三
「お前、そんな顔だったか…?」
仕事からの帰り際、もう城の門を出るところ、という所でいつもならかち合わないはずのジュドがそこにいた。
今日は王妃の都合が悪かったのでパトリシアのお化粧タイムはない。しかし、そんな日には自分で練習することを言いつけられており、またリリスも律儀にそれをこなしていた。
いつもと違う華やかな雰囲気のリリス。もちろんあのメガネもない。暗い中でもあるのに関わらずジュドはリリスだとわかったのは意外だった。
(ましてや声をかけてくるなんて…これで人違いだったらどうするつもりかしら)
「いつもメガネがあるからね。」
「ああ、そうか。メガネがないのか。」
ふむ、と納得した様子のジュドだが、え、普段何で私を判断してるんだろう、と疑問になった。
辺りにはまばらに帰宅する人間が出てくる。
みんな横目にこちらをチラチラ見てくるのはおそらく気のせいではない。
心理を読むならばあのジュド様が女性と喋ってる。しかもプライベートな仕事終わりに、というところか。
それはそうだ。他の人には私があのお局で野暮ったい陛下の側近だなんてこの暗さと遠さじゃわからない。髪もおろしているし、メガネもない。わかる方が驚きだ。
「ところでなにしてるの?」
「隊の飲み会があるとかで待ち合わせだ。先に行く奴らもいるが仕事終わりに行く奴らは集合してから行くらしい。」
「ああ、飲み会ね。珍しいね、ジュドが行くなんて。」
「少しばかり昇進したからな、隊長に来いと言われた。」
昇進。
お昼ご飯の時にはなにも言ってなかったのにそんなことになっていたとは。
「言いなさいよ。」
「すま、ん?…なんでお前に言うんだよ。」
「それはそうだけど…一応お昼一緒に食べてる同郷でしょうが、今度なんか奢ってあげるわよ。」
「そうか、じゃあ次の飲み奢ってくれ。」
「はいはい。じゃあ、楽しんで」
きてね、と言うはずの言葉は「あーー!」という大声にかき消された。
何事かと振り向けば少し離れた場所に若い男と私たちより少しばかり年上の雰囲気を持つ男が二人立っていた。大声をだしてきたのはどうやら一番若い男らしい。だってこちらを指差している。
「ジュドさんが女の人と喋ってるー!」
「こら、人を指差すな」
「そうだぞ。ジュド殿にも女性にも失礼だろ。」
「あ、そうですよね!いやでもびっくりしちゃってー…」
年下君を年上二人がたしなめる。
三人もどうやら近衛兵らしい。私服でわかりにくいが顔はなんとなく見覚えがあった。
でも向こうはリリスには気づかない。
近づいてきた三人。あ、気が付いた時には逃げるタイミングを無くし完全に自己紹介する空気だった。
「あ、しかも美人だ。」
「だから、お前は!」
改めて顔をマジマジ見てくる年下君がまたも怒られている。
それにも懲りず彼はジュドに問いかけた。
「ねえねえ、ジュドさん!この人彼女ですか?」
「!!」
あまりにストレートな質問にジュドが赤面する。
(いやいやいやいや、そこで赤面するとかダメでしょうがーーー!!)
慌てて二人の間を割って入る。
「彼女じゃないのよ?全然そんなんじゃないの!」
「えー、じゃあ貴女はジュドさんの何?いつから知り合い?」
「(う、説明面倒くさいな…)えーっとね。あ、姉です。」
「え、お姉さんなの?なるほど、だからジュドさんが倒れないんですね!」
う、咄嗟に嘘をついてしまった。いやしかし彼女の可能性がない上に同郷なんだからもうその設定でいいんじゃないか。うん、姉なら説明しなくとも受け入れられるし、ど田舎の小さな村だもの、きっとどこかで血は繋がってるわよ、と自分に言い聞かせるリリス。
年下君も納得したようで満足気だ。
「では、お暇しますね!飲み会楽しんでください。」
そそくさ〜と去るリリス。
未だに「彼女」という響きに赤面しているジュドはほっておこう。おそらく先ほどのやりとりも彼の耳には入っていないはずだ。
リリスが去ったその後。
「…嘘だな。」
「嘘、ですね。」
年上二人はジュドが一人っ子なことを知っていたとか知らないとか。