急襲
そう思ったのは良いが、雇い主は部屋から退出しようとするメクを押しのけて、目の前にいた見張りの兵士の首を反射的に切り落としていた。呆然とするメクに、雇い主は刀をメクに当たらないように気をつけて振り、血を落とす。
「いや、ごめん……準備する時間もなかった……」
ここの船団長と、命も人権も当人が持っていない年少兵達が踊る戦闘において、両陣営に対して襲撃に対する準備をさせる暇は、張本人である雇い主によって与えられなかった。何が準備は今からしておいてね、だ。年少兵や、船団員達に準備も何もあったものではない。
「まぁ……始まったものは、始まったものでしょうがない……」
「え、え、え、えっ?」
「警報、警報、反乱だ!誰か助けてく……」
メクと同時に喋り出したもう一人の見張りがうるさかったため、騒音を出していた見張りを声帯ごと体から外す。雇い主とメクだけになったその場は途端に静かになった。
「行く……」
「は、はい」
「従順で良い……」
突然、小さいながらも重要な輸送船団で始まった武力行使は、武力行使を始めた当人である雇い主が飛空挺の戦力に負けて死ぬか、ここから脱出するまで続くことだろう。
雇い主と同じ様に船から出ようとしている年少兵が船兵相手に戦おうとしたところで、武器は何も持っておらず素手でしかないので雇い主が死ねば釣られて年少兵達も死ぬか、待遇がかなり悪くなる。
「来たけど、開けるよ……」
「ま、待ってください。まだ色々と心の準備が……」
「知らない……」
メクのことは無視して開けた。
「出ていきたいものはついてきて……一言言うけど、安全は保証しない……」
年少兵達が集まっている部屋を開けるなりの雇い主の第一声。扉の隙間から中をちらりと覗いてみると、殆どが幼い少年だが、少年達の中に混じる様に少女の姿も見える。
基本的に彼らの排出物は、誰かの下に従者として着くと言ったわけでもないのであれば何の処理もされないので、彼等が部屋の隅っこに集められる。ここも例外ではなく、処理されることのない排出物が彼等の住居となる部屋の中全てに異臭を放っている。
さらに言えば、想像物でよくある風景のように中にいる者達皆が美形ぞろいと言ったわけでもないので、それも踏まえてあまり部屋の中に長居はしたくないものだ。
見慣れたものとはいえ、生理的に排出物など見たくもないのに、加えてさほど美形でもないものが垂れ流して来たそれだ。雇い主が特殊な好みを持っているわけでもないが、特殊な好みを持っている人でさえこの様子をわざわざ見たいと祈願する勇気ある者もいないだろう。
「いないの……?」
静まり返る部屋の中。鈴のように中性的で、綺麗な声が響く。あまり顔を見せてはいないとは言え、流石に雇い主の顔ぐらい覚えているだろう。
「居ないなら、行く……これはあくまでおまけ……」
「ま、待って下さい。本当に、本当に出してもらえるんですか!?」
そう言って立ち上がったのは、赤い髪をした少女だった。雇い主は頷く。
「金髪の子、あなたの言ってたことは本当のようね……なら、ここから出して下さい!」
「僕も」
「お、俺も出してくれ」
赤い少女に呼びかけられるようにして、部屋の中にいる何人かの少年も声を上げて立ち上がった。男とは違って行動と決断の早さは女の方が早い。
「行く……」
雇い主は部屋から出てくるごくごく平凡な顔立ちの子供達を脇に寄せて、年少兵達の入っている扉を閉めた。出てこなかった人は見捨てるしかない。意志のない者を強引にやる気にさせるのには、相当な努力が必要だ。
「心変わりして付いて来ても良い……そんな心持ちが行った所で死ぬから……」
最後にそう締めくくった。ここに残ったとしても、ここから出たとしても、行き着く先は似たようなものだろう。
「向かう先、船団長室に挨拶しに行く……だから……」
肩に太刀を乗せた。
「精々生きれたらいいね……」
どこか不安そうな面影を浮かべる年少兵達の前を雇い主は歩いて行く。すると先程声を上げた少女が雇い主に聞いた。
「どう言うことです?」
「言葉通りっ、にい!」
目の前の曲がり角でちょうど鉢合わせした船兵を、足で引っ掛けて転ばす。上手く転んだところをタイミングを見て太刀で頭を突き刺した。人が話してる時ぐらい空気を読めばいいのに。
「ひっ!?」
「あなた達が……生き残れるかどうかは運でしかない……」
「そ、そ、外に出すって言いましたわよね」
「死ぬ時には……死ぬ……」
雇い主は今殺した死骸のそばにあった短剣を取り出して、ついてきた年少兵達に見せる。血の付いていない短剣は丁寧に手入れをされているわけでもないのか、周りの風景を反射することもなく鈍く光るだけだった。
「いる人……」
「あ、あなた持ってなさい!」
「ぼ、ぼく!?」
少女から押し付けられた短剣の持ち主は、金髪のメクだった。雇い主は少女が言った通りにメクに裸の短剣を持たせる。鞘なんて重たくてかさばるものは今いらないだろう。短剣が気に入ったのなら後から作れば良い。
成人が短剣と言っているものだ。短い短剣を子供が持てば長剣にも見える。
