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見事ストーカー野郎を撃退し、勝利の舞でも踊ろうかと思っていた矢先に問題は起こった。
「何事だ!?」
男の悲鳴に気がついたのか、誰かが部屋の中に入ってきたのだ。
振り返ってみると、そこに居たのは唖然とした表情のクリストファー様だった。
無表情以外の顔もできるのかとぼんやりと思ったけれど、よく考えればこの状況を見たらまぁ唖然とするよね。
うん、だって股間を押さえて床にうずくまってる男と蹴る時に邪魔だと思ってスカートをたくし上げたままの女がいるんだからね。
ていうか、こんなはしたないところ見られてしまうのは不味くないだろうか?リリアンヌ嬢はスカート捲り上げて男性の大事なところを蹴り上げたらしいとかいう変な噂(まぁ事実だけど)を流されたりしたらたまったもんじゃない。結婚が遠のく。
なんとか誤魔化すしかない。
「違うんです!ちゃんとこれには理由があるんです!
ここにいる男性がいきなり襲いかかってきたから、私怖くて気が動転してしまって…」
とりあえずスカートを元に戻してそう訴えてみた。なんなら上目遣いで瞳もウルウルさせてみた。(当社比)
「襲いかかる…
大丈夫ですか!?あぁ、私がもう少し早く駆けつけていれば…
どこかに触られたりはしていませんか!?」
するとクリストファー様はものすごく焦った様子でそう早口で訪ねてきた。
いや、ほんといつもの無表情はどこに置いてきたんだよ。誤魔化せているようで良かったけども。
「うぅ…」
私が大丈夫ですと答えようと思った時、先程までうずくまっていた男がフラフラと立ち上がった。
「なんで…どうしてこんな酷いことをするのです?
私はただ貴女を愛しているだけなのに」
と言っているが、先程までと違い弱々しい声だ。相当さっきの蹴りが効いたらしい。
「酷いことって、私の方が明らかに貴方に今まで酷いことをされているのですが…「失礼。今まで酷い事とは一体なんです?この男に襲われそうになってた以外にも何かあったのですか!?」
話している途中にクリストファー殿下が割り込んできた。
なんだよ、今私はこのストーカー野郎と話をしてるんだよ。
大体殿下がいると思いっきりできないじゃない!これから2度とストーカー出来ないように追い詰めてから騎士団に突き出してやろうと思ってるんだけどなぁ。
「そうですね。私が家の外にいると必ず隠れてついてきますし、ずっと視線を感じますね」
「な!それは貴女を愛しているから!
それに私が貴女に声をかけたことがありましたか?ただ見つめるだけでも許されないのですか!?」
と言うストーカー野郎。だめだこいつ。
何言っても通用しないんだけど…
「そういう事をする人をストーカーと言うんです!迷惑ですしはっきり言って気持ち悪いです」
「そ、そんな…リリアンヌ嬢が気持ち悪いだなんて!そんな事言うはずがない!!
さてはお前リリアンヌ嬢の成りすましだな!
おい!私の愛しのリリアンヌ嬢をどこにやったんだ!」
意味わからない事を言いながら逆上したストーカー野郎が血走った眼をしてこちらに突進して来た。
私としたことが反応が一歩遅れてしまった。これではもろに食らってしまう、と衝撃に備え身体に力を入れたのだが予想していた衝撃は来ず、聞こえて来たのは「ドスン」という音だった。
みるとストーカー野郎が地べたに転がっておりクリストファー様が奴の手を拘束していた。
「いくら王太子殿下であっても私の恋路の邪魔はしないでいただきたい」
などとほざいている。いや、天下の王太子殿下になにを言っているんだ?やっぱり頭が逝っちゃってるのかな??
状況からするにどうやらクリストファー様の長い足に躓いて転んだらしい。思わず気が抜けてしまった。
そうこうしているうちに衛兵の皆様方が到着し、ストーカー野郎は連行されていった。
そして部屋には私とクリストファー様が取り残されたのであった。
うん。なんか気まずいよ…先程からクリストファー様は難しい表情で明後日の方向を見つめていらっしゃる。これどういう状況??何か喋った方がいい???よし、勇気を出して!
