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未完結作品  作者: しつマ
──第一章── 商売
3/51

稚拙な推理

「何……結局一隻落としただけ……?」


 傍目から見てみると薄汚れた茶色のフード付きの外套を着た怪しい人間は、落ちて行く龍に対して呟く。酷く呆れていた。船団一つの中でここまで大きな騒ぎになったというのに、明白に避けられる砲弾を避けることもせずに地面へと落ちていった龍に。


「そんなもの……?」


 情けない龍をそんなものだと思えば、そんなものなのかもしれない。アルテナは再び一つにまとまり始めたとは言え、未だ一枚岩では無いから。


「あ、雇い主さん、こんな所に居たのですか。探してしまいました」

「何……メク……」


 ぼんやりと落ちていった龍の方向を見て居た人間に声をかけたのは、薄汚れた金色の髪に、綺麗な透き通るような青い瞳を持つ少年だった。

 正義感を持つその純粋な青い瞳の視線を厄介そうに、嫌悪感も持って返す。正義の仕事につく人ではないのなら、メクの瞳を見ただけでわかる。


 こちらの人間ではないと


「雇い主さん、メクなんて……そんな名前では呼ばないで下さいって、ぼく何度も言ってますよね」

「じゃあ……あなたをどう呼ぶ……?」

「単純に……お前、とか、そいつ、でぼくのことを呼んで下さい」


 幼い少年から"雇い主さん"と呼ばれた、フードで顔を隠す人間。その下では無表情に真一文字にされた薄い唇が少し覗いていた。

 赤い龍がどこか違和感を感じてこちらを見たときにこの人間と目が合ったが、赤龍はなんらかの確証を得ることもなくそのまま地面へと真っ逆さまに落ちたので赤い龍がこの"雇い主さん"を見て何を感じたのかは結局雇い主にも何もわからなかった。


 やって来た少年、メクは雇い主と呼んだ人間が手にしている太刀を少し横目で見た。雇い主はメクの視線に気付きながらも、特に気にすることもなく話を続ける。


「面倒……何人いると思ってるの……」


 雇い主はそう言い、ゆっくりと船の手すりに腰をかけた。船と虚空との境界線、そこから空中へと落ちれば、誰でもただの肉片、ミンチになることが出来る。やったね簡単に挽肉になることができるよ………………変な文句だ。

 船の先端からはじき出された強風がフードと、外套の裾を揺らして居た。船が張っている結界で風圧も幾らか抑えられているとは言え、船が切る空気が完全に無くなるわけでもない。


「それはそうですが、メクと言われることに違和感があるのです」

「そんなの……慣れれば……?」

「え……」


 メクは渋った。何でこんなにも渋るのだろうか。雇い主はただメクと言う人を表す名前を呼ぼうとして居るだけなのに。


「やっぱり、言い方を直してはくれないんですか?」

「さっきも言った……面倒……」


 真っ青な空の下、プロペラが頭上を回っていた。爆発させて動くエンジンで動いているわけではないので、魔導器で作動するプロペラが風を切る音のみが周りに聞こえる静かなものだった。


「それで、なんで来たの?こんな話するだけではないと思う……」

「はい、この飛空挺団の船団長さんが、雇い主さんをお呼びになって居まして」

「そう……何故……」


 メクは顔を傾げる。


「わからないですね。ぼくも、船団長さんがただ呼んで来いとしか聞かされて居ないので」


 メクはこれだけの上空にいても灰色の貫頭衣に短いズボン。反面、分厚い茶色の外套を着ている雇い主。

 この世界において、人が着ている服や身に付けるものはその人の身分をも表すとも言われている。


 メクの方の首元を見てみると頑丈そうな革製のベルトが付いて居た。ベルトの正面の方には銀色の箱のようなものが付けられている。こんな小さなものが奴隷と呼ばれる身分の証。

 しかし雇い主の首元を見てみれば、そちらの方にも黒い物が付いているのだが、メクについている首輪のような銀色の箱のような物は付けられていない、こちらはただのチョーカー。

 奴隷がつけているものをつけれるかと、毛嫌いする者もいれば、この雇い主ように自ら好んでつけるような者もいる。街の表参道の服屋の表に置かれていないことだけは、確かだった。


