思考
「どうした……?」
二人が部屋から出て扉を閉めると、すぐにメクは俯いた。
「いいえ、何でもありません」
「そう……」
雇い主とメクは飛行艇の中で当てられている部屋へと向かう。
「あなたが何を思おうと知らないけど……仕事はしてもらう。わかってる……?」
「はい、勿論です」
当てられている部屋に着くと、雇い主が持っていることになっている商品、少年兵達がいる部屋の方へとメクが入ろうとしてたので止めた。
「あなたはこっち」
「え?」
雇い主の唐突な言葉に、メクは口を開けて呆然とする。
「文句を言うの……?」
「で、ですが、こちらは雇い主さんのために用意された部屋でして……」
慌てるメク。その姿は少年ではなく、まるで線の細い少女のようだ。そして自分の部屋へとくるようにメクを誘う、フードで頭を隠した雇い主はこの部分だけを切り出して見るとまるで人攫いのようだった。
「だから何……?」
雇い主は問答無用で扉を開け、ごねるメクを押し入れた。何を躊躇する必要があるのか。王室や貴族の部屋のように豪華に装飾されているわけでもないのに。
部屋にあるのは一つのベッドにワンセットのテーブル。本棚も無ければ物置とない、ガランとした部屋。こんな質素な部屋に入るのに躊躇がいるものか。
「や、雇い主さん?」
「わからないとでも……?」
雇い主はメクが、この部屋から唯一逃げ出すことが出来る扉をおさえる。
「何故こんな場所で……そんな気持ちを持った?」
「な、な、何のことです?」
「そう……」
雇い主としては、メクがそう思うのなら、勝手に思ってて良かった。そんな所まで踏み込まないから。面倒な故に踏み込みたくもなかった。
「あなたがはぐらかすなら……はぐらかすで良い。本題はこれではない……」
雇い主は手に握った太刀を空間から消して、代わりに小さな折りたたみナイフを取り出す。メクがナイフを見て、何かされるのかと身を固まらせた。
そんな身を固まらせなくとも良いと思われる。メクを痛め付けるのなら、ナイフなんて出さずとも太刀でやれば良いだろう。わざわざこんなナイフを取り出すこともなければ、奴隷に近い身分として虐めるために、痛め付けるのなら、切りつけるナイフなんかより痣とかが残る鞭とかの方が効果的だと雇い主は考えている、
「あなたは……本当の商人を覚えてる……?」
「はい、勿論です」
メクの言う通り雇い主はこんな手間の掛かる仕事で生きているわけではない。この商売は面倒な仕事だ。一人一人の健康を考えて食事に、売られた後のお客さんのことを考えて躾。書類や証明書は、それなりにいる売り物の人の一人一人に作られているせいで膨大。とても一人でやる仕事ではない。
そして扱いやすい年少兵を売っていると、何故か他の人達は、人道的にどうだとか何とか言って難癖をつけてくる。年少兵なんて、普通に国々の制度の一つとなっている奴隷制度、と対して変わったものでも無いだろうに。
もしかして、子供だからと言うだけで待遇を良くしようとしているのか。子供や女は守られる存在と言われているけど、それは平和な時代の話では無いのだろうか。
雇い主がメク達を奪い取った時のこと。メク達年少兵を輸送していた商人は複数人おり、それぞれが、それぞれの役割を果たしていた。
複数人がやっていた役割を、雇い主一人だけで賄おうとしているのだから、面倒なのも当然だろう。難癖をつけてくるのも、雇い主がフードを付けて素顔を見せないようにしているからかもしれない。
「その商人は……今乗っている、この船にあなた達を売ろうとしていた……」
「はい」
答え合わせをするかのように、雇い主はメクからの返答を聞く。
「元々……商人は口頭での先約を取っていた。僕は商人を襲って……あなた達を手に入れた……」
雇い主は折り畳みナイフをくるくると回す。
「なら……何故僕は、商人の予定をそのままにこの船に乗ったと思う……?」
「?」
「罠の可能性が大きい……この船に」
「何故、ですか?」
「考えて……なんの目的も無しに、そんな場所に行くのは馬鹿しかいない。さっきの質問の答え……」
最も、元々の商人も大した目的の証拠が残っていないことから、売れる所に飛び乗っただけの馬鹿の一人だったみたいだけど。
「ま、まさか」
メクは、雇い主のヒントを貰って何か一つの答えを導き出した。
「黙ってて……」
雇い主は答えを導き出したメクの唇をそっと指で制する。
「さて……帰って……」
「こ、こんなの、狂ってます、雇い主さんは!」
メクの右手にナイフを握らせる。フードの下で薄く笑ったのは、ナイフを渡している当人でさえも気づかなかった
「あなたがそう思うのなら……そう思って入れば良い……」
「…………失礼します」
「また……」
退けた扉から出て行くメクに、雇い主は小さく別れの言葉をかけた。質素な部屋はメクが一人抜けただけだと言うのに、寂れた感じを増幅させている。
「しかし……何も収穫は無い……」