そこから先は語るまでもない。一方的な虐殺劇。陸に足をつけて戦う編成でもない輸送船団の船兵にはご丁寧にも龍機なんて高価なものは配属されて居ない。
魔剣なんてなく、各々が持っているのは普通の鉄を鍛えてできた剣。それに狭い船内の中では唯一の差である数で押し切ることもできない。飛空挺の中にいる船兵達は最初から劣勢だった。
「ば、化け物!」
「船団長をお守りしろ」
「機関部、船団長室に防衛を集中しろ」
そう言って居た船兵を雇い主は無慈悲に刀で斬っていく。後ろを怯えながら年少兵達が付いて来て居た。
誰かが子供にそんなものを見せるなって言った所で、当人である年少兵達は奴隷と同じ立場である以上もう見慣れている光景。今更人が死ぬ風景を見せなかった所で、何かが変わるわけでもない。
人が死ぬ風景に見慣れている時点で、もう普通の光ある生活になんて戻れないのだよ。
「っあ!」
バリケードを張っていた船内の扉を破壊して、通路に駆け出す。風景がフラッシュバックして、通路を抜ければもう少しで船団長室なのだとわかった。
剣を構えた男の脇を一瞬にして斬り込み、流れのまま受け身をとって男を盾にする。
プスプス
バリケードのその先にいた船団員が弓を放ち、縦にした男の肉に穴の開く音。それが一段落した所で男を向こう側へと投げて、木製の床を這うように全力で駆け抜ける。
(甲・葛西流……)
右手に流すように持たれた太刀。それを強めの踏み込みと同時に払う。雇い主の視線が殺すかの如く相手に突き刺さっていた。
(第四の筋)
そして、瞬間的に白い太刀筋があたりに走った。
「行く……」
「は、はい」
バラバラに血肉が散乱する中で雇い主がそう声を発すると、年少兵達は真っ青になり震えながらかろうじて声を上げた。
返り血を吸った薄汚れている外套を気にすることもなく、船団長の部屋を蹴り開ける。時同じくしてこちらに投げられたナイフを器用に太刀で弾き飛ばした。
「な、な、な、な、何が目的だ異教徒!」
血塗れの雇い主を前にして震えるハワード。今まで人を殺してきた人がその勢いのまま自分の前に現れたのなら、ほとんどの人がハワードと同じ反応をしたことだろう。
「目的……?」
雇い主の目的なんてそんなのここの部屋に入った時点でわかっているだろう。
「あなたの命……」
ハワードの後ろで、年少兵としてではなく、性奴隷として売られる予定の少女、アルセが怯えた視線をこちらに向けて居た。そんな怯えた視線向けられても、エスじゃないからか雇い主は喜ばない。
「な、金ならやるぞ。それにこの少女だってお前さんに返してやろう。だから、だか…………」
「異教徒、異教徒言うなら……それらしく誇り……」
言葉を言えなかった男。半分程になったハワードの首元に入る太刀を雇い主はグリグリと動かす。
「持って……」
ハワードは血を撒き散らしながら呆気なく地面に倒れた。雇い主はハワードに興味はもうない。殺したことだけ確認するとさっと視線を外して、後ろで震えていたアルセに話しかける。
「あなたは行くの……?」
「わ、私は……」
雇い主が出した問題なのに、アルセが見つめている先はメクの綺麗な目だった。
「ここに残ります」
「えっ……」
メクはアルセの告白に、手から短剣をかちゃりと落としてアルセに近づく。横から見ただけでもわかる程の悲壮な表情がメクから伺えた。
「そ、そんな、何で……!」
「ごめんなさい……」
メクとアルセ……二人とも泣きそうな顔をして居たが、生憎どんな経緯があったのかは全くもってわからない。それでも二人が会える時間の制限時間は近づいて来ていた。当たり前だ。雇い主は船を占領しに来たわけじゃないから……
「行く……メク」
「そ、そんな、アルセさん!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
メクの言葉に対するアルセの対応は、謝る以外の行動を全て忘れたかのようだった。雇い主は行動を続けることにする。
『白なる大槍』
粒子状のものが集まり形作られた巨大な槍は、今ここにいる雇い主から上の構造物を全て貫いて大穴を開けた。白槍から派生したこの魔法、どのくらいの位に当たるのだろう……
「メク達……!」
「何で、何で、何でだよ!」
立ち上げた魔法陣の中に全員を押し込む。年少兵達皆が皆グロッキーで、今にも吐きそうだった。そのうち一人が涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしている。大変汚い。
『空間移転』
瞬間、胃の中の内容物がぐちゃぐちゃにかき混ぜられる感じと共に、簡易的な短距離空間移転が行われる。
グシャア
何か空間に捻じ曲げられて潰れた音。雇い主は体をその場で駒のように回転させながら周りの船兵達に太刀で脅しをかける。
おもしろいように船兵達は雇い主達から一歩後ずさった。完調ではない中、雇い主としてはこんな場所にいたくはない。
「それでは……」
そして雇い主は船兵達を牽制したまま、年少兵達を抱え込むようにして虚空へと体を投げ出した。