1 こうして私は人生二度目に突入しました
「死ねっ──!!!」
キンッ!!
目の前には鋭く黒光りしている騎士団ご用達の剣が振り下ろされる。
反射的に人というものは驚異から逃れるという行動が出来るらしい。例えば、振り下ろされたその剣から間一髪の所で横に避けた。
私のように──。
「お待ちください! 王子は何か勘違いをしておられ──」
「うるさい! お前さえ居なければ、何もかも全てぇっ──ふっ!!」
ガキッ……。バキッ。
「っ──!?」
振り下ろされたその刃物は、意図も簡単に人の人体を裂くことが可能だ。例えば、今此処で私の右肩が綺麗に胴体から外れそうになっているように……。
肩の付け根に綺麗に刃物が貫通し、信じられないほどに赤い液体が腕を伝ってドバドバと滝のように流れている。
まともに見れば吐き気がしそうな位な鮮血の量に、私は痛みがあるながらも比較的冷静にそれを見ていた。
「くふっ……!」
「はっ、無様だな。だが、それこそお前が悪いのだから、事項自得だ」
嘲笑いながら目の前に佇む男は私のことを見下ろしながらそう言った。
剣は未だに私の肩に食い込んだまま、私の生命を蝕んでいる。それがまた王子には楽しいようで、愉快な壊れた表情をしていた。
「……どう、して」
「は? どうして、だって? 決まっているだろ。お前が俺の大切なものを奪ったからじゃないか!」
「ぎっ……!」
濡れ衣だ。そう言おうとするが声が上がらない。
王子自身の言葉が言い終わる前に剣を更に深くに押し込まれた。
やばいやばい、感じたことの無い痛みが走る。
滲み出てくる量は変わらないが、もう右腕の感覚が無い。神経を完全に絶たれた。
その事実を確認すればするほどに自身の体の限界を考えてしまう。自身がこの世界から消えて無くなるときはどんな感じなのだろうか? と。
苦しいのだろうか?
それとも案外苦しみは無いのだろうか?
死後はどうなるのか?
天国?
地獄?
分からない!!
脳裏には既に手前まで迫っていている“死”が間近に感ぜられて、息絶え絶えに肩に手を置いてみる。
冷たい……。肩から吹き出していた血の勢いは緩まって、体温よりも冷めた温度になっている。
血を失いすぎた。もう、私は──。
しかし、そんな絶望的な感情になったところで、彼には分かってもらえない。剣の柄の部分に力が入るのが分かる。振動が直接骨越しに伝わってくる。
──それが痛い!
「痛いか? でもそれもお前の罪の重さに比べたら──はっ!」
「いゃぁぁぁぁぁっ!!!」
グシャッ……ンッ!
骨が、肉が、血液が、無惨にも地に広がる。
「はぁ、はぁ、これで」
「あがっ……バッッ!!」
切り落とされた自身の右肩に、更に血がべっとりと上書きされる。
ああ、私、血を吐いたのか。そう理解するのには時間はかからない。鉄のような味が口に広がって、不快な感覚が再度口から感じられた。
「くはっ……」
二度目の吐血をすると、体から力がすっと抜けた。
そのまま頬に冷たい地面のざらりとした感覚がする。仰向きに倒れたので、蒼白い星空が見えた。真っ赤に見えた。
ひゅうっ、と傷口に風が触れるだけで染みるように、私の痛覚が刺激された。その様を唯、待っているだけなんて私は嫌だが、如何せん体が本当に麻痺してきて動かない。
どうしようもない空気が私の中に充満してくる。
「もう死ぬのか?」
視界の上の方から王子の顔がひょっと出てきた。
既に霞んでぶやけているから、鮮明には見ることが出来ない。
「もう声もでないか……俺から、エリーを奪ったお前は、此処で死ぬんだよ」
やっぱり……分からない。
エリーと私は接点が殆んど無かった。それに彼女に会ったのはお茶会などで三回程度、挨拶をしたくらいしか覚えがない。
彼が彼女のことを好いていたことは知っていたが、然程気にしてなかった。
「……し、に…………」
ああ、駄目だ……もう、意識、が……。
こうして、私の命は寒空の元で朽ち果て、空からは私の血の色と対照的に真っ白な雪が舞い始めた。
アリシア・タリアテッレの命は完全に此処で消えたのだ。
私の体はより一層冷えていき、雪が積もり、白くなり、そのまま人とは判別がつかないくらいに埋もれていった……。
◆◆◆
──という夢を見た。
頭の下にはふんわりとした最高級の感触が、ベッドに眠っていた私は起きた瞬間にそう錯覚した。
しかし、数秒間のタイムラグの末、ベッドから勢いよく頭を枕から上げた私はこう考える。
いや、たぶんこれは夢ではない──。
私は確かにマクロ王子に肩を落とされたのだ。それに血も大量にドバドバ流れてたし。
私は一度確かに死んでいる。
痛みが残っている。
切り裂かれた右肩を何度も確認して触ってみるが、ちゃんと付いている。
ああ、良かった。
明晰夢でも、ここまではっきりと夢の内容が頭に残っているのは可笑しい。それこそ、生きてきた数十年の私の歴史? を記憶している時点でそれはもう夢などではあり得ない。
つまり、私は死んで?