椅子に座り、再び召喚した太刀を肩に当てる。極秘の任務を頼まれる、そこそこの力を持った飛空挺団。
その団長なら何か欠片だけでも情報を持っていると睨んでいたのだが、飛んだ無駄骨だった。本当に無駄。何のために、自分の名前を適当に付けて名簿に記入したのか。
「まぁ……報酬は貰える……」
得られるものの中で、報酬は必要最低限でしか無い。前提条件として仕事内容に釣り合った報酬が無ければ、雇い主は動かない。報酬もない仕事でタダ働きをする程、こちらも暇では無いのだから。
「でも……それだけ……」
目的には一歩も進んではいない。椅子から立ち上がってベッドに寝転がる。
「埃……」
白い埃が空中に舞う。雇い主も、ここにいる人達も、この世界の住民も、皆命はこの舞い散る埃の様に軽くて小さい。心臓を貫いて、思考する脳を破壊すれば、人命的には死ぬのだから。自分の意思で行動しないものは、生きてはいない。本能のままに動いてるだけ……それは死んでいると言っても良いのではないか。
「食事、要りますか?」
まどろんでいると、扉の向こうからメクの声が聞こえる。早いな……
「入って……」
「はい」
メクがお盆に乗せて持ってきたのは黒パンに豆のスープ、適当に焼いたであろう保存肉。食器が置かれたテーブルにつく。
「失礼します」
「待って……」
雇い主は出て行こうとするメクを引き止めた。
「どうかされました?」
「さっきの話……覚えてる?」
メクは顔をうつ向かせる。この表情は肯定……だろうか。
「はい」
「だったら……話は早い……」
雇い主は切り出した肉を口に運ぶ。塩辛い。保存用に塩漬けにされていることはわかるし、食べられない訳でもないが、肉本来の脂身と混ざって気分が良くなるものではない。
「んぐっーー生きられるかは……あなた達の実力だから」
「伝えれば良いんですか」
「そう……僕はあなた達を解放する」
別にこの人達がいなくなったところで、痛くも痒くも無い。
「でも……それは僕が隷属魔法を切るだけ……」
元々雇い主は一人だった。
「その後は勝手にして。このままこの船にいたいのなら……僕は置いて行く……」
メクは話の深刻さに唾を飲んだ。解放すると言いながら実の所、雇い主に取って都合の良い廃棄処分だ。邪魔になったから捨てる。雇い主はその程度にしかメク達を認識していない。
「居たくないのなら……」
どちらにしても面倒は見ない。毒を食らわば皿まで……とあるけど、あれはあくまで例え。本当に皿まで食う必要も無い。
「船から出るまでは守ろうか……そう伝えて……」
「はい。わかりました」
メクは深く礼をした。目元が潤んでいる気がする。
「何泣いてるの……?」
「い、いえ、泣いてなんかありません」
「どうでも良いけど……」
雇い主は丁寧にナフキンで口元を拭う。雇い主は食事中も被せられたフードの下で何を考えているのか。
「今日あたりに来るかな……?」
「何がですか?」
突然、雇い主は扉の方を指差して呟いた。
「刺客……そう話を調節したから……」
「し、刺客!?」
メクが目を見開くのも、無理はなかったのかもしれない。貴族などという身分ではなく、普通に生活しているのなら一生聞くこともない言葉だ。
「あなた達には……来ないだろうし、気にしなくても良い……」
労働力になるものを殺しには来ないだろう。そこらへんの損得は考えれると雇い主は信じていた。
窓越しに見えるオレンジ色の夕焼けは、日がもうすぐ落ちることを意味していた。これからの時間が勝負になるだろう
「怖じ気つかなければ、だけど……」
まぁ、結論から言ってしまえば、彼らはしっかりと自分の任務を果たした。夕闇が蔓延るところ。地上より遥か天高く飛ぶこの船においても、昼が過ぎ、夜が来る時間に変わりはないらしい。
小さな窓から照らす光もすっかりと消え失せ、その代わりに灯りとなっていた蝋燭の炎を吹き消して雇い主はベッドの上で待つ。周りにいる人達はすでに寝ているのか、物音一つ聞こえず、時たま廊下を急いで走って行く船兵達の足音が聞こえるだけだった。
本当にこの世の中は塵のようなもの。雇い主達の頭に入っている物を使えば、どんな場所においてもはるかに上手く立ち回れる。力を使えば世界の王にもなることはできる。
だけど、それは選ばれた人にしか出来ない。何故なら雇い主達が皆持っている頭で考えれるか考えれないかの前に、雇い主達にはそれぞれがそれぞれ埋められることのない能力の差があるから。
もしこの世に神様がいるなら、こう愚痴を溢そう。
何故平等に作らなかった
神様がいるなら、雇い主達凸凹の力関係で何かを埋めさせたかったのかもしれないが、それは失策。
そんな簡単に埋められるのなら、とっくの昔にこの世から戦争は消えている。メク達はこんな場所に居らずに、ごく平均的な家で暮らせていた。
だから、雇い主は願う…………
だけど、願う前に少しどころでは無いが、しなければならない仕事が出来た。それを喜ぶべきなのか、どうかはわからない。