過去
世界はマナに始まり、マナに終わる……その言葉はこの世界においては、最も有名な言葉だろう。今までこの世界で生きてきた者達は、この言葉を心の底から信じている。
それほどまで説得力のある言葉……だからこそ、戦争は起こる。宗教の違いもあるかもしれないが、多くの場合それは大義であり、世界に散らばる、限りある資源を求めて他国を占領、植民地とする、そうして始まるのが戦争というお決まりだった。
稀に話し合いのみで解決するといったこともある。だがそれは非常に稀な場合であり、片方が大きく不利な状況を得てたり、話し合いで解決したとしても、再び元通りに武力で争っている場合もある。
それに、たとえ武力行使を行っていなくとも、日々知能あるものは様々なものと戦って居る。
この場合は果たして戦争ではないと言えるのだろうか?人と人が同じ意識で同じことを考え、同じように生きているわけではない限り……感情があり、知能がある者がこの世界に存在し続ける限り、本当の意味での戦争というものは無くならないだろう。
ここで戦争という言葉を逆に取ってみる。この世の中に戦争という物がなければ、果たして世の中どうなっていたのか……同じように発展していたという意見もあれば、先程までの言葉を聞いてから発展していなかった、という意見もあるだろう。
だがここに一つの答えを置いてみるのならば、後者であると答える。何の発展もしなかった、である。
戦争が技術の革新を多く生み出すというのは有名だが、最初の戦争、野生動物の狩りに向かった場合はどうだろう。知能ある物が偉大な物に恐怖していたあの時代、戦争というには規模の小さな気もするが、知能ある者は確かに怯えて過ごしていた。
強きものに怯えて暮らすことは、知能ある物に武器を、防具を、建築を覚えさせ文明を生み出していった。
一つの文明を作り上げるのに戦争は必要事項であり、戦争の無い発展など、あってないようなものなのだ。
精々抗え。戦争の、戦いの先に希望はある。
死に行く者には花を。生きし者には血を。
ーーーー音は何も聞こえない。周りに聞こえる音など、とっくの昔に後ろの方へと置いていっている。
音を飛び越した速度、音速で滑るように青い空の下、影が小さな汚点のようにあった。ーーよく見てみる。
流線型の体から生えている真っ赤な鱗に、体調の二倍はある長い尾。先端にはハンマーのような鈍器がくっついている。
太い足が二本に、足と比べてみると細い腕のようなもの。一対の翼は横に長い。金色の瞳が覗く頭部からは、四本の彫刻のように美しい角が生えている。
その姿は、どこかの世界で言う所の西洋竜であり、こちらの世界では龍種と呼ばれる個体だった。
雲一つ見えない青い空に、真っ赤な体。下から見れば決して赤くはなく、太陽の光を遮って真っ黒な影に見える。そんな姿の龍は俗に言う音速で飛行していた。
一見、風を掴んで羽ばたくように思う翼は、真一文に固定されており羽ばたくと言ったわけでもなく風圧で揺れているだけ。
「グルル」
龍が嘶く。ただの独り言だろうか?それとも何か見つけたのだろうか?ひょっとすれば、それは龍の今の行動の目的を見つけたからかもしれない。
目の前に広がる空の中、悠々と飛んでいるのは、一目見ただけで人工物とわかる金属製の物体。木造の船に鉄の装甲を付けただけ、という生易しいものでは……勿論なかった。木に鉄の塊、果たしてそれだけで空を飛べるのだろうか?
いくら龍が不思議な力で飛んでいるといっても、普通の木造船が飛び上がれる程世界は甘くは無い。今ここで空中を飛行している物体を表す。
木造の船に、強引に飛ぶための装置を付けたような歪な船……細長い船体に気球を付け、船体の前後に付けられた多くのプロペラがクルクルと回っている。
船体の横には、鳥の翼と言ってしまっては少しどころではないくらいの、はてなマークが残る布を張った木の羽が、上下に揺れていた。
人はこれを空飛ぶ船、そのまま飛空挺と呼ぶ。龍は、この船の名前が飛空挺などということは知っていた。それならば……龍が知らないものを見に来た、という好奇心で来たので無いのであれば、どんな理由でこの場に来たのか……
すぐに答えは出た。龍は船団を目にするなり横に広げていた翼を閉じて、頭を思いっきり上げる。
流線型の身体を流れていた空気は、一瞬の内に壁のようになった体に真っ向から挑み、音速まで加速していた速度を急激に落とした。
龍の姿がそこまで来て、ようやく飛空挺に反応が起こる。今まで悠々と飛んでいた船団がわずかに速度を上げた。
かけられていた布が外され、青い空に最も似合わない無骨なフォルムが晒される。長く、太い砲だった。船に備え付けられていた砲台が回転し、人の目に映る程に減速を終わりかけている龍の方に向けられた。
「所属名はあるか?」
巨大な声が空にエコーを響かせながらこだまする。龍は反応を見せない。
「無いのであれば撃墜する。所属名を答えよ」
「グオウウウアアアアア!」
船団の呼び掛けに対する返事は言葉ではなく、甲高い龍の叫び声。船団の乗組員が慌ただしくなっていく反面、見つめる龍の感情は冷めていった。
(馬鹿か?)
