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未完結作品  作者: しつマ
──第二章── 森の患者 上
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 背後から覗く森には世界を照らす太陽が出ている。未だ昼間で明るい。しかしそんな自然的な外の様子など知らないと正反対に薄暗い馬車の中、一人の小柄な者が眠たそうに欠伸をし、横に座った巨大な物も暇そうに手遊びをしていた。


 真っ白で汚れていない眼帯を右目に当て、片方のみの青い左目を目でこする。背中までの長さで几帳面に纏められた明るい茶色の髪は神経質さを表しているかのようだ。

 膝近くまである深緑色の軍服のようなコートが床に広がっており、下から覗く黒いブーツが路面から受ける振動を受けて揺れている。背中に回したベルトには一本の短めのライフルを背負っており、腰には飾り気のない小刀を携えていた。


 隣に座る者は全身に真っ黒で光の反射しない鎧をつけた者で、一切の表情は読み取れないが少なくともこの小柄な者と仲は良いと予測できた。


 ふと暇そうに乗っている馬車の後ろを見ると、溜息をつきたくなるほど変わりのない風景。鬱蒼と茂った緑の森がどこまでも続いており、既に馬車がどこを通ってここまでやって来たのかもわからなくなっていた。


「お嬢さん達も物好きだね」

「何が……」


 小柄な者、シャルは眠たそうな青い眼を前の御者台に座った者に向ける。他人と話すことは面倒だが、一応こちらは乗せてもらっている身だ。話したくないと挑発して降ろされる方も面倒である。


「イラさんが護衛を連れてこんなところに来たのは、観光かい?」

「そうなるかな……」


 黒い鎧を付けた黒騎士は呼ばれたことに気がついたのか体を動かす。荷台に乗せた身長ほどもある細身の大剣と別にある長剣が当たって音を出した。


 商人はイラと呼んでいたが、それは偽名。となれば、商人に言った理由も今答えた通りではなく、貴族の娘らしくのんびりとした観光なんて目的でこのような森の奥まで向かうのではない。

 森の奥へと向かう理由を商人に伝える必要性はない。


 商人とは小さな町で傭兵達に対する依頼で会った。



 エルフの里への商人の護衛





 ここ最近、歴史上初めてと言っても過言ではない。エルフの里の一つが東大陸を携えているクラルル王国に対して交流の誘いをかけて来たのは記憶に真新しい。

 しかしエルフたち皆が交流を持つことに賛同してはいない。

 東の大国、クラルル王国に対して交流を求めて来たのはエルフ達全員が住む里とは思えない小さな里。それを囮として交流を持った後、内側からの反乱によって崩そうとしているのではないか、つまり捨て駒ではないのかとこちらが推測するほどの。


 分里とも呼べるエルフ里の、小さすぎる交易に甘みを感じることはなかったのか、そこを巨大な商会が独占することはなかった。


 エルフの道具は確かに高品質で良い物だとしても、エルフの道具は手作りであるが故に生産数は多くなく、安定した供給は求められない。大きな商会はいつの時代でも安定した供給源を求めている。

 エルフが育てる農産物は確かに美味しいが、そのためだけに他の農地に向けていた交易路から更にエルフの里まで続く交易路を開発するのは原価と釣り合わない。


 エルフの里との交易は、現状では不利益が多すぎるため未だに手探りを抜けることは出来ず、大きな商会は様子見をせざるを得なかった。それでも一攫千金を目指してか、小さな個人の商人などはエルフの里へと物を買いに行くことがあった。この商人もその一人なのだろう。


「エルフの里っても何も無いからね。あんまり期待はしない方が良いよ」

「そう……」

「商人に対する態度としてはあまりよくはないし、金銭的にもこちらの通貨のアウを使えない物々交換。対して儲けと呼べるものもない。よく考えてみればなんでこんなことしてるんだろうね」