「まぁ……いい……」


 雇い主は気怠げに話すと、手すりに腰掛けていた体を起こす。他の船とは違い、武装を少なくした代わりに装甲を厚くしたというこの船は指揮船、船団の指揮系統の中心が集まるところ。

 そんな指揮船の甲板の少し高くなった、人の少ない場所で雇い主はメクに呼ばれるまで立っていた。この場所は飛空挺の中で見晴らしは一番良いが、同時に吹き付ける風も強い。


 メクの伝言に、船のすべての場所と繋がっている甲板の方へと降りて船兵達が多く行き交う中を歩いていく。

 船兵達は皆表には出さないようにしているのだろうが、簡単にわかるほど露骨に雇い主を羨ましそうな目で見、後ろに続く汚れた金髪のメクに溜息をついた。この船の中で働いているからには、滅多に見ることのない光景であり、自分達と違って何も労働を任せられていないという妬みの視線。


「おい、なんであの男は何もしねえんだ?」


 命令や話し声でざわついている中、そんな声が歩くメクと雇い主に届いた。


「年少兵の売り人だってよ。何でも目的地が同じだから乗ってるらしいぜ」

「へえ。商人自体が戦場に行くのか?」

「おいおい、戦場とは言っても広いぜ。この船が降りる所くらい安全だろうよ」

「ーーーーそれで、そんな現地まで行ってどうするんだ」


 目を伏せて周りを何も見ないようにしているメク。前を歩く雇い主はとっくに気付いていたが、別に気にすることもない。男の話す声にもメクにも、気を止めずに真ん中の方へと歩いて行く。


「さあな。俺もてっきーーーー」


 開けられている甲板の真ん中に作られたドアを閉めると、鉄で補強されているとは言え薄い扉のおかげで外の喧騒はやや静かになった。メクがそのタイミングを見計らって話しかける。


「雇い主さんは……いいんですか?」

「何が……?」

「あんな風に呼ばれて」


 扉の中、薄暗い階段を二人は降りて行く。


「あの言葉の……間違いの箇所がどこに……?」

「舐められてますよ、あれ」

「それで……?」


 反応を示さなかった雇い主に、メクは走って自分から雇い主の視界の中に入った。


「何か……嫌です」

「言いたい奴には言わせておいて……どうせ何も考えれない馬鹿だから……」

「で、ですが」

「隷属命令……するけど……?」


 メクは奴隷の首輪の効能の言葉を雇い主から出されると思い口を閉ざし、元の位置であった雇い主の一歩後ろに戻った。素直にそうしていれば良かったのに。そんな考えが浮かぶ。


 船体を木造で作られているからには、内部も当然木造であり、柱のような場所に、鈍く光る鉄が扱われているだけ。

 簡単……?この技術水準では、どれだけ頑張ってもこのくらいが限度だ。人間の技術の進歩は異常だから、今後どうなるのかはわからないけど。


 メクを伝って雇い主を呼んでいるという船団長はなんとも面倒なことに全長百はある飛空艇の、一番奥の部屋にいる。

 船団長と、その周辺の参謀達指揮系統が下の働く船兵より先に亡くなるよりかは良いのだろうけど、こういう時にわざわざ船団長室まで会いに行くまでの距離が長かった。


「雇い主さん、あなたは何故こんなことしているのです?」

「何が……?」

「急にぼく達の雇い主になったと思いましたら、前の商人さんから続いていた仕事を放棄することもせずに、この船に乗りました」


 メクの言っている通り、いまメクと話している雇い主雇い主は本来のメクの雇い主ではない。それを今雇い主にに言ったところで何になるのだろうか。


「正直に言って、この仕事は違和感が有るんです」

「へぇ……言ってみて……」


 雇い主は奴隷の枠組みの中でしか生きられない世に疎い子の推測を聞いてみる。


「もし、ぼく達少年兵を軍が買うだけでしたら、こんなところまで雇い主さんが来ずとも出来たと思うのです。何故軍の人達はわざわざ雇い主さんを乗せて、現地へと向かっているんでしょうか」


 世に疎い子だと言っても、そのぐらいは気づいた。他人から雇い主の今の現状を見ていれば、そうなるだろう。ただ、メクの解答は雇い主にとっては不正解としか言いようがない。


