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未完結作品  作者: しつマ
──第一章── 商売
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刺客

 静かなものだ……飛空挺団は一応人類側の最高戦力の一つに数えられているはずなのに、国からの期待に対する緊張感は、何処にも感じられない。敵軍と正面衝突する戦闘部隊ではなく、裏で物資を運ぶ輸送部隊という話なので、しょうがないのかもしれないが……




 やがて、上から言われただけで何も知らない馬鹿がやって来るのを、雇い主はレーダーのように飛ばしていた魔力波で察知した。雇い主は部屋の扉の前に立ち、太刀を抜き上段に構える。こちらが乗る気もない茶番はさっさと終わらせるのに限る。早いに越したものはないのだから。

 自分勝手?そんなの雇い主の知ったことではない。知識あるものは、みんな欲望に忠実に生きているのだから。


 建前だと、雇い主の一つの考え方の一つ。もっとも雇い主に取って建前なんて、あってもなくても同じようなものだろうが。


 暗殺者が扉を開けた瞬間、同じタイミングで暗殺者に向けて振り下ろされた太刀。一言も言葉を発することはなく哀れな暗殺者は床に倒れた。雇い主から首を切り離されても、悲鳴をあげなかった所は少しは評価できる。

 切断面となった首から動脈を通っている血液が噴水のように辺りに飛び散る中、ものを言わず死体となった人間、及び暗殺者を部屋の中に入れた。


 一つは人目から避けるため


 もう一つはもう分かりきっているけど、一応身分の確認……死んでいる以上、既に遅い気もするが。


「ふぅん……」


 愚かにも、人間では無いものになんの特化武器を持たせていない普通の人間の暗殺者を送ったのが失策だった。

 暗殺者自身には罪……はあるのかどうか雇い主は聖職者じゃないからわからないけど(聖職者でも、どうせ適当に言ってるに過ぎないだろうけど)

 とんだ無能者の下で動かされて、こんな所で死ぬなんて可哀想に……なんてことも一ミリたりとも思ってない。

 わざわざへりくだって同情するに値しない。偽善を振りまく余裕があるなら、他の自分のためになることをする。


 血糊のついた太刀を紙で拭きながら、雇い主は暗殺者を足で蹴って転がす。黒く、全体的に体に密着した服装だ。雇い主の今の服装に比べると、はるかに暗殺者の方が動きやすそうだ。飛空挺の外や、雪山の中に出ると寒そうだが。


 普通の人だったら、こんな襲撃気付かない内にやられているのだろう。しかし雇い主はあなた達とは種族が違うため、暗殺者のやり方は失敗だったとしか言いようがない。

 それに、もう少しゆっくりと部屋の様子を見るという選択肢の中に無かったのだろうか。雇い主が灯りを消してすぐの襲撃。もう少しタイミングを待っていれば良かった。


 何も言わなくなった死体に、雇い主は散々心の中で罵声を浴びせると、ベッドに横になる。部屋の中に生臭い塵があった所で、それがどうかしたのか。生臭いものは生臭いだけ。今乗っている飛空挺は特殊な場所であるわけでもないので、そこにある死体がアンデッド化して動き出すわけでもない。

 だから警戒する必要性すらない。死人に口なし。


 予算がないのか、補修がされることもない剥き出しの木目がよく見える天井を見つめる。悲鳴をあげなかったとはいえ、下手な暗殺者が早く焦り過ぎたために暇になってしまった。明日ここから出るつもりだ。今ぐらいゆっくりと寝てても良いか。こんな温かみのある布団に包まるのも珍しいし。

 雇い主は布団に潜り込んだ。貧困が激しい地域でもない限り、夜寝るときには服を着替えるらしいけど、着替えるのも面倒臭いし、別にこれで良いだろう。誰かが見ているわけでもない。


 結果、雇い主は意外と気持ちよく眠っていた。




 そして、耳に聞こえてくる穏やかな声で起床する。


「や、雇い主さん、これは一体?」

「え……生塵。臭いがきつい……」


 扉を開けて食器を持って来たメクは、部屋に入るなり床に転がる生塵を見て口をポカンと開けた。何処か片付けるのも面倒なので放置していた死体。自分からやってくるのは良いのだが、雇い主はこういう始末まで自分でやって欲しいようだ。もっとも死んでいるので何もできない。

 一晩暑くもないけど寒くもない部屋の中放置して置いておいたら、ゆっくりとだけど確実に人間腐敗が進んで臭いがきつくなる。まだ体液が体から滲み出てきてないから腐敗した、という表現もおかしいけど


 雇い主は、実際高価そうなドレスを着て、言葉通り腐敗した人間を見たことがある。その様子は本当にひどかった。特に遺体から発生する人間の腐った臭いが。

 腐敗した人間の見た目は、雇い主が戦場で見慣れたものと何ら変わりはない。腐った肉体か、固定部分が弱くなり結果飛び出る白いものに、透明の液体が地面に滲み出ているだけ。血痕は乾いて床にこびりついていたのを記憶している。