「……」


 商人は自分に呆れたように呟く。交易が始まってからまだ早い。エルフ達の外部の者に対するそういう所の対応は、これから良くなっていくと思われる。


「あ、でも里の住居は結構綺麗だがね。高所恐怖症の人には泊まれんだろうが。もしよろしければ私が宿を紹介しようか? 接客はまだまだだが、お勧めのところがある」

「いい……」

「それまた」

「そんなのを見つけるのも楽しみでは……?」


 笑う声が聞こえた。


「それもそうですな。見つけるために彷徨うのも、また楽しいものですからな」

「そもそもここにいるのはあなたの護衛……里に着いた先のことは契約に含まれていない……この仕事が終わればあなたと僕は他人となる……」

「確かにそうですが、それだけだと淡白でしょうに」

「そう……」


 気だるそうに壁にもたれかかる。あまり喋ることのないシャルは、商人と話をするだけで疲れた様子を見せた。


「傭兵は報酬次第で立場は変わることを……」


 少し間が空く。


「そんなことわかっていますよ。私達のような小さな商人は信頼が命ですからね。そんな簡単なルールを知らない人なんて、私は見たことがありませんね」


 商人とシャルが出会ったのは比較的高級取りな傭兵が居る場所。依頼を頼みに来る者達も傭兵の質に応じて立場は高くなる。そんな人達の中に傭兵達の基本である報酬で居場所を決めることを知らない人が来ることはほとんどなかった。

 しかしこんな不安定なエルフの里へ商売を求めてやって来るとは、この商人はよほど稼いでいるのか、果たして博打なのか。シャルのような高級傭兵も国に大勢いるが、個人商人が簡単に雇える金額ではない。


 シャルは商人との依頼にあった護衛と言う文字の下に書かれていた追加情報を思い出す。エルフとクラルル王国との交易が始まってからか始まる前から噂として流れていた者、ハーフエルフのこと。

 特に特別なものを持っているとは聞かない。ハーフエルフが持っている、エルフとしての感が冴え渡っているからか、まだ小さな子供であるにも関わらず簡単に補足することができず、エルフの里とクラルル王国間の商人が殺害される事件が最近多発している。クラルル王国側とエルフの里との一番初めの問題となっており対応が急がされている。


 この情報からわかる通り、森の中に潜伏しているエルフが純血のエルフではないハーフエルフだとして公表した。

 これから商人が入っていき、エルフだけではなく人が住み着くことになるかもしれないのに、今更純血だと騒いでいることには違和感を感じる。

 純血でないエルフ、ハーフエルフがエルフに見つかればどうなるかは簡単なこと。


 殺害


 もしそのような風潮の中に生まれたのなら、自殺志願者でもない限り当然エルフの里からは逃げることになるだろう。それなのに未だにエルフの里が存在する森から出ていないことは不思議に思う。

 商人を殺害するだけして運んでいた商品を奪うことはない。と言う点も不自然さを感じさせていた。

 商品を奪い、町で売り捌けば森を出ても偽の証明書を作るなどして生きられる。それをすることなく森にとどまっているのは未練があるからなのか、殺すことに快感を覚えてるからか、またまた別の理由からか。





 一人の商人の護衛のためにここまで事件のことを調べたわけではない。ここで今回シャルがエルフの里に向かっている理由と繋がる。依頼として、狂人なのか常人なのかわからない渦中のハーフエルフに接触しなければならない。

 世間を騒がせている者と会うとなれば、間違いなく騒がれ邪魔が入ることになる。部外者である商人に話せられるわけがなかった。


「こちらも聞くけど、あなたは何故傭兵団に来れた……?」

「それを答えるんでしたらイラさんも目的を教えてもらわないと」


 シャルが反対に聞いた質問は軽く流された。話が上手くなければ商人は儲けない。シャルも質問が流されると思って聞いたのか、さほど気に留めていない。


「余程儲かるのか……それともあのレベルの傭兵を雇わなければならなかったのか……あなたが答えなくても粗方予想はつく……」

「それはあくまであなたの予想ですよ。根も葉もないことを言って他人の評判を落とすのが仕事なんですか?」

「その程度で崩れる評判だったってこと……」


 両者とも言葉はきつくなっていっても声色はほとんど変わらない。常日頃からこのような会話をしているからだろうか。


「話すのも良いが、警戒はしろ」

「……」


 黒い鎧を着た者の男か女どっちつかずの声にシャルは口をつぐむ。この状況の中で一番仕事をしているのは黒い鎧を着た者かもしれない。


「脆い関係でもやっていかなければならない時も有るんですよ」


 しみじみといった様子で商人が答える。商人の世界に死に場所まで共に来てくれる人なんていなかった。


「そんなものか?」


 黒い鎧を着た者はそう答えながら荷台の窓を開ける。エンシェントルートなどの飛行速度や、飛空挺なんかと比べてしまうと生体部品で個人差のある馬が引いて地上を走る以上、どうしようもなく遅いが、人を轢けば轢き殺せそうなくらいの速さで草木が通り過ぎていく。たまに転がっている石を踏んでいるのかガタゴトと揺れていた。