「ぼくに……」

「着いた……静かに……」


 まだメクの話は続きそうだったが、それよりも先に船長団室の前に着いてしまった。雇い主とメクの目の前には、律儀にも司令官室とネームプレートの掛けられている扉。

 白兵戦でやって来た兵士達は、プレートの名前を見つけて意気揚々と飛び込んで行くことだろう。飛空挺の中心、ここまで敵が来られた時点で散々たる負け戦だろうが。

 取り敢えず、殴り込みでもなんでもないのでノックする。こんな思考をする時点で穏やかではないが。


「律儀ですね」

「そう……?」


 返事があって雇い主は扉を開けた。


「おお、ようやく来たか!」

「何の……用でしょう……」


 扉を開いた目の前には、中年太りがかなり来ている軍隊の制服を着た男が立っていた。この人がこの船の船団長。単純にハワードとだけ聞いている。

 それ以上の人についての情報など、今回だけ取り引きするような相手には不要だろう。


「いやぁ、ここまで来てご苦労である。私もこの船が広くて広くて。腰を痛めるよ」

「……」


 雇い主は無言で部屋の中へと足を踏み入れた。飛空挺である以上、無理があるのか金で装飾がされているわけでもないが綺麗に磨かれた家具一式に書斎。チラリと覗く奥の方には個人用のベッドもあるようだった。

 まさに上流身分。同じ船に乗っている一端の兵士が狭い部屋六人で寝ているのに対して、こちらは広い部屋に一人と来た。共産主義でも何でもない国においては、下の身分の者がこんなベッドの上で眠ることなど、改革でも起こさなければ無理だろう。


「まぁまぁ、座りたまえ」

「……」


 真っ赤なソファーに雇い主は腰掛ける。ハワードもテーブルを挟んで向こう側に腰を掛けた。年齢を思わせるシワの入った顔に、ピンと跳ねた髭が特徴的。


「今回は、本船に乗せて貰ってありがたく思え、異教徒が」


 ハワードがソファーに座るなりに発した言葉が、それだった。あまりにも露骨すぎる言葉に驚くと同時に、さっきまでの雇い主に対する対応は何だったのだろうかと疑問が残る。だが雇い主は何処ぞに吹く風の如く動かなかった。


「話に入る前の第一声が……それ……?」


 思わずハワードに聞き返したほどである。


「口答えするんじゃないんだな、異教徒。死にたくなければ」

「雇い主さん!」

「待て……」


 ハワードの言葉に怒りを覚えたのか、飛びかかろうとしたその身を雇い主が手で制止する。何でこう、二人共血の気が多い。今は血を流す気は一切ないのに。今は(・・・)


「おうおう、怖いな。お気に入りの躾ぐらい付けておいてくれよ」

「雇い主さん……」


 ハワードは汚らしく笑った。今まで何回も雇い主は見て来たことのある笑顔。いい加減飽きがくるもの。ハワードの笑顔を見ながらソファーの手置きに頬杖をつく。メクが僕の方を見て、少し驚いた表情をした。何かあるの?


「じゃないと食い殺されちまう」


 雇い主は口を開かない。


「……」

「あん、何か文句でもあるのか?」

「……」

「貴様、何か言え!」

「あなたが……口答えするなと……」


 ハワードの額に青筋が浮かんだ。短気なのだろうか。


「この異教徒がぁ」


 バン、テーブルを叩く音。ハワードは早くもソファーから立ち上がっていた。 雇い主は再びメクを止める。


「別に……気にしないで。ーーあなたは……話をしに来たんじゃないの……?」

「異教徒には話が通じんようでな。少々手荒な真似を取るしかないようだ」

「話じゃないなら……帰っていい……?」

「帰ると言う名の行為が、許されると思ってるのか?」


 雇い主はは頬杖をついたまま、左手に握っている、いとも簡単に他人の命を取ることが出来るものを振る。


「あなたは後々……僕を始末できるかもしれないけど……今僕はあなたを殺せる……」


 この手の人は、自分の命があれば他人なんてどうとも思わない人。ならばその命を天秤にかけさせればいい。


「き、貴様!」

「それで……話は……?」

「こんなことで、済むと思うな」

「そう。それで……話は……?」


 雇い主はハワードの話に興味がない態度を示す。ハワードは額に青筋を立てたまま、再びソファーに腰を掛けた。そんなにハワードは怖いのだろうか。雇い主はただ太刀の存在をアピールしただけだ。ハワードが軍人である以上、このような武力を示す交渉もいくつかあったはずである。


