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姫様、もとい王妃となったパトリシア様は精力的に公務に参加され、まだその多くに足を運んだこともない国のために日々尽力していた。

休みの日には狩りに出るというお転婆ぶりはあるものの、それすらもまた公務でいらした他国の方をもてなすためのものとしてのことだった。

こちらが心配になるほどの尽力ぶりに、周りの家臣たちも、また話を伝え聞いた民からもパトリシア様は好かれていった。陛下のおっしゃる“人誑し”も過言ではないかもしれない。








そんなある日のこと。

いつものようにパトリシアは狩りに出た。今日の護衛はジュドと近衛兵をまとめる隊長殿だ。



ふと、隊長殿がパトリシアの仕留めた雉を締め上げている間にパトリシア様は次の獲物を見つけた。




「シカ肉か…」



すぅ、と見据えて弓を構える。

ジュドからも若干見えているシカ。大きな角、雄鹿だろうか、と考えていた。



「ジュドよ、そなた女が苦手らしいな。」



パシュ、と放たれた矢は鹿の角を掠めて消えた。



「どこでそのような話を…」



狼狽えもなく、パトリシアの方を見るでもなくジュドは追撃のために構えていた弓を放った。

雄鹿の悲痛な声が山に響き渡る。

どうやら仕留めたらしい。



「上手いな…」

「偶然でございましょう。」




パトリシアは苦々しげに、それでいて愉快げな顔をした。ジュドはニコリともせず涼しげに馬を走らせ仕留めたばかりの鹿の方へ駆けた。

パトリシアもゆったりとジュドに続く。

かなり大きな鹿だったはずだ。






「大きな雄鹿だな。」

「はい、本日の晩餐には出せるかと思います。」

「今日の客人は同盟国の方々だったか。」

「そうですね、そのようなご予定かと。」

「そうか。ところでジュド。」



鹿の手足を縛るジュドにパトリシアは先ほどの質問を投げた。



「女性が苦手なのか?」

「またそれですか…まぁ概ね事実です。」

「私も女なんだが…」

「仕事中は弁えられます。ましてや既婚者な上に貴方様は王妃ですよ?」

「未婚ならダメなのか?いやらしい奴だな。」


ハッと驚いたように冗談めかす。

ジュドは面倒くさいとばかりに嫌な顔をした。しかしパトリシアが欲しいのはこのリアクションである。



「私には接し方が解りねます。」

「知り合いに女性は誰もいないのか?」

「一人、おりますが。」



ふと、手を止めるジュド。

間髪入れずにこの答えが返ってきたことにはパトリシアも驚いた。てっきり完全に女性の知り合いはいないと思っていたからだ。



「恋人か?好きなのか?」

「なっ!そんなものではありません。同郷のよしみなだけで…」

「ふーん、他の女性で倒れてしまうと聞いたぞ?その女性が平気ならば結婚してしまえば良いんじゃないのか?」




中性的でやんちゃ気味なパトリシアだが恋話は好きだった。こんな風に普段から自分付きの近衛兵に根掘り葉掘りと近況を良く聞いてくる。ジュドはそんな話がなさそうだったのでパトリシアが質問をするのは今回が初めてだった。



「女性が苦手なのに、その女性だけは大丈夫って…恋にはならないのか?もしかすると逃すと一生独り身になってしまかもしれない。」

「結婚に憧れはありませんので…おそらく向こうも。仕事が出来ることに喜びを感じる奴ですので。」

「ほう、それは良い女性じゃないか。会ってみたいなぁ。」

「…。」




ジュドはこれ以上絡まれるまいとリリスの名を出さなかった。いや、おそらく陛下に尋ねられてしまえば陛下の側近であるリリスが幼馴染とバレてしまうがなんやかんやと要らぬことを言われそうで押し黙った。

簡易のソリに鹿を乗せ、馬で引っ張る。

パトリシア様の馬車まで行けば新米たちがいるのでそこで鹿の運搬は交代だ。







帰り道、馬車の横を馬で並走するジュドにパトリシアは窓から顔を覗かせて話しかけた。





「なぁ、ジュド。」

「はい、なんでしょうか。」


がたがた、と馬車が揺れる。


「もしも、その女性がそなたと結婚したいと言ってきたらどう答える?」



まだパトリシアの中では話は終わっていなかったらしい。そのことに内心焦りつつジュドは平静を装って答えた。




「…考えられませんね。ずっと一緒に育ってきましたが、意識したこともありません。」

「そうか。」




ふい、と顔を引っ込めたパトリシアに安心しつつジュドは前を向いた。

横目でちらりと馬車の中を確認すればパトリシアは腕を組み何やら思案している。その様子にぎょっと思った矢先、パトリシアがまたもジュドの方に顔を上げた。





「では、ジュド、考えてみろ!」





パトリシアはジュドの心に要らないはずの種を蒔いた。














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