「ねえ……」

「はい、何ですか?」

「死にたくなかったら頭を下げててね……死ぬ時には死ぬけど……」


 シャルはそう伝えると背中に持っていたライフルを窓の外に突き出し、遠慮なく鉄のトリガーを引く。


 ダンッ


 あたりに爆発音が広がり、木を、地面を振動が伝わった。


「うお、何だ何だ!?」


 御者台に座っていた商人は音に驚いて暴れ出した馬を落ち着かせるために手綱を引く。餌台の掛かる馬は高く、馬車だって安くない。

 狭い森の中、ドリフトしながら馬車は急激に止まった。


「何ごーー」


 言いかけた商人の頰を一本の矢が掠り、一筋の血が伝わり落ちる。いつの間にか荷台の後ろから御者台に回った黒い鎧を着た者が御者台から乱暴に商人を伏せらせ、自分も地面に横になった。


「エルフ……?」


 ポツリと地面に降りたシャルが言葉をこぼす。レーダーのように放っている魔力にはエルフらしき魔力の波長が見えている。ただエルフとしては不自然なまでに体内の魔力が活性化していないことに疑問を持つ。

 波長は魔法が得意なエルフと同じだと言うのに、魔力の量や反応は魔法を使うことができない人間のような感じだ。


 ハーフ


 不意にその考えが頭に浮かぶ。だとすれば殺すわけにはいかない。シャルの目的はハーフエルフの捕獲、そして青い空傭兵団への売り飛ばし。人としての価値は無く、宝石といってもいい。世の中には珍しいだけで何でも見境なく集める人がいるから。


 ライフルのボルトを起こしてコッキング。熱くなった空薬莢が地面に転がる。


「ああ、私の馬が!?」

「馬なんていつでも買えるだろ!」

「買えるって言ったってあれって高いんだよ!」


 ハーフエルフの放った矢が馬に突き刺さり、動物としての本能からか暴れたところに二発目、三発目と突き刺さっていき商人が保有する馬は倒れた。業者台の下の隙間に隠れている以上、馬が盾になることはしょうがない。


「僕を雇えるのならそのくらい買える……」

「確かにそうだけども」


 シャルは馬車を盾にしながらライフルを構える。アイアンサイトから覗く先には、魔力の探知によって既に居場所のわかっているハーフエルフが潜んでいる場所。


「おいちょっと待て」

「何……?」

「傭兵は私の馬のことを気にしたりはしないのか?」


 確かにシャルが狙う射線上のすぐ下には馬がいる。運悪く当たれば残された馬は絶命するだろう。だが依頼にないものを実行する必要性は今一湧いて来ない。


「しないけど……」

「何でだ?」

「依頼にはない……依頼はあなたの身柄と荷物の護衛だけ……馬のことなんて一言も書いていない……」

「馬も荷物だろ……」

「荷物ではない……動く生物と動かない荷物が同じだと思うの……」

「だぁーっ、もういい。いくらだ? いくら出せば馬のことも護衛してくれる!?」

「五万アウ……」

「払ってやるよ。だから馬も守ってくれ」

「前金は……?」


 ダンッと鈍い音がして商品が乗っていた御者台に矢が突き刺さる。特に変な矢ではなくごく普通のショートボウレベルの長さの矢。シャルが持っているのは、矢とは射程も威力も違うが隠密性に欠ける、どちらかと言えば戦争に使うようなボルトアクションのライフル。暗殺でないのならこちらに分がある。


「出せばいいんだろ、出せば!」


 やけくそになって商人は黒い鎧を着た者に抑えられつつ地面を転がりながら懐から金貨を出した。


「確かに……」


 五万アウの内の三分の一を前金として受け取ったシャルは懐に入れると、習い始めた場所から移動したハーフエルフに向けて発砲した。

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