「や、雇い主さん、こんなんでいいんですか?」


 メクが雇い主に耳打ちで聞いた。メクからしてみれば、何処からどこまでも雇い主とハワードの交渉は平和的ではない。

 先程雇い主はメクに交渉を平和的にすると言っていたに、この有様だった。


「何が……?」

「明らかに平和的ではありません」

「それで?相手がふって来た喧嘩を買ってはならないと……何処に記されている……?」


 雇い主は商人ではない。今だけの商人の真似事をしているだけだった。


「雇い主さんも武器での脅迫とかしてるじゃないですか。あれは喧嘩売っているんのでは……」

「使える物は……使うだけ……」


「話を、いいか?」


 雇い主とメクが静かに盛り上がっていると、ハワードは咳払いをした。 メクは耳打ちをやめて後ろに立ち、雇い主も話を聞きながらしていた頬杖をやめて普通に座る。

 喧嘩腰ではない相手に、こちらが喧嘩腰になる必要はない。そんな労力を使いたくないともいう。


「貴様は、現地に兵を売るという者だろう」


 雇い主は頷く。


「私からも……何匹か買いたくなっていてな、是非とも購入したい」

「そう……」


 意外にも真面目な話だった。表面上は(・・・・)


「本人はいる……?」

「ああ。おいで、アルセ」


 ハワードが呼んで出てきた人は、雇い主が予想していた通り見事に女性で、かなりの美形。年少兵だからと言って女よりか力のある少年ばかりがいるイメージだったけど、その中に少女も何人かいた。

 少女の方は戦闘用も何人か居るのだろうけど、大体が戦場での売春行為に使われる。無償で現地民を使うところもあれば、こうやって金を払ってヤルところもある。


「はい……」

「あ、アルセ?」


 その姿を見て反応したのは雇い主ではなく、何故かメクの方だった。


「どうした……?」

「い、いえ、何でもないです」

「そう……」


 雇い主が聞いたところで、メクは答えない。メクに対して隷属の魔術を使うのも一つの手だが雇い主側としてもそこまでして得たい答えでもない。


「この子を買い取らせろ」

「そう……待ってて……」

「どうしたのだ?」

「メモを取るから……」


 雇い主は、ポケットから取り出した羊皮紙を漁る。こんな一番下の身分の命なんて金で簡単に買える。そこに本人からの忠誠心、と言う名の感情が付いてくるわけではないが。

 しばらくポケットを探して、雇い主はようやく羊皮紙の中からアルセという名を見つけた。


「えっと……十万アウ……」

「十万アウとは……私に金を払わす気か?」


 はっ?何言ってるんだこの人。頭の中に水しか入っていないのかと雇い主は本気で思った。


「別にあなたが払う必要もない……嫌ならやめれば……?」

「い、いや、買うぞ、買うぞ、私は此奴を買うぞ」

「そう……交渉は成立。先に言うと、仮にあなたが、勝手に……勝手に……」


 語尾が尻すぼみになる。雇い主は少女の名前がなんだったのか忘れかけていた。


「……その人を攫ったりしても、あなたの言うことは聞かないから……アルセも」

「わかってます、雇い主様」


 そう、アルセだった。雇い主は本気で名前を忘れそうなっていた。言い訳をさせてもらうとするなら、まだ少年兵達の雇い主になってから日が浅くて、メクくらい深く接する人がいなかった。顔だったらそれぞれ覚えてるけど、名前までは覚えている人は少ない。

 今回だけの付き合いだと、そこまで覚える気にもならない。


「それで……払う金は……?」

「貴様に払う金は無い、と言いたいところだが……私はどうしてもこの子が欲しいからな。しばらく待ってくれ」

「いつまで……?」

「船が降りる頃には、準備出来るはずだ」

「そう……もう良い……?」


 扉の方に顔を向ける。


「ああ。異教徒が」


 いともたやすく人から人へと売りわたされる命。所詮そんなものなんだ、この世界は。


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