……いや、なんで生きているのか?
蘇生術?
でもあの場には私とマクロ王子以外に人は居なかった。
蘇生師が近くに居るなんてそんな都合が良すぎることがあるわけがない。だからこそ、このように無傷でこんな家のベットにぐっすりだったのは可笑しすぎる。
然らば私の生命に何らかの影響も出ているはずだし。このように無傷の綺麗な体の筈もない。蘇生師は、生命の消滅を相殺する働きを持っているが、線切れた腕を傷跡なく戻せるなんて高等のテクニックを持っているはずが無い。
そんな人がいたら是非とも紹介してほしいくらいだ。
医師と蘇生師は、似ているようでやることは全然違う。
蘇生師が蘇生して私を医師の元へ連れていって治療したとかなら可能性はあるが、ならば今のように痛みが消えてないなんてことはあり得ない。
ヤブ医者なら別だが、それなら多分抵抗むなしく死んでいる。
というと? 私はなんで生きている?
そう、私はこの疑問から結局抜け出せない。
幾度と考えようがそのことを理解することは、起きたばかりで錯乱しておる私の身には少しばかり重苦しい考えのようだ。
暫くはその考えに戻っては考察を広げ、また戻ってのそれを繰り返し、脳の覚醒が正しく済まされるまで、脳内で焼けるほどに頭を使った。
ひ、疲労がぁぁ…………。
◆◆◆
ええ、どうやら私は一度死んだものの、人生をもう一度やり直しているらしい。いや、この事実を把握するのにどれ程時間を掛けたことか……。
あれから小一時間、唸りに唸った私は、まるで発明家が閃いたような感じに唐突に考えが浮かんできた。
そうして、考えに考えを巡らせた末に、私が叩き出した一番当てはまる答えが上記の通りだった。
いや、こんな突拍子も無いような馬鹿馬鹿しいことを提唱している私の頭は多分可笑しい。病院で検査してこい。それを言われては私としてもどうしようもない。と言うか、私が客観的な立場から今の私を傍観していたとするのなら、間違いなくその結論を口からポロリと溢していたことだろう。
だが、今はそのような悠長なことを言っていられない。私は当事者で、被害者なのだ。……いや、めでたく生きていますが……それでもやっぱりこの奇怪な現象を受け止めるには私の精神ポイントが足りない。
でも、私のこの結論が一番辻褄とかが合うものなのだ。
まず、殺される六年ほど前に壊れて、撤去されていた古い時計が、この部屋に残っている。
此処は無論、私の部屋なのだが、レイアウトが私が幼少の頃に居た部屋と酷似している。覚えていないが、多分こんなだった。
記憶が曖昧なのは、それは昔のことだから。小さい頃のことって鮮明には覚えられないじゃない? つまりはそういうことである。
それから私の視点が、ベッドから立ち上がった時に、低かったのも理由のひとつ。視点が低いと言うのは即ち身長が低いということに直結する事実。
つまり、私の身長はこの奇怪な現象の以前よりも低くなっている。
というのは、私の腰が曲がるくらいに歳をとったか、あるいは幼くなったか──鏡を見て、幼くなったという答えに結び付いくのだ。
しかし、どうしてこう何年も前の私に遡ったのか……。
だってもう、この外見からして既に年齢が二桁いってないもん! 声も少し確認したけど、以前は聖女の歌声とまで呼ばれていた綺麗な声が、今では愛くるしい純真な女の子って感じの声に変わっている。
死活問題よ、これ!
まあ、そんな茶番はこの位で良いだろう。
私は曲がりなりにも伯爵令嬢、どのような状況に陥ったとしても柔軟な対応をすることが出来る大人。(見た目は子供だが……)
なので、今がどの年代なのかをはっきりと確認することが必須、今後の行動などにも繋がってくるし、色々と推察することが出来るからね。
あっ、確かベットの横に置いてあるこの水晶玉みたいなこれって、部屋の外部に居る人と連絡がとれるやつ。
触れてみると、青白い光を出し始めた。
「はい、どうなされましたか?」
繋がった繋がった! 誰かは分からないけど女性の声がその玉からノイズ混じりに聴こえてきた。
「あの、ちょっと部屋まで来てくれない?」
「かしこまりました」
はぁ、こんなにあっさりと……いや、それはそれで好都合ね、よしよし。
女性との会話は、それを最後に途絶えた。どうやらこれにリンクして話せる人は、屋敷の内部の人だけのようだ。
お母様は確かこの魔法を自己的に使えなかったから、使える使用人か何かが私の応答に反応したようだ。
しかしまぁ、なんと通話時間十六秒、余りにも短すぎるやり取りだった。
◆◆◆
少しすると扉がノックされる。
「失礼します」
あっ! そういえば、人、呼んだんだった。
豪勢な扉を申し訳無さそうに開けてきたのは、案の定、私の家に使えているメイド服を着た使用人の女性。
見たところ、二十代後半くらいかな? なんて思っていると、その女性が此方に視線を向けていることに気が付いた。
「あ、ごめんなさいね。急に呼び出してしまって」
「いえいえ、構いませんよお嬢様。そんなことよりも、お嬢様はこの水晶玉を使った魔法がこの年で使えるようになったのですか?」
私の対応に、文字通り過ぎる返答を返してきて、ついでに魔法についての疑問も返してきてくれた。二倍になって返ってきたよ……。
「えっと、偶々触れたらこうなって……」
「偶々……ですか」
「はい」
えっと……なんだろうこの空気感。
「「…………」」
メイドさん無言になっちゃったし、えっ? 呼び出したこと不味かった? もしかしてヤバイ?
「えっと、お嬢様。その魔法は普通には使えないです」
「はい、すいません……」
「いえいえ! 叱ってるんじゃ無いんですよ。私はお嬢様が凄いと思っているんです」
……え? 凄い、とは?
思ってたんと違う。反応がなんと言うか好意的で驚きです。はい。
「あの、私がこの魔法を使えたのは……」
「はい、とても素晴らしいことですよ。きっと奥様もお喜びになることでしょう」
ん、これはかなり私にとって、良いことなのでは?
私は魔法の才能溢れる天才肌的な娘扱いになりそう……となると、私はあの王子と同じ学園に通わなくて良いのでは? 専門的な魔法の学校とかあったからそことか通いそうじゃない?
そう考えると、自然と気分も上がってくる。ほら、失敗を事前に回避できることが分かった時みたいな感じね。
「そうかな?」
さて、誉められたなら、後はそれを生かすのみ。
こういうときには可愛い純真な娘を演じてマウントを取っていこう。
「ええ、早速奥さまにも報告します?」
いやいや、手が早いよ、それ。
直ぐに結論を出すのはちょっと待ってほしい。
「へっ! いや、いい! もっと色々出来るようになったらでいい!」
「そうですか。なら、特訓ですね」
うーん……悪意が無い分、相手の好意を断るのは心が痛むわ。
当のメイドさんは気にしてないけど、精神年齢十八歳の私としては本当に悼まれない。
いや、本当にすいません。もし私の精神年齢が見た目の通りだったら貴女の案を採用してました。でもでも、こんなに急に魔法が簡単に使えるなんて、このメイドさんは楽観的に流してくれたが、よくよく考えると、お母様は驚いて腰を抜かしてしまいそうだ。
まあ、そうなると面倒だから追々それはなんとかしようか。
「ええ、もっと魔法が使えるようになったら、私自身でお母様にお教えするつもり」
「それが一番よろしいですね」
何といい人なのだ……こんなにも優しいメイドが居たなんて、以前の私なら気がつかなかった。
……名前、覚えておこ。
「ところでなんだけど……」
「はい? なんでございましょうか?」
話を切り替えて、一つ質問をすると、にこやかな顔を崩さずにメイドさんは小首を傾げながら聞き返してきた。
取り敢えず、他人から見たら、
はっ?
何を言ってんの?
って言われるようなことだが、私には大切な重要事項を尋ねた。
「…………私って何歳だっけ?」
えー……いや、すいません。
結局私の確かな年齢が分かってなかったです。
ほらそこ、おっちょこちょいとか言わないで、かなり私としても恥ずかしいから……いや、おっちょこちょいって思ってるのは私の脳内に住み着く私か。
あーもう私は何を考えているのよ、話が脱線しちゃったじゃない。
そんなことよりも取り敢えず私の現在の年齢が知りたい!!
教えてメイドさーん!!