 死亡した時から時が経ち過ぎていて、ドレスを着た腐った人が誰だったのか、結局何も分からなかった。

 あの時は宿が取れなかったから、置いてあった死体を適当に道端に捨てて死体が置いてあった家の中で夜を明かした。


「いや、これ生塵ではないですよね、どう見ても人……」

「これをそう思う……?」

「えっ……」

「価値のあるものと考える……?」


 雇い主の言葉にメクの目が開かれる。


「所詮……世界を汚すだけの存在。自分をそんな人ではないと信じているだけ」

「……」

「その人に……何の価値があるの?」


 雇い主は頭のなくなった死体を踏みつける。メクは顔色を変えながらも、その様子を凝視していた。

 意外とこういった場面に根性があるというべきか、奴隷のような年少兵としてこういうことに慣れていると予想を立てるべきか……雇い主はメクの反応に正直判断に困る。だがそれよりも強く思った。


 気に入った


 他人に気に入られることも、雇い主は一つの才能だと考えている。

 他人に怯えて暮らすことを馬鹿にする人がこの世界には大勢いるが、怯える人は、怯えるべき存在というものを知っているから怯えているのであって、それは簡単に投げ捨てて良いものでもない。

 この世の中、怯えることも無しに安定した人生が務まることはまずない。今の時代では上辺だけでない安定した生活など、不可能に等しかった。


「精々誰かと繋がって……後世に続く子孫を生むだけの存在でしかない。そして産まれた子達は……意思なく階級を分けられる……」


 メクの青い瞳を覗き込む。転がっている死体の話だが、これはメクの、年少兵達の話でもある。


「あなた達みたいに……」

「…………何が言いたいのです?」

「こういうこと……」


 雇い主は死体を蹴って部屋の隅に動かした。部屋の真ん中にあっては邪魔すぎる。


「ここにいる生物はみんな、もの(・・)……あなたも、僕も、死んだところで……世界の何かが変わるわけでもない……」


 テーブルに腰をつける。雇い主からメクにする朝の話はこれで終わりだ。


「メク……朝食。死体はそのままで……」

「は、はい」


 雇い主の言葉に、死体を見てその場で固まっていたメクは弾かれたように動き、テーブルに食事を並べた。

 正直言って死体が置いてある生臭い中の食事は気分のいいものではないが、文句は言ってられない。

 雇い主は不満しかないが。


「メク……あなたの仲間はどうする……?」


 それは、雇い主が昨日メクに聞いた質問の答えを催促するものだった。

 雇い主個人としてはこの船から降りるてついでに年少兵を解放する予定だが、もしかしたら年少兵の中には、こんな場所に残っていたいと思うものがいるのかもしれない。折角助けてあげるのに、雇い主がいる前で分裂されても困る。

 それが、メクに対する雇い主からの質問の真意。雇い主が年少兵達から手を切ることは簡単なことだということは、メクが一番わかっているはず。


「話してみました。そしたら……」

「そしたら……?」


 雇い主は手を組んでメクの話の続きを促す。


「半数がここに残ると言って、残りの半数が付いてくると」

「そう……あなた達の中に派等みたいなのはある……?」

「い、一応あることには違いありませんが、それが残ると判断した理由ではないと考えています」


 メクは雇い主を不機嫌にさせないようにか、慌てたように弁明した。雇い主は雇い主の話を続ける。


「勿論……あなたと、別の誰かの派等……?」


 メクは驚いた表情を見せた。


「どうしてわかったんです?」

「よく考えて……」


 今の年少兵達の動きとしては、真っ二つに割れている。ここから自由になろうとしている派等に、ここに残って安全に暮らしたいもの。

 基本的にメクが語っていることは雇い主が遠回しにメクを使って伝えていることだと年少兵達の間でもわかっているので、脱出組の派等としてメクが象徴だとわかる。

そう雇い主が説明すると、メクは難しそうに眉を下げていた。言っていることがわからないのか?


「あなたがわからないなら、わからないで別にいい……」


 雇い主は口についたのかどうか分からないけど、習慣でナフキンで口元を拭う。そしてゆっくりとメクを見上げた。


「準備は今からしておくように……」

「え!?それは急ではないでしょうか」

「何が? この船に乗った時から……この計画は決まっていた……」


 雇い主の言葉にメクは絶句した。そこまで何を驚く?こうなることぐらい、予想できるだろうに


「雇い主さん、あなた本当に一体何者なんです?」


 雇い主は、他の誰からも見られることのないフードの奥で笑みを浮かべて答える。人に顔が見られないということは、自分の身分もわからないということで気楽で良い。


「名前がわかったら、それがあなたの何になるの……?」


 雇い主は外套を翻して椅子から立ち上がった。船団長に、少年兵達、踊ってもらう。雇い主の最終的な目的のために。

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