心の内の言葉ゆえか、龍に容赦はない。己がいる船団のことを深く知っており、こんな場合でも才能を発揮できる優秀な者がいれば違っていたのかもしれないが、ここにいる人間達にそのような人材はいなかった。
(所詮辺地………か)
「撃て!!」
船団の砲台が唸りを上げた。原始的に火薬によって発射される砲台は、ゆっくりとだが確実に弾幕を形成していく。羽を折り畳み、弾幕に正面面積を小さくした龍は、器用に弾幕の間を飛んだ。
「魔道士団、放て!!」
弾幕を形成してある砲弾の間、数々の色の付いた小さな弾丸が飛び交う。光で当たりをつける曳光弾のように。龍は雨のように降ってくる弾幕の間を、ヒラリヒラリと舞い降り船の死角である船底の方へと向かった。
「何だ?」
「やったんじゃないのか?」
飛空挺に乗っている人間が手すりから下を見下ろした丁度その時、飛空挺の死角より放たれた真っ赤な光線のブレスで一つの飛空挺が真っ二つになった。
手すりから見下ろしてた者達は見ることができたのだろうか。大きく高度を落としながらも、真っ直ぐに己の方向へと口を向けている龍の姿を。
裂けた船体から、本来その体に載せるはずの人間を空中に投げ飛ばす真っ二つになった飛空挺。黒い点が零れ落ちた雫のように地面へと落ちていった。
およそ百人、それだけの人数が一瞬にして空に散った。対人間用に戦略的価値を持つものは、当然撃破されれば、それ相応の痛手を負うことになる。龍の攻撃を受けた飛空挺はその身を犠牲にして証明した。
「グア」
空中でだらりと体を脱力し、漂わせる龍。口から冷却するための冷気を吐き出す。そして再び飛空挺団から砲撃が再開された時、龍は高度の優勢など無かったかのように、一気に飛空挺と同じ高度まで飛び上がっていた。凄まじい風圧の風が、鱗で防がれている耳に届く。
「あれだ、あれを出せ!」
「しかし、あれは輸送先で扱う物質では?」
「今無くなっては元も子もなかろう」
一つの船、他の飛空挺に比べると小柄に作られてある船の甲板。そこにかけられてある巨大な布を船員達が外すと、旋回などの動きを一切考慮されていない巨大過ぎる砲台が空気に触れた。
この砲台が今現在この船団が運んでいるものであり、物資を運んでいる船以外のものは護衛にしか過ぎない。ある意味船団の全てが砲台といっても過言ではない。
船団長は、今から向かう輸送先で扱うことになるかもしれない砲を発射することに決めた。龍に対しての始まりの対応は悪かったが、正しく船団を生かすための作戦。
龍もその意図は分かっていた。一気に高度を上げたまま、ブレスの溜めへと入る。
(愚かな)
心の中でそう思い、口を開いてブレスを発射しようとした……その時だった。
「……」
ーー!!
「発射!!」
バゴンと巨大な爆薬が龍の体に炸裂。対龍、攻城兵器の用途で開発された砲弾は龍が張っていた障壁を軽く貫通し、真っ赤な鱗を粉砕。右翼と右腕を粉々にし、裂けた肉を目の前の人間達に見せながら地面へと龍は落ちていった。
断末魔はない。
「おおっ!今度こそは、だな」
「ああ、そうみたいだ」
「見よ我が軍の新兵器の力を!!」
「一撃で龍を沈めるのか!?」
人間達は驚愕に染まる龍の顔を見て、素直に砲台のことを見て驚いたのだと思っていた。しかし、その時龍が見ていたのは人間達とは違う。
「…………」
明らかに周りの船員とは違う雰囲気を放つ、一人のフードを被った人間だった。