事突破したのだ。
結果、私は試練を乗りきった! やったわ!
◆◆◆
「それでは、また」
「はい、道中お気を付けて」
馬車に乗り込む王子。凄く様になっていてやっぱり格好良いとか考えてしまう。
お父様が見送りの言葉を掛けて、屋敷の人は総出で王子を見送っている。これが王子様現象と言わんばかりの神々しさね。
「アリシア嬢も、またお会いしましょう」
「っ──!」
不意打ちにウインクを一つ無防備に喰らった。
いや、赤くはなっていない。しかし、みっともないくらいに惚けた面をしてしまった。
無自覚なのか、それに気にも留めないように王子はそのまま馬車の窓に顔にを引っ込めてそのまま出発していった。
──なんだろう?
前回よりも彼に好かれているような気がするのは気のせいなのだろうか? いや、気のせいかな。今回はきついこと言ったし。
うん、大丈夫と信じたい……。
しかし、これは私の中で恐らくは間違った選択をしてしまったのだろう。
何故なら、その後、数日毎に彼が家を訪れるというなんか、以前よりも積極的な接触が始まってしまったからだ。お父様もお母様も満更でない顔色をしているし、婚約していないのに、婚約した以前よりも彼が話し掛けてくる。
結果を言い直しても良い?
これ多分選択間違えちゃったかも…………。