「あの、クリストファー様」
よっし!まず声をかけることに成功した。クリストファー様はビクッと肩を震わせた後ゆっくりこちらに視線を向けた。
「今夜は助けていただきありがとうございました。殿下がいらっしゃらなければ今頃どうなっていたか…本当にありがとうございました」
そして最上級の礼をとる。
すると
「顔を上げて?貴女が無事でよかった。
もし貴女に何かあったら、私はどうにかなってしまっていただろう」
礼を崩し、顔を上げるとそこには心の底から安心したような表情の殿下がいた。やはり今日の殿下はおかしいと思う。いつもの無愛想な殿下とは大違い…もしかしてドッペルゲンガーかなにかなの??なんて思ってしまうほどだ。
しかし、続く殿下の言葉に大きな衝撃を受けることになる。
「今のままでいいと思っていたのに…貴女が幸せでいるのなら私はそれ影から見守る、それでいいと思っていたのに…
もう我慢できない。リリアンヌ嬢、いや私の女神よ、どうか私と結婚していただけませんか」
そしてクリストファー様は跪き私に手を差し出した。
………。
「は?」
はい?なーにをおっしゃったんだ??
結婚していただけませんか、だって?
え、なにこれプロポーズされたの私???
え?頭がついていってないんだけども…
いや、まてまてプロポーズもなんだけど、その前に聞き捨てならない単語が聞こえて来た気がするんだけど?
「私の女神」って言わなかった??
空耳じゃないよね?確かに言ったよね。
イッタイ ドウイウ コトダ?
私が混乱に陥っている間にもクリストファー殿下は話し続ける。
「あぁ…やはり私が貴女をお守りしなければならなかったのか…
レイモンドが見守るのは控えて手紙をしたためるのはどうかと言うから毎日欠かさず送っていたのに。それでは不十分だったのですね。
私が見守っていなかったせいで貴女がこんな目に合うなんて…」
レイモンドってあのチャラ従兄弟のことだよね。間違いなくそうだよね。
そして、この発言。もしかしなくてもクリストファー様ってまさか私のストーカーなの…?さらにあの愛の告白(笑)の送り主もクリストファー様…?
「あの、違うとは思うのですが失礼を承知でお聞きします。
クリストファー様が私を見守ったり(ストーカーとも言う)毎日手紙を送ってきた方と同一人物、ということでよろしいでしょうか?」
どうか違うと言ってくれ!頼む殿下!
しかし私の願いも虚しく殿下は顔を赤く染めながら
「はい…実はそうなのです」
と仰った。いや、恥ずかしがるなし!!まじでいつもの無表情なクリストファー殿下どこ行ったの??カムバーーーック!!!
「貴女を守るためには遠くから見守るだけでは足りない。どうか私と結婚してください」
殿下は先程から体制を変えず跪いたままである。バッチリ求婚のスタイルである。
やっばいよ。この人ストーカーだよね???よく分からないけどそうだよね。
ストーカーと結婚とか冗談じゃない。しかもこの世のご令嬢方の憧れのクリストファー殿下であればそれだけでもご遠慮願いたい。
どうするリリアンヌ!この危機的状況をどうやって抜け出すか…考えろ…考えて…私ならこの状況を切り抜けられる…はず…!!!
コンマ0.2秒、私の脳はフル回転して打開策を考えた。
そして次の瞬間。
思いっきり走り出した。
残念ながら私の頭は考えることを放棄したようだ。脚が勝手に動く動く。
流石に人に見られるのはマズイと本能で判断し舞踏会の会場から離れた中庭を全力でかつ衛兵の目をかいくぐりながら突っ切り馬車乗り場までなんとかたどり着いた。
まさかここでストーカーを撒くために培った技術を使うことになるとは思わなかった。(ある意味今もストーカーから逃げているけれど)
ゼェハァゼェハァと荒い呼吸を整えようと深呼吸をしていると
「あれ?リリアンヌどうしてこんなところにいるんだい?」
チャラ従兄弟、レイモンドが声をかけてきた。
「ゼェ…良いところに来たわね。
今すぐ!今すぐ私を家に連れて帰って!!」
私の迫力に気圧されたのか、すぐにレイモンドの家の馬車を出してくれた。
よほど疲れたのか馬車に揺られながら私は意識を手